感情の捨て方
私が夫から逃亡した後、ある人が
”明日死ぬつもりで1日を生きろ”
と言いました。
DVの渦中にいる間はそんな言葉を聞いても綺麗事だと思ったでしょう。
”そんなのわかってるよ、わかってるけどできないんだよ!”
”私は精一杯生きてる!”
”これ以上どうしろっていうの?”
”自分ではどうにもできないこともある。”
”私はできることは全てやっている。”
”相手が悪いのだ。”
今もまだこのように思う時もありますが、現実的に逃亡後の生活が大変すぎて、あまりにも誰も助けてくれなくて、、本当に自分で全てを調べて動いていかないとホームレスになってしまうほど切迫した状況の時にはどんな言葉も耳入りませんでした。
1日2時間程度の睡眠や眠れない日もありました。
食事も子供には作りますが私は食べられず、外出も許可されないためシェルターに篭りながら、
”どんな希望を持てと言うのか?”
窓の外を見れば明らかに増えたホームレスが、ゴミ箱をあさっている、人の家のオレンジを勝手にとっている、、ゲートの中に手を入れてゴミを必死でとっている中には明らかに私より若い人もいました。
叫んでいる人、一人でぶつぶつ言っている人、車道の真ん中で座り込んでいる人。シェルター周辺のバス停はほぼ全てホームレスのベッドとなっていました。
私の未来だと思いました。
この時にこのパニックを抑えられるか抑えられないかで、その後の人生は大きく変わったことは間違いありません。
カウンセラーにだけは全ての不安をなんの飾りもなく、素直に打ち明けていました。
彼女とのカウンセリングの中で、私は自然と学びました。
そしてだんだん意識を他人や、まだ起こってもいないことに目を向けないで、自分の意思だけを聞けるようになってきました。
”私には日本で暮らしていたような暮らししかできない”
それが私の意思でした。
それが私の基準でした。
ここで日本と同じレベルの暮らしをしようと思うと生活費は3倍になります。
それでも私は子供にそのレベルの生活をさせてあげたいと思いました。
シェルターの人は無理だと言いました。
知り合いに言っても、無理だとは言わないけど、これくらいの生活ならできるんじゃないかな?と言われた生活などなんとか食べられるだけの生活レベル。
そしてしょうがないでしょ?と言われました。
日本での学歴や職歴など通用しない、ましてや10年以上もブランクがあり英語もろくに話せない、シングルマザー。
極め付けに同じシェルターを卒業?した人と出会い話を聞いたところ、彼女はシェルター退所後、ホームレスシェルターに住んでいました。
そして知り合ったすぐ病気で亡くなりました。
その彼女にも一人でアパート借りられるわけがない、仕事ない、それが現実だよと言われました。
とりあえず語学学校に通い始めましたが、すぐにコロナで閉鎖になり子供の学校も閉鎖になり、シェルターがロックダウンとなり、監禁されていたトラウマが蘇り、毎日叫び出したいような衝動を抑えることだけに集中する日々でした。
それでも死ねない→死ねないなら生きていくしかない→生きるなら日本で暮らしていたような暮らしを子供にさせてあげたい。
何度考えても結局結論は
”私には日本で暮らしていたような暮らししかできない”
そしてその意思は自分で思うよりも強いもので、私の弱い心とは別に
何も言わなくても、決意を誰かに伝えなくても、勝手に体が動きました。
感情は捨てたのです。
感情で動くのをやめました。
現実的にやらなければいけないことだけを淡々とやり始めました。
それはとても孤独で冷たくて、感情のない、ロボットのような感じです。
当時私にはセラピストがいましたが、彼女が私の感情の吐き捨てばになってくれていました。
週1回のカウンセリングで私は全てを吐き出し、彼女に話しながらそれでも処理できない感情の処理は現実で埋めていくしかないのだと気がついていきました。
DV男は架空の嘘や、起きてもいない彼らの妄想、ただの彼らの機嫌で人をコントロールしようとします。
でも彼らの指示通り動いたところで彼らが暴力や暴言を止めるわけではありません。
彼らは絶対に変わりません。
感情を殺すことは決していいことではありませんが、一時的なものです。
結果が出たら思いっきり泣こうと決めていました。
考えたら、子供の頃の習い事や勉強やスポーツや受験などもそのようにして乗り越えてきたのではないでしょうか?
ただ責任の大きさが違います。
受験に落ちても生きられます、テストが悪くても生きられます。
でもある程度の収入を見込める仕事を見つけなければいけいない、それをまずクリアしないと家も借りられない。
これは日本も同じかと思いますが、こちらではまず家賃は日本の(地域にはよりますが、私が東京23区で一人暮らしした基準で言うと)2.5倍から3倍、プラス子供の学童も月10万程度かかります。
家を借りるにはその家賃の2.5倍の収入の証明をしないと申込すらできません。
日本食ウエイトレスをして時給12ドルプラスチップ、、しかもディナータイムはベビーシッターを雇わなければいけない、私の時給以上の金額で。。
そもそもコロナ禍でレストランはクローズ、私は車も持っていなければ運転したこともない。
全てが絶望的で、希望が見える要素はどこを探してもありませんでした。
むしろ私が目指していることは全てが現実的ではなく、あの頃はそんなこと夢のまた夢でした。