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私の彼は優しすぎる。36-他人。
「どうしたの、顔色悪いよ」
彼がバックパックを小さなソファに置きながら訊いた。
カリモクの彼のお気に入りのソファ。
「なんでもない」
私はそう言ったけどぎこちなくなってしまった。
「なんでもなくなくない?」
彼は心配そうな表情で私の顔を覗き込んだ。
「・・・こないだ大学時代のみんなと食事したじゃん」
「うん」
「素敵なご夫婦がやってるお店」
「あーなんか有名なシェフって言ってた
私の彼は優しすぎる。35-蒼白。
元奥さんはどういう心境で
今も彼の横に立ち
ビジネスパートナーとして歩んでいるのだろう
あの小柄で目立たない女性は
案外したたかに割り切っているのだろうか
とっくのとうに愛は冷めていたのだろうか
離婚が明らかになる前、シェフの名前を調べたとき
平凡にも温かく「妻」への感謝を述べていた。
それも単なる「セルフプロデュース」の一環だったのだろうか
そして今度は新しい妻のことを検索した
私の彼は優しすぎる。34-不倫。
そのとき誰も口にはしなかったけど
何となく冷めた空気が漂い
『え、彼女が彼の奥さん?』
と皆が残酷にも感じていたのが伝わってきた
華のある男に対し
野暮ったい見た目の中年女性
不釣り合い
だけど
腕がある。センスがある。
彼の出世には欠かせない奥さんの存在
私は彼女の才能を「担保」にふたりは別れないんだろうな、と勝手に思った
でも違った
それから本当に間もなくのことだった
私の彼は優しすぎる。33-醒。
それは戦慄の体験だった。
大学時代のちょっとした同窓会みたいなものがあった。
相変わらずグルメな先生がお店を選び
元女子大生の仲間がわらわらと集まる
先生が選んだのは
私は知らなかったが
雑誌等のメディアにもよく登場している
人気シェフのお店だった
女性ばかりでかしましく
先生も上機嫌でワインをあけた。
デザートのタイミングになっても
私たちのテンションは下がらず
スマホで
私の彼は優しすぎる。32-LINE。
ちらっと覗いた彼のスマホの画面は
LINE通知が流れるように続いていた
「私のことって内緒だった?」
「うん…ごめんね、先輩にきつく言われて」
「ううん、マツイくん悪くない
どうやって抜け出したの?」
「猫が元気ないって。
猫が元気なかったら早く帰るしかないやん?」
「エア猫やん?」
「違うよーここにはいないけど、まるがほんとに元気ないんだ」
「そうなの?」
「うん」
彼は
私の彼は優しすぎる。31-香水。
彼は合コンに行くことは報告してくれたけど
それがいつなのかは特に言わなかった。
でもある日帰宅して
匂いでそうかなと思った。
「どうだった、合コン」
こういうのを『鎌をかける』と言うのかな。
「うん。何で分かったの」
彼は目をぱちくりさせた。
「香水」
「はは、浮気できないねー」
浮気できる人のが気楽かも。
この人は融通が利かないから本気になるだろう。
「うん、香水の・・・
私の彼は優しすぎる。30-夢。
怖い夢を見た
夢なので何の脈絡もないけど
母親が海で溺れて
意識を失い蒼白になっている夢だった
父親が母を助け
私は遠くからふたりに近づこうとしてる
父親はなぜか
来るな!
と怒鳴るけど
私は狂ったように
お母さん!お母さん!
