昨日の終活セミナーで、かなり攻めたご質問が。 「戒名を自分の好きな名前で勝手に作ってもいいでしょうか?」 「散骨はグレーゾーンとおっしゃいましたが、遺骨を粉骨して自宅の庭に撒いてもいいでしょうか?」 これって、法律違反云々というより、モラル的な問題なのではないかと。
明日は、地元で「認知症カフェボランティア養成講座」を受講する。父の認知症が進行してきたので、認知症のご家族がいる方が、どんなふうに過ごしているのか、を学んで実際の生活に活かせればいいなと。 大人数に向かってお話する終活講師業も大事だけど、地元に根付いて活動することも大事だと思う。
昨日は、某教育委員会様の終活セミナーに登壇。60分という短時間だったが、「もったいなかったわー。もっと長くやってもらえばよかった」と、言っていただいた。高齢の方が多かったので、ノウハウより、マインドに寄った内容だったが、もっと聞きたかったといわれるのは講師冥利に尽きる。
今日のエンディングノート受講者さん。「人は必ず死ぬから」とわかっていらっしゃるようだったので、死生観についてはさらりと触れて実務的な話を進めると、講座の最後に「親が死ぬことが怖くてしょうがない。先生はどう思いますか?」頭ではわかっていても、自分事となると受け入れがたいものなのだ。
昨日熊谷市で登壇した終活セミナー。終わり際に主宰者の方から、地元の銘菓をいただき、念のため「賄賂入ってませんよね?😅」と軽く笑いを取りつつ、有難くいただいた。終活の意義を必死でお伝えした2時間。ペンを走らせる人、うんうん、とうなずく人。好意的なリアクションが多いセミナーだった。
エンディングノート個別オンライン講座の受講者さん。教えることに興味が大ありで、できれば講師になりたいとのこと。私が終活に足を踏み入れたのは約5年ほど前。全く終活と関わりのない人生を歩んできたけど、これほど奥深いとは思わず、完全に趣味化するほどハマった。終活講師目指して頑張れ!
死生観を積極的に語る終活講師を、私はほぼ知らない。なぜか?それは、本人すら、人の死を語ることをダブー視し、自分事として捉えていないからである。人生の基礎ともいえる死生観を無視して、具体的な事務手続のことばかり話しても、幸せになれませんよ。終わりを意識してこそ人生が輝くのです。
https://note.com/ohitori_shukatsu/n/n252df7eb5fc9 で紹介した終活講演会の登壇記事。主催者の方から、まさかのおかわり依頼が😲嬉しいやら驚くやらで、びっくり😅。前回は告知からわずか1週間ほどで満席になったので、ゴールディンウィーク明けに是非、と。よっしゃ任しといてっ!💪😁