【物語】二人称の愛(上) :カウンセリング【Session33】
※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。
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2016年(平成28年)03月12日(Sat)
今朝はホテルを出て朝10時頃から、石巻市内にある仮設住宅の中にある公民館で学はセラピーをみずきから頼まれていたので、四人を乗せた車は仮設住宅が建っている近くの公民館へと向かった。学は、さほど集まらないだろうと思っていたのだが、公民館に入るとそれなりのひと達が集まっていたのだ。みずきが地元の代表のひとに挨拶をしに行った。
美山みずき:「久しぶりだっちゃ。元気だっだがぁ」
地元の代表:「みずきちゃんも久しぶり。元気だっちゃ」
そして学、ゆき、それからみさきの紹介をしたのであった。少し遅れてゆうも到着した。みずきと地元の団体の方たちが先ず挨拶した後に、学の出番となる。学はこころ静め呼吸を整え、少し自分の中で瞑想をした。そして呼ばれるのを待ったのだ。みずきは学が心理カウンセラーであり、東京から来て貰ったことを説明しても会場からの反応は薄かった。
学自身もこれは予想していたことで、こころの中で「僕と中島みゆきさんとでは比較にならないよ」と思っていたからである。でも引き受けた以上、学もプロの心理カウンセラーなので自分の出来ることを精一杯やるだけだった。このスタンスはどのカウンセリングにおいても変わることは無い。そして学は前に出てこう言った。
倉田学:「おはようございます皆さん。心理カウンセラーの倉田です。今から皆さんと一緒に簡単なセラピーを行いたいと思います。宜しくお願いします」
そう言うと少しだけ拍車があった。そして学はこう続けた。
倉田学:「では、わたしを中心に輪になって貰えますか? そして外からの光を少し遮断出来ればお願いします」
そう言い、学の周りを囲うようにひとが集まって来た。そして地元の団体の方たちがカーテンを降ろしたのだ。
倉田学:「では、今日は催眠療法と言うのを30分ぐらいやります。その前に人間の五感覚を意識する練習をまずやりましょう。それは内の気づき、外の気づき、思考の気づきです」
学は手振りを交えながら、こう続けた。
倉田学:「ひとは普段、思考(意識)を使って物事を判断しています。しかし感情(無意識)の方が圧倒的に多く、その割合は思考(意識)約3% 感情(無意識)約97%と言われています」
それを学が言ったら、周りのひと達の視線がさっきより強く感じることが学には出来たのだ。
倉田学:「では、皆んなでやってみましょう。まず内の気づきからです。自分の身体の声を聴いてみたください。身体の張り、強張り、震えなど、何か気づきが得られましたか?」
会場:「シーン」
倉田学:「では次に外の気づきを感じてみましょう。空調の音、外からの物音など何か気づくことが出来るでしょうか?」
会場:「シーン」
倉田学:「では最後に、今皆さんは何を考えていることに気づくことが出来ますか?」
ある男性:「何の意味があるっちゃ! こんなことして、意味あるっちゃ!?」
倉田学:「とても大切なことです。あなたは感動したり、泣いたり、笑ったり、そして怒ったりしたことは無いのですか?」
ある男性:「そりゃ、あるっちゃ。それがどしたっちゃ!?」
倉田学:「人間は感情があるから、こころを持っているんです。そして今から行うセラピーは、感情にアプローチします。少し皆さんの『こころの準備体操』をさせて頂いているんです」
そう学が言うと、その男性は黙ったままだった。
倉田学:「では今から催眠療法を始めたいと思います。瞼は出来れば軽く閉じて頂いた方がいいです」
そして学は呪文を唱えるかのように語り掛けた。
倉田学:「雪降る野原に居ます。白い雪がゆっくり空から舞い降りて来て肩に降りそそぎ、そしてそれを感じます。空はどんよりとして厚い雲に覆われ、とても寒く冷たいです。雪で出来た『かまくら』が見えます。とても暖かく居心地がよさそうです。そしていつでもそこに行くことができます。とても安全な場所です。今あなたはそこにいます。とても暖かいです。中はとてもリラックスでき、暖かく居心地がいいです。まるで母親のお腹の中に居るようです。そしてそれを感じることができますーーー
