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記事一覧
【小説】相手のことを知ると言うことvol.11
父には結婚を認めてもらえなかった。それに彼の元カノである中里由麻の友人を避けるように、由麻と林翔平はフィジーで二人だけの結婚式を挙げた。
その時の写真付きのハガキを挨拶がわりに知人らに送った。
よく年には、長女が生まれて年賀状には家族三人で幸せそうに写っている葉書が、岡部のところにも届いていた。
その翌年には、次女が生まれたらしく家族四人が幸せそうに写っている年賀状が届いた。
毎年のよう
【小説】相手のことを知ると言うことvol.10
青い空の下、これでもかと豪華絢爛に満開に桜が咲いている。けれど中里由麻は、毎年のような桜と違って、それはまるで川崎先生のために桜が咲いているかのように思えた。
川沿いの桜並木を由麻と林翔平と二人で歩いている。
「川崎先生は、あの若さで亡くなった。結婚も出来たはず。家族だってもてたはずよ。なんで?生きてた意味あるのかな?」
「意味あるよ。川崎先生は医者になるくらいだよ。小学校しろ、中学校にしろ抜
【小説】相手のことを知ると言うことvol.9
神崎先生に頼まれて文献をコピーしに図書室へ向かった中里由麻は、書籍が天井近くまで並ぶ本棚が、等間隔にある場所の奥へと足を進めた。人の荒い息は、のちに咳き込むように聞こえた。もっと奥に進むと、四つん這いになって白衣や床に吐血している川崎先生がいた。自信が吐血した驚きより、憔悴しきった様子だった。
「どうしたんですか?」
「…」
「誰か、読んで来ますから、待っていてくださいね」
病棟へと運ばれた
【小説】相手のことを知ると言うことvol.8
夜の冷たい風が、酔った中里由麻の頬を冷ました。鞄から取り出したスマホから元彼の林翔太の電話番号をゆっくりとタッチした。呼び出し音が5回鳴って、男声が聞こえた。
「はい。林です」
「あのー、私。由麻です」
「由麻。わー。電話、ありがとう。久しぶりに由麻の声が聞けた。なんか落ち着く」
「うん」そう由麻は頷いて、あとは言葉が出て来なかった。電車の案内のアナウンスが流れた。
「今、何処?なんか少し騒がし
【小説】相手のことを知ると言うことvol.6
山の天気は変わるのが早い。吹雪いていた空は、だんだんと静まり青い空が見え始めた。
雪に覆われて身動きがとれなかった中里由麻は、なんとか自力で滑り、くだりのコースを探し出せた。しかし先程の吹雪で人が誰もいなかった。コースは幅3メートルくらいでそこから先は雪の崖になっていた。
そんな時、由麻の背後からスノーボードと雪の接触する音がしたかと思ったら、スノーボードを急激に止めたせいで由麻に地面の雪が
【小説】相手のことを知ると言うことvol.4
10月も終わろうとしているのにさほど寒さを感じない。仕事を終えた中里由麻は、病院の関係者通用口から通って外に出ると、夜の空になっていた。病院の駐車場から白いセダンの車がスモールランプを点けて止まっていた。由麻が、辺りを見回していると、白いセダンの車から、人が降りて手を振っている、それが川崎先生だった。
「川崎先生」
「通勤は、車なんだ。さあ、乗って」
「白衣姿の先生とはまた、違う感じがして初めは
【小説】相手のことを知ると言うこと vol.3
外は雨が降り出した。夜になると半袖では寒く感じる。
携帯電話が振動して鳴りだした。中里由麻は、鞄から携帯電話を取り出した。
画面を見ると友達の花吉舞子からだっ
た。
「はい、由麻です。どうした?」
「由麻?私、舞子」
「うん」
「ごめんなさい」と、電話の向こうで謝っている。いったいどうしたというんだろうと由麻は思った。
「何が?」
「私ね、」
「うん」
「私ね、翔太と付き合ってる」
「…」
【小説】相手のことを知るとい言うこと vol. 2
ススキが生え始めて時々風に靡いている。陽の入りが早くなって空気がひんやりしている。電車の改札口を出て、駅の立体駐車場の歩道を歩いてオシャレなカフェの前を歩き、5分歩いて中里由麻と家族が住む3階建ての家に帰って来た。
由麻の父の勝也が調度ゴルフから帰って来たところだった。
「仕事はどうなんだ?」勝也がゴルフバックを片付けながら訊いた。
「別に。普通に仕事をやってます」目を合わさずに由麻が言うと、
【小説】相手のことを知ると言うことvol.1
ことごとく不採用だった。
健康診断で落ちたのもある。子供の頃の慢性中耳炎で左耳の鼓膜があ3分の1がない。生活には支障はないが、人のひそひそ話しが聞き取れないくらいだ。この聴覚検査でどうやら駄目だったところもあった。
こんなにも不採用が続くと、自分の存在を否定されているようにさえ思ってしまう。
見かねた大学の教授が、医大の研究室で手伝って欲しい仕事があるのでそこで働くのはどうだろうかと中里由麻