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アレント「道徳哲学のいくつかの問題」

1965年、60歳を目前にしたハンナ・アレントは、「道徳哲学のいくつかの問題」と題した講演を、ニューヨーク・マンハッタン島にあるNew School for Social Researchという大学で行った。 講演は、イギリス首相チャーチルの引用ではじまる。「わたしが不可能であると信じてきたか、そう教えられてきたことで、起こらないことはなかった」。 不可能であるはずなのに起こってしまったこととは何か。第二次世界大戦下にナチス統治下でおこなわれたユダヤ人の大量虐殺(ホロコース

ブラム・ストーカー『ドラキュラ』

ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』を読んで、それについてToughのみんなで話しました。 光文社古典新訳文庫の唐戸信嘉訳で読んだのですが、これはとても読みやすいのでおすすめです。 イギリスの弁護士、ジョナサン・ハーカーが土地の売買の商談をしに、ルーマニアにあるドラキュラ伯爵の城に赴く……というところから物語は始まります。ジョナサンはドラキュラ城に閉じ込められてしまい、数々の恐ろしい出来事に遭遇します。 ドラキュラといえば吸血鬼であり、人の血を吸う怪物という印象があるかと

物語における仮の信仰〜〜『ドラキュラ』

はじめに今回はゴシックホラーの名作である『吸血鬼ドラキュラ』を選んだ。 著者はブラム・ストーカー。アイルランド人。1847年生まれ、1912年没。公務員だったが文芸活動をしていた。1876年に名優ヘンリー・アーヴィングと出会って、ロンドンへ家族で転居。ヘンリーの劇場で働き始めた。俳優に随伴してアメリカやヨーロッパに赴き、上流階級との交友を持った。ロマンス小説を多く書いたそうだ。1897年に『ドラキュラ』は出版された。 ドラキュラのイメージと実際に描かれていることドラキュラと

【文フリ東京39】読書会をテーマにした同人誌を発行します!

読書サークルToughではじめての同人誌を作りました! 題して「タフのパン」。 12/1(日)に東京ビッグサイトで開催される「文学フリマ東京39」で販売します!(価格=500円、72ページ) 読書会のこれまでを総括する座談会「読書会6年やってみたけど、どうだった?」をはじめ、メンバー各自が自由に考えたいことを書いたエッセイ3本も収録しています。 こちらでは、本の最初にかかげた巻頭言を紹介します。メンバーのひとりが草稿を書き、ほかのメンバーが推敲しました。特に「タフ」という

【読書会後】マナー、文脈、ファッション

今回の課題本は、この9月にちくまプリマー新書から出たばかりの平芳裕子『東大ファッション論集中講義』でした。 絵画や彫刻といった純粋芸術に対して、ファッションはふだんの生活に根ざした応用芸術として成立しました。だからこそ、学問の対象としては長らく軽視されてきました。 平芳は、そのような状況を変えてきたファッション研究の先行世代として、次世代のファッション研究を担う若い世代に向けた講義を行いました。ファッションというものがどのような歴史をたどって人々の生活を変えたか。どのような

平芳裕子『東大ファッション論集中講義』

最近はバレンシアガに夢中になっているおしゃれな先輩が『相対性コムデギャルソン論』という本を貸してくれた。 「そういえば、『東大ファッション論集中講義』っていう本出てましたよね、読みたいなー」と言った私は、帰りがけに本書を購入し、次の日に開催されたToughの読書会に持って行った。「次これやりませんか?」と言ったら二人とも快諾してくれた。 読書会メンバーのかなめくんは多少なりともファッションに興味はあるらしいが、信濃さんは「イオンとかで買いますね」と語っており、ファッションへ

【読書会後】一見無造作な物語の中の権力構造、エロティックさーーー大江健三郎・シュルレアリスム

大江健三郎の『死者の奢り・飼育』を読んで、読書会をした。 シュルレアリスムの展示を観たといっても、我々の読書会は読書をするだけではない。 まず行った先は板橋区立美術館。芸術も愉しむのである。 館蔵品展として「もっと魅せます!板橋の前衛絵画 シュルレアリスムとアブストラクト・アート」をやっていた。 板橋区立美術館では今年2024年3月〜4月にかけて「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本」という企画をやっており、その続きとして今回の展示をやっているようだっ

