雑踏と帰路
帰宅時間の駅を行き過ぎるひとびとが、みなことなる顔のつくりや衣服、歩き方をそなえていることにいまさらおどろき、安堵する。この巨大な匿名性のなかにあって、わたしはわたしでなくてもよいことをつかのま思い出す。
おなじようにたくさんの文章が濁流のように生まれては消える雑踏で、作品はすぐに忘れられる。作者と読者は非対称ですらない、ここには読者がいないから、作者もみなが匿名に均されていく。そのことにまた安堵する。わたしが書かなくてもよい文章が、わたしによって書かれること。すべてがすでにわかりきったことになってしまった場所で、飽きることなく反復をつづける、同じ道を通って帰りつづける、徒労とわかっているがやりつづけるほかはないということの確かさ。
帰路を急ぐものたちの不在は誰も知ることがない。消えたものの輪郭はつねに満ちているから。