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終わりの夏 1/10

 征郎いくおは、手庇てびさしをすると、屋敷林の樹冠を仰ぎ見た。
 空は雲ひとつなく晴れ渡り、日は中天に差しかかっていた。アブラゼミとミンミンゼミが、競い合うように鳴いている。
 風もないのに、葉が一枚だけ震えやまなかったり、枝が一本しきりとおいでおいでしていたりする。それは、人ならざるものが寄越す合図だと、土地ではいわれていた。屋敷林はすっかり縮小され、往時の半分にも満たないが、それでも朝夕にヒグラシが鳴き、ヒグラシの鳴くうちは、よい林とされた。一番背の高いのがイヌグスで、トチノキ、ヤマモモ、スダジイ、ヤブツバキと続く。ヤマモモの果期は、とうに過ぎた。木下闇こしたやみにヤマザクラが見え、下生えとして、オオイタドリが繁茂している。屋敷林は竹藪に接し、その境に朱塗りの祠があって、裏手に腹の黄色い、青黒いような大蛇が出没して、家の者は昔からヌシと呼んでいた。雨降るごとに、刈っても刈っても竹の新芽は地のそこらじゅうを突き破り、あっという間に人の背丈を越えるから、この頃では放っておかれている。

 水を張った木桶に、トマト、キュウリ、ナスのほか、小玉スイカが浸してある。ナスよりも白く褪せたアケビの未熟果も、二つ浮いている。
「山でこんな大きいのがってました。子どもたちに食べさせよう思って」
 早朝の散歩から戻った弓子が、両手に一つひとつ持って、顔の横にかざして見せた。そんなもの、都会の子どもの口によう合わんと、征郎はにべもなくいった。
 桶は、濡れ縁の手前の水場に、据えられてあった。蛇口から、飴のように細く水が垂れ、木桶がこれを受けて、ちょろちょろと縁からあふれさす。井戸水を引いているので、夏場でも手を沈めると、冷たさに五秒と耐えられない。
 玄関先に征郎が立つのは、今日これで三度目だった。濡れ縁に風呂敷を敷き、ヒマワリの種殻を剥く弓子が、蚊遣の煙越しに打ち見て微笑する。あきれるようにも、安堵するようにも見える。妻の目の前を素通りすると、水場まで来て、これみよがしに夫は栓を捻った。水音がやむ。弓子の頭上、濡れ縁の軒裏に映った水面の照り返しが、途端に静まり返る。夫はその場を去りかけて、なにか思い出したように振り返り、桶のなかをしばし覗きこんだ。水影が、夫の顔をまともに照らす。神々しくも、輝かす。それを避けるようにしゃがむと、キュッ、キュッ、とまた軋む音がして、水音が細く立ち始めた。軒裏の照り返しも、ゆらめきを取り戻す。
「お父さん、あの子たちはまだ当分来ませんよ。着くのは夕方になると、さっき連絡があったじゃありませんか」
「なんで夕方なの。三時間もかからん道行きなのに」
「寄るところがたくさんあるのでしょうよ。渓谷の温泉場にもいくでしょうし、渓流で釣りもするでしょう。海にだって寄るでしょうし」
 ふん、聖地巡礼というわけか。自嘲するような口吻だが、それは心のなかだけのことで、口には出さない。
「そうか、昼飯は婆さんとふたりか」
「はい、そうです。いつものように」
 ふいに風が走って、セミたちが静まり返る。遅れて樹々の葉叢が、下から上へ、煽られるように立ち騒ぎ、征郎も弓子も、申し合わせたように樹冠を仰いだ。



 先月、征郎は職人に頼んで、屋敷林の端を伐らせた。枝切りだけでは足らず、クヌギとコナラを一本ずつ、根元からいった。そのせいで、木の間から向こうの家が、すっかり見透せるようになっていた。
