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邪道作家第八巻 人類未来を虐殺しろ!! 狂気を超える世界 分割版その2

新規用一巻横書き記事

テーマ 非人間讃歌

ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)

縦書きファイル(グーグルプレイブックス対応・栞機能付き)全巻及びまとめ記事(推奨)

   

  1

 とはいえ、何の役にも立たないのも事実だ。
 大体が、この世界というのは「成し遂げた事」に対して「それ相応の対価」を払えるように出来ていない。だからこそ、努力は無駄に終わるのだ・・・・・・人がやり遂げた事柄は、それに対して世界が何か責任を果たすことなど、無い。世界は手を抜いて出来ている。
 無能こそが世界の本質だ。
 等価不交換、その事実は生きていれば分かるだろう。未だかつて人間がやったことに対して、相応しい扱いなどあっただろうか? 無い。歴史を荒探しても無いだろう。どうでもいいこと、中身のないゴミこそを高く買い、高く売り、そしてそれらを評価してきたからこその人類だ。世界は、ランダム性によって構築される。
 だから成功に意味はない。
 失敗に意味はない。
 ただの運不運だ。
 運命の有る無しさえ、運不運でしかない。
 何か成し遂げたから自分は成功したのだ、と、そう思いこみたいだけだ。実際には、努力も労力も「結果」に関与することはない。ただ偶然に、運が良かった人間を選ぶだけだ。
 無作為に適当に、選ばれるだけ。
 失敗作の硬貨のようなモノだ。
 狂気はそんな中で輝かしい真実に見えるが、真実か否かさえ、関係ない。「結果」が「全て」の世の中だ。そして、結果とは幸運の賜物である。「本当にそう思いますか?」
 神を気取った、いや、正体などどうでもいいことだ。問題は、その女が神の目線を持っていることだろう。その女は神社で掃き掃除をするのにも飽きたのか、今回は私を建物内に案内し、茶菓子と共に出迎えるのだった。
 赤い布みたいなモノが机に掛けられており、如何にもな雰囲気だけは出ていた。それが内実を伴っているのかは、私には関係ないが。
「当然だろう。他に何がある」
「私は世界の全てを知っているわけではありませんが、それでも言えることがあります。運命には必ず意味があり、宿命には必ず因果がある」
「つまりどういうことだ」
 もっと分かりやすく説明しろ。
 私にも分かるくらいにだ。
「貴方が・・・・・・「作家」としての宿業に振り回されていることすらも、全て後の成功の為だということです」
「言い訳は終わりか?」
 この女はやけにこの世界の肩を持つ。
 だが、それは詭弁であり言い訳だ。
「後の為だと? どうとでも言えるな。そして、どうとでも言えることに価値はない、意味すらもな」
「そうでしょうか」
「そうだ」
 いいから依頼だけ言えばいいのだ。という態度がカンに触ったらしく、中々話を切り出さない。 面倒な奴だ。
 いや、面倒なのはいつも女か。
 現実味がない夢物語に、夢見るだけで良いというのだから、暢気なものだ。そんな態度を私は隠すつもりにもならなかった。
 いい加減、この女の言い分も聞き飽きたしな。「その「後」って奴は、私の人生には来なかったぞ。それともこれから先にあると言い訳するか? 馬鹿馬鹿しい。未来の可能性に逃げるなど、ただの卑怯者以外に何がある」
「可能性を信じない人間に、成功はありません」 むすっとした顔で茶を啜り、そんな事を女は言った。だから何だって感じだが。
「下らん。お前は口に出すだけで、何の行動もせずに茶を飲んでくつろいでいればいいのだろうさ・・・・・・現実に「それ」を行動し実行した人間からすれば、たまったものではないがな」
「・・・・・・・・・・・・」
 暗い、俯いた表情で、女は黙った。綺麗事を並べ立ててはいるが、本人が一番分かっているのだろう。自分の言葉に重みが欠けることを。
「私は、ただ」
「ただ、何だ? 役に立とうとでも? だが、同じ事さ。「結果」に関与しない気持ちなど、ないも同然だ。お前が何を思っていようが、どれだけ憐憫の情を勝手に抱いて行動しようが、私の結末には何の関係もない。お前がテレビを見て茶を啜って遊びほうけていようが、必死に頑張っていようが私の人生には関与しない」
 だからどうでもいい。
 持つ側の余裕ある台詞など。
 聞いてなくても同じだ。
 耳障りなだけだ。
 実利を、求めているのだから。
「良く、「気持ちがこもっている分価値がある」などと言う言葉を吐く馬鹿がいるが、そんなモノに価値はない。何の意味もない。お前がどういう心境で、私に「憐憫」だとか「哀れみ」だとかを身勝手に感じ取ったのか知らないが、うざったいだけだ。役に立たない女の戯れ言など、聞いているだけで鬱陶しい」
「・・・・・・「始末」の依頼があるでしょう?」
「ふん、どうかな・・・・・・それも、意味のあることとは、思えなくなってきた。所詮私の意志とは関係がない。どうでもいいことだ、そして、私個人が目指す「目的」を果たせないならば、長生きしようが僅かばかりの金を貰おうが、意味なんて、どこにもない」
 やっていてもいなくても、まるで等価だ。
 なにせ、肝心の私の目的が、それで蔑ろにされるというなら、意味なんてあるはずがない。
 あってたまるか。
 私は奴隷ではないのだ。
「それは」
 そうですが、と弱々しく女は答えた。
 私のあり方はこういう存在からでさえ、無駄の極みなのだろうか・・・・・・そうでもなければ、あんな下らない綺麗事くらいしか、私のような生き詰まった人間に、非人間に掛ける言葉は、無いのかもしれないが。
 無駄は無駄。
 だから、綺麗事くらいしか、向こうも返せないし、返すつもりも恐らく無い。あったとして、気持ちだけ高くあられても迷惑だ。下らない。
「何もかも無駄だった、か。言葉にすれば簡単だが、「作家」を志した行為そのものが無駄だとすれば、私の存在そのものすら、いや、私が自身で選んだ道すらも、また、無駄なモノなのか」
「そんなこと」
