yulia
ヴィジュアル系バンドにまつわる話。ライフワークと呼ぶにも等しいほどに、追っかけていた時期もありました。そんな話をつらつらと。
習慣・心の中・生き方・日常の話。迷いながら、平和に生きている今。
苦しかった過去の話と、その時にあった出来事。平和な今につながるまで。いろんな心の苦しさを乗り越えたい方のきっかけになれば。
ゲーム・アニメ・漫画・サブカルそれにまつわる話。重度のオタクになりたいけれど、そうはなれなくて、かといってライトと呼ぶにはのめりこんでるうような、オタクよりな精神を持つ私の戯言。
全くうまくならない英語の話。世の中の人たち、こんなにひどい人もいるから安心してください()
A.わがままな妹 私には妹がいる。 歳の差は3歳。ありがちな歳の差だし、 勿論人並みに兄弟げんかもした。 私は妹について聞かれたら 「我がつよくて、わがまま」と答える。 悪い子じゃない。 一般的な常識は備えているし、 人に対して悪さを働いたりするわけでもない。 ・・・ただ、ちょっと我が強い。 私が姉だからそう感じるのかもしれない、とは思う。 お姉ちゃんだから譲ってあげなさいと 親がいったわけではない。 でも両親がそんなつもりはなくても、 やっぱり年下の彼女にはとても甘い
報道番組である言葉が取り上げられてた。 「空白恐怖症」 ビジネス業界から生まれたらしいこの言葉。 スケジュールが空白になっていると不安になってしまい、 つい何かを入れたくなってしまうというものらしい ひと昔前のワーカーホリックみたいなもの? とも思うのだが、そうではなく プライベートの予定が空いているのも嫌ということらしい。 インスタやツイッター等のSNSで他人の生活が見えやすくなった。 すると発信している人が充実しているように見えて、 予定が空いている自分がむなしくな
ライブ、コンサート、芝居、トークショー、イベント なんでもいい。 多分「大好きな存在」がいて、 その会場に足を運んだことがある人は、 一度はこんな体験をしたことがあるのではなかろうか。 「今、自分と(見ている相手の)目が合った」 友人たちと話している中でもよく聞いたし、今でも聞く。 今日目が合った。絶対見てくれた。 私はこの系統の話がかなり苦手で、 基本的には聞き流すのだが、 ツイッターでこんなつぶやきを見かけた。 「演者側から言わせてもらうと、 目が合ったと思ったとき
夢ということばを使っていいのか 目標ということばをつかっていいのか なんとも悩ましい。 もしも叶うならかなえたいこと。 オタクが集うオタク寮を作って仲間たちと暮らしたい。 オタクという言葉を使ったけれど、 似たような趣味趣向を持っている人たちなら、 ゲームアニメだけでなく、ジャニーズ、バンギャ、舞台、宝塚、 何を好きでも構わない。 家庭や子供を持っている友人も勿論沢山いるのだが そうでない仲間も沢山いる。 みんなが楽しめる独身寮を作りたい。 これはコロナ禍前からずっと思
時々推しについて話題を書いてるけれど、 推し活をするなかでよく見かける言葉がある。 「推しの幸せが私の幸せ」 「推しが落としたお金で贅沢してくれればいい」 「推しが美味しいもの食べてるのをみるのが最高」 「推しは健康で過ごしてくれ」 必ずしもではないけれど、 なんとなくこの言葉を言えることが 推し活をしている中で正しいあり方とされているように思える 勿論プライベートに介入したり 活動が気に入らないからと文句言ったり そういった人たちがいる中で 「推しが幸せならいい」 と
以前、成功体験におなかいっぱいにという記事を書いた。 私は英語学習者である。 特にTOEICのスコアが必要なわけでも、 仕事で英語が読めないと困るわけでも、 旅行で英語を話したいわけでもない。 ただただ英語を勉強するために勉強しているだけの あまり意味のないタイプなのだけれど、 なんとなく続けている。 特に学習において緊急性があるわけではない。 危機感や目的意識が薄いといわれればそれまでなのだが、 それでもそれなりに続けていて、全く出来るようにならない。 今朝も30分話
多分自分自身のことをそう思っている人は沢山いる。 みんなきっとうまく生きることなんてできない。 それでもつらい心の内を隠して、一生懸命に毎日を 過ごしているんだと思う。 昔何かで見た言葉が記憶に残っている。 自分が世界で一番不幸だと思うのではなく、 世界で1000番目くらいに辛いと思えというもの。 下も上も沢山いる、 それだけで少しは心が楽になると。 普段なら人との比較はバカバカしいとは思うけれど、 この考え方は確かに、 自分で自分を不幸の底に陥れるのを 止めてくれるよう