 かつてそこに建っていたのは、おか屋根二段の、全体ベージュ色した一軒家だった。それが、いまや真っ黒なキューブに成り代わった。昨年の秋口から解体と新築が始まり、五月の連休明けに、キューブは落成した。新しい住人がいつ移り住んできたか、定かでない。引越しの挨拶など、なかった。東京から来た隠居夫婦とは、人伝に聞いた。家々が田圃のただなかに点在し、互いの玄関先が数十メートルと離れているとなれば、都会の人間の感覚では、隣近所もないのだろうと、征郎も弓子もそう折り合った。そうして今日こんにちまで、新参者の顔を見なければ、声すら聞かなかった。
 梅雨入りしてまもなく、屋敷林の枝葉が土地の境界を侵犯していると、その隣人から苦情が寄せられた。それも、直接ではなく、役所を介して。
 柵や塀で境界を仕切っているわけではなかった。向こうの庭と、こちらの林の下生えの植生が異なるせいで、地面にそれらしい色味の違いがあるばかりだった。隣人は、そのきわに立ち、頭上を見上げ、こちらの樹が境界を侵す侵さないを、日々測っていたものとみえる。隣近所といえば、大抵の事柄について、面と向かってものをいったし、互いに気遣い、いたわり合って、今日までやってきたことを思うのだった。役所の電話で事情を知らされた征郎は、その晩からおこりを得たようになって、のちの三日三晩、床を離れられなかった。


 母が病で倒れたとき、征郎は小学生だった。母が亡くなってほどなくして、父は、先祖から代々受け継いだ土地を切り売りし始めた。それを機に、屋敷林は、みるみる小さくなった。林の向こうを得たのは、征郎より二十は年嵩の禿頭の理髪師で、東京での修行時代が明け、独立を機に、この海辺の土地についの住処を求めたのだった。やがて妻帯し、二人の男女の子を成した。
 庭の菜園に生ったものは、互いになんでも分け合ったし、子どもらが幼いうちは、よく屋敷林で遊ばせたものだった。
 いずれも夏の思い出で、それもひと夏かふた夏のそれに過ぎないはずが、夏ごとに繰り返されたように、征郎には思われた。初夏に、ヤマモモの実を子どもたちに頬張らせたのは、いつのことだったか。子どもたちの母親がその実を所望に来て、掃いて捨てるほどあるそれらをわんさと持たせ、後日にその実でこさえたジャムの裾分けに預かったのは、一回きりのことだったか、それとも数年のあいだ、夏ごとに繰り返されことだったか。少なくとも征郎にとって、あれは、期せずして甦った母親の懐かしい味だった。
 晩夏には、イヌグスの遙か高みに、丸々としたキイロスズメバチの巣を見つけた。駆除するしないで逡巡したのが、父親だったか、それとも自分だったか、それすらいまの征郎には怪しいものだった。近隣住人、わけても子どもらの身の安全をまずは思い、すぐに思い直して、駆除するよりしばし観察させてやろうと思い立ったのだから、それはだいぶ後年になっての記憶のはずで、だから背後にしゃがんで、その肩に彼が両手を添えた子どもたちとは、彼自身の子に違いなかった。しかし、あれは縁起物だから、いずれ貰い受けたいと申し出たのは、ほかならぬ理髪師だった。スズメバチの巣が、一年限りで打ち捨てられること、年を跨いで一月、二月ともなれば、すっかりからになることを、理髪師は教えた。
 冬の田を背に、壮年の男が、片手にスズメバチの巣を掲げ、それをふたりの子が下から覗き込む絵が、征郎の瞼の裏にありありと浮かぶ。しかしそこにいる幼いふたりとは、隣家の兄妹のようでありながら、往時の征郎と年の離れた妹だったかも知れず、あるいは征郎の息子と娘だったかも知れず、どうにもあやふやなのだった。記憶の混線、というより、あり得たかも知れない過去を思いついて、ひとたび油断すれば、偽記憶の氾濫をとめどもなく許す塩梅だった。こんなことが頻々とする脳内の事情について、口にするはおろか、仄めかすのさえ、痴呆か譫妄か疑われかねず、征郎は妻にもいわれなかった。記憶の輪郭が徐々にほつれて曖昧となり、やがて荒漠たる白い原野が広がる。しかし不安はなく、一抹の恐怖もない。振り返れば、波打ち際に続く自分の足跡の、潮満ちて、次第に掻き消されるのを見届けるのに似た、安堵の予感しかなかった。しかし、そこへすっかり身を委ねることは、いまの征郎には、まだまだ畏れ多かった。
