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向いているかどうかは、まわりの人たちが決めてくれる
2023年8月30日(水)朝の6:00になりました。
MBTI診断の結果は、INFJ-Aでした。
どうも、高倉大希です。
社会人になってから、ずっと教育業界で仕事をしています。
いろいろな経験をしましたが、自分がこの業界に向いていると思ったことは、ただのいちどもありません。
人に何かを教えられるようなできた人間でもなければ、だれとでも信頼関係を築けるようなコミュニケーション能力の高い人間でもありません。
だからといって、向いていないから辞めようと思ったこともありません。
なんならむしろ、向いていない人間が混ざっていることにこそ価値があるのではないかとすら思っています。
何度も述べるように、1人の人間は弱い。でも、たくさんの人が集まった集団では大きなことが成し遂げられる。そんな組織の中でしか、「自己実現」なんて、できやしないのです。
まわりには、「あなたは教育業界に向いている」と言ってくれる人もいます。
向いているかどうかなんて、結局はまわりの人たちが決めてくれるものなのだろうなと思います。
向いていない仕事は、自然と任されなくなっていきます。
反対に向いている仕事は、どんどんと舞い込んできます。
これらが、必ずしも自分の認識と重なるとは限りません。
自分が向いていると思っているかどうかなんて、二の次でよいのです。
ぼく自身の仕事のうえでは、「自分はこういう方向で行くんだ」というように決めつけるとあぶない、という気がしています。
だからこそ、自分はこうだと決めてかかるのは危険です。
向いているかどうかを自分ひとりで判断し、すぐに進路を決めてしまいます。
目の前のことがうまくいっていなければ、簡単に向いていないと判断します。
できるようになる未来は見ず、できない現実から逃れることを最優先するのです。
そういう意味でも、向いていないという言葉は便利です。
自分ではどうしようもないという保険をかけた上で、嫌なことから逃れられます。
「どんな仕事でも、とにかく毎日、一〇年やったらモノになる」と言いましたが、一〇年以上やっている人は、まず、「自己評価が正確である」と言えるんです。
石の上にも三年。
もし石の上にいることが向いていなければ、きっとだれかが別のところへ動かしてくれます。
毎朝6時に更新します。読みましょう。 https://t.co/rAu7K1rUO8
— 高倉大希|インク (@firesign_ink) January 1, 2023
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