木材様形態変性症/急性形態変性症候群(マーメイドシンドローム)・6
「これ、なんすか……?」
街の中心部から車で2時間、山を切り崩した場所に、積み上げられた大量の柱のようなものがあった。それらは規格品のような、そうでないような、似た形ではあるが、どれも微妙に違う気がする。
例えば地震などが起これば、崩れてきて自分なんかあっという間に潰されてしまうだろう。撤去しないのか、これからどこかに持って行って使用するのか。
「元ニンゲンだよ、これ全部ニンゲン」
自分をここまで連れてきた上司はさらりと言った。例のほら、急に形が変わる病気あるだろ、あれだよあれ。突然柱になってしまった人たちはみな、ここに集められているのだという。人種、性別、業績、能力に関係なく。
生きてさえいれば丁重に扱われただろうに、よりにもよってこんな形になってしまったために、雑に扱われてしまっていた。
「しょうがないだろう。他に置いとくとこもないし、なんかの役に立つわけでもないし」
まして元に戻るなんてことはほぼ100%ない。無用の長物と化したものの扱いなんてそんなもんだ。
随分ドライなものの言いかたに自分は返事のしようがなかった。
「これ知ってるか、去年まで大臣やってたおっさん」
他のより妙に貧弱な体躯の柱。グローブをはめた手でぽんぽんと叩く。
「偉そうにしてたけど、柱になると貧弱なもんだよ。元がたいした玉じゃなかったんだろう」
やった仕事のわりには信頼を得ていなかったのか、それとも本当に元々がたいした人物ではなかったのか。形態変性症にかかった途端、真っ先にここに持ってこられたのだという。薪にでもしてください、と彼の家族は吐き捨てたそうだ。
「ま、火ぃつけたってロクに燃えないらしいから、結局は役立たずってことなんだろうな」
こんな形になって家族からも同情のひとつもされないなんて、よっぽどだな。
「で、なんでここに来たんですか」
「人柱って知ってるか」
大きな建築をするときに、災害やなんかで建造物が崩れたりしないよう神様に祈願するために生身の人間を埋めちゃうやつ……だったはずだ。現代社会ではそんな迷信はとっくになくなって、言葉だけが残っていた。強いて言えば上司に叱られるときとか、プロジェクトの先陣を切る時なんかに使わなくもない。
「人柱がどうしましたか」
「これを人柱にしようという話があってね」
組成が元々木材であったものと完全に同一化という保証はないので建材にはならないが、迷信とはいえ、人柱としての役割としてなら使えるのではないかと言い始めたやつがいるらしい。ここにいる柱になった人たちだって、家族がいる人も多いだろうに、そういう人たちのことを考えたりしないんだろうか。
嫌な言いかたをしてしまうならば、処分に困ったので体の良い理由をつけて埋めてしまおう、ということなのだ。まともな神経の頭で考えたこととは到底思えなかった。
「本人の同意がないですし、なんなら生き埋めですよね。そういうことを望んでいない家族もいるのでは」
「しかしここにこうやって積まれている以上、丁重に扱おうという気はないように思えないか」
大臣だったおっさんなんか埋めたって逆に災害が起きそうで怖くないか? 喉元まで出かかったが、言うのは結局やめてしまった。こんなところで言い合っていても何の意味もない。
計画では、変性してしまった人体の扱いについての法律が成立、施行してからすぐにでも埋設に使用することになっているらしい。もはや運搬までのタイミング待ちといったところだ。
「なるべく規格の揃ったものを選んでおけ。許可が出たらすぐに作業にかかる」
上司は自分はこんな仕事はしたくないんだという顔で、自分に指示を出した。
こんな仕事、自分だってやりたくはないよ。
◇
こんなになっちゃって。年老いた婦人はある日突然形の変わってしまった伴侶の処遇に困っていた。
いつまでも庭に放置しておくわけにもいかず、切り刻んでしまうのも気が引ける。娘に相談したところ「処分場があるらしいから、連絡してもってってもらえばいいじゃない」とあっさりと言われてしまった。
常に円満な時期ばかりではなかったけれど、そうは言っても長年一緒に生きてきた伴侶だ。形が変わりました、はいそうですか、というわけにもいかないだろうと思っていた。
突然のことに涙したのはほんの数ヶ月。一人の生活に慣れ、このままで良いわけもない。聞くところによると、朽ちていく過程で周囲に良くない影響が出る可能性もあるという。近所に迷惑をかけることだけは避けたかった。
役場に連絡をして手続きを取る。形式上は死亡宣告ということになるそうだ。生きているのかいないのかわからない状態ならば、手続き上だけでも亡くなったことにしてその後の処分を容易にしようということらしかった。
今までは集積場(娘は処分場といったが、処分ではないだろう)に運搬されるだけで、それ以上はなにもなかった。法律ができて、これからはなにかの役に立つことがあるという。こんなふうになるまで、人のために生きてきた伴侶が、形を変えてもなお、誰かの役に立つのならそれは本人の望むところではないのか。どうにかして自分を納得させるしかなかった。
「お父さん。これでいいのかしらねえ」
