マガジンのカバー画像

『僕の同居人』(ノンフィクション)

12
コロナの影響でバングラデシュから日本に一時帰国した友人との同居生活の日常。
運営しているクリエイター

#ノンフィクション

始まる〜僕の同居人#1〜

6月上旬。 奴は日本に帰国した。 "奴"とは、 付き合いの長い地元の友人である。 奴が大学卒業後、 仕事のためバングラデシュに移住し、 日本には年1で帰国する。 その度、僕らは会って近況を報告しあう。 ただ、 今回は違う。 奴が住むバングラ(デシュ)では、 コロナの蔓延が凄まじいく、 一日で感染者が数千人という増え方で急増してるらしいのだ。 その影響により、 奴に会社から日本への帰国命令が出て、 暫くバングラには戻れないという。 そう。 無期限の日本滞在が決ま

散歩が旅になった深夜〜僕の同居人#2〜

奴がバングラディシュから帰国し、 僕の家に転がり込んでから数日後。 仕事終わりに散歩でもしようか。 僕がそう提案したのだ。 というのも、僕が構想中の脚本のイメージを固めたかったからだ。 2人の若い男女が、蒲田から羽田空港へ行き、そこからただただ南の方角へと歩くと、 とある海岸線に辿り着くといった一連のシーンを考えていて、 漠然とイメージしたその導線を自ら歩いて登場人物の気持ちに寄り添ってみようかなんて思って。 いや・・・違うな。 そんな高尚な目的を口実にただ痩せ

横に振って縦に振る〜僕の同居人#4〜

奴がバングラデシュから帰国し、 奴との同居生活を始めてから2週間が経つ。 奴がどうゆう人間なのか少し説明しておこうと思う。 奴はバングラデシュで働く日本人。 今は一時的に僕の家に居るが、 そのうちまたバングラに帰るだろう。 帰ってもらわなければ困る。 大学卒業後、バングラに移住。 かれこれ5年くらい向こうの会社で働いている。 ベンガル語はかなり流暢だ。 現地にいる職場の部下と電話で話しているのをよく耳にする。 何を言ってるのかさっぱりだが、電話を切って必ず電話相手の愚痴

変わるもの変わらないもの〜僕の同居人#5〜

奴がバングラから帰国し、共同生活が始まった。 相変わらず僕はストレスを溜め込む毎日を過ごしている。    今日はちょっと昔の話をしようと思う。 僕と奴との出会いは小学校の時だ。 出会いは、全く覚えてない。 以上だ。  中学はと言うと、一つも思い出はない。 以上だ。 高校は別々だ。 振り返ってみれば、 学生時代ちゃんと会話した記憶すらない。 強いて言えば奴が小学3年の時、 うんこを漏らしてちょっとした事件になったことくらいしか記憶にない。 そんな関係性の2人だっ

不機嫌なキリン〜僕の同居人#6〜

奴との同居生活が始まってから数週間が経った。  同居したては、 奴の異常行動に僕の細胞が過剰に反応し、 何度も発作を起こしていた。 そんなアレルギー反応に苛まれる毎日を過ごしてきたわけだが、 不思議なことに体が奴の生命活動に適応して きた。 ようやく仕事が終わり、 途中コンビニに寄ってお気に入りの炭酸水を数本とタバコを購入。 「奴の分も」 と、いつもより多めに買う。  自宅マンションに辿り着けば、 鍵のかかっていない玄関を開け、 雑に脱ぎ捨てられた靴を一瞥した後

余命3年〜僕の同居人#7〜

奴との同居生活中、 僕は睡眠時に口テープが義務付けられた。   僕のいびきがうるさいという苦情は、 次第に正式な嘆願へと変わり、 いよいよ、 ルールという形で突きつけられた。 当然のように、  「会社から持ってきたから」  と、ただの紙テープを押し付けられた。 僕はそれを口に貼って寝る生活が始まったのだ。 たいてい朝には丸まってどこかに消滅するか、 口の中だ。  確かに僕のいびきはうるさい。   らしい。 たまに無呼吸にもなる。    らしい。 それで

ペスカトーレ〜僕の同居人#8〜

奴との同居生活が始まってから、 (ほぼ)毎日の散歩が定着化しつつある。 こんなに歩いているにも関わらず不思議と体重は変わらない。 そんな中、僕らの深夜の散歩に新たな目標ができた。 ライトアップされた東京タワーを拝もうというものだ。 毎度、東京タワーに到着した頃には僅差で消灯されてしまう。 単純に早く家を出ればいいだけの話なのだが、 依然、目標は達成されずにいる。 「ペスカトーレは食べられる?」 「なにそれ?」 とある日の夜。 珍しく僕らは晩飯を家で作ろう

着るもの、着せられるもの〜僕の同居人#9〜

燃えるゴミの日のことだ。 「しっかり分別して下さい」   その注意書きと、 ご丁寧に缶コーヒーがしっかり透けて見えるゴミ袋の写真付きの紙が家に届いた。 どうやら可燃ゴミの袋に缶コーヒーが紛れ込んでいたようだ。 それを管理人が発見し、 僕らが出したゴミだと特定したようだ。 問題は缶コーヒーのことではない。 その注意書きの宛名だ。 僕と同居人の名前の連名になっているのだ。 まず犯人は奴である。 それは間違いなく。 ただ、 「共犯だ」 そう言われたような気がし

シェアハウス、シェアバイク、シェアパンツ〜僕の同居人#10〜

奴との同居生活が始まって以来、 深夜の散歩は断続的に続いている。 この日は、 広尾、恵比寿、中目黒と、 日比谷線を沿うように進み、 駒沢通りを蛇崩の方へひたすら歩いた。 1時間半程歩いたところで、 疲労と飽きがやってきた。 「そろそろ帰ろうか」 こんな感じで僕らはいつも帰路に就くのだが。    しばしば遠くまで歩き過ぎてしまい、 帰りがしんどくなってしまう。 帰りのことも考慮しながら調整して歩くということが下手くそな僕らは、 「どうする?今日はタクシーで帰る?

真夏のピークが去った〜僕の同居人#11〜

同居生活を始めて1ヶ月半が経ち、 東京は本格的な夏に突入した。 本当は海や山にでも行って夏を満喫したいところだが如何せん休みがない。 キンキンに冷えたビールを飲みに行こうにも、同居人は下戸。 結局、僕らはカラオケか喫茶店に入る。 年に一度くらいしか帰国しない奴とのカラオケではもはや恒例になっているのだが、 寿司屋の大将の如く、 旬な曲を何曲か僕が歌い、 「今これが流行ってるぞ!」 と、得意げに奴に薦めるのだ。 大抵、奴は知っている。 なんなら奴の方が詳しかっ

夕暮れ〜僕の同居人#12〜

(これは8月中旬の話)     「最後にやり残したことをやろう」 仕事終わりに僕らは話し合った。 別に奴が死ぬわけではない。 余命はわずかだが。 (#7に詳細) ただ、本当に奴が死んだと思ったことがあった。 考えたら常に奴は死と隣り合わせの日々を送ってきたかもしれない。 数年前にバングラデシュのとある街で爆破テロが起きた。 その時テレビを見ていた僕に、 20代男性で同じ地元の日本人がテロに巻き込まれて亡くなった という訃報が速報で流れこんだ。 即座に奴の顔が