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浅瀬の浜

   欠落したままでしたしみをたもち  浅瀬の浜にとなりあっている  砂にしずみこむかかとの跡を  かつての肌のかさなりとして  うかびきえるまでのあいだを  沈黙のうちにわかちあうと  幸福でしたと応え  それでもただ幸福でしたと応え  すがたがみえなくなってからも  しずかに手を振りつづけている

    • 陽の結語

       おおくの言語を話すが  伝わる言葉はひとつもない  空き家になった隣家の窓に  差し込む冬の陽が傾いていく

      •    輪郭を切り詰めていく  野菜の代わりに塩を舐め  同じ夜に起きて下を向く  欲しいものはなくなり  すべての価値と齟齬がある  わたしは一本の松で  曇りになると海岸で病人を見送る

        • 雑踏と帰路

           帰宅時間の駅を行き過ぎるひとびとが、みなことなる顔のつくりや衣服、歩き方をそなえていることにいまさらおどろき、安堵する。この巨大な匿名性のなかにあって、わたしはわたしでなくてもよいことをつかのま思い出す。  おなじようにたくさんの文章が濁流のように生まれては消える雑踏で、作品はすぐに忘れられる。作者と読者は非対称ですらない、ここには読者がいないから、作者もみなが匿名に均されていく。そのことにまた安堵する。わたしが書かなくてもよい文章が、わたしによって書かれること。すべてが

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        • 23本
        • 散文
          10本

        記事

          ある欺瞞

           野辺にある死体を拾いに行く  寝息を立てる新鮮なものを選んで  認めてもらいたいから認める  欺瞞に気がつくこともなく  給料日は膝が痛んだ  行方不明だった廃品回収の男が  巣をつくっている通りは避け  真夜中に穴を掘る ひたむきに  何かの間違いを正すように

          ある欺瞞

          夢の篝火

           朝起きるとはじまる労働は  情けない数字に変換される  くたびれたからだをひきずる夜  わたしはわたしの輪郭を耐えられない    おなじまいにちをくりかえしているとわからなくなる。陽だまりが何かの模様をかたどり、曇り空から小魚が降ること。誰も住んでいないはずの向かいの家の窓に灯りが点り、電車の外を流れるビルの上にはおおきなくろいかたまりが浮かんでいる。あれが空亡という妖怪で、江戸時代の百鬼夜行絵巻に出てくるとたしかに知っているがどこで聞いたのだったか  しかたなく生きてい

          夢の篝火

          遠い扉

             遠い扉の鍵が開き  怒りの残滓をとどめる寝顔が息をひそめる  夜明け  廊下で儀式のように繰り返される手つきを  くまなく記憶するために立ちつくす  わずかな静止の時間    水面は膨張し  非常口の緑の光を浴びて  うずくまる背が骨を隆起させる  きつくとじられた瞼の裏を  走りつづける快速急行の  結露した窓を覗く男  潰された空き缶の長い影  乗客のいない車両にひとり座る  塩素のにおいの鳥肌に覆われて

          傷口とウィンカー

             あきらめたもののやさしさは  なおらない傷口を土にして育つ  日が暮れるまで並んで歩いたあと  交わされた二、三の言葉をおもいだした  ひとりになった電車のなかで  左手にしみたすべらかな体液の  さびしいにおいに気がつき あなたの  くりかえし耐えてきた時間を知る  おずおずと差しだされたウィンカーが  光のすじを残して夕闇を遠ざかっていく

          傷口とウィンカー

          小石

             ふつうのひとみたいな顔をして  列に並ぶとわからなくなる  建前に埋もれた頭蓋骨の凹凸  香水に殴られるまえのやわらかな息  楽器のような肌色におおわれた  わたしが溶けてなくなると  無人のロータリーにひとつ  小石が置かれる

          落下点

           ぬるい夕陽に揺り起こされると  緩慢な静止のさなかにある  首すじにはりついた髪の束が  地上への墜落をちからなくさそう一時  わたしはうっとりとひとりきりでいられる  浴室から流れる乳白色の滴に耳をよせると  とうに絶えた余白をおもいだしてこわばる  口元がある語句をひそかにかたどり  窓の向こうから応えた唄声が  遅すぎる訴えをしりぞける迷いなさで  落下点をみちびいていく

          子の記憶

             空き地は日だまりをつくり  すべてはくまなく記録され  わたしは声を聴いていた  下草におおわれた底から笑いかける  かつて子どもだったもの  子どもにもなれなかったもの  交合するざわめきのただなかにあって  土は青く照り返っている  過ぎていくものの誠実さをひととき  あきらかにして

          子の記憶

          失語

           よく通過すればわたしは透明な筒であり  からだの底から言葉がすくえない  それはたしかに幸福なことで  陽に満ちた小路に立ち尽くし  こもれびをあおむいて涙を流すひと  そのありようをいまとなっては信じるほかにない  葉影がいっせいに飛び込んでくると  帰るべきところも失せていくので  土のやわらかさに身をよせて  じっと目をみひらいている  行き交うものの色彩  めまぐるしい変化のあわれな豊かさ  わたしをおとずれるしずかな一滴  その予兆

          化身

           ひくいこえが打ち明けた  朝の地下鉄に敷き詰められたタイルの均一さ  日々払うべき金額のまやかしのような激しさ  世界を追い詰めるものの反作用を  わたしは半身後ろに退きながら  黙って耳をかたむけていた  誰もいない夜の平原に  一人用遊具が軋んでいる  錆びたバネがにぶくひかり  わたしたちの目は  光の一点へ惹きつけられていく  歪んだ背骨の隙間から  白い煙を羽のように昇らせて

          再会

             透明な並木道の先に  あなたは待っている  わたしはひとりで歩いた  すこしの距離と  永いかなしみの時をおもいだし  そっと枯葉をふみしめる  それをすべて知っていて  あなたは手を振る  冬の陽に照らされて  ふっくらと笑って

          懐かしい影

           向かいの席で詩集をよんでいたひとが  ふと顔をあげ  かすかにほほえんでからまたうつむく  次の駅でいなくなってからも  ほほえみは残る  その影はわたしのうちに残り  わたしは影でしかないのかもしれない

          懐かしい影

          夜ふかし

           夜じゅうランプの前に座り  静かに微笑したあと  音を立てずに部屋を出る  町は生きものの煙を吸って際限なく膨らみ  (なぜかはしらない)  薄明かりの中をただよっている  境界の街角で火をおこして待っていると  影が降ってきて火種をさらい  黒い筋が軌跡になって宙に残る  これがすべての人のさいごなのかと  笑いかける皺が深くなり  路傍に湧いた声の  凝着した化石を指でもてあそぶ  (しかしなんにせよ意味はないので)  息をひそめて屋根に上る  ほうぼうから立つ黒煙をな

          夜ふかし