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made up with/急性形態変性症候群・12

 数年前から人体が別の物質になるという現象が世界中で起きていた。急性形態変性症候群と名付けられたそれは、いつしか泡となって最期を迎えた人魚になぞらえてマーメイドシンドロームと呼ばれるようになった。始めはニュースで毎日どこの誰がどういうものに変化してしまったか、その人となり、周囲の反応をさも悲しげに、しかし本音はあざ笑うかのように面白おかしく伝えていた。
 この突然の形態変化は原因不明の病気なのか。原因解明に向けて研究はなされていたが、あまりにも条件がランダムなためなにもわからないに等しいと伝えられた頃には、陰謀論を唱える人が出てくる一方、そのことに慣れてきたのか、大半の人々は気にも留めなくなった。
 いつしか深夜のニュースでその日の感染者数に短くふれるだけになってしまった。

 誕生日のサプライズを仕掛けてパートナーのもとに向かうと、そこにはパートナーではなく、巨大なガラスの塊があった。なにかの悪い冗談かと思ったが、わずかに残る指が透明になっていくのに気づいてしまった。こんなもんになるなんて聞いてねえし。慌てて救急車を呼んだが、もう手遅れであると判断されてしまった。
 永遠の約束なんかした覚えはないし、ここのところ喧嘩続きで先週も喧嘩をしてしまったから、いつか一緒にいられなくなる日が来るだろうと思ってはいた。こんなに早くどうしようもなくなるなんてわかっていたら、いや、わかっていてもどうしようもないのだから、残酷なものだと思う。
 事情聴取や現場検証をこなしたが、皆淡々としていて、目の前で変化しきってしまうところを見てしまった自分としてはぼんやりとした納得のいかなさがあった。せっかく用意したものが無駄になっちゃったじゃないか。きれいに箱に収まっていたケーキは、生クリームがだらしなくなっていたし、好きなものしか入れなかった寿司の詰め合わせはなんだか色が変わってしまって食べるのに躊躇するくらいになっていた。

 噂では血で拭うと戻るというので、ひとりになったタイミングで思い切って指先をカッターで切ってなぞってみた。予想通り何も起こらなくて、そりゃ自分ら王子でも姫でもないもんなと呟くしかなかった。だが、どうしても気になって毎日のように(文字どおり)血を流してはそれを塗りつけることを繰り返した。効果などなくでもそうしないと気が済まなかった、と言うことなのかもしれない。昔読んだ漫画で「全然元に戻らないね」と泣きながら髪を櫛で梳るシーンを思い出して、それはこのことかと唐突に理解して、自分も同じことを言って泣いた。鈍い痛みだけ残って、自分の行動が浅はかだったことを認識した。
「ごめん、自分が代わりに死ぬとかそれは無理だよ」

 腕や手についた傷が消えるころ、親族が訪れて、この部屋を引き払うと告げられた。一緒に住んでいるわけでも、まして結婚しているわけでもないからどうすることもできなかった。せめて置いたままになっていた自分のものは持って帰らないといけない。大半はどうでもいいものでそれはほとんど捨ててしまったが、貸していた本や服は箱に詰めた。
 パソコンやケータイは気づかれないように持って帰ってきてしまった。義務感でもなんでもなく、パートナーが他の人に知られたくないようなことまで残っている可能性があるものを、なにも知らない人たちに渡したくなかっただけだった。
 棚の上に乱雑に置かれたふたりの写真をどうするか迷った。今どき写真立てかよ、と笑ったけれど、まさかそれが唯一の思い出になるなんて思わなくて、迷った挙げ句、あちらの人たちには見せられないなと思って無造作に荷物に押し込んだ。

 ゴミ置き場に捨てるものを置いたときに、悲しくなるかと思ったが、案外そうでもなく、むしろさっぱりしたような気分だった。最後の喧嘩はどうあっても関係の終わりに直結していたとしか思えなかった。自分は週末にここに来るだけの間柄だったが、同棲を解消して出ていくのってこういうことなのだろう。持って帰るものの配送の手続きを済ませたら本当になにもなくなってしまった。

集荷の人が来るのを待っていると、インターホンが呼び出しを告げていた。すこしためらって、だけども何度か鳴らされたので出た。集荷には少し早すぎた。
「お届けものです」
 別の宅配業者がなにかを届けにきたようだった。
 もうここには誰もいないのにな、と思ったが、そのまま受け取った。パートナーのものだろうから、そのまま置いていけばいい。

 それほど重くない、小さめの箱。自分が家でやるいつもの癖で、テープを切って開けた。丁寧な包みと、メッセージカードが出てきた。誰かからの贈り物だろうか。であればあるはずのない伝票が一緒に出てきた。
「この度は当店でご注文いただきありがとうございます(^^)
 パートナーさんへのプレゼントということでしたので、心を込めて包装させていただきました。喜んでいただけることをスタッフ一堂願っています」
備考欄にはそう書かれていた。
 そしてカードには「いつもありがとう。たくさん喧嘩して、ずっと一緒にいよう」と書かれていた。どうやらそういうことらしかった。
 バカなやつだなあ。こういうの自分で言わなきゃダメなんだよ。文句の一つどころではない文句が出てきたが、聞いてくれるであろう相手はここにはもういない。タイミングも悪すぎるし、なんなら

 またインターホンの呼び出しが鳴った。今度は自分が頼んだ集荷だった。受け取ったものは乱暴に鞄にしまいこんだ。

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