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奇妙ナ33歳ゼンゴ。落合陽一&マルクスガブリエル&木澤佐登志(暗黒啓蒙)&KJ。虚構ト現実ノ境ヲ消失サセタ20年代思想家ノ軌跡。
僕だけ20代の若造だから、ぐぬぬ〜…って新人類よろしく早熟であって、今の社会は、32~35歳の彼らの考え方を中心に動いているように見えて、不思議なことに一見するとIT意識高い系の落合陽一さんや暗黒啓蒙のSNS人気者木澤さん、めっちゃ熱すぎるマルクスガブリエル&KJさんたち、彼らは別人たちのように見えるけど、かなーり共通項があるんですよね。
基本的に
自分の好きな世界観を打ち出して、良くも悪くもその世界観を通す
現実と虚構の境が無くなった後の発想を行なっていると思われるのだ。
もちろん、小林秀雄&柄谷行人よろしく様々たる意匠にすぎなくて、彼らはあまりに絶対的なリアルを崇高するが、それは彼らがその世界そのものを信じているからではなくて、そしてアイロニーからではなくて、真実がない世界なのは自明と彼らはわかった上で、新しいクリエイーションをどう創作するのか?っていう実践へ移っている節が感じられる。彼らの言っていることが正しいだとか正しくないだとかは表面的にはどうでもよくて、それが現実であって欲しいか!?そして、それを実行に移すにはどうすればいいのか!?そういった言説レベルの尖り具合で見ないと、彼らの新しさは分からず、東浩紀さんとその信者たちは意図的にそこの視点を見ずに、彼らをいまだにポストトゥールスの分からない単なる意匠だと責めている。が、そんなことは彼らはすでに分かっている。んで、その上でどうするか!?を行なっているわけで、そんなことは自明であるクリエイティヴなのだ。
もちろん個人的にはKJ以外はシュチ的にキツいし、どうして暗黒啓蒙とか言っている人が堂々と出版会社と契約し、連載をし、だらだらと読者たちからの承認を得ているのかが全く持って暗黒なのかどうか不明だと思うのだが、(むしろホワイト啓蒙?)、まあ中沢新一の亜流みたいなもんだから、まあいてもいいよね、その暴走にはついたくないけど…って感じであって、批判する気も全く無いのが現状だろう。
逆に言うと、なぜ浅田彰と中沢新一が似ているように見えるのか。
それは、過剰すぎるオカルトとデュアルな関係になるのは、過剰すぎる理屈屋という気がする。
奇妙なことに、ドゥールズを輸入した浅田彰=古田更一と、これまたドゥールズを輸入したニックランド=木澤佐登志では、同じ哲学者を語っているのにかかわらず、全くと言っていいほど、別人の話しへとなっている。笑いに満ちたほごらかな幸せドゥールズと苦しみに喜び叫ぶ矮小すぎるドゥールズ。どちらが最終的に主流となるかは、これからの未来にかかっている。
だから、ただ答えを知る批評家の時代はとうに終わっている。
知識では差はつかない。
差をつけるのは、世界観の構築という創造という虚構か、
圧倒すぎるリアリティのみだー。
ツイッターの役割や従来の批評家の役割はとうに終わっている。
現実と虚構の境がなくなった上で、どうプラグマティックにしっかりとした公共、王道でサバイヴしていくか?
マルクスガブリエル =古田更一による2021年、アフターコロナ後の予告パンフレット。