また会える【恋愛小説】 #リライト金曜トワイライト
あれは僕が広告会社に勤めていたころの話。
関連会社が入っている旧いビルの長い廊下の端っこで、資料らしき本を両手にかかえている女性に目が留まった。忘れられない顔がそこにあった。先方も驚いた面持ちでこちらを見ていた。
「え?なんでココにいるの....」
それがどちらの声だったかは忘れてしまったが、どちらの言葉であっても差支えがないほど、それはお互いにとってシンクロした驚きだった。
邂逅と呼ぶには大げさだが、思いがけない出会いであったのも事実。なぜなら僕と彼女は中学時代の同級生だったからだ。
いや、単なる同級生じゃないかもな。
卒業前の冬、あれは12月14日。拙いながらもデートをしたこともあった間柄だったから、その関係性を単なる同級生で片づけて良いものかどうか迷ったが、手をつなぐだけで終わってしまったのだから恋人としてカウントするのも違うだろう。だから初めて異性を意識した特別な同級生という認識が正しいのかもしれない。
デートの日付を憶えていたのはその日がたまたま赤穂浪士の討ち入りの日だったから。それだけ。
寒気の中、地元の人目を避け二人で入った隣町の喫茶店、温かいミルクティーを飲む彼女の口元と、そこから漂ってきた甘い香りだけが記憶に残っている。
◇◇◇
その後の接点として、彼女とは大学生時代に広尾の図書館で偶然に鉢合わせたことがあったが、その時もランチを一緒に過ごしただけで何の進展も得られなかった。どうも男女のなかにはなれなかった。もう会うことは無いと思っていた。
それが4年後、こうして古びたビルの片隅で出会ってしまうのだから人生は分からない。
「お茶くみみたいな感じ。ぜんぜん写真の仕事じゃないの」
やや自嘲気味に彼女は僕に近況を話してくれた。
彼女は美大の写真科を出ていて、僕の入った会社の関連会社に入社しており、広告撮影の部隊に所属していたそうだが、自身が思い描いていたキャリアを積めそうにないことに落胆している様子だった。
「僕だって今のところ雑用ばかりだよ。」
キラキラしたワークスタイルなんて幻想なのかもしれない。
そういう僕も彼女との短い会話の間、紙袋を持つ手を彼女に見えない様に隠していた。なぜならストレスによる蕁麻疹で手に血が滲んでいたから。
あの当時10歳以上離れた先輩たちは、ガラが悪くて昔かたぎの広告マンばかりだったし、歳の近い先輩は、日々の仕事に追われて入社したばかりの一年坊にかまうヒマなどなかった。
同期が過労でバタバタと倒れてゆく中、慣れない環境で毎月120時間以上残業していたのだから体調が悪くなるのも当然だった。
「会えてうれしいよ。」
そうは言ってはみたもののお互い見られたくない姿だったかもしれないな。
偶然の再開で胸がときめいたのも瞬間的で、結局は飲みに誘うでもなく「またね。」と社交辞令的な言葉を残してその場を立ち去ってしまった。
僕はバカだ。見逃してんじゃないよ。
次はないよな。
重たい紙袋の紐がくい込んだ後の掌を僕はじっと見つめる。蕁麻疹の肌に汗が沁みて鈍い痛みがはしった。
◇◇◇
僕が会社員を辞めて暫くしたころ、風の便りで彼女がパリに渡ったことを聞いた。フランスで写真の学校に入り直して、一から勉強しなおしているそうだ。フリーのフォトグラファーを目指しているらしい。
これはもう街中でばったり出くわすこともなさそうだ。
お互い別の人生を歩んでいるのだから…
旧いビルの廊下で偶然出会うことはないのだ。
あのとき晩に飲みにでも誘っていたらまた別の展開があったかもしれない。勿論こっぴどく振られて終わりだったかもしれないが。
◇◇◇
あれから25年以上経った。
僕は渋谷のBunkamuraの本屋で写真集のコーナーを眺めていた。すると何ということだろう。不意に彼女の名前が目に飛び込んできた。
指でなぞる。
「え?」
鼓動が高鳴る。こんな邂逅があるだろうか。
そのまま写真集を手に取りレジで会計を済ますと、近くの喫茶店に駆け込んだ。彼女は成し遂げたんだ。
カフェテーブルの上で写真集を拡げる。
彼女が好きだったミルクティーを乾杯だと言わんがばかりにオーダーした。
ページをめくると印刷の匂いとミルクティーの甘い香りが入り混じった。
甘い記憶がよみがえる。
でも、なんだろう。恋の苦さとは違う苦さを鼻の奥で感じたのだった。
写真集には…彼女がレンズ越しに捉えようとしたものとそこで伝えようとした彼女の言葉が丁寧に重ねられていた。
そこに僕はいない。
僕が写真に写ってるだとか写ってないのだと話ではなく、彼女が立っている世界に僕がいないことを改めて痛感したのだ。
そこには彼女の人生が描かれていた。
それが二人の離れていた年月に比例するかのようにテーブルの上に横たわっていたのだった。
時間は戻らない。
二人の人生は長い周期で偶発的に重なりながらも、同じ軌道に乗ることがなく、これからも進んでゆくのだろう。
◇◇◇
これは池松潤の作品『また会える #金曜トワイライト 』のリライト版です。
本人以外の第三者が作品をリライトするとどうなるのかという企画の一環で参加しました。
私は原作を読んだときに『これは未成熟な恋の話であると同時に偶発的に邂逅しながら渦巻き状に二人の距離が遠くなる人生のストーリーだ』と感じました。
よって時の流れと二人の心の距離感が、より読者に伝わるようにリライトしてみようと筆を進めました。改変しているところも多く、もはや別作品のようになっていますが、基本の流れは踏襲して書き進めたつもりであります。
これはお題企画ですので、皆さんもぜひ参加してみてください。
詳細は下記で確認してください。