マガジンのカバー画像

夕暮れ時にゆっくり読みたい物語たち

35
運営しているクリエイター

2020年10月の記事一覧

今夜さよならに一歩近づく

今夜さよならに一歩近づく

数分前に何と言ったかすら覚えていないけれど、特に届けたい言葉でもなかったし相手に振り向いて欲しかっただけだから、喉から甘い声を出したことだけが確かだ。小手先の甘い声は耳にべたっとはりつくから煩わしいのに、私は気付いたらそういう声を出している。

寒さをしのぐための寄り添いで良かった。眠れない夜に息をひそめて隣にいるだけで良かった。それ以上はいらなくて、だってそれ以上になればもっと難しいことを沢山考

もっとみる
空とネコ

空とネコ

オレンジ色のカーブミラーの真下、田舎特有の煙った匂い、家々を線結ぶ郵便バイクの音が響く、昼間の住宅街。
地面に倒れ込んだ躰をイタタと起こすと、なんと、白い猫になっていました。
カーブミラーと同じ色の小花が低木に咲き乱れて芳しい、十月の午後三時のことでした。

先ほど、愛した男にとどめをさしました。
そうせずにはいられなかったのです。
お昼ご飯に温かいきつね饂飩を作ってあげました。
あなたはそういう

もっとみる
『還りみちを臨む、』 #教養のエチュード賞

『還りみちを臨む、』 #教養のエチュード賞

わたしをはじめて包んでくれた温度のことを記憶にあるかと尋ねられればそれはすこし難しくて、その実のところはあなたに訊くのが正しいのだろうと思う。あるいはあなたもどうだろうか、夏が終わり秋の深まる気配が日々色濃くなるその頃から、あなたはわたしをどれだけ抱きしめてくれただろうか、どれだけ、包んでくれただろうか。はじめての記憶、それはひどく曖昧で、だからいつか答え合わせというか、ずっとずっと過ぎ去った昔の

もっとみる
BLUE ENCOUNT「ユメミグサ」が包んだ青春の情景

BLUE ENCOUNT「ユメミグサ」が包んだ青春の情景

生きている中で、いくつもの「さよなら」が通り過ぎた。

前を向けよ。大人になれよ。どこからともなく聞こえてくる声に押し潰されそうになる。
次第に、未練や後悔はかっこ悪いものだと擦り込まれていったように思う。年齢を重ねるほど、経験を積むほど、見えないしがらみは強くなった。

人間は大人になるにつれ、なにも感じないフリがうまくなっていくようだ。それは、時に生きやすさにも繋がるのかもしれない。けれど、本

もっとみる
また会える【恋愛小説】 #リライト金曜トワイライト

また会える【恋愛小説】 #リライト金曜トワイライト

#リライト金曜トワイライト

あれは僕が広告会社に勤めていたころの話。

関連会社が入っている旧いビルの長い廊下の端っこで、資料らしき本を両手にかかえている女性に目が留まった。忘れられない顔がそこにあった。先方も驚いた面持ちでこちらを見ていた。

「え?なんでココにいるの....」

それがどちらの声だったかは忘れてしまったが、どちらの言葉であっても差支えがないほど、それはお互いにとってシンクロし

もっとみる
【あなたを抱き寄せて、もう一度】 #リライト金曜トワイライト

【あなたを抱き寄せて、もう一度】 #リライト金曜トワイライト

人生の最後に誰を想い出すだろう。

僕の手を離れた、あの紙ヒコーキは、終わっていく時間と近づいてくる未来の中で、まだ漂っているのだろうか。想い出そうとしても、放物線を描いて飛ぶ紙ヒコーキの軌道から記憶は逸れてしまう。その追憶の先にあるのは、沈む夕陽に向かって佇む、あのヒトの小さく、柔らかく、悲しく、寂しげな後ろ姿だけだ。手を伸ばさなきゃ、と。いや、本当にそうするべきなのか、と。そう、逡巡しているう

もっとみる
変化の波を越えたら

変化の波を越えたら

今日、46歳になった。
「アラフィフ」になって1年。
この1年で何が変わったのか? 
老眼が恐ろしく進んだ。もはや、近視用のコンタクトレンズでは自分の爪先は見えないし、iPhoneの画面も日に日に顔から遠ざかっている。
ダイエットしたので、体型が変わった。最近急に「痩せた」と言われることが増えた。それが褒め言葉であることが多いが、時として批判として言われるようにもなった。こんなことは初めてで驚いて

もっとみる