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アリバブダイアリー9.「出会い」

学生生活を過ごしたワンルームマンションの部屋には、海に大型客船が来るとウォーと唸り声のような汽笛が聞こえ、私はそれが一番のお気に入りだった。真新しく味気ないちゃぶ台で一人ご飯を食べ、同じ場所に布団をひいて寝る事に違和感を感じながら生活をしていた。作りものでままごとの部屋に迷い込んだみたいな気がしていた。 しばらく経ったある日、夫と駅前のビルの前で出会った。彼は坂の多い街でマウンテンバイクに乗って通勤していて、帰り道に何か硬い針のようなものを踏んづけてタイヤをパンクさせてしま

    • アリバブダイアリー8.「いつからか」

      私が育った街には大きな国道沿いに大型チェーンの飲食店やスーツショップが並び、どこにでもありそうな風景に所在の無さを感じ、たびたび胸が押し潰されそうになった。ここをいつか離れる日が来るだろうと思いながらいつからか過ごしてきた。 18歳の春、大学生になり新しい生活を始めるため海が見える高台のマンションに引っ越した。生まれ育った街から電車で3時間、築20年のワンルームマンションの一室が私の新たな住処となった。 両親と兄2人と私の5人家族、それから近くには父方の親族が祖父祖母を合

      • アリバブダイアリー7. 「ハレノヒ、ハルノヒ」

        桜が咲く春本番になった。気温は上がり、日差しに照らされると体の緊張が解きほぐれるような陽気に満ちている。体温はさらに高くなって37度8分ある。春の陽気と微熱で頭はぼうっとしている。 今日は4つ年の離れた兄の結婚式と披露宴が行われる。家庭を築くスタートに相応しい、春の晴れやかな空気に満ちた日だ。夫はスーツに慌てて買ったシルバーのネクタイを締めて、私は友人の結婚式の為に購入した黒のワンピースにピンクのジャケットを合わせた。親族なら着物を着るのが正式な装いだろうが、費用面とホテル

        • アリバブダイアリー6.「病院へ」

          電車で一駅西へ、駅前にある大きな産婦人科へと向かった。そこはアイボリーを基調とした建物で、外からは大きなガラス越しにエレベーターが見え、まるで都会のホテルのようなラグジュアリーという形容が似合う空間だった。私は待合室のある2階へと上がり、受付を済ませて診察の順番が来るのを待っていた。待合室は混雑していて、併設されている託児スペースからは幼い子供の泣き声が聞こえていた。私は1人大きなソファの端に座ったが、ソファは深く沈み込み居心地が悪かった。旅行雑誌を読み待っていたが、あまり集

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        • aribabdiary
          10本

        記事

          まるちゃんがいつもそばにいた少女時代

          ちびまる子ちゃんのテレビアニメ放送開始時に私はまるちゃんと同じ小学3年生だった。まるちゃんのイラストが描かれた座布団を愛用し、唯一まんがの単行本を買った事があるのはちびまる子ちゃんだけだった。 永沢君の家が火事になる話や、藤木くん、丸尾くん。ローラースルーゴーゴーの話や、野口さん。面白エピソードがいっぱい思い出されるが、私が一番好きだったのは、号泣する前田さんに出現した鼻ちょうちんをまるちゃんは笑わないように我慢するが爆笑してしまった話だ。 中学生だった私は、漫画りぼんからそ

          まるちゃんがいつもそばにいた少女時代

          アリバブダイアリー5.「妊娠検査薬」

          ネットで注文した妊娠検査薬の配達予定を見ると2日後になっていて、現在発送準備中になっている。けれどもそわそわして落ち着かない。もう待っていられない。そんな様子を見かねた夫が、今から買いに出ようと私を誘った。それから少し離れた所にあるドラッグストアへと2人で出かけた。国道の大きな道をバイクに乗って走って行った。街路樹の葉の緑色は、太陽の光に照らされて青々と目に鮮やかで生命力に満ちていた。落ち着きの無い私の気持ちをなだめるような、とても柔らかな光だった。沿道にある来た事の無い大型

