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私の彼は優しすぎる。36-他人。

「どうしたの、顔色悪いよ」

彼がバックパックを小さなソファに置きながら訊いた。

カリモクの彼のお気に入りのソファ。

「なんでもない」

私はそう言ったけどぎこちなくなってしまった。

「なんでもなくなくない?」

彼は心配そうな表情で私の顔を覗き込んだ。

「・・・こないだ大学時代のみんなと食事したじゃん」

「うん」

「素敵なご夫婦がやってるお店」

「あーなんか有名なシェフって言ってたね」

「離婚したんだって」

「ふぅん。それがどうかしたの?」

「どうもしない。旦那さんが一回り年下のモデルと即再婚してグループラインで湧いてた」

彼は笑って電気ケトルでお湯を沸かした。

「しょうがないよ、男はまだ現役だったんじゃない。奥さんのほうはもう落ち着いちゃって恋愛とかそういうのじゃなくなって」

「結婚してても現役なの?」

彼は肩をすくめた。

「人によると思うけど。その人、人気シェフなんでしょ。色気あるでしょ」

「そうね」

「夫婦でベクトルが違ったんだよ。しかたない。横になる?」

「大丈夫。でもやっぱり嫌な気持ち」

「他人じゃん」

違うよ、他人だけど、私は元奥さんなんだよ、と頭の中が支離滅裂になった。

人気シェフがあなたで、元奥さんが私で

そういう未来が私には見えてしまったんだよ

「ココア飲む?おさゆでいい?」

なんでそんなに優しいの

あなたがそんなに優しいと

私が落ちる地獄がどんどん深くなる


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夏色 陣
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