駅前の 神在月の 飲夜街
立石は第二次大戦も末期1945年(昭和20年)6月に産業戦士慰安施設を亀戸からの業者を移転させ設置した。 戦後RAA指定地となる。 オフリミットの後、赤線地帯として公認。のんべ横丁から駅に入ったアーケード状の小料理屋、長家風の二〜三十軒の店とその周辺が指定地であった。