「ありませんよ、ってか。そんな安い言葉しか返せないと言うなら、何も喋らない方がまだマシだと思うぜ」
 実際、私は綺麗事など聞きたくもない。
 聞く気もない。
 押しつけられて、来ただけだ。
 ますます申し訳なさそうな顔をする女だった。「そんな顔をされたところで、意味なんか無い。頑張っているから許される、と思いこんで何もしない人間と同じ、ただの言い訳だ」
「・・・・・・そうですね」
 貴方のような人間を生み出してしまったこと、それに対して責任はあるでしょう。そんな言葉を続けていたが、それなら最初から何とかしておけよと、思わざるを得なかった。
「責任を感じるだけなら簡単だ。責任を取るかが重要だろう」
 もっとも、この女に責任を追及すべきなのかどうなのか、私には計りかねるが。だとしても、尚更勝手に責任感だけ募らされても、ただ迷惑で意味不明なだけだが。
「ええ。貴方は私が責任を持って面倒を見ますよ・・・・・・貴方が幸福だと、自信をもって言える、その日まで」
「その日が過ぎたらお別れか?」
 そうなると、この依頼形態も消滅するのだろうか? だとしたら、また別の方策を探さねばならないのだろうが。
「いいえ」
 と言って女は振り向きながら。
「貴方という人間に、私は付いて行きましょう」「・・・・・・?」  
 意味が分からないが。
 まぁ、どうでもいいか。
 そんな日は来ない。
 だから、考えるに値しない。
 どうでもいいことだ。
「お前は何か勘違いしていないか? 私は、私の作品と私自身の未来を確信しているさ。そうあるべきではなく、そうであって当然だとな。信じられないのは作家である私に本を売らせようとしたり、作品を認める目がなかったり、私の傑作に対して立ち読みして金も払わず満足したりする、お前達のことだ。お前もそうだ。信じるにはまるで値しない。何か小綺麗な言葉を吐いたら、それで満足していないか? お前がそんな風に「それらしい台詞」を吐いたところで、私の人生には何一つ関係がないんだよ」
「それも、そうですね」
 べつに助けるつもりもありませんし、と女は続けた。なら、何で綺麗事ばかり言うのだろう? 正直鬱陶しいのだが。
 実際に行動している人間は、綺麗事が無意味なゴミであることを、知っている。
「私はただ、貴方という人間を評価しているだけですよ」
「ありがとう。別に役にも立たないから、嬉しくも何ともないがね」
「そうやって、物事を「役に立つか立たないか」で判断して楽しいのですか?」
「残念なことに、役に立たない奴とつるんでも、得られるモノはないと、既に学び終わっているのでな」
 「始末」の依頼もこれから引き受け続けるべきなのか、正直微妙なところだ。私はあくまでも、作品を金に換えて平穏な生活をしたいわけであって、このままこき使われたいわけではない。
 奴隷と同じではないか。
 みたいなものではなく、同じだ。
 それで綺麗事を聞かされるなど、死んだ方が遙かにマシだ。真面目に作家なんてやっている人間からすれば、そんな不真面目な台詞を吐いて、生きることと向き合わないでいる奴が美味しい思いをしているというならば、生きることが既に、無駄でしかない。
「貴方はどうして・・・・・・人を、世界を、世の中の仕組みを信じないのですか?」
「信じるに値する出来事が、生憎一度も無かったからな。人を、世界を、世の中の仕組みを「信じて欲しい」なんて傲慢ではないか。こちらはせっせと作品を書いて、己の狂気を形にしてまで金を稼ごうとしているのに、今までクソの役にも立たなかったゴミクズが、「私を少し信じてみてくれないか、そうすればきっと上手く行くから」なんてどこの振興宗教だ? もしかしてお前等、私に言い訳でもしているのか?」
 散々だったくせに、人間を世界をその仕組みに「実は」大きな意味があって「これから」それらが働いてくるんだよ、なんて。
 今まで駄目だったことに言い訳しているだけだ・・・・・・金の貸し借りと信頼は似ている。私は散々やるだけの事をやった、そして今まで何一つとして返ってくることは無かった。そこへ図々しくも金をせびっているのだ。
 一体どの部分が信じられるのだ?
 私を使い潰したいだけではないか。
「断っておくが・・・・・・私でなくても、実際に何か一つのことをやり遂げた人間が、そんな子供の言い訳みたいな台詞を、真に受けることは無い。例え実際にそうだとしても、そんな台詞で満足するような奴は、そもそもやるべき事をやり遂げていないだろう」
「そんなことは」
 いいませんよ、と思い出したかのように茶菓子を摘む。・・・・・・こういうモノは別腹だと良く聞くが、太らないのだろうか?
 神に脂肪分はあるのか?
 ・・・・・・下らないことを考えてしまった。しかしこんな甘いモノを食べられる、そして大量に食べる女という生物は、やはり根っから別の生き物なのだと改めて思った。
 女は理想を見る。
 男は現実を見る。
 まぁ、最近の社会では男も女も夢ばかりって感じだが・・・・・・理想と現実は違うものだ。作家という肩書きに夢を見る馬鹿も多いが、ちやほやされたいのか何なのか知らないが、作家なんてロクなモノではない。
 金にならなければ奴隷もいいところだ。
 強いて言えば、だが・・・・・・自己満足の手法としては、良いのかもしれない。無論、私は元々が金目的なのだから、儲からなければ嬉しくも何ともないが。
 金、金、金だ。
 金にならない物語など、噺にならん。
 このお高く止まっている女だって、窮地に陥れば金の力を思い知るだろう。どれだけ金の力を信じていなかろうが関係ない。金とは、実際的な力そのものだ。従いたくなくても、従わざるを得なくなるモノだ。
 銀行が潰れればそれで終わりだが、それならそれでまた商売でも始めるしかない。まぁ、作家に本を書く事以外を求められたところで、無駄に終わるのだろうが。
 最近、本を書くこと以外を求められてきたが、金になった試しがない。作家に他の労働能力など期待するんじゃない。本を書くことと邪魔者をこの世界から「始末」すること。それが作家の本分であり、それ以外を求めるのは道理に反する。
 道理に反するモノを、求められても迷惑なだけだ。無茶を言うな。