 あれは間違いなく、隣家の理髪師の息子であり、娘だった。そうであってみれば、当時の征郎は、高校生だったことになる。高校を卒業すると、専門学校に通うため、家を出た。町で就職し、十数年の工場勤務ののち、彼もまた妻帯した。妹が嫁いだのを機に、生家に戻り、やがて家業を継いだ。


 屋敷林の落葉の掃き溜めに、子ども用の椅子の埋もれているのを征郎は見つけ、これを引き上げた。パイプはすっかり赤錆に覆われ、尻受けと背受けのビニルはところどころ破け、なかのスポンジから、泥水が滴り落ちた。
 昨夜の嵐に腐葉土の山の一部が吹き払われたか、洗い流されたかして、背板の角が、掃き溜めから露出していた。ビニルの青に目がいった途端、征郎は軽いめまいを覚えた。
 元々は、幼少時の彼自身の持ち物かも知れなかった。いつ、誰がそこへ放ったか、見当もつかないが、それをしたのは、征郎以外にあり得なかった。
 ふいに背後で呼びかけられて、征郎は振り返った。
 隣家の老婦人だった。
 林の向こうの出入りの際の、クヌギの幹に身を寄せて、西陽を背負い、ほとんど黒いシルエットばかりになっていた。これが、足元に散らばるドングリを踏みしめるようにして、ゆっくりと近づいてくる。
 かつてはふくよかだった理髪師の伴侶も、いまや八十を越え、すっかり細って小さくなった。とまれ、背はさほど曲がらず、足元もしっかりしていた。いつからか朝夕の散歩が夫妻の日課となって、ときおり相前後して歩く彼らに田の道で出くわして、征郎は挨拶を交わした。理髪師はいまだに現役で、週に二日、ふたりして店に出ていると聞いた。夫は耳がだいぶ遠くなって、この頃ではすっかり口も重たくなった。しかし手元だけは衰えない。どころか、ようやく上手の域になったとは、もっぱら妻のする冗談で、夫は傍らに控え、相好を崩すばかり。妻が話し始めると、決まって夫の手がおろおろと宙を泳ぎ出し、飛来するホタルでも収めるようにして、それとなく彼女は両の手のうちに引き取った。
「昨夜の雨風は、すさまじいことでした。うちは、雨樋が、とうとうはずれてしまって。大家おおやさんは、無事でしたか」
 理髪師とその家人は、かねてより征郎を大家さんと呼んだ。かつて父をそのように呼び、父亡きあとは、当たり前のように征郎をそう呼んだ。
「いえいえ、うちはもう、あの通りの、襤褸家ですから。飛ばされるものは、みんなとうの昔に飛ばされて、かえって安全なようなものです」
 すっかりくたびれた雨樋から雨水が溢れ、滝のように軒先から落ちて地を叩き、妻はどうでも、昨夜は自分はまんじりともしなかった、などとは、おくびにも出さない。じきもうひとつのシルエットが林のとば口に現れて、肩の高さまでゆるゆると手が上がり、思いがけず大きな声が、こんちは、と発した。
 理髪師の主人だった。
「私らね、ここをね、去ることに、したのですよ。それでね、ご挨拶にと、思いましてね」
 ここを去る、などといわれ、征郎は現世を離るるの謂かと錯覚して、思わず目を剥いた。話の先を引き取って、妻のいうには、東京に所帯を持つ長男が、東京でいっしょに暮らそうとかねてより催促していたもので、今般とうとう根負けしたと。
「このさい、二世帯住宅を新築して、いっしょに住もうだなんてね、テイのいいこといって、結局は、私らの、懐目当てなんだから」
 主人はいった。
「お仕事のほうは」
「お仕事」
「理髪店は」
「ああ、店はね、夏前に、仕舞ったの」
 征郎は虚を突かれ、いい淀んだ。
「……そうでしたか。それは、残念です。いつかそちらで、さっぱりしてもらおうと、折に触れ思っていたから」