ーーー愛情をいっぱい受け、お腹の中で成長し産まれるのです。もうひとりではありません。笑顔が見えます。そして今を生きています。さあ、ゆくり瞼を開けて戻って来ましょう」
学はこうして30分ぐらい催眠療法を行ったのだった。会場のひと達の中に涙する者もいた。学のセラピーが良かったかどうかは、この会場にいるひと達が評価することなので、学がうまく行ったと思っても、それは学が決めることではないと思っていたのだ。
ただ学は、今出せる力は全て出し切ったとは思っていたのであった。そしてそれが出来るから、並みいる東京の心理カウンセラーの中でも、学は一目置かれる存在であったのだ。会場からはひとそれぞれの声を聴くことが出来た。あるひとは「良かった」と言うひとも居れば、「よくわからない」「何の意味があるんだ」と言う声も、もちろんあった。
学はひとそれぞれ感性なんて違うのだから、当然だと言うことはわかっていたので、別に気にもしていなかった。ただみずきからの要望だったので、みずきに恥をかかせてはいけないと言う思いは強かった。こうしてお昼前に公民館での催眠療法を終えたのだった。学たちは地元のひと達が作ったはっと汁とおにぎりをお昼に頂いたのだ。そしてみずきは学たちを車に乗せホテルへと戻ったのであった。
ホテルに着くと学だけ降り、他の三人は石巻の復興と他のお店の支援などで夜まで戻らないとのことだった。そこで四人は、夜に昨日のゆうのお店『石巻駅前 Café&Bar Heart』で落ち合うことにしたのだ。こうして学はみずきたちと別れたのである。
学はホテルのフロントで鍵を貰い部屋に入って行った。夜まで時間があるので、学はカバンからスケッチブックを取り出し、昨日観た情景を思い出しながら絵を描いたのだ。そしてベッドに寝転がり、今日の催眠療法のことを振り返っていたのであった。
倉田学:「自分は本当に役に立ったのだろうか。みずきさんは今日のセラピーを観て、どう思っているんだろう」
そんなことを考えていると、何時の間にかベッドの上で寝てしまったのだ。夢の中で学は、昔読んだ『銀河鉄道の夜』の世界に入って行ったのだった。
倉田学:「此処はどこ!? あれカムパネルラ。君がどうして此処にいるの?」
カムパネルラ:「此処はサウザンクロス(南十字星)だよマナブ。僕はもうノーザンクロス(北十字星)には戻れないんだよ」
倉田学:「駄目だよカムパネルラ、ジョバンニが待ってるじゃないか!」
カムパネルラ:「僕は正しいことをしたと思ってるんだ。でも誰かを救おうと思っても、全てのひとは救えない」
倉田学:「何言ってるんだ。君には大切な家族や仲間がいるじゃないか!」
カムパネルラ:「君も何時かわかると思うよ。大切なものを守ろうとすると、何かを犠牲にしなければならないと言うことを」
そう言うとカムパネルラはすーっと消えてしまった。すると突然、学は列車の座席に座りジョバンニと向き合って座って居たのだ。
倉田学:「ジョバンニ。此処はどこ!? 何で君は此処にいるの?」
ジョバンニ:「君は僕で、僕は君だよ」
倉田学:「何を言ってるのジョバンニ!?」
ジョバンニ:「僕たちはふたりでひとりなんだよ。今までも、そしてこれからも」
するとジョバンニもすーっと消えて行ったのであった。学は声を張り上げ叫んだ。
倉田学:「ジョバンニ! ジョバンニ! ジョバンニー!」
学がそう言うと、ノーザンクロス(北十字星)に向け銀河鉄道が走り出した。学は銀河系の数々の星を観ていた。そしてその星の一つひとつに星命(せいめい)が宿っているのだ。その輝きは生命(いのち)の尊さと儚さを映し出しているように学には感じられた。ノーザンクロス(北十字星)に着くと、『銀河ステーション』と言うアナウンスが聴こえて来た。そして学は目を覚ましたのだ。
瞳から涙が溢れ出していた。ちょうどその時、付けっ放しにしていたテレビから中島みゆきの『命のリレー:24時着00時発』の唄が聞こえて来たのだ。学は急いで、今観た『銀河鉄道の夜』の夢の絵をスケッチブックに描いた。とてもリアルな夢だったので、忘れないうちに書き留めて置きたかったからだ。
時計を観ると、あっと言う間に夜になっていた。学はコートを着てスケッチブックとペンを持ち、ゆうのお店『石巻駅前 Café&Bar Heart』に向かった。そしてお店に入って行ったのだ。お店の中は相変わらず50年代オールディーズの音楽が流れていた。
