JW582 稲を咥えて
【垂仁経綸編】エピソード4 稲を咥えて
第十一代天皇、垂仁天皇の御世。
紀元前3年、皇紀658年(垂仁天皇27)9月。
ここは、伊勢国。
二千年後の三重県伊勢市。
伊勢神宮から、ほど近い場所で、大若子(以下、ワクワク)と、乙若子(以下、乙若)、そして、紀麻良(以下、キーマ)の三人は、歩き回っていた。
倭姫(以下、ワッコ)の命を受け、昼夜を問わず、騒ぎ鳴いていた、鳥を探していたのである。
そして・・・。
キーマ「あっ! あちらに、鳥が居りますぞ! 真っ白な真鶴にござりまするな・・・。」
乙若「あっ! 飛び立ちましたぞ!」
ワクワク「これは、追い駆けろってことだね。見失っちゃダメだよ!」
一行は、必死に追い駆けた。
そして・・・。
ワクワク「ついに、鳥が降り立ったよ!」
キーマ「ここは、嶋国の伊雑にござるな。」
乙若「二千年後の地名で申しますと、三重県志摩市の磯部町上之郷にござりまする。」
ワクワク「でも、こんな草が生い茂る中で、何をやってるんだろ?」
キーマ「ん? 真鶴が、何かを咥えましたぞ!」
乙若「あれは・・・稲にござりまするな。」
ワクワク「稲を咥えちゃったの?」
乙若「一本の稲にござりまするが、先の方を見てみると、千穂が実っておりまする。」
ワクワク「あれ? そのまま、飛び立ったよ!」
キーマ「追い駆けましょうぞ!」
こうして、再び、追走劇が繰り広げられ・・・。
ワクワク「五十鈴宮に戻ってきちゃったよ!」
キーマ「二千年後の伊勢神宮にござりまする。」
乙若「ずっと、宮の上を飛び回りながら、鳴き続けておりまするな。」
ワクワク「これは、どういう『嫌がらせ』なんだろう?」
乙若「も・・・もしかして・・・。」
キーマ「ん? 何か分かったのか?」
乙若「真鶴は、天照大神こと『アマ』様に、あの稲を捧げたいと思うておるのでは?」
キーマ「そのために、五十鈴宮の上を、朝な夕な、飛び回っておると申すか?」
ワクワク「あれ? そんなことを言ってたら、鳴くのを止めちゃったよ!」
乙若「やはり・・・そういうことか・・・。」
ワクワク「よし! それじゃあ、ワッコ様に言挙げしよう!」
こうして、三人は、ワッコに報告したのであった。
ワッコ「そ・・・それは、真か?!」
ワクワク「嘘を吐いても、仕方ないでしょ。」
ワッコ「なんと・・・恐ろしい。」
慄く、ワッコに、従者たちが過敏に反応する。
カット「皇女様? 何を恐れておられるのです?」
インカ「左様。恐ろしがることは、ありませぬ。素晴らしきことでは、ありませぬか。」
ワッコ「私が言いたいのは、恐ろしいと言っても、畏れ多いということじゃ。」
アララ「畏れ多い? どうして?」
ワッコ「言の葉を発しない鳥でさえ、稲を捧げ奉らんとしておるのじゃぞ? これほど、畏れ多いことが有ろうか・・・。」
市主「神の威光が、そこまで及んでいることに、畏怖しておられるのですな?」
ワッコ「そういうことじゃ。とにかく、私は、これより、物忌致す。」
ねな「物忌? どうして、そんなことするの?」
ワッコ「あの鳥がため、神事をおこなうためじゃ。」
おしん「物忌ってのは、神事のために、食べたり、飲んだり、言の葉や、おこないを慎んで、身を清め、籠ることだべ。」
それから、数日の間、ワッコは、物忌をおこなった。
そして・・・。
ワッコ「さて、これより神事をおこなう。まずは、稲が生えていた、嶋国の伊雑に鎮まり坐す神について、知りたい。」
市主「その地の神は、伊佐波登美神こと『おとみ』と申しまする。」
ワッコ「そうか・・・。では、その神に申し上げる。真鶴がため、千穂の実る稲を、抜き穂として抜くように・・・。」
するとそこに「おとみ」が現れた。
おとみ「来ちゃいましたよ。『倭姫命世記』に、こんな場面は無いんだけど、持って来ちゃったわよ。」
ワッコ「かたじけのうござりまする。」
おとみ「これを、アマ様の御前に、御饌として、懸けて奉るのよ。」
ワッコ「かしこまりました。」
こうして、稲が、届いたのであった。
つづく
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