真夏のピークが去った〜僕の同居人#11〜
同居生活を始めて1ヶ月半が経ち、
東京は本格的な夏に突入した。
本当は海や山にでも行って夏を満喫したいところだが如何せん休みがない。
キンキンに冷えたビールを飲みに行こうにも、同居人は下戸。
結局、僕らはカラオケか喫茶店に入る。
年に一度くらいしか帰国しない奴とのカラオケではもはや恒例になっているのだが、
寿司屋の大将の如く、
旬な曲を何曲か僕が歌い、
「今これが流行ってるぞ!」
と、得意げに奴に薦めるのだ。
大抵、奴は知っている。
なんなら奴の方が詳しかったりして、
バングラで得た日本の知識を僕が逆輸入することも多々ある。
今の旬と言えば、
やはり『香水』と『夜に駆ける』だろう。
珍しく奴は知らなかったので、
これ見よがしに歌ってやった。
それからは好きな曲を交互に歌い、
昔から奴と必ず歌うスキマスイッチの曲を歌う。
選曲のセンスは全く違うが、
稀に歌いたい曲がドンピシャする時がある。
フジファブリックの『若者のすべて』
という名曲がある。
〝同じ空を見上げているよ〃
のあの曲。
どっちが選曲したかは覚えてないが、
2人で熱唱した。
そんな久しぶりのカラオケを堪能して、
僕らは歩いて帰路に就く。
帰り道、
高校時代のことを思い出した。
地元の繁華街にある大通りは、
ゲーセンやカラオケ店などが立ち並ぶ言わば若者の遊び場だった。
僕らもいつもそこにいた。
いつものように遊んでいたある日、
僕らは大通りから一つ道を逸れて路地裏に入ってみた。
さっきまでの喧騒から打って変わって、
薄暗く物静かな雰囲気に包まれた。
暫く徘徊した。
表に赤提灯の大衆居酒屋、
いかにも高そうな割烹料理屋、
年季の入ったスナック、
怪し過ぎる風俗店、
大人の香り漂う店にワクワクした。
一軒一軒見て回って、
雰囲気の良さげな店を見つけては、
「ここは25歳になったら行こう」
「ここは28歳だな」
「いや、32だろ」
古風な居酒屋やお洒落なバルを横切っては、
2名で遠い遠い先の仮予約をしていった。
そんなことを思い出したものだから、
奴に一杯付き合ってもらいたくなった。
そんな風に誘うのは気恥ずかったのか、
「おすすめのバーがあるんだけど?」
なんて臭いことを言ってみたら意外と奴も乗ってくれたので、
知り合いがやってる中目黒のバーに行くことに。
奴とバーに行くなんて初めてだ。
「芸能人もよく来るんだよね」
そんな陳腐でダサい言い回しで店の良さを力説してから向かった。
僕自身久しぶりだったので、
少しワクワクした。
しかし。
入ってまず見知らぬ男性がバーカウターの奥に佇んでいる。
恐る恐る聞けば、
どうやらマスターが変わってしまったようだ。
故にここはもう僕の知り合いのバーではなくなった。
芸能人もいない。
代わりに、
「俺、喧嘩つえーから」
的なかなり痛い会話をしてる連中たちがいただけだった。
疎外感もあって、
早くも帰りたくなったが、
後には引けないので一杯だけ飲んですぐ帰ろうとカウンターに座った。
僕はハイボール、
奴はノンアルコールカクテルを注文。
人は変わったが、
店の雰囲気は以前のままで素晴らしい。
タバコを吸ってドリンクを待った。
いつもの喫茶店で向かい合って話すことに慣れ過ぎているのか、
カウンターで奴と横に座ることに違和感を覚える。
知らない客が店に入って来て僕のすぐ隣に座った。
マスターとの会話から察するに、
この物凄いロン毛の男性は常連らしい。
いかにもクリエイティブなことやってます的な体裁のこの男。
一体何者なんだろうと横目で見ながら思いを巡らせる。
気付けば、
入店してから奴と全く会話をしていない。
ようやくドリンクが来てからの「乾杯」で、
久しぶりに声を発した。
あんなに気になった店にマーキングしまくっておきながら、
いざお洒落なバーなんか入ってしまえばこんな感じだ。
奴も楽しそうにしてるようには見えない。
結局、妙な居心地の悪さもあって早々に店を後にした。
アルコールの入ってないカクテルを呑みながら奴は何を思ってたんだろうか。
それは聞けなかった。
こんな日もあってもいいかと、
中目黒のお洒落な居酒屋が立ち並ぶ通りを歩いた。
「おーなじそーらをみあーげているよー」
カラオケの名残で口ずさむ。
青春時代は、
皆が同じモノを見て、
皆がだいたい同じことを想ってた気がする。
今は違う。
僕らは改めて帰路に就く。
「あ、この店いいね。35歳で行こう」
まったく。
酒も飲めないくせに不思議な奴だ。
「いや、45歳でしょ」
そんな歳になっても一緒にいる前提の僕らは、
もっと不思議なのかもしれない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?