尋ねたところで返事があるわけでもなく、ただごつごつとした表面をなでるだけだった。水分の抜けた木の皮(のようなもの)がぽろぽろとはがれ落ちる。なにも悪いことはしていないはずだが、せめて苦しい最期でなければいいのだけれど。こればかりは当事者でなければわからず、確認する術もない。
手続きをして数週間、役場の若者が業者を連れてやってきた。形の変わった伴侶をクレーンで釣り上げ、運搬車に乗せる。もう少し乱暴かと思ったが、元が人間ということからか、思ったよりも丁寧に扱われていたように思えた。
「こんなの切って運べばいいのに。そのままなんて効率悪くない?」
「じゃあ、あなたはお父さんをのこぎりで切ったりできる? わたしはできないわ」
人の形ではないけれど、刃物を立ててしまえばそれは殺してしまうことと変わりないのではないかと思う。それでもこれは自分の伴侶なのだ。
「それでは、集積場にお運びいたします」
役場の若者は告げる。深々と頭を下げる様は見たことはないけれど、これは出棺だな、と娘は思った。酷い言い様で母を困らせているようだが、娘だってこんな形で送りだしたくはなかった。
「本当に元に戻ることはないんですか」
「今のところ、事例はないそうです」
だいたい皆さんから同じこと聞かれるんですけど、僕たちもわかんないんですよね。と呟いたのが聞こえた気がしたけれど、なにも言えなかった。確かに元に戻ったらこんなことをしなくてもいいはずだ。
運搬車はそろそろと動きだし、集積場へと向かった。近所の人たちが出てきて、見送ってくれた。手を合わせる人もいて、本当に葬式を出すみたいだった。ただひとつ違うのは、棺桶に入っているのではなく、木材のような形をしていること。バカみたい。ちゃんと葬式出せば良かった。娘はまだ納得が言っていなかった。母よりももしかしたら、諦めがつかなかったのかもしれなかった。
◇
最初に上司に連れられて集積場に来た時よりも、今のほうがもっと嫌な仕事だと思っていた。全員が全員、捨てられるようにしてここに来たわけではないということを見てきたからだった。あの日、上司が「去年まで大臣やってたおっさん」と言ったあれはむしろ特殊ケースなのではないかとさえ思う。
元大臣のおっさんは、法律ができて最終処理ができるようになってすぐにどこかの地中に埋められたらしい。詳しくは知らないが、ある方法で埋めると根を張ったようになるらしく、土壌改良剤として使用することが望ましいのではないか、ということだった。人柱、とは良くいったものだと思った。住宅は心情的に建てられないが、施設や道路の下に置かれることになるという。あんな形になってもまだ働かされるのかと思いもするが、バカなことたくさんやってんだろうからこれくらいは役に立てよとも思ってしまう。
ついこの前自分が担当した、惜しまれるように送り出された老人はどう使われるのだろう。奥さんや娘さん、近所の人にも送り出されて、こんな形でここに来るのは不本意だろう。元に戻せるのなら戻してあげたいし、そうあってほしいけれど、自分じゃどうしようもない。せめて、すこしでも良いところに使わせてもらおうと勝手に心に決めるしかなかった。
◇
送り出された伴侶がいた場所に、変性してしまった身体からはがれ落ちたものがいくつも残っていた。年老いた婦人は娘とともにそれを集めて庭の隅に埋めた。これくらいはしてもいいだろう、これくらいはさせてほしい。どちらが言い出したわけでもないが、ふたりでそう決めたのだった。
埋めた場所には伴侶が好きだった鉢植えを置いた。墓地ではないのだから墓石を置くわけにはいかないが、これくらいなら許されるだろう。
「なんかマルのお墓作ったときみたいね」
娘は失礼なことを言う。マルは昔飼っていた犬の名前だ。伴侶がどこからか拾ってきて、そのまま買うことになった。10年くらいいたはずだ。マルが死んだその時は、娘と伴侶のふたりで泣きながら埋葬していた。
「お父さんはマルと違って犬じゃないのよ」
ふたりで笑った。久しぶりに笑った。気がつかなかったけれど、胸のつかえが取れるというのはこういうことを言うのだと実感したのだった。
数日の後。落ちていた欠片を埋めた場所に植えたはずのない花が咲いていた。
「お母さん、お父さんのいる場所に花が咲いてる!」
娘に呼ばれ、年老いた婦人はそれを見た。咲いているのは一輪だけではなく、大きな手で一掴みできる花束ほどの量だった。それはかつて、伴侶がつきあい始めたばかりの婦人に手渡したのと同じような花だった。
どんな花が好きか、なにも知らなかった伴侶が花屋でたっぷりと悩んだ挙げ句買ったその花は、控えめで自己主張の少ない色だったが、婦人にとってはなによりも輝いていた。婦人はいつの間にか涙を流していた。姿形がすっかり変わってしまっても、自分を思っていてくれているのだ、ということが何より嬉しかった。
「この花が好きだといったら、そればっかり買ってくるのよ。可笑しいでしょ」
年老いた婦人は涙をふいた。ふたりを見守るように咲いた花は、いつまでもそこに咲き続けていた。
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ヘッダ画像はラタさん(reautnt)のものをお借りしています。ありがとうございます。