プロフェッショナル
いつもの休日。
少し遅く起きて朝ご飯を食べた後、何気なくTVをつけると、NHKのど自慢をやっていた。
子どもの頃は退屈に感じていたこの番組も、ある理由から興味を持つようになった。
「この番組の司会者ってすごいよなぁ」
生放送かつ出演者は素人。
その上、当然始まる時間も終わる時間もきっちり決まっていて時間内に歌もトークも結果発表も全て尺を調整し、絶妙なタイミングで番組を終わらせる。
進行は早すぎても遅すぎてもいけない。
それを毎週続けているのだから驚くほかない。
出演者は話の長い方もいれば無口な人も様々。
その1人1人に気の利いた相槌を打ち、次の出演者へとつなぐ。
「今日はそのご家族も会場にいらっしゃるんですよね。一言伝えてあげてください ! 」
お決まりのこのやり取りも番組には欠かせない。
最後のゲストの歌披露が終わった時にはいつもハラハラする。あとわずか2分の間に合格者の紹介、結果発表、優勝者へのインタビュー、これだけのことを駆け足で終わらせないといけないのである。
司会者は慌てる素振りも見せず(内心、実は気が気でなかったりするのかもしれないが)、満面の笑顔で完璧にこなし、番組終了へと持って行く。
まさに神業である。
のど自慢を見ていてふと先日友人とたまたま歩きながら見つけて入った飲食店でのことを思い出した。
水を受け取りメニューを見て店員を呼ぼうと顔をあげると遠くにいた若い店員とすぐに目があった。注文を済ませ料理を待つ間、友人と話していると思いの外盛り上がり、話に夢中になってしまった。
こんな時によくあるのは、やむなく話を遮る形で店員が料理を運んでくる場面。
一瞬びっくりするあのシチュエーションである。
ところがその時は違った。
会話が盛り上がり、少し落ち着いた見事なタイミングで先ほどの店員が料理を運んできてくれた。
決して会話の流れを止めることなく、ごく自然な様子で、
「ごゆっくりどうぞ」
そうスマートに言い残して奥へ去っていった。
その後の追加注文の際も必ずその店員と目が合い、すぐにこちらに来てくれた。
おそらくその店員は日頃から客に取ってちょうどいい「タイミング」を意識して接客をしているのだろう。タイミングよく目が合い、タイミングよく料理が運ばれてくるものだから、こちらも客としてこの上なく気持ちがいい。
接客、店の雰囲気、料理の美味しさ。
この3つは良い飲食店であるためにどれ1つ欠かせない3要素と言われている。
この店は全て揃っていて、後にその地域で有名な人気店であることを知ったのだった。
さて、のど自慢の司会者にしろ、例の飲食店での店員にしろ、なぜそれほど「絶妙なタイミング」で行動できるんだろうか。自分なりに考えてみた。
もちろん、天才と言われるほどの特別な才能を持っているわけではないのだろう。単に経験を重ねて慣れているからできることでもなさそうだ。
両者に共通するのはおそらく、相手(TVの前の視聴者や出演者、店に来た客)に心から喜んでもらいたい、という真摯な気持ちなんじゃないだろうか ?
限られた時間の中で出演者の歌や人となりを最大限、視聴者に伝え、質の高い番組を作り上げる。
店に来てくれた客に対して気持ちのいい接客をすることで、「この店に来てよかった」と最終的に思ってもらえるような空間作りをする。
これまで仕事面で本気で人を喜ばそうと思って取り組んだことがどれほどあっただろう。
思わず自分の未熟さを思い知らされた。
のど自慢の終盤、5年前に奥さまを亡くした85歳のおじいちゃんが登場した。
「ついてこいとは言わずとも〜黙ってついてきたお前〜俺が20歳でお前が19の頃に〜」
夫婦ともに二人三脚で苦楽を生き抜いてきた人生の中の様々な情景が浮かんでくるようなしわがれた声に賑やかな会場が静まり返った。
鐘が鳴った後のおじいちゃんの言葉が染みた。
「今日はどんなお気持ちで歌いましたか ? 」
「天国の妻に届くように精一杯歌いました」
おじいちゃんは不合格だったが特別賞を授与された。我が子を抱くように大切に盾を抱く姿に、夫婦で仲睦まじく過ごしてきた人生の一端を見た気がして、思わず胸が熱くなった。
誰かを本気で大切に思う。
「あたたかいな」
そんなことを思った初冬の昼下がりであった。