「お前達の言う「綺麗事」や「言い訳」が、一度として金になったことが、あるのか?」

 私が言いたいのはそういうことだ。
 それだけだ。
「貴方は、お金が欲しいんですか?」
「ああ、そうだ」
「嘘つき、ですね」
「金は欲しいさ」
「必要なだけでしょう?」
「何度も、同じ事を言わすな。私はただ、物語の対価に金が欲しいだけだ。「あって当然」なのだ・・・・・・こんな風に言い争うのが、馬鹿馬鹿しい噺なのだ、本来なら、金を貰ってから考えるべき、事柄だしな」
「貴方は、自分の物語がそこまで素晴らしい、とどうして信じられるのですか?」
 案外、ただ実力不足なだけかもしれないではないですか、などと愚問を聞くのだった。
「ふん、下らん。「実力不足」だと? そんな程度の低い言い訳しか出ないのか。これでは何を伝えたところで「無駄」って気もするが、教えておいてやろう。まず、売れる売れないに実力は関係ない。売れるから、売る手法が確立され大勢の人間を「騙す」から、売れるのだ」
「大勢の人間を感動させて、ではなく?」
「そうだ。「素晴らしいかのように」思わせることで、物語は売れる」
「そういうやりかたを、一番嫌っているではありませんか」
「だとしても、同じ事だ。売れなければ、な。あるいは売れて金になれば、と言えばいいのか。いずれにしてもそれが「事実」だ。事実から目をそらせるほど、「持つ側」にはいなかったのでな。それに、己の物語を信じられるか、だと?
 間抜けが。いいか

