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【小説】相手のことを知ると言うことvol.5

 午後の5時半にもなると、辺りは暗くなった。この季節になると空き地に麒麟草の一種、セイタカアワダチソウがところ狭しと群れで咲いている。
 中里由麻は、医大の研究室で働くようになって一年と半年が経った。
 眼鏡をかけた舘ひろし風の神崎先生が、
「悪いが、この血液の検体を遠心分離機にかけて来てくれないか」と言って由麻に渡した。
「はい、分かりました」と言って、臨床検査室に向かった。
「すみません。遠心分離機を使わせていただきます」
暫くして、
「どうぞ」若い白衣を着た長身の切れ長の目の男性が言った。
「使い方って、知ってますか?」その男性が言う。
「大丈夫です。使ったことがありますので」
「そうですか。では、どうぞ」

 内科の内田先生が、
「年が明けて2月に北海道でスキー旅行に内科の研究室で行くんだが、君もどうかね?」と由麻に訊いた。
北海道に行ったことがなかった由麻は、「是非行きたいです」と答えた。
 昼休憩に利尻さんと一緒だった。
「進藤海都がいつも、急に今から会える?って連絡あって、会うんだけど、直ぐにホテルに行くことになる」と、持参しているお弁当箱を開けながら言った。
「それって、付き合ってるの?」と由麻が訊くと、
「さあ」
「さあ、って」
「そのカイトくんって、彼が利尻さんのことをどう思っているか、訊いたことないの?」
「そんなこと、訊けないですよ。あの憧れだった海都くんが、まさか私に連絡くれて会ってくれるんですよ。変にひつこく訊いたら、もう会ってくれなくなってしまったら嫌です」
「もっと、相手のことを知ろうよ」
「いいんです」
本人が、そう思うのなら自分は何も言うことはない。そんな男女もありなのだろうと由麻は思った。

 年が明けて、2月。どんよりした雲が、風とともに雪を降らせた。
 北海道へ内科の研究室一同が飛行機で行くことになった。空港から高速バスに乗ってホテルに向かった。銀世界が一面に広がり、道路脇は1メートル半もの雪が積もっている。白樺の枝にも雪が積もって幻想的な世界を醸し出している。
 横長の低層のホテルに着くと、早速みんなでスキーを始めた。
 由麻が弱腰でスキー板で立っていると、
研修医の長身の川崎先生が、
「もしかして、初めて?」
「はい」
「なんだー、早く言ってよ。教えるよ」
「お願いします」そう言って由麻は、川崎先生に付いて行った。
 その日は、平面で少しの坂で練習した。
 そのうち辺りはが暗くなったので、川崎先生と由麻はホテルに戻る事にした。
 ホテルでは、夕食は石狩鍋だった。ここで由麻は初めて白子を食べた。
「美味しいだろ」と、川崎先生が言った。
「ほんと、美味しい」思わず笑顔になった。
 この日は、部屋に戻ると利尻さんと川崎先生と神崎先生とでトランプをした。
 途中、利尻さんが眠くなってベットに横になり、神崎先生もソファに横になった。
「二人とも寝ちゃったね」川崎先生がトランプを集めてめくりながら言った。
「スキーで疲れたのかな」と由麻が言った。
「彼のことは、もう忘れることができたの?」と川崎が突然言い出した。
「悔しい思いは消えません」
「そっか」川崎先生は、そう言って
「もう、遅いからお開きにしよう。神崎先生。起きてください」と、神崎先生を抱えるようにして由麻たちの部屋を出た。

 よく朝、ゴンドラに乗って由麻は、スキーに挑戦することにした。川崎先生が一緒なので、大丈夫だ。流石に白い雪はこの辺りはパウダースノーで見ていても太陽に反射してキラキラしている。
 滑り出すと面白くなってきた。川崎先生がコースの方に誘導した。どんどん由麻は上達して行く。川崎先生の背中を追いかけながら。
 そんな時、山の雲行きが怪しくなった。そのうち強い風と雪で風吹き始めた。前が見えない。
「あっ」
由麻は何かにぶつかり、転げ落ちた。



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