と連呼し泣き叫び
ふたりに近寄った
母は蘇生し命は助かって
私は母を抱き締め
わあわあ泣いた
…という夢
7時近かった
私は目を見開いて
私の彼は優しすぎる。29-センサー。
彼女がいるのに合コンに行くのが
彼の正義に反していて
彼はごめん、と言ったのだろうけど
それには
自分がモテてしまう自覚も含まれていたと思う
世の中にはイケメンに目ざとい人たちがいて
(女性だけではない、
彼の先輩は男性だし)
彼が眠そうな目をしていても
髪をセットする時間がなくて
ぼわっとした髪型のまま外出しても
センサーのように
イケメンを掘り出し発見するのだ
そして
私の彼は優しすぎる。28-寛容。
「かわいそう、マツイくん」
「え?」
思わず心の声が出た
「行きたくないのに行くんでしょ」
その意味もあった
彼は本当に興味が薄いと思う
彼はそういうお金があるのなら
趣味やキャリアに使いたいタイプだ
多くないお給料でやりくりしてるのを知っている
「私のことは気にしないで
せっかくだから少しは楽しめるといいんだけど」
「そうだね…ごめんね」
「ほんといいの。
言ってくれて
私の彼は優しすぎる。27-ごめん。
彼は帰宅すると
少し困った顔をしていた。
感情の起伏があまりない彼がたまに見せる表情だ。
「どうしたの」
私が訊くと待ってましたと言わんばかりに
堰を切って話し出した
「ごめん、コンパに行くことになった」
私は目が点になった
そうか、そんなこと今までなかったかも
大学生時代は飲み会という名の合コンがあったかもしれない
でも彼は
「騒々しいの苦手」
「騒々しくて食べ物も味わう
私の彼は優しすぎる。26-靄。
朝起きると
つい癖で昨日までのように前髪を横に流してしまった。
私は簡単に変われそうにもない。
彼はいつの間にかどんどん洗練されていって
「都会の人」になったのに。
今の彼ももちろん好きだけど
好きになった当初の
幼くて(私も幼かったけど)
部活で髪が短くて
素朴でどこにでもいる高校生だった彼には
あたりまえだけど
もう二度と会えないんだと思うと
切なくなる
今の彼は私に
私の彼は優しすぎる。25-複雑。
彼は帰宅すると
「いいじゃん」
と髪のことを微笑んで誉めてくれた
「ありがとう、予約してくれて」
言いたいことは一呼吸置いてから言うタイプだ
「まっちゃんなのね」
「距離近いよね」
彼は笑った
「かみちーとか言われなかった?」
「ないない」
名前すら呼んでもらえなかった
『彼女さん』だった
「モデルしてる写真見たよ」
「あー。笑えるでしょ?」
彼は温めたごはんを食べなが
私の彼は優しすぎる。24-同じ。
私は知らなかった
美女だけでなく
イケメンも得をすることを
美女に生まれてくると得、とは聞いたことがあったけど
イケメンも得をしていた
彼はカットモデルをして
美容院は彼からお金を取ってなかった
一方
私は普通にお金を払った
15000円くらいだった
髪は彼と同じ色になって
ハイライトも入れてもらった
彼が就活の時に指南してくれた
前髪の角度を私はずっと守ってきたけど
私の彼は優しすぎる。23-紅潮。
仕事終わりに地下鉄に乗って美容院に向かった
『彼と同じカラーにしてください』
と言えばいいだけ
レセプションで名前を言って席に案内された
「どうも、はじめまして」
マスクをしていてもめいっぱい笑顔の男性が現れた
「まっちゃんの彼女さんですよねーお世話になってます!」
まっちゃん?
マツイくんのこと?
「今日はどうされますかー、カラーしたいって聞いてますけど」
私は鏡越しに少し視
私の彼は優しすぎる。22-見えにくい。
『いつ行きたい?候補日教えてくれたら伝えるよ』
彼から返事が来て、私はそれに甘えることにした。
平日の19時以降でなるはやで、
と業務連絡みたいなLINEをした。
その後、彼からスクショ画面が送られてきた。
美容師さんとのLINEのやりとりだった
(美容師さんとそんなに仲いいの?)
地味で大人しかった高校生の印象で止まっているから
社交的な彼に戸惑ってしまう
なんとなく内向的な印
私の彼は優しすぎる。21-メタモルフォーゼ。
私は彼にLINEして
彼がいつもカラーしている美容院を尋ねた。
学生の頃はお金がなくて
彼の髪を切り揃えたこともあった
彼はそれくらい無頓着だった
思えば就活くらいから
彼のメタモルフォーゼは始まっていたのかもしれない
彼は頭のいい人で
自分をどう見せれば就活に有利か
直感的にわかっていたように思う
あの頃の彼はイケメンとは気づいていなかったけど
どこからどう見ても
どの世