 己の成し遂げた己の「物語」だ。

 それを信じるのは当然だ。「己を信じる」など前提に過ぎない。そして、それが受け入れられないならば、受け入れる度量と技術が、相手側に足りないだけだ。糾弾すべきは情けない力不足のカス共であり、己の物語性を疑うことなど、無い」 それが、作家だ。
 あるいは、邪道作家と呼ぶべきか。
 だからこその、「私」だ。
 そうでなくては、つまらない。
 面白く、無いではないか。
「貴方は、強いですね」
「おべんちゃらを言われたところで、嬉しくもないな。喜んで欲しいなら、金を払えばいい」
 私は簡単に喜ぶぞ。札束を渡されれば、その事で当分楽しく悩むだろう。まずは温泉にでも行こうか、いや、何か娯楽を買うのもいい。古いモノは好きだから、単純で奥の深いゲームでも買うのもいいだろう。釣りに出かけるのもありだ。何より、面白い物語を、買うとしよう。
 人生は、金で買えるのだから。
 それはまごう事なき「事実」だ。
 だからこそ、金は面白い。
 あればあるほど、幅が増える。
 生きるための、道の数と、その幅が。
「大金を掴んだところで、人生は何も変わりはしませんよ」
「だろうな。別にこの「私」がどうなるわけでもない。だが、とりあえずその辺のお高いカフェでケーキを買うくらいのことは、出来るさ」
 私が望むのはその程度だ。
 別に、何か高級なモノを買いたいわけではない・・・・・・目標とする生き方と、それに付随する充実を手にしたいだけだ。
「金を得た先に充実などありませんよ。金はあらゆるモノを与えますが、目的に向かって邁進すること、それにより得られる充足感は、得ることが出来ません」
「そうでもないさ。それは、金で得ようとするからだろう? 私は物語を書いて充足を得る。それでも執筆が辛ければ物語を読めばいい。いずれにしても「金があるから何か不幸がある」というのは思い違いだ。金そのものに罪悪など無い。金を扱いきれるかどうかだ」
「貴方は扱えるのですか?」
「さあな。だが、別に買いたいモノが無い以上、そしてそれ以上に優先すべき「目的」があるのだから、無駄使いする理由がどこにもない」
 強いて言えば「健康」だろうか? それには金を使いそうだ。漢方とか、針灸とか。ああいうのは利便性の大きいこの世界では、淘汰される事が非常に多い。まともな腕の人間には、結構な金がかかるものだ。
 毎日受けるわけでも、無いのだろうが。
 やれば健康になるという訳でもあるまい。
 あくまで補助の、気休めだ。
 そしてそれで構わない。
 金も、同じだ。
「人生が平穏かどうかなど、金があったところで分かるはずもない。戦争でも起これば、それで国家が倒れればそれまでだ」
「そこまでわかっていながら」
「分かっているからこそだ。どうでもいい事に、私は振り回されたくない。私の人生は私のモノだからな。金がなければ、誰かの都合で生きるはめになる。そんなのは御免だ」
 利用されて、搾取されて、奪われる。例え少なかろうが問題ではないのだ。私は、そんな下らない事をしながら、人生を終えるつもりはない。
 何が何でも、己を通して生きる。
 それが「生きる」ということではないのか?
 そうでなくて、生きていると、呼べるのか?
 私はそう思う。
 強く。
 そう思うのだ。
 だからこそ「金」であり、所詮この世は自己満足・・・・・・自己満足の充実を得る為の方法として、「作家業」を「成功させる」ことも、やはり必須の作業だ。
 作業。
 まさにそれだ。
 必要に応じてするだけだ。
「金で買えないモノは無い。買おうとしていないだけだ。金とは万能の手段であり、燃料だ。地面にいるなら必要ないが、空を飛ぶなら無くてはなるまい。空を飛ぶ夢を見ることは出来るだろうが生憎、私はそれでは満足できないのでな」
「空高く飛びすぎた人間の末路は、身の程を知らずに焼かれるだけですよ」
「そこまで飛ぶつもりもない。それでは私の目的から大きく逸れてしまうからな。それでは意味がない・・・・・・低く、それでいて効率よく、ゆっくりと楽しみながら、飛べればそれでいいのさ」
「止めませんが、よした方がいいと思います」
「ほう、何故だ」
