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だれよりも強く抱きしめて
23時45分の
レイトショーの帰り。
真っ白な街路樹
真っ暗な道
星々の瞬き
私はしばらく立ち止まり
頬やまぶたが冷たくなるのを
感じていた。
不器用で高純度な
恋愛映画を私は観た。
その世界を
その感情を
私は知っている。
涙は出ない。
だけど
過去の私とあいつを俯瞰し
あの頃の感情を
追体験したような感覚がする。
そっか。
あいつも苦しかったか。
真っ白な吐息とともに
私はそう呟いた。
あいつとは
去年お別れをした。
2年と数か月の
お付き合いだった。
うつの私と
うつのあいつ。
たまたま同い年で
たまたま同じ地元で
たまたま
同じ心の傷を
負った者同士で
たまたま同じタイミングで
たまたま同じ所に居合わせた。
私たちは
すぐに打ち解け
お互いの心の傷を共有し
何かに導かれるように
惹かれ合って
付き合いだしたのだ。
心の傷の痛みを
はじめて他人に理解され
受け入れられたことが
私はたまらなく嬉しかった。
それに
もともと母性愛の強い私が
あいつの心の傷の痛みに
全力で寄り添い共感するのは
ごく自然なことだった。
だけど
一緒の時間を過ごすにつれ
私とあいつの間の歯車は
少しずつずれていく。
私の心の回復スピードは
どんどん早くなって
いろんなことに
チャレンジできるようになった。
ときには失敗することもあったけど
周囲の人の力を借りながら
私はどんどん学び吸収していった。
だけど
あいつは心の回復に
とっても時間がかかっていて
次第にあいつは
私にイライラや怒りを
言葉や態度で
ぶつけるようになった。
その度に
私は傷ついて
大泣きした。
そっか。
あいつも苦しかったか。
今の私は
真冬の深夜の外で
もう一度そう呟いた。
付き合って半年ちょっとで
私たちは一旦別れ
数日間置いて
また付き合いだした。
あの頃のあいつは
自分の中に湧き上がる
イライラや怒りに対して
一生懸命向き合っていた。
あいつはあいつなりに
頑張っていて
そんなあいつのそばに
私はずっと
寄り添っていたかったのだ。
もう一度
付き合いだした私たち。
私たちの間の歯車は
再び噛み合ったように見えた。
けれども
付き合って2年と数か月。
あいつは
私に別れを切り出した。
あいつは
私から逃げたのだ。
就職した後のあいつは
上手くいかなかった。
仕事のことと
人間関係に悩み
苦しんでいた。
そんなあいつが
趣味サークルを立ち上げたのも
仕事で上手くいかない自分に
蓋をしているようだった。
一方で私は
仕事で辛いことがあっても
持ち前の前向きさで
成長を続けていた。
転職も幸いし
私は比較的
上手くいっていたのだと思う。
あいつは私と距離を置くようになり
ますます趣味サークルに没頭した。
それでも私は待っていた。
いつかあいつが
何かに気が付くだろうと信じて。
結局
その願いは
叶わなかった。
あいつが別れを伝えてきたとき
私はあいつを追いかけなかった。
私はあいつを待つのではなく
私は私の道を行こうと決めたからだ。
そっか。
あいつも苦しかったか。
映画の帰り道の私には
涙はないし怒りもない。
映画の帰り道の私には
あいつの苦しみが
理解できたからだ。
私とあいつの関係は
映画のように
再び結ばれることはない。
もうきっと
会うこともない。
ただ別れから時間が経った今
あいつの本当に苦しみに
気が付けたのは
私にとって
大切な学びなのかもしれない。