久々湊盈子『非在の星』(典々堂)
第十一歌集。前作『麻裳よし』(2019)以降4年間の作品を収める。傘寿に近い作者の活動的な日常が綴られる。歌誌『合歓』の発行、各地への旅行、五人の孫との交流など、好奇心に満ちた生き生きとした毎日だ。しかし、そんな毎日をコロナ禍が襲い、またロシアのウクライナ侵攻など世界情勢も緊迫する。飾り気の無い口調で、時に辛辣に、時にユーモアを混ぜて詠われる歌には21世紀前半の日本という国の空気感が凝縮されている。
海の底に罪なく生きていしものの足を括りて湯に沈めたり(P43)
とても怖い歌。おそらくは蛸か烏賊を料理する歌なのだろうが。人間の食の本質はこのように他の生物の命を奪うことなのだ。それをあぶりだすような一首。
オキーフの骨の絵ばかり見てきたる眼をあらうぬるき真水に(P51)
ジョージア・オキーフの特異な絵画。花の絵であっても骨の絵であってもどこか彼女の心象風景のようで、見る者を引きずり込む力を持つ。絵に没入するように見てきた作者は家に帰って目を洗う。生ぬるい真水が、作者の見た絵と等質の質感で、眼にこびりついた映像を流してくれるのだ。
書棚には死者の書きたる本ばかり県立図書館の窓は秋いろ(P64)
死を意識する年齢や状況になるまで、人は図書館の本をそんな風には感じないものだと思う。図書館には現在の叡知と共に過去の叡知も詰まっている。その過去の著者たち、つまり死者たちの存在が作者に迫ってくる。自分の書いたものを誇示するように本たちが迫ってくる。秋という季節も相俟ってかすかな滅びの予感もある。
窓うちにチェルニー復習う音のして隣家の少女休校十日目(P105)
コロナによる休校が十日目に入った。後の目から見ると、これはまだまだ続く休校の最初の頃なのだが、歌が詠まれた当時はここまででも長い休校だと取られていただろう。チェルニーの語からまだそれほどピアノに熟達していない、小学生の少女が連想される。何度も何度も同じ曲をおさらいし、友達と会えない孤独や退屈を何とか紛らわせようとしている。大人にとっての数日と子供にとっての数日は全く質が違う。この時期に学童・学生であった不運。作者が少女を慮る気持ちが伝わる。
コロナ禍に閑居して不善を為すわれも夕べは見にゆく畔の曼珠沙華(P140)
小人閑居して不善を為す。小人物は暇になったら不善を働いてしまう。そんなことわざの「小人」に自らを喩えた、ユーモアに満ちた歌。不善といってもたいした不善ではないのだろう。だらだらする、とかそんなところか。そんな自分も辺りが暗くなって、外出しやすくなったら畔の曼珠沙華を見に行く。コロナ禍で外出しにくい日常でも花の誘いには抗えないのだ。
時間の影がだれの背中にも見ゆるゆえ冬の日暮れはさみしくてならぬ(P165)
たとえ若くても時間の影は誰の背中にも刻まれる。それが見えるか見えないかは人によるのだが。作者はそれが見える人。特に日暮れはそれがくっきりと形を成してくる。その時作者の心を癒しがたい寂しさが覆うのだ。
三日月は空の創口あすという妙薬に少しずつ癒えてゆくなり(P180)
「創」は「切りきず」。刀などで切った細い切り口が思われる。そんな創口のような三日月。心に創があるゆえそのように見えるのだろう。しかし月は一日一日と厚味を増してゆく。それは明日という時間が薬となって癒えるからだ。おそらく人の心の創を最も癒してくれるものも時間なのだ。
ぞんぶんに愛した記憶ありたれば生きてゆけるとドラマは言うが(P213)
逆接の「が」が言い差しで終わり、反論が続くことを予想させる結句。ドラマは言うが「生きてゆけない」と続くのか、「ぞんぶんに愛した記憶など幻だ」「他人を存分に愛することなそもそもどできない」「愛した記憶があろうが無かろうが生きてゆかねばならない」と続くのか。そこは読者に委ねられている。
なにを聞きなにを見たがる耳目もて秋冷の朝また旅に出る(P227)
旅に出ることを好む作者。好奇心いっぱいの耳目が作者を駆り立てる。何を聞きたく何を見たいのか。それは旅に出た後で分かったりする。これを見たかったのだ、これを聞きたかったのだ、と現地で実感することこそ旅の喜びだと言えるだろう。
奈良岡朋子死してサリバン先生もワーリャもニーナも共に死にたり(P249)
俳優の奈良岡朋子が死ぬことによって、彼女の演じていたサリバン先生もワーリャもニーナも再びの死を死んだ。俳優という職業のシャーマン性を思う。なぜ他者の人生を生き直すことを全身全霊で行えるのか。なぜそうせずにはいられないのか。その役を演じているときの「私」とは誰なのか。そんなことを考えさせる一首。
典々堂 2023.10. 定価 本体3000円+税