話題になっていたので録画をしてみてみた。 京アニの作品を見るのはいつ以来だろう。 一言でテーマを言うなら「人の心」だろうか。 作品は「手紙」に込められた「気持ち」に 焦点が当てられている。 主人公の名前は 「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」 元軍人で武器としてのみ生きた彼女は、 上官であり恩人の別れ際の言葉 「愛してる」の意味がわらず、 戦争が終わった世界で「愛」を知るために 手紙を代筆する仕事~自動手記人形と呼ばれる~につく。 仕事で出会う人々達とのふれあいの中で 彼
総選挙が終わった。 私の政治への関心・知識はたぶん一般的より少し低い程度だと思う。 選挙には足を運ぶし、テレビ報道に出ている分は見るが、 自分から積極的に各党について調べて知識を持つ ということはしていない。 今回政党を決めたときも 自宅に投函された、ざっくりとした広報を少々読んだ程度。 TWが続いてる中、街頭に出ることもなかったので、 これまでの国選の時のように演説に出会うこともなかったし、 チラシを受け取ることもなかった。 そういえば家にいた割に選挙カーも通った記憶が
緊急事態宣言があけた。 長い長い期間、人と会うことすらはばかられていたけれど、 そういった感覚がだいぶ薄れたように思う。 先日久しぶりの友人Aに会った。 Aとは5年ほど前に、 当時よく足を運んでいたバンドのライブ会場で出会った。 共通の友人を通じて知り合い、食事をして意気投合。 二人でも月に1度くらいご飯やスイーツを楽しむ仲になった。 元々足を運んでいたバンドに私が行かなくなったあとも 時々あって食事とおしゃべりを楽しんだ。 Aと私は、お互い都内近郊に住んでいたが、出会
コロナに対する報道が変わった。 圧倒的に報道時間が少なくなった。 感染者の激減。ワクチンの普及。 確かにリスクは減ったのだろう。 私自身ワクチンの接種は二回済んだ。 自分の周りを見ていても今月来月を目途に ほとんどの人が二回目を終える 感染に対して、気を緩めるつもりはない。 皆が一様に言うけれど、少しずつ確実に 社会が動き出しているように思う。 旅行を楽しみたい、 外でお酒を飲みたい、 元の生活に戻りたい。 そういう想いがこの動きを加速させているのだろうか。 いろん
カプセルトイの流行りはいつごろからあったのだろう。 小銭を入れてレバーを回すと 何が入っているかわからないカプセルが出てくる。 昔は子供が楽しむだけのものだったけれど、 今は駅ナカ、商業施設、映画館、コンビニ、 本当にどこにいても人がいるし、大人たちも楽しんでいる。 専門店も出来ているし、 いまや誰もが楽しめるエンターテイメントの一つだ。 私たちは新しいウイルスで「旅行」という楽しみを失った。 一年どころか、長い人は二年近く旅行に行ってないという人も 多いだろう。 私自身
ガチ恋って何だろうという記事を書いたが、 「ファン」という存在 もなんとも難しい存在だなぁと思っている 個人的には、公式が発しているルールさえ守っていれば、 あとは好きという気持ちを持っている人全て ファンと位置づけられるとは思っているのだけれども。 ・・・勿論どんなアーティストやクリエイター 俳優であれ、お金を落としてもらわねば困るので、 好きという気持ちだけでお金を払う人が一人もいなければ、 活動はなりたたないし、 お金をかけてる人ほど支えているとも思うんだけど、 今
ガチ恋 アイドルや芸能人など、ステージ上の人に本当に恋をしてしまうこと。 推し活や推し事という言葉がメジャーになって久しい。 ひと昔前と違って何かしらの推しがあること自体に白い眼を 向けられることが減ったように思う。 鬼滅の刃の流行で初めて推しが出来た なんて話も聞くし、いまや推しは世間的に認められる言葉になった。 けれどまだまだガチ恋は異質の存在な気がする。 こんな言葉が存在するようになったのだから 昔よりは認知されるようになったのかもしれないけれど。 昔々。 私の周
嫌いっていうといやな気分になる人がいるから言わない そういう人は多いと思う。 特に日本では空気を読むことが当たり前なので、 みんなが好きと言っているものに対して、 「嫌い」を投げる人は比較的・・・というより かなり少ないと思う。 多様性が叫ばれるようになるなかで、 この風潮が変わらないことに違和感を覚える。 「嫌い」は本人の想いだ 合わせる必要も、自分と想いが違うからと嫌な気分に なる必要なんか本来ない。 オタクやサブカル文化が一般的に受け入れられるようになった昨今 「好
今日とてもショックなニュースが流れた。 ご高齢なのはわかっていた。 だからいつかその日が来るのもどこかで知っていた。 ドラクエの次回作のお知らせが出る度に、 今作もすぎやまさんがつくられるのだろうか。 そう思い続けて、12が世に出る前に、 すぎやまさんが逝ってしまわれた。 まだゲーム音楽が、こんなにメジャーになる前。 ドラゴンクエスト3のサントラ(オーケストラ盤)が CDのセールスランキングの上位に入った時があった。 衝撃だった。 子供ながらにとても感動したのを覚えている