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夕暮れ〜僕の同居人#12〜

(これは8月中旬の話)    

「最後にやり残したことをやろう」

仕事終わりに僕らは話し合った。



別に奴が死ぬわけではない。



余命はわずかだが。
(#7に詳細)


ただ、本当に奴が死んだと思ったことがあった。


考えたら常に奴は死と隣り合わせの日々を送ってきたかもしれない。



数年前にバングラデシュのとある街で爆破テロが起きた。


その時テレビを見ていた僕に、
20代男性で同じ地元の日本人がテロに巻き込まれて亡くなった
という訃報が速報で流れこんだ。


即座に奴の顔が脳裏をよぎった。


LINEで安否を確認したところ、 
奴は無事ではあったが、
爆発は奴の住むすぐ近くだったという。



それから、
いつ事件に巻き込まれてもおかしくない場所に奴は住んでるんだと改めて認識した。



他にもある。

奴がバングラの自宅で寝ている時、
同じ建物で火災があり建物にいた人間が逃げ惑う中、
奴は1人熟睡していたらしい。
危うく炎の中で永遠の眠りにつくとこだったと。



改めてマヌケな奴だと認識した。



東京の上空に爆音と共に隕石が流れたあの夜も奴だけ気付かなかった。  

それだけ鈍感なだけに、
僕のいびきにだけ敏感なのが余計腹が立つ。






話を戻そう。






急遽、奴の帰国の日程が決まったのだ。



最後に奴と日本でしておきたいことを話し合った結果、
この3つをなんとか実行しようということになった。  



"奴と念願のシガーバーに行く" 

"奴と回らない寿司屋に行く"

"奴とレインボーブリッジを歩いて渡る"




サザエさんの予告みたいになってしまったが、
ちょうど良い平凡な願望だ。




そんなわけで、
とある日の仕事終わりにシガーバーへ行くことに。
そのような類の店には行ったこともないし、
どこにあるかすら知らない。


仕方ないのでテキトーにネットで良さげな店を見つけ、
西麻布へと歩いて向かった。




この前のバーで失敗したばかりだったが、
(#11に詳細)
今度は問題ない。


何故ならシガーという目的が伴う。

シガーバーとはその名の通りタバコを吸うために集うバーだ。
タバコと言っても葉巻なので、
煙を吸い込むのではなく口の中で味わって楽しむ物である。
敷居の高い店だと思っている人も多いと思うが、
これだけ知っていれば何も問題ない。




お目当ての店に入店。



なんだかよく分からず、
すぐに店員さんを呼んだ。





3種類のキューバ産の葉巻の中からテキトーに何か一つ選んだ。 




煙草の先を切って火を付けた。
いや、付けてもらった。



訂正させてもらう。



難易度が高過すぎて問題だらけだった。



それでも念願のシガーにありつけ、
奴は今回の日本で1番楽しそうにしていた。




こうして一つ目の願望は叶った。




後日、仕事終わりにこれまた西麻布にある寿司屋に向かった。



回らない寿司屋と言えど、
高級な所はなるべく避けてそこそこの店にした。


深夜ということもあって、
僕が頼みたいネタは殆ど無かった。
だったら回る寿司で良かったと少々後悔。


奴はというと、

「これが1番好きなんだ」

と、カリフォルニアロールを頬張り、
鮨屋を堪能した。



回らない寿司に来た意味を見失いかけたが、
これはこれで満足。


同時に、
きっと奴と高級鮨屋に行くことは今後なさそうだと悟った。



そして、いよいよ最後の散歩の日がやって来た。


目的地はレインボーブリッジ。



僕らはすっかりお気に入りのシェアバイクに跨り、
海の方へと向かった。


こうして奴と自転車で海に向かうなんて高校生ぶりだ。



当然、こんなスイスイ動く電動自転車ではなかったが。
一瞬でもあの頃の気分に戻れたような気がした。



最短距離でレインボーブリッジに向かい、
橋のすぐ近くにあった自転車置き場に自転車を返却。


そこから歩くこと数分。


いよいよ僕らは橋の袂まで辿り着いた。



真下から見るレインボーブリッジは壮観。



天候もまた最高。


テンションは最高潮。



いざ、歩行者用の入口へ。




見当たらない。



探しても探しても、見つからない。




恐らくあれだというものを見つけた瞬間、

胸中がざわつく。



恐る恐る近づけば、
その予感が的中する。




入口が封鎖されている。



本当に、
僕らはいつも間に合わない。



「室井さん」

まで言いかけて辞めた。




最後の夜の散歩は、
僕達らしい終わり方で幕を閉じた。




そして、
最終日。




奴が帰国する日、
レンタカーを借りてとある駅まで送ることに。


奴の異常に重いスーツケースを車に乗せ、
いざ出発。







無言が続く車内に
僕はそっと音楽を流した。


今回の日本で奴と何度も聞いた曲メドレー。


自分が臭いことをしているのは承知の上だ。
それ以上に会話は避けたかった。




香水、夜にかける、クリープハイプの栞、
フジファブリックの若者のすべて、
スキマスイッチの惑星タイマー、




夕暮れ時の首都高を
そうやって走りっきった。





気が付けば、
駅に到着。




(本人は否定するかもしれないが)
泣きそうな奴と、

言葉少なに別れ、

見送った。




こうしてまた、
僕の生活に平穏が戻ってきたのだ。




そして、


同居生活で溜め込んだ
止め処ない奴への愚痴は、



奴がいなくなった途端、   


旧懐へと変わる。








それをひっそりと僕は、

またここで綴る。


「僕の同居人」(終)

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