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【小説】相手のことを知ると言うことvol.4

 10月も終わろうとしているのにさほど寒さを感じない。仕事を終えた中里由麻は、病院の関係者通用口から通って外に出ると、夜の空になっていた。病院の駐車場から白いセダンの車がスモールランプを点けて止まっていた。由麻が、辺りを見回していると、白いセダンの車から、人が降りて手を振っている、それが川崎先生だった。
「川崎先生」
「通勤は、車なんだ。さあ、乗って」
「白衣姿の先生とはまた、違う感じがして初めは、分からなかったです」そう由麻は言って、川崎先生が車の扉を開けてくれたところから乗ることにした。
「行くところは、僕に任せてくれる?」と、シートベルトを締めてからサイドブレーキを解除して、ギアをドライブに入れ、アクセルを踏みながら川崎先生は言った。
「うん、分かった」と、シートベルトの締めてフロントガラス越しの前方を見ながら由麻は言った。
 この時間の道路は、渋滞に巻き込まれる。
「ごめんな」ハンドルを持ちながら川崎先生が言った。
「何が?」と、由麻がきくと、
「スムーズに行けなくて」
「全然いいよ」
「もう、タメ口かー」
「ダメ?」
「いいよ、その方が喋りやすいし」
「そうなんだよねー、なんか、ずっと前から知り合いだった感じがするわー」
「なんか、調子づいてない?」
「そんなことありませんー」
「はい、はい」
ようやく、前方の車が動き出した。街路樹の葉が道路に落ちて風に吹かれて舞っている。それを前方の車がタイヤで踏んで走って行った。
 川崎先生の白いセダンの車は、高台の丘を抜けて上がって行った。時にカーブがあり、由麻は川崎先生に寄りかかった。
「川崎先生は、どうして医者になろうと思ったの?」と、訊いてみた。
「僕の父が、医者だからさ」カーブにハンドルを斬りながら言った。
「そっかあ。私の父はね、私に会社の都合のいい見合いをして早く結婚させようとしてるの」
「今時、そんなとこあるの?」
「父は、土地とビルを持っているから、私が働くことなんてないって言ってるわ」
「自立したいんだね」
「そうよ」
 白いセダンの車は、高台の丘に着いた。車から川崎先生が降りると、由麻も降りた。止めた車の前方には、黒いビロードに宝石を散りばめらたように夜景がキラキラと輝いていた。
「私ね、ついこの前、振られたんだよね。しかもその彼が友達と付き合っちゃって」
「そりゃあ、辛かっただろう」
「うん」そう言って、涙が瞳から溢れて頬を伝った。
「泣いちゃえ」川崎先生は、その辺の草を一本引っこ抜いて、丘からキラキラ光る向こうへ放り投げた。
 泣いて誰かに胸のうちを聞いてもらって少しばかり、楽になった気が由麻はした。
「ここの近くにレストランがあるからいってみよう」

 次の日、空は青く空気が澄んでいて風が冷たい。由麻は昨夜、川崎先生とレストランで食事をして、車で由麻の自宅へと送ってもらった。
 病院では、手術リストが外科から配られ、由麻がホワイトボードに貼り付けた。ポリープの内視鏡の写真とカルテとレントゲン、敵手の標本とで、手術後の経過とこれから手術される患者の検討会を行うため、由麻がそれらを揃えた。
 そんな由麻に、
「中里さん、ちょっと、こっちへ」と医局部長の山田先生が由麻を呼んだ。
 山田先生の近くへ行ってみると、
「今日から、中里さんと一緒に働いてもらうことになった利尻さんだ」
「初めまして、中里です」
「よろしくお願いします」
 身長としては148センチくらいだろうか、髪は黒髪の方までの癖毛で胸とお尻にボリュームがある感じがした。
 仕事を一緒に初めて、二人で昼休みに
「歳はいくつ?」と訊いてみた。
「19です」
「若っ」
「ちなみに、彼氏はいるの?」
「彼氏っていうのかな、同級生で最近連絡来て会うようになって。その同級生、めっちゃモテる子だったんですよ。もう嬉しくってホテル行っちゃいました」
「はあ?」由麻はそう言って箸で摘んだハンバーグが口から落ちた。

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