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【小説】相手のことを知るとい言うこと vol. 2

 ススキが生え始めて時々風に靡いている。陽の入りが早くなって空気がひんやりしている。電車の改札口を出て、駅の立体駐車場の歩道を歩いてオシャレなカフェの前を歩き、5分歩いて中里由麻と家族が住む3階建ての家に帰って来た。
 由麻の父の勝也が調度ゴルフから帰って来たところだった。
「仕事はどうなんだ?」勝也がゴルフバックを片付けながら訊いた。
「別に。普通に仕事をやってます」目を合わさずに由麻が言うと、
「仕事なんかしなくて、見合いしなさい」
「また、その話. . .」
「何がいけない」
「自分で働きたいし、結婚なんてまだ考えてません」
「どうせ大した給料じゃないんだろ」勝也は捨て台詞のように言って、バタンと自分の書斎の扉を閉めた。
 仕事から家に帰って来て、これかとげんなりしていると、鞄の中の携帯電話が鳴った。画面を見ると、林翔太だった。優しくて一緒にいて楽しい翔太は由麻と付き合っている。
「はい、由麻です」
「由麻?僕だけど、翔太」
「うん。今、仕事から帰ったところなの」
「そっか、ごめん。今から会えないか?」
「いいよ」
「由麻の近くのカフェはどう?」
「分かった」
「待ってるから」
「うん」そう頷いて、通話を切った。

 ガラス張りの店はオレンジ色にライトアップされて、カフェの店内のテーブルや人までもオシャレに見えた。由麻が店内に入ると、ジャスが心地よく耳に入って来た。テーブル席は夜の7時を過ぎたところということもあって、ほとんど満席だった。ガラス張りの側のテーブル席に翔太が座って携帯電話に文字を打ているようだった。
「翔太」
「来てくれたんだ」
「うん」
「なに飲む?」
「ホットコーヒー」
「うん、分かった」そう言って、翔太は立ち上がり注文しに行った。
 暫くして、トレーにホットコーヒーのカップソーサーを乗せて来た。
翔太は、椅子に座って由麻がホットコーヒーを一口飲んでから、
「ごめんなさい」と頭を下げた。
「何?どうしたの」飲んでいたホットコーヒーのカップを慌ててソーサーに置いた。
「もう付き合えない」頭を下げ続けながら言った。
「どうして、か、教えて欲しい」下げたままの翔太の頭を見て由麻が言った。翔太がこんなに弱くなって自分に頭を下げる姿を見るとは思はなかった。
「由麻には悪いと思っている。ごめん。好きな人が、できたんだ」
「何、それ?私と同時に誰かと付き合ってたってこと?」
「いや、そうじゃない」
「もういい、どう言ったって、言い訳よ」
由麻は、席を立って店を出た。
 街頭の明かりが、目が滲んでぼやけている。車が行き交う歩道を歩きながら涙は頬を伝ってグリーンのワンピースに落ちては染み込んだ。
 夜の暗闇に、由麻の鳴き声を消してくれるかのように虫の音が聞こえた。
 家に着いた由麻は涙を拭い、何もなかったように、「ただいま」と、部屋へ続く階段を上がった。
 その時、携帯電話が鞄の中で鳴った。きっと翔太だろう。今は、電話には出たくないと思った。

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