スマホと弁当:大江健三郎の『死者の奢り・飼育』を読んで

会社の昼休みに弁当を食べる。箸をにぎった手でそのままふたを開け、箱につめられたご飯を箸の先でちいさく区切り、ひとつを掴んで口に運ぶ。 同時に、左手でスマホを開き、ツイッターを見始める。何を見ようとするわけでもなく、目に飛び込んでくるツイートを流し読みする。 ご飯を箱の半分ほど食べたところで、ふと米粒のかたまりが、箱の外に落ちているのに気づく。 新潮文庫の『死者の奢り・飼育』(1959)は、大江健三郎の最初期の短編を集めた作品集である。 読書会のために、読んでみた感想をまとめ

普通の人びとの普通の生 『かもめ・ワーニャ伯父さん』

新潮文庫『かもめ・ワーニャ伯父さん』には、チェーホフの2つの戯曲が収録されている。 どちらの作品でも、さまざまな立場の人々が、お互いに恋をしたり、憎んだり、蔑んだりする。 いずれもすれ違いで、片思いである。双方に思いを分かち合う、というシーンはほとんどない。共有したように見えても、その後に破綻する。 「かもめ」も「ワーニャ伯父さん」も、主人公が「僕のこの気持ちを、きみがわかってくれたらなあ!」というセリフを連発するが、この雨でイベントが台無しになってしまったような「伝わらな

チェーホフ『かもめ』

こんにちは。うにです。 今回はチェーホフを読むことになりました。前回、ナボコフを読んで、「ロシアの作家とかいいんじゃない?」という意見が出て、「ナボコフはロシアの作家なのか?」という疑問もありながら、まあチェーホフ好きだし、「読みたいです!」と僕が言って決まりました。 (読書会メンバーのかなめくんも信濃さんも、我が強くない穏やかな人々なので、スッと意見が通ってしまった!) 『かもめ』今回読むのはチェーホフの四大戯曲と言われる作品の中でも、一番最初に発表された『かもめ』です。

大変おかしい、チェーホフの「かもめ」について

チェーホフの「かもめ」を読もう、となった。 読んでいたのだけれど、どうにも舞台で観たいなあと思って探してみたら、動画があった。 戯曲だけではよくわからなかったのだが、動画を通じてよくわかった。 さて、改めて上記の動画再生前に見えるスクリーンショットには「喜劇」と書かれている。 「かもめ」は喜劇なのだろうか? どうやら人はみな「かもめ」が喜劇なのかどうかについて気になるらしく、講演会も開かれたことがあるらしかった。 あるものを目指し、全くそれには至らないことの喜劇性喜劇の

言語との情事――ナボコフ『ロリータ』

作家ウラジーミル・ナボコフは、自身の小説『ロリータ』を、「私と『英語という言語』との情事の記録」であったと振り返りました。 ここでは、そのナボコフの一節をこねくりまわすことで、はじめて『ロリータ』を読んだ(そして読み切れなかった)感想の代わりとしたいと思います。 「情事」というワードが意味するものが、主導権を握り握られ、支配することが服従することであり、服従が支配であるようなシーソーゲームであるなら、「言語との情事」という表現は『ロリータ』にぴったりです。 語り手ハンバート

ナボコフ『ロリータ』

unigakikoeruです。かなめくんと信濃さんがやってるToughという読書会メンバーに入れてもらいました。いぇい。 さて、今回はナボコフの『ロリータ』です。これは僕が提案しました。なんで『ロリータ』なのかを書いてたら長つまらない文章ができたので、一番最後に置いておきます。これも後述するんですが、今回は読解というよりは、プリミティブな感想を書いていこうかなと思います。 ①語り手の自己主張が強い 『ロリータ』はハンバート・ハンバートという男の手記の体裁をとっています。

『ロリータ』

僕たちはナボコフの『ロリータ』を次に読む本として選んだ。 ナボコフは1899年生まれ、1977年に亡くなった。 帝政ロシアで生まれて、ヨーロッパ、アメリカと亡命した作家。昆虫に詳しい。チェス・プロブレム作家。 貴族の家に生まれたナボコフは、20歳ごろロシア革命で西欧へ亡命。イギリスやドイツのベルリンで過ごしていた。 父親の暗殺からフランスのパリへ。このころから詩や小説を書いていた。その後最終的に行き着いたアメリカで1945年帰化。1955年『ロリータ』を書いた。 (以上評伝