 嘘ではなかった。しかし身なりに金をかけなくなってからこちら、頭も久しく自らバリカンで済ませていた。なんにつけ、行動が、気持ちに追いつかない。こんな塩梅で、取り返しのつかない、後戻りのかなわない事柄が、年々増えていくかと思えば、どうにもうすら寒かった。
「何年に、なりますか」
「かれこれ、六十年です。我ながら、よくやり遂げましたな」
 頭に手をやりながら、征郎はいよいよ気後れを隠せなかった。
「ほんとうに、ほんとうに、残念です」
「あら。そのお椅子。懐かしい」
 征郎の手元を認めて、老婦人が破顔した。
「ああ、これ」
「そこに坊やが、ちょこんとお座りなって。うちの子たちが、ひとしきり虫の講釈をするのを、おとなしくお聞きになって。物静かで、賢い坊やでした。ここの木陰は、夏の日盛りにも、いつでも涼しい風が渡りましてね。ほのかに潮の香がして。いい夏でした」
 坊や、といわれ、真っ先に思い浮かぶのが、幼少時の自分なのだった。
「坊やがそれを足台にして、ちょうどあなたのいまいるところの頭上に大きなスズメバチの巣があって、それに手を伸ばされた。すんでのところで、先代さんが見つけて抱え下ろした刹那、手の甲をチクリとやられましてね」
「息子が、ですか」
「いやいや、まさか。先代さんですよ。十日と肩が上がらず、車のハンドルも握れずで、仕事にならなかったと、のちのちよく自慢されました」
 あまりといえば記憶の埒外で、征郎は話の真偽さえ訝った。
「スズメバチの巣は、どうなりました」
 征郎は訊いていた。
「空になったのを、譲っていただきました。ひと抱えもある、立派なものでした。店先に置かしていただいて、最後の日まで、わたしどもとともにおりました。そういえば、お父さん、スズメバチの巣、どうされましたっけ」
 耳元で問いかけられた理髪師は、たださえ老眼鏡に誇張された目をなおいっそう潤ませて、征郎をまともに見た。
「お父さん、お店のスズメバチの巣、あれ、どうされました」
「ああ、あれはね、縁起物だから、ほんとにね、ありがたいことでした」
 そういって、理髪師は、深々と頭を下げるのだった。彼の手を包み込む妻の両手に、心なしか力が籠るように見えた。
「死ににいくようなものです」
 やがて老婦人はいった。
「この歳になって、終の住処と決めた土地を離れることが、どんなにしんどいか、若いあの子たちには、思いも寄らないのです。それよりも、年寄りふたりの田舎暮らしじゃ、なにかと不便だろうと、そればっかりで。でも、まあ、お父さんにいわせれば、そこは計算ずくだろうと、わたしどもを思う気持ちに変わりはないと。じっさい、この人は、息子に声をかけてもらえたのが、とても嬉しかったのです。店で死ぬ、なんて常々豪語していた人が、あっさり店を仕舞いになった。子に殺されるなら本望、といったところでしょうか」
 スズメバチの巣なら物置にあったろうにと、にわかに理髪師は、妻をなじるようにいい、それならあとでわたしが見てまいります、あれば大家さんにお返しいたしますと、やわらかに老婦人は受けた。
「処分に困るものですからね。どうぞ、ここで、供養してやってくださいな」
 老婦人はいうのだった。
「それにしても」
 老婦人は右手を伸ばすと、指先を征郎の頭にやった。そしてそっと撫ぜるような仕草をした。その指先は、かすかに震えていた。
「あなたも、すっかり歳を取られましたな。あんなに、若かったのに。若さは永遠とでもいいたげに、お若くいらして、輝いていらしたのに。こんなに髪も、真白くなられて。苦労もたくさん、たくさん、なされて。幸せも、不幸せも、みんな、みんな、ここにつどって。ただただ歳を、お取りになった。ほんとうに、おかわいそうに」
 老婦人は泣いているのかも知れなかった。いまの征郎には、面前の人が涙するという事態に、どうにも堪えられそうになかった。しかしそんな危惧をよそに、次なる老婦人の声は、拍子抜けするほどに、華やいだ。