          アリバブダイアリー5.「妊娠検査薬」

          アリバブダイアリー4.「夫」

          ティーンエイジャーの頃から、私がすぐに体調の悪さを口にしたりするので、彼は私が話すことをあまり気にして聞いてはくれなくなった。あまり考えずに口にしてしまったら、茶化されてしまう始末だ。思い出しては腹立たしい気持ちになる事がたびたびある程だ。だから思った事をなんでもすぐ口にするのはやめにしようと決めている。それで今回の事も易々と話したくはないのだが、今起きている事に自分自信が焦ってしまい、すぐにでも話を聞いてほしいと思っている。だが言い出しにくい。大事な事ほど口に出しにくい。か

          アリバブダイアリー4.「夫」

          アリバブダイアリー3.「鶯のさえずり」

          3月は終わりに近づいているのに、まだ肌寒い朝。今朝も昨日と同じく腹痛で急に目が覚めた。眠気より痛みが勝っていて、慌てて布団の上でおなかをさすり体を丸めた。痛みが和らぐとどこかで聞いたポーズをとりながらただ痛みに耐えていた。すると空気の冷たさで張りつめた部屋の中に、鶯のさえずりが聞こえた。近くの山にも春がやってきたのだろう。 今年の花見はどこに行こうかと、今まで行った場所を思い巡らし気を紛らわせた。しばらくしたら体を起こせる程痛みが和らぎ、トイレへと向かった。やはり少量の出血

          アリバブダイアリー3.「鶯のさえずり」

          アリバブダイアリー2.「体の変化」

          昨夜の飲み会は人気のある多国籍料理店で開かれ、そこは参加メンバーの親戚が営んでいた。仕事帰りに飲んでいる会社員や若者達が集い、週末の夜を謳歌している様子が見えた。別れの多い季節は、笑い声が聞こえる楽しい席でもどこか寂しさが漂っていた。 夫の仕事仲間が集まり、私達夫婦を含め8人で仕事の打ち上げを兼ねての飲み会をする事になった。20歳くらいから45歳くらいまで年齢も国籍も様々な男女が集まって、大きなテーブルに対面し席に着き、それぞれが飲み物を注文した。人と話すのが不得意で、まし

          アリバブダイアリー2.「体の変化」

          アリバブダイアリー1.「春の夜」

          流れるように頬に当たる春風が心地良い。夫が運転するバイクの後部座席に跨って、夜の街中を走っている。揺れながら見るネオンの光は、色とりどりの割れたガラスがキラキラ光っているみたいに幻想的で、私は夜空を浮遊しているみたいだ。熱っぽさでぼうっとした頭だからそんな風に感じるのだろう。 そういえば熱っぽさは5日程前から続いているけれど、就職活動のストレスからなのだろうか。2日前に受けた就職試験が不採用だとその日その場で告げられた時には、気持ち悪さからめまいがして、駅前の古びた雑居ビル

          アリバブダイアリー1.「春の夜」

          アリバブダイアリー 前書き

          結婚して9年になったが子供はいない。けれども、もう34歳だ。 私は、テレビで見知らぬ子供が初めておつかいに行く番組を見るのがとても嫌いだ。なんだか体をフニャフニャさせて泣きべそなんかかかれたら、鬱陶しく思ってしまう。同じ場所で同じように少女時代を送った友人は、三十路になるより前から子供が欲しいと言っていた。家族連れを見ると羨ましくなったそうだ。私は彼女に、いつからどんなきっかけで子供が欲しくなったのか聞いた事がある。私と彼女の違いはなんなのか知りたかったからだが、彼女は

          アリバブダイアリー 前書き

          旅する日本語

          「東に向かおう。行けるところまでずっと。今日のミッションだ。」 つむぎはそう言うと、自転車に乗って学校の裏門から飛び出した。かのこも置いて行かれないように、必死で自転車のペダルを漕いだ。ギラギラとした太陽が照りつけるような昼過ぎ、2人は自転車を速く走らせ、ひたすら我慢比べみたいに東へと進んだ。2時間程かかって、いくつか山道を越えたところで海が現れた。そこが目的地だったと言わんばかりに2人は騒いだ。「海だー。海に来たぞー。」とつむぎが大声で言ってかのこの方を振り返り、くしゃっと

          旅する日本語