全盛期武藤孝太郎はなぜ最強だったのか...
どうもこんにちは。
早速ですが僕はとうとう競技人生初となるケガをしてしまったようです。
ケガをした箇所等は諸事情あって言えませんが、僕はこれまでケガをしないということについて謎に絶対的な自信があったため、今回のことはかなり衝撃的でした。
そこで僕は思いました。
「うおっ、俺もケガするのか!!」
と。
しかし、よくよく考えてみれば今までもケガしそうだった場面はあったなと思い、月間700㎞ペースくらいでケガしてたらどうしようもなくないか?となりました。
また、最近はいろいろとありましてあまり体調が優れない感じだったのですが、そんなこんなで少し投稿したかった内容が滞ってしまいました。
そんな中でこれからどうしようかとかいろいろ考えていたりしたのですが、その時に引き合いに出ていたのが、自分がうまくいっていたとき、すなわち”全盛期”の頃のことです。
僕の短い競技人生の中で本当に一瞬だけ意味わからんくらいうまくいっていた時期がありました。
去年の5月6月前半あたりですね。
この時期は大学入学して直後で、環境変わって謎のバフがかかっていたのはあると思いますが、ちょっとここでこの時期の練習内容についても振り返ってみようと思います。
5月
月間走行距離
547km
この月はペース走やインターバル系の練習を徐々に強度を上げながらやっていたかんじでした。
あとは合宿がありまして、ここで普段よりも追い込んだ練習ができていいかんじの流れで練習できたのかなと思います。
この合宿がおそらく高校時代の僕では速攻で垂れていたであろう練習を普通にこなしていたので、まるで自分じゃないような感覚でした。
6月
月間走行距離
700km
この700kmというのが一気に距離が増え歯車が狂った要因の一つだったと思いますが、前半までは良かったです。
ここで特に着目するべきはタイムトライアルで5000m走ったことです。
僕は高校ベストが16分45秒とかいう絶望的なタイムしか持ち得ていなかったのですが、この時はまだ少し余力を残した状態で16分2秒でゴールしました。正直スパートをもっと早く切っていれば15分台は出せた感触だったのでうれしくはありませんでしたが、成長スピードでいえば僕の中ではこれを上回ることは後にも先にもないでしょう。
ついでにこの時だけは、
なんか10000m31分台っていけそうじゃね?
って思っていました。
なんというか、自分の限界っていうのが全く感じられないような気がしていました。
率直に言うと、この時期は安定して練習を回せてたし、強度も絶妙に自分に合ってたのかなと思います。(あとメンタルがやられていなかった。朝練に関しても、今は起きるのしんどい眠いって思いながら行ってるけど、当初はウッキウキで家を飛び出しておりましたし。)
そこで結論として、ケガしたのを機に初心に帰ろうと思っています。
具体的には、
まず走りすぎない(月間600kmくらいかな)、
それからポイント練習は追い込みすぎないこと。
(↓これについては前回書きまして。)
あとはレースについて…
は次回こそ書きます。
それとケガして思ったこととして、
やっぱり生活習慣の重要性ですね。
食事は今でも問題ないとして、
睡眠時間を十分にとる、
それに朝練直前に起きるのは良くないかなって思いました。(もちろんいつもじゃないけど)
なんて書いてたらそろそろ寝なきゃいけないと思うので寝ます。
ご視聴ありがとうございました。