「ねえ、お父さん、大家さんを、散髪して差し上げたら、どうかしら」
 あいかわらず眼鏡越しの大きな潤んだ眼を向ける老主人は、なんともいわない。
「ねえ、お父さん。大家さんのね、髪をね、切って差し上げたら、どうかしら」
「いつ」
「いま」
「ああ、いま。いまね。うん、うん、それはいい、それはいい。きっといい男にね、して差し上げますからね」

 かくて征郎は、風に吹かれていた。
 隣家の庭は、毎日のように視界に収めてきたのに、これほどの広さとは、想像だにしなかった。夫妻の計らいで、その庭の真ん中に折り畳みのパイプ椅子を据え、そこに座りつき、てるてる坊主のようになった征郎は、いわれるままに頭を差し出した。頭の前、横、後ろと、磨き込まれた銀色の商売道具が、シャキ、シャキと、小気味よい音を立てながら、駆けていく、あるいは滑っていく。暮れゆく空の下、風に吹かれて散髪されるとは、いつか見た夢のひとつが実現されるようで、年甲斐もなくときめいた。昔見た映画のワンシーンかも知れなかった。あれは、死期の迫った夫の髪を、涙ながらに妻が切るのだったか。あるいは、出奔してから云十年ぶりに帰還した男の髪を、薄幸の女が切るのだったか。
 酔いしれたように、眺めていた。樹ぶりといい、枝ぶりといい、申し分なかった。一面の枯野を挟んで、緩勾配の最奥に、こんもりと繁っている。どこの鎮守の森かと見惚れるうち、傍らで手持ちの三面鏡を広げて控える老婦人が、いった。
「お宅の樹では、ありませんか。あなたがこだわって、屋敷林と、いつも呼んでいる」
「あれが」
「私はね、出入りのとば口にある、クヌギが、好きだね」
 鋏を操りながら、理髪師がいった。
「木肌は、黒々と、重厚でね、真っ直ぐ立って、なんとも直向ひたむきな感じだ」
「夏になると、青いような葉叢を広げて。蜜酒場だなんて、誰がいい出したんでしょう、あれには毎年の夏、たくさんの虫が寄りつきました」
 いまはもう、ないのだ。
 クヌギも、コナラも、伐らせてしまった。そういいかかって、征郎は息を呑んだ。
「燃えてやいませんか」
「なにが」
「うちの、屋敷林」
「燃えてなんか、いませんよ。夕陽をまともに受けますとね、あんなふうに、お宅の屋敷林は、ほんの一瞬、燃え上がるように見えるのです。あの光景とともにあった、わたしどもの五十年でした」
 自身の毛髪の束が、西陽を浴びて、黄金色に輝きながら吹き流れるのを、征郎は見た。吹き流れる果てに屋敷林はあり、舞い上がる彼の毛髪は、火の手の上がる樹々の背面から、濛々と湧き起こる灰燼としか見えなかった。
「いや、だめだ。こんなのは、だめだ」
 立ちあがろうとして、叶わなかった。足腰は、すっかり弱ってしまっていた。なんにつけ、抗うための踏ん張りは利かず、気力も衰えるばかりだ。どこかで獣の咆哮する声が聞こえて、それがほかならぬ自身の嗚咽する声だと知るに及んで、征郎は両手を前へ伸ばし、樹冠を仰いだ。責め募るように。あるいは、無限に赦すように。風もないのに、さかんに揺れる枝のあるのを、老いた目が、しかと刻んでいた。

 屋敷林にもいないとなると、弓子は途方に暮れるばかりだった。家へ戻りかかって、なんとなく虫が知らせて、隣家の敷地を覗くと、果たして夫の姿があった。
 夫は、隣家の庭の真ん中で、子ども用の古い椅子に腰掛けて、おっ、おっ、おっ、と、嗚咽するとも威嚇するともつかない奇声を発しながら、わなわなと震える両手を、こちらへ向けて差し上げていた。
 夫の背後には、解体の進む陸屋根の二階家が、薄暮の底で、藍色に泥んでいた。






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