倉田学:「こんばんはゆうさん」
ゆう :「こんばんは倉田さん」
倉田学:「美山さんたち、まだ来てないんですか?」
ゆう :「ええぇ、まだ来てないですよ。倉田さんからLINEしてみたら?」
倉田学:「僕からですか。こーゆうの得意じゃないから」
ゆう :「何事も経験ですよ。そんなんじゃ女の子にモテませんよ」
倉田学:「でも・・・」
そう言いながら学は仕方なく自分のスマホを取り出し、LINEの『チーム復興』に次のようなメッセージを入れたのだ。
倉田学:「こちら倉田。現場に到着しています。至急応答願います」
学のLINEを観たゆうは突然笑いだした。
ゆう :「倉田さん。このLINEなんですか? まるで『警察24時』とかそっち方面じゃないですか!?」
倉田学:「えぇー、そんなに変でした」
ゆう :「倉田さん。ギャグのセンスあるじゃないですか!」
倉田学:「いやぁー、僕はいたって普通で・・・」
ゆう :「倉田さんって天然ですか?」
倉田 学:「そーいえば『珍しいタイプ』と言われたことはあります」
二人がそんなやり取りをしていると、早速LINEが入って来た。
ゆき :「はい、ゆき。確保しました。至急向かいまーす」
みさき:「こちらみさき。現場に向かってまーす」
美山みずき:「本庁よりみずき。応援に向かいまーす」
これを観てゆうは更に爆笑していたのだ。そしてゆうもメッセージを送った。
ゆう :「現場から報告します。どうやら誤報のようでした。気をつけて帰って来てください」
このやり取りを観た学は、穴があったら入りたい気持ちだった。そしてしばらくして、みずきたちの三人はゆうのお店『石巻駅前 Café&Bar Heart』に入って来た。そして口々にこう言ったのだった。
ゆき :「倉田さんは天然ですか?」
みさき:「そうそう、倉田さんのLINEアイコン、マリモだったし」
美山 みずき:「倉田さん。あれって『阿寒湖のマリモ』ですか?」
倉田 :「そうだけど・・・」
皆んなで:「やっぱりー。天然記念物」
学にも皆んなが何を言いたいのかわかった。しかし学は知らない振りをしたのだ。こうして学の天然が周りのひと達を幸せに出来るのだから不思議だ。これも学のある意味『特性』なのかも知れない。そして皆んなで、お酒の入ったグラスを持って乾杯した。学は昨日入れたボトルの『シングルモルト宮城峡12年』をストレートでゆうにお願いした。そして学の目の前のコースターの上にそっと置かれたのだ。
学はグラスに入ったウイスキーを眺めた。目の前に置かれたウイスキーは、黄金色の稲穂の大地を彷彿させるかのよう見えた。学はグラスを持ち上げ口に含ませた。甘い果実やドライフルーツといったフルーティーな香りが華やかに鼻から抜け、心地よいピート感が楽しめたのである。喉から奥に入ると更にフルーティーな香りがフワッと広がり、その味は甘酸っぱくそしてドライ感を感じることが出来たのだ。そして飲み終えると学はゆうにこう質問した。
倉田 学:「笹かまとかってありますか?」
ゆう :「倉田さん。笹かまは仙台だからここには無いですよ」
倉田 学:「僕はこのウイスキーに笹かまが合うと思うんだけどなぁ」
ゆう :「わかりました。今度来る時には用意しておきますね」
倉田 学:「それと、日本の音楽は流さないんですか?」
ゆう :「J-POPは普段流さないけど・・・。そうだ、中島みゆきさんの唄ならありますよ」
倉田 学:「そうですか! ひょっとして昨日話していたことと関係あるんですか?」
ゆう :「大アリです。中島みゆきさんを夏に石巻に呼ぶ為に頑張ってるんです」
そう言ってゆうは、中島みゆきの曲を流した。それは『海よ』と言う唄であった。そしてゆうは学にこう言ったのだ。
ゆう :「この唄を聴くと両親のことを思い出すの。わたしの両親、漁師をしててあの東日本大震災(3.11)で亡くしたの。だからこの唄はわたしの唄なの」
倉田学:「すいません。変なこと思い出させてしまって」
ゆう :「ひとりで聴くにはちょっと切なくなるから。でも倉田さんとなら 大丈夫みたい」
そう言ってゆうは学に笑って見せたのだ。学にはゆうの瞳の奥底に寂しさがあるような、そんな感じに見えたのだった。こうしてこの夜は更けて行ったのであった。
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