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姻族関係終了/急性形態変性症候群・9

 せいせいしたわ、とその人は言った。
急性形態変性症候群を発症した同居人が邪魔だからさっさと持っていってほしい、と依頼があったのは先週末の夕方だった。
 ただでさえ役に立たないのにこんな形になっちゃ風呂の焚き付けにも使えやしない。
 電話口で悪様に言うのを聞いて、こりゃなんかあったな、と思った。

 変性した人体を回収、保管する場所に運搬する業務も昔からあったみたいに日常業務として動いていた。以前はテレビのニュースでも毎日のようにその日の発症状況を伝えていたが、最近はその声も小さくなった。変性した形態によって回収の方法は変わるが、最後はたいてい、近所の人たちが出てきて葬式を出すように手を合わせて送り出していた。

「これどうします? 不在中でも構わないから早く回収してくれって先方言ってますけど」
「ニンゲンのときのあれこれがよっぽど腹に据えかねたんだろうなあ。まあ結婚してりゃよくある話だよ」
「そんなもんすか」
「お前も結婚すりゃわかるよ」
 じゃあ課長も邪魔にされてるんですね、と喉元まで出かかってやめた。今までだって惜しまれる人、そうでない人はいただろう。そこに至るまでの過程が違うだけだ。

 今まで記録していた回収の依頼内容を見返してみた。細かく書く必要はないのだが、よほど印象に残るのか皆細かく記録されていた。
 女性が発症した場合、連絡をしてきた人はほぼ「元に戻らないのか」と聞いてくる。連絡をするのが男性ならなおさらだ。年代はあまり関係ないようにも見えた。
 一方、男性が発症した場合は、一刻も早く回収してほしいという依頼と、どうにかならないのかという相談に分かれていた。後者は大抵両親からで、発症者の年齢も若い。子を思うあまり、無駄とわかっていてもそう問わずにはいられないのだろう。
 前者は問い合わせて来るのはほとんどが女性で、発症者は同年代かそれより上。そして「邪魔でしかたないから」という言葉が当たり前のようについてきていた。

 自業自得、という言葉が頭をよぎる。他人を顧みずに好き勝手やってきた結果だろう。たとえ外面が良くても中でそうなら同情の余地はないな、と記録と依頼内容を見比べた。
 手配が済みしだい、回収する旨を伝える。何人かから聞いたような「このあとどうなるのか?」という言葉は最後までなかった。

 全部私がやったのよ、とその人は言った。
回収日、作業をする横で書類に記入してもらいながら話を聞いたのだった。
「子育ても、介護も、仕事も、何もかも。全部私一人でやったのよ。あの人はなに一つしなかった。正直言って早く死ねって思ったわ。でもこんな形になっちゃって。ほんと迷惑しかかけないとんでもないやつ」
 表情は変えず淡々と話すので、かける言葉に困った。
「結婚なんてするもんじゃないわよ。あなたもやめときなさい。相手が可哀想」
 渡された書類には表札と違う苗字。手続き上はなんの問題もないので、そのまま受け取った。

「なんで苗字が違うんだろう、って思ったでしょ」
 見透かしたように声がした。え、ああ、まあ。でも良くあることですし、制度的には同姓かどうかは関係ないので。機械的に答えた。というか、そう言うしかなかった。
「届け出すときにまとめてやったのよ。子どもも好きにしたらいいっていうし」
 運搬車が出て行くのを横目で見ながら言葉は続く。

 こっちは何もかも諦めて子供のためと思ってやってきたのに、やつは何にもしなかった。マクドナルドにだって連れて行ったことがないのよ。酷い話じゃない? そうこうしてたら介護なんて入ってくるし。子どもが独立して、介護もひと段落して、さあやっと自分の時間が取れると思ったら今度は男の大人の世話。ふざけんなって思った。わかる? 本当になんにもしない。たまにやると思ったら自分の分だけ。熟年離婚なんてよく聞くけどそりゃそうしたくもなるわ。で、ここから出て行くつもりで準備してたらこんなことになって。不謹慎かもしれないけど、

 その人は「ばんざーい」と声も出さずに3回、手を上げた。
「ありがとう。早く来てくれて」
「まあ、仕事ですから」
「あれって、元に戻ることはあるの?」
「今のところは一度もないそうです」
「原因も?」
「よく聞かれるんですけど、僕にも細かいことはわかりません」
 いつもどおりの返事をする。その人がどう思ってそう言ったかはその人にしかわからない。自分もそこまで興味は持たないようにしていた。
「それならいいんだけど。知ってる人に『どうやったらそんなふうにできたの』って聞かれたのよね。知ってたらもっと早くにやってるわよね」
 あはは。その人が感情を出すのを初めて見た。

 本当は最後の言葉になにか答えるべきだったのかもしれないが、わざと避けた。可能だったとしてそうしたいと思う人もいても不思議ではない。なにせそれほどの罪悪感もなしに手を下すことができてしまうのだ。その辺はまだ倫理的にも法律的にもグレーゾーンではあったし、だからと言って推測レベルの話が広まっても困る。
「せいせいしたわ」
 という電話での言葉を思い出す。邪推をすればいくらでも解釈のしようがある。あまりのさばけようにもしかして、という考えも浮かんでしまう。
 ただ、それは自分が判断することではない。いつか時間が経てばあるいは。

 それでは以上です。立ち会いありがとうございました。
 依頼者に軽く頭を下げて、その場を離れた。


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