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散歩が旅になった深夜〜僕の同居人#2〜

奴がバングラディシュから帰国し、
僕の家に転がり込んでから数日後。

仕事終わりに散歩でもしようか。

僕がそう提案したのだ。

というのも、僕が構想中の脚本のイメージを固めたかったからだ。

2人の若い男女が、蒲田から羽田空港へ行き、そこからただただ南の方角へと歩くと、
とある海岸線に辿り着くといった一連のシーンを考えていて、

漠然とイメージしたその導線を自ら歩いて登場人物の気持ちに寄り添ってみようかなんて思って。

いや・・・違うな。

そんな高尚な目的を口実にただ痩せたいという思いが強かっただけかもしれない。

散々同居人をデブだといじってきたが、
僕も立派なデブだ。

デブ同士歩いて痩せないかという話である。

僕らは20時過ぎに家を出た。

少し遠回りをしてから魚藍坂を上がり泉岳寺までまず歩いた。

同居人と僕の共通の友人であるA氏がこの辺りに住んでいるということを思い出した。

A氏に電話してみるとちょうど川崎大使から泉岳寺に帰っている途中だと言うので、
暫し帰りを待つことにした。

暫くしてA氏がやってきた。
他愛のない会話をしてる中で

「高輪ゲートウェイの中に無人のコンビニがあるらしい」

という話になり、

せっかくなので最近出来たばかりの高輪ゲートウェイを見に行くことになった。

5分程歩いたら目的地に着いた。
余計な装飾もなく、近代的で、広くて、透明で、なんか白くて、

空港みたいだった。

稚拙な表現の羅列になったが、
はっきり覚えているのは、
僕らが着いた時、消防車とパトカーが何台が停まっていたことだ。

「どっかの誰かが無人のコンビニに出られなくなってたりして(笑)」
  

本当にそうなっていた。

驚いた。
自分に予知能力があるのではと、一瞬疑った。

構内に入ると、
すぐ目に入った透明のガラス張りになっているスペースが無人のコンビニだ。

近づいてみれば、
そこにはケータイで誰かと話しながら佇む1人の青年がいた。
無人のコンビニには文字通り店員などいない。 

なぜ青年が一人コンビニで孤立することに至ったかは謎だが、
僕は扉が開いてくれるか試すように距離を縮めた。

当然、開かない。

僕はそこに入りたいのに、
目の前の青年は出たくて仕方がないなんて。

僕は一歩下がって、ガラス張りの空間に閉じ込められた青年と向き合った。

サル目ヒト科ヒト属ニッポン青年。

と、心の中でボードを立てた。
これがきっと数百年後の動物園だな。

この予知能力が当たらないことと、
青年の脱出の成功を祈り駅を後にした。

僕らは品川駅へと歩き、
小腹が空いたので家系らーめん大盛りとライスを食い、
今日の散歩分のカロリーを前借り。

見事に痩せるという目的を見失えど、
脚本のためだと自分を鼓舞して重い腰を上げた。

A氏と別れ、
品川駅から電車で蒲田駅へ向かう。

ほぼ終電で蒲田駅に降りた。
ここからがスタートだ。

まずは羽田空港へ向かう。

大通り沿いの道をただただ歩く。

天気は晴れ。
天候は暑くもなく寒くもない。
心地よい風が時折吹いてくれる。
夜の交通量はかなり少ない。
人もほとんどいないのでコロナなんて関係ない。
知らない道を歩くのはとにかく楽しい。
最高のコンディションだ。

今年初めてちゃんと歩いた僕の足のコンディションを除けば。

デブはまず足首にくる。
そう誰かに聞いたことがあるが、
事実だと確信した。

同居人と
「今どこら辺にきてる?」
なんて足事情の会話しかしなくなった。

コンビニを見つける度に入店し、
ベンチを見つければ座る。

これを延々と繰り返し、
ようやく羽田空港に到着した。

正確に言えば、建物の手前にあるちょっとした公園だ。

長い休憩を取りたいところに、
蚊が迫る。

蚊の気持ちになれば、
全身汗まみれのデブの体は、
きっとチョコレートフォンデュにくくらせた
マシュマロみたいなものなのだ。

忘れていたストレッチを今更した後、
仕方なく公園を後にする。

そして、僕らは目的地も設けないことにして、
南へと向かった。

気づいたら空が明るくなっていた。
家から歩き出してから5時間ほど経つ。

とっくに限界を迎えた足を引き摺り、
ただただ歩く。

同居人は意外と平気な顔で歩いていて、
次第に歩くペースがずれてくる。

「あれ、なんで俺たちこんな歩いてるんだっけ?」

気付いたら、
川崎大使の近くだ。
A氏の職場がここら辺だったことを思い出す。

川崎大使に来るのも初めてだ。
こんな機会はあまりない。
折角だからお参りして帰ろう。
それから出勤してくるA氏を駅で待ち伏せて驚かせてやろう。

そんなことはしない。
すぐに帰った。
電車で。
駅からタクシーで。

僕の頭の中の登場人物たちは、
あの先の、とある海岸線に辿り着けるんだろうか。

一つ言えることは、
僕たちが最後に辿り着けたのは、
前借りした分のカロリーの数値だということだ。

同居人よ。
暫くデブのままでいよう。
 

深夜の散歩が旅になった。
筋肉痛がお土産の。

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