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戦地からの便り(15)
妻子への最後の手記
お別れしてもう六月を経申候。
淋しい時も辛い時もあった。
今はそれをのり越えて最後の所に来た。
何だかホッとした嬉しい気が致し候。
我乍らおかしい位平気に候。
殊に日頃崇拝する山下将軍等と一緒に旅立ち出来るのは何としても嬉しい。
予は家庭の事に就ては何等思ひ残すことなし。
全く御身に信頼し切つて居ります。
俺は本当によい妻を持つたと思ふ。
いとし妻 深きえにしぞ 有難し 又来む世にも 君を娶らむ
唯気になるのは国の今後だ。
日本の悪い所を正し彼のよい所を採入れやう。
何もかも 忘れんとする 我乍ら 尚気にかかる 国の行末
四郎君 早く大きくなり給へ。
父に会ひたかつたら写真を見なさい。
君にもう一度会ひたかつたが仕方がない。
ヨチヨチ歩く姿が今も目にちらつく。
井戸に落ちない様に御要心。
幸子君 此の前はお手紙有難う。
大変よく書けました。
よく勉強して四郎のお守りもして下さいね。
いぢ悪してはいけないよ。
やさしい子になりなさい。
仕事を早くすること、後片付をよくする事に注意しませう。
三郎君 御手紙は有難く読んだ。
よく働いてお母さんの手伝をする由、安心した。
これからは兄弟仲よくして偉い人になつて下さい。
癇癪を出さぬ様。
二郎君 真情溢るる手紙に感激した。
しつかりやつてくれ。
ハキハキする事、勉強を徹底的に判るまでやれ。
誤字に注意。
昭男君 君の激励の手紙で大いに気を強くした。
父は昭和維新の犠牲として喜んで出発する。
城山で散つた南洲翁の気持がよくわかる様です。
君は大田家の長男として十分に覚悟が必要に候ぞ。
大黒柱としての責任を忘るる勿れ。
※南洲翁・・・西郷隆盛のこと
康子君 やさしい慰めの御手紙、どれほど慰めてくれたか知れぬ。
君には色々と御世話になつた。
こんな事になるのならもつともつと可愛がつておけばよかつたと思ひ居候。
よい娘だつた。
よい縁があればよいと祈り居候。
さて、時間も段々迫る。
運命を甘受して笑つて出発しませう。
流れ行く 雲を窓辺に 眺めつつ 奇しき運命を 夢かとぞ思ふ
最後の場所に来て私の所望にて好きなものを飲まされ、陶然として誠によい気持に相成候。
之を要するに私は最後迄元気で朗らかに暮申候。
予が命日は二月二十三日午前三時三十分ぞ。
泣かずに酒でも供へて下さい。
最後迄御身等を思ひつめ居り候霊魂不滅。さらば
昭和二十一年二月二十三日二時十分 大田清一
シズ子 殿
皆 様
陸軍憲兵大佐 大田清一命
昭和二十一年(1946)二月二十三日
マニラにて法務死
鹿児島県鹿児島市出身
五十歳