JW643 金鱗湖
【景行征西編】エピソード14 金鱗湖
第十二代天皇、景行天皇の御世。
西暦82年、皇紀742年(景行天皇12)10月。
景行天皇こと、大足彦忍代別尊(以下、シロ)の一行は、宇奈岐日女神社(大分県由布市湯布院町川上)にて、神事(祭祀のこと)をおこなった。
そして「ウナ」が、由布院盆地に伝わる、湖の物語を語り出したのであるが・・・。
ウナ「湖の伝説には、後日談も有りまするぞ・・・。」
シロ「その後の物語が有るのか?」
ウナ「左様。この時、湖の底に、一匹の竜が棲んでおったのでござるが、水が減ったので、神通力を失い、身もだえながら、由布岳の麓、岳本の地まで来て、天祖神に訴えたのでござる。」
ワオン「天祖神? どんな神様なのじゃ?」
ウナ「よくわかりませぬが、天之御中主神ではないかと・・・。」
シロ「して、竜は、何と訴えたのじゃ?」
ウナ「竜は、神に頼み事をなされもうした。『湖の全ては、望みませぬ。ただ、この地に、少しばかりの安住の地を与えてくだされ。』と・・・。」
モロキ「引っ越すつもりは、なかったのじゃな・・・。」
ウナ「そして、こう言ったのじゃ。『さすれば、永く、この地を護りましょうぞ。』とな・・・。」
百足「して、神は、どう返したのじゃ?」
ウナ「竜の願いは、聞き入れられもうした。岳本には、池が残され、その後、竜は、再び神通力を得て、雲を巻き、昇天したのでござる。」
えっさん「めでたし、めでたし・・・にあらしゃいますなぁ。」
シロ「その池は、二千年後も残っておるのか?」
ウナ「残っておりまするぞ。二千年後の地名で申せば、由布市湯布院町川上になりまする。慶長の大地震で埋まり、小さくなってしまいましたが・・・。」
おやた「慶長の大地震?」
タケ「西暦1596年、皇紀2256年の9月1日、もしくは、9月4日に起こった『なゐ』(地震のこと)じゃ。まあ、文禄5年に起きたのじゃが、その年の10月27日に、慶長と改元されたゆえ、慶長の大地震と呼ばれておる。」
ウナ「して、池の名は、金鱗湖と申しまする。」
シロ「金の鱗か・・・。おもしろき名じゃ。」
ウナ「この名は、明治時代の儒学者、毛利空桑が名付けたのでござる。空桑が、この地に遊び、魚の鱗が、夕日に輝くのを見て、名付けたと言われておりまする。」
たっちゃん「ん? 言われておる?」
ウナ「ロマンにござりまするな。」
シロ「明治の世となっても、ロマンが通じるのじゃな・・・。」
野見「『ウナ』殿・・・。長きにわたる解説に、水を差すようで、申し訳ないのじゃが・・・。」
シロ「ん? 如何致した?」
野見「由布院盆地が、湖であったとの話・・・。偽りにござりまする。」
ウナ「何を申すか! 宇奈岐日女に対し、無礼であろう!」
野見「されど、由布市湯布院町川上の佐土原地区において、ボーリング調査がおこなわれた折、地下20から30メートルの処より、2万3千年前の木片が見つかっておるのじゃぞ。」
シロ「待て、待て・・・。『ぼおりんぐ』とは、如何なる意じゃ?」
夏花「ボーリング調査とは、細く深い孔を掘り、出てきた土を調べることにござりまする。」
シロ「土を調べると?」
野見「左様。もし、盆地が、湖であったなら、木片が出てくるなど、有り得ませぬ。」
ウナ「そ・・・そのような・・・(;゚Д゚)」
夏花「それだけでは、ありませぬぞ。由布院小学校の駐輪場付近からは、弥生時代の土器が見つかっておりまする。」
ウナ「な・・・なんと!(;゚Д゚)」
野見「更に、湖なれば、有るはずの珪藻土が見つかっておりませぬ。」
シロ「待て、待て・・・。『けいそうど』とは、何じゃ?」
夏花「珪藻土とは、藻の化石が埋もれた土にござりまする。」
シロ「藻が、化石? ようわからぬ。」
夏花「珪藻という藻は、殻を持つようでして、その殻が、石になるのだとか・・・。」
野見「その数が多いため、溜まりに溜まって、まるで、土のようになるのでござる。それを、珪藻土と申しまする。」
シロ「とにかく、湖であれば、その・・・『けいなんとか』が出てくるのじゃな?」
野見「左様にござりまする。されど、由布院盆地からは、出てこない・・・。」
ウナ「な・・・なんということじゃぁ!」
リトル「うぎゃう! うぎゃぎゃ!」
タケ「ふむふむ・・・。『リトル』が、ロマンを奪うなと申しておるぞ。」
野見「そ・・・そう言われましても・・・。」
シロ「とにかく、我は聞かなかったことにする。それよりも、船を支度せよ。」
いっくん「えっ? いきなり、何ですの?」
シロ「これより、我らは、船路にて、南へと進む。」
唐突な展開・・・。
海に出る一行・・・。
次に待ち受けるものは?
次回につづく
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