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人生100年時代を謳歌する躍動シニア100万人のプロデュース!

1.僕が「ライフワーク」を意識したのは...

一度目は、53歳、会社でライフプランセミナーを受けて、ライフキャリアという考え方に初めて接した時。セミナー講師は、会社を辞めてからの期間は会社に勤めていた期間と同じくらいの時間があると言う。たしかに。
ちょうど約2年間、人生最低のどん底に沈んでいた頃...光明が差した!

60歳定年で退職し、人財育成の講師になると目標を決めた。でも、世の中に研修講師はごまんといる。ちょっと経験があるからと言って「稼げる講師」になれる訳がない。ここから離陸へ向けて長い旅が始まった...

2.会社員時代の経験の棚卸し

僕は、商社に入社したのに、商社マンとしての経験はない。入社時は、人が知らない土地を飛び回って日本を豊かにする仕事をすると心に決めていた。
配属は人事部、どの会社にもある、ありふれた仕事。ガッカリした。
幸い、入社後数か月で採用担当になって以降は面白くてたまらなくなった。
33歳で人事マンとしてニューヨークへ赴任、総務・役員秘書の仕事も兼務。7年間超多忙の日々で充実していた。でも、海外で営業部門の人たちの活躍ぶりを見ていて、やっぱり帰国後はどうしても人事部から離れたかった。

僕のライフラインチャート

40歳で帰国し、念願の営業部門・メディア事業本部へ異動。発足10年余りの全社で最も若い部門で、新規事業の開拓・拡張がミッション。海外を飛び回る商社マンの仕事ではなかったが、毎日が激動で気力も充実!
やがて社員1700人の会社のトップに就き、日々の経営課題と格闘していた51歳、僕はどん底に落ちた。サラリーマンとして最も大事なタイミングで、半年間、急性喘息を患い戦線離脱。まだ商社マンの仕事はしていない...

喘息性気管支炎、半年で有休30日以上

そんな時に、冒頭のライフプランセミナーで僕は救われたのだ。2年の閑職生活から再び、現場へ戻ることができた。
結局65歳まで25年のうち、合計20年間8社に出向、ずっと1社に勤めながら様々なカルチャーの会社と本社を行き来して、毎回転職したような気分で、それぞれの会社の社員たちとの交流を楽しみ、一緒に汗をかいた。
これらの経験が、今の個人事業のすべてに役立っているから、不思議。
正に、Planned Happenstance(計画的偶発性)と言うしかないなあ...

3.日本社会の「急激な変化」の流れ

昭和の高度成長期に社会人生活のスタートを切った世代の我々にとって、昨今の急激な変化は「試されている」としか言いようがないと思う。
「セルフキャリアドックの促進」(職業能力開発促進法改正 2016年)
 従業員の主体的なキャリア形成を促進・支援することが企業の責務に。
 (同じ年に「LIFE SHIFT~人生100年時代の人生戦略」が日本で発刊)
「これからの企業の在り方~キャリア自律の促進」(経済産業省 2017年)  
 企業は、従業員を「雇い続けること」から「社会で活躍し続けることができるように支援すること」で守る。事実上、終身雇用制の崩壊である。
「人材版伊藤レポート~人的資本経営の実現」(経済産業省 2020年)
「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(閣議決定 2023年)
 「キャリアは会社から与えられるもの」から「一人ひとり自らのキャリアを選択する」時代になった。

雨後の筍のごとく...

我々の入社時の定年は55歳。1998年に60歳定年が法制化され、70歳定年の時代がすぐそこまで来ている。雇用環境・社会保障制度も変化してきた。
「高年齢者雇用安定法」の改正(2021年)
 70歳までの就業機会確保
老齢年金の受給開始年齢の引き上げ&受給額増加(2022年)
 70歳受給開始で142%の額に、75歳受給開始で184%の額になる。
国の社会保障予算の抑制の動き(2023年)
 国家予算114兆円のうち社会保障費に37兆円を充当=国家財政の限界

いよいよ、「おじさんLCC」の目指す「シニア世代のますますの活躍」が求められる時代になってきたのだ。後戻りできない少子高齢時代!
1994年に8700万人だった生産年齢人口(15歳~64歳の人口)は、30年後の今、7200万人に減少。2人で1人の高齢者(65歳以上)を支えている現状から74歳までが支える側に回れば(=生産年齢人口になれば)、4人で1人の高齢者(75歳以上)を支えることになるという計算なのである。

あなたは支える側? 支えられる側?

4.「アイデンティティ」と「アダプタビリティ」

プロティアン・キャリア理論を学んで4年になるが、この理論は上記の社会変化にシニアがフィットしてくための処方箋だと僕は考えている。
「アイデンティティ」は、ご存じのとおり「自分らしさ」「自分のスキル、能力、適性、欲求、価値観などを理解すること」
「アダプタビリティ(Adapt+ability)」は「変化に適応する力」という意味。自分自身のこの二つを正確に理解できれば、どんなに社会環境が激変してもいつまでも自分自身が世の中で役に立つことができる。
僕のアイデンティティは、「物事を整理・体系化し、解り易く人に説明し、正確に理解してもらって、行動に移してもらうよう促すことができる」ということだと63歳で気づいた。
これが、僕が「ライフワーク」を意識した2回目である。

5.「アップスキリング」で「アダプタビリティ」を強化

世間では「リスキリング」と喧しいが、僕は「昔取った杵柄」はほとんど役に立たず、アップスキリングが必要だと思っている。
実際、入社後10年間、採用・研修担当として、社内だけでなく社外でも研修講師を務めた。メディア事業の出向時も人に何かを教えるのが仕事だった。
でも、独立して自分で講師となるには、全然実力不足だった。

合格率7%以下の社労士試験

54歳から5年間、社会保険労務士試験に挑戦し続けたが、5年連続落ちた。(不思議にも、今、社会保険労務士法人で顧問となり、上場を目指す某企業の労務DD(Due Diligence=事前監査)を仕事として行なっている。)
仕方なく60歳で独立を諦めたら、59歳から業界でもユニークな会社に出向し、全国各地を駆け回るポジションに就き、65歳まで会社生活の最後の6年間は
公私ともにとても楽しい日々だった…終わりよければすべて良し…かな。

ニッチなテーマほど、売れる講師になれる

この嘱託再雇用の6年間の半ば、63歳で講師業を始めようと思っていたら、コロナ禍になった。
タイミングよく「オンライン講師養成講座」を受講、これも今とても役立っている。キャリアコンサルタント資格取得の勉強もこの時期に並行して行なっていた。
最近、ハラスメントに関する研修を受注したと思ったら、その道の専門家に出会うし、研修用資料を作るのが大変だと思っていたら生成AIが登場し、僕を助けてくれている。
もう、ここ5年間はアップスキリングの連続。

今回のブログのタイトルは、ライフワークに立ち向かう僕のパーパス。
目標期限は、2039年6月17日...さて、これは何の日でしょうか?


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