JW646 土蜘蛛いろいろ
【景行征西編】エピソード17 土蜘蛛いろいろ
第十二代天皇、景行天皇の御世。
西暦82年、皇紀742年(景行天皇12)10月。
船路を進む、景行天皇こと、大足彦忍代別尊(以下、シロ)の一行は、宮浦(大分県佐伯市米水津宮野浦)に到着。
そこで、魁帥(首長のこと)の速津媛(以下、はやや)の出迎えを受けたのであった。
ウナ「『はやや』よ・・・。いの一番に、大王の元に参上しちょかんと、つまらんで。それを、わざわざ、ここに来て、出迎えとは・・・。何しい来たんかえ?」
はやや「あんのう、大王に、やっつけて欲しい賊が居るんじゃ。」
シロ「賊? 土蜘蛛が居るのか?」
はやや「はい。『うち』らでは、どげんこげん、なりゃあせんのです。」
ナッカ「大王? 熊襲を討つ前に、土蜘蛛討伐をやるんすか?」
シロ「魁帥の願いとあらば、聞き入れぬわけには参るまい。」
タケ「して『はやや』よ。土蜘蛛は、どのような奴原なのじゃ?」
はやや「まず・・・鼠の石窟と呼ばるる、大きな石窟に、青と、白という、土蜘蛛が居るに。」
たっちゃん「二千年後の地名で申せば、何処になるのじゃ?」
はやや「大分県竹田市の稲葉川の上流のような気がするっちゃ。」
いっくん「かなりの山ン中、やないかい!」
はやや「そげんコツ言われても、仕方ねぇっちゃ。」
舟木「して、それだけか?」
はやや「他にも、三人の土蜘蛛が、いるっちゃ。打猨、八田、国摩侶と言って、竹田市の今や菅生の辺りにいるっちゃ。」
おやた「我らの時代では、何と呼ばれる地なのじゃ?」
はやや「この頃、どけぇ呼ばれちょったか、分からんけんど、その後は、直入県の禰疑野と呼ばれたみたいじゃなぁ。」
シロ「そうか・・・。その者らを討てば良いのじゃな?」
はやや「はい。五人は共に、強すぎちから、輩も多く、王命に従わんと申しちょります。むりこしゃりこ、お召しになれば、兵を起こして、もがうじゃろうなぁ。」
モロキ「よぉぉし! 腕がなるぞ!」
野見「大王? とにかく、山中まで、分け入らねばなりませぬな?」
シロ「うむ。では『はやや』の願いに応え、土蜘蛛を討ちに行こうぞ!」
こうして一行は、進軍経路を変更し、竹田市方面へと進んでいった。
その途次・・・。
シロ「では、今日は、ここで、夜を明かそうぞ。」
夏花「して、二千年後の地名で申せば、何処になりまする?」
シロ「大分県豊後大野市の朝地町綿田じゃ。」
影媛「ここで、何か、あったのですね?」
シロ「どうも、そのようじゃな・・・。」
ヤヌシ「実は、この地域の北方に、北平という地区が有るなり! この辺りに、かつて、阿志野と呼ばれる地があったなり!」
小左「それが、どうしたと申されまするか?」
ヤヌシ「ここに、小竹鹿奥と小竹鹿臣という、土蜘蛛が、いたなり! 『オキロ』と『オミール』と、呼ぶことにするなり!」
そこに、当該の人物がやって来た。
オキロ「お初にお目にかかりまする。地元の土蜘蛛じゃ。」
オミール「同じく、我も土蜘蛛じゃ。」
えっさん「土蜘蛛と言っても、敵対しているわけではないのですな?」
オキロ「味方する土蜘蛛が居っても、ええじゃろう?」
オミール「ほんなら、大王に奉る御饗を作るっちゃ!」
百足「おお! 地元の御馳走が、いただけるのか?」
オキロ「じゃあじゃあ。そんためには、狩りをせんと、いかんけん、ちぃと待っちょっちくれ。」
一行は、獲物が取れるまで待たされたのであるが・・・。
勢子(い)「よおぉい! よおぉい!」
勢子(ろ)「よいっ! よいっ!」
舟木「う・・・うるさい・・・。」
ワオン「して、勢子とは、何でござろうか?」
いっくん「獲物を追い出す役割の人たちやで。」
たっちゃん「勢子の声に驚いて、飛び出してきた獲物を射る・・・というわけじゃ。」
やぁちゃん「それにしても、大掛かりなのですね。声が、ここまで届くとは・・・。」
シロ「うむ。大囂・・・。」
ヤヌシ「やかましい・・・という意味なり!」
はやや「こうして、大囂野という地名が生まれたに。」
ウナ「風土記の編纂時には、網磯野と訛っちょったに。」
百足「そして、ついには、阿志野となりもうした。」
その後、美味しい馳走をいただいたとか・・・。
次回につづく
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