 何故か、女は実体験がこもっているかのような含蓄のある顔で、こう言った。
「金は人を狂わせますから。己の最良を越えたことを可能にする力。それがあれば己を高く見過ぎてしまう。貴方とは違う意味で、金を持った人間というのは、己を高く見てしまうものです。そしてそれに溺れ、足下を救われてしまう」
 まさに海で「水が大量にある」と言いながら、足をつって深さを考えず、溺れる若者のようなものでしょうか、と上手いこと言うのだった。
 何だ、この女・・・・・・やけに上手い比喩だが、まさか作家志望ではあるまいな。私には少々、そちらの方が気になったが。
 まぁその時は、それを更に越える作家に、成ればいい噺か。
「構わんよ。私は海に出ても、読書をしながら適当に時間をつぶして軽く泳ぐだけで、満足できる人間だからな。度を超えた快楽や浪費など、疲れるだけだ。想像するのは面白いが、実際にするのは御免被る」
 体力が無い、という訳ではない。ただ、私は他の人間が楽しいと思うモノを、楽しめない人間だ・・・・・・確かめるまでも無く、その他大勢が求めて止まないモノなど、私には必要すらない。
 実際に手にすれば、つまらないだけだ。
「なら、貴方は・・・・・・いいえ、平穏な生活、が目的でしたか」
「その通りだ」
「なら、度を超した金など必要ないのでは?」
「無いな。だが、作家というのは不定期な収入しか入らないからな。だからこそ、ある程度は金の入りを良くしておきたい」
 作品の執筆に急かされて、豊かな生活が享受できないのでは、噺にならない。金が定期的に、それこそ生活に必要な分入ればいいのだろうが、資本主義社会で一定の金額を常に得るのは、非常に困難だと言える。
 だからこそだ。
 それ以外に何の理由がある?
「随分と、小さい理由ですね」
「私にとってはそれが「全て」だ」
 無論、私の判断基準など気分次第で変わるので明日には変わるかもしれないが。少なくとも金を手にした後に他の何か、それこそ面白い物語を優先して求めることはあるだろう。
 金は持っていれば、優先して求めるモノでは、無くなるからな。価値が変わるわけではないし、軽んじるつもりもないが。
 だからこその「私」だ。
 今日の日を、そして未来を楽しむ為に、私は金を求めるのだ。私個人の目的の為に。
 それが「私」だ。
「所謂「価値観」って奴は「どこにも存在さえしないもの、だ。「国家」も「経済」も「安定」も「平和」も「戦争」も「仲間」も「敵」も全て、どこにも存在しない」
 経済とは、どこにも存在しない概念だ。そんなモノはどこにもない。金も、存在している訳ではないのだ。
 それを皆が盲信しているだけ。
「つまり人類が最も信じているのは「神」や「天国」ではなく「金」なのだ。皆がそう信じるからこそ「力」を持つ。実際にはただ古びた紙、あるいはデータの打ち込まれた磁気カードでも、それを信じる人間が多ければ「力」になる」
「そんな力が欲しいのですか?」
「いいや。ただ、そんな力があれば平穏に生きられる。なければ、平穏からは遠ざかる」
 ただの、それだけだ。
「金を持つ方が騒音は五月蠅くなると、経験からそう言えますが」
「それは金そのものではなく「権力」だろう。まぁそこまでの大金は必要ない。要は、私個人が自己満足しながら充実できる程度の金、それを私の作品群が稼いでくれればそれでいい」
 最も、それが出来れば苦労もしないが。
 中々、物語とは金にならないものだ。
「ですが、貴方が金を手にしたとして、その時には「持つ側」に貴方は回っているのでは? それにそうなった貴方が、今と同じ「面白い作品」を書けるとは思えませんが」
「出来るよ。金を持っても面白い作品を書き上げる人間は、確かにいる。人生を通してやり遂げている人間は、そういうものらしい。それに、別に私は誰かに評価されたくて書いている訳でも、まして人として成長したい訳でも無い」
 ただ、豊かさと平穏を手にしつつ、自己満足の充実で、楽しんでいきたいだけだ。
 世界一小さな望みと言っていい。
 それも、叶う兆候はまるでないが。
 叶える、などと言うと神頼みみたいに聞こえるが、私は作家として出来ることはやり遂げているし成し終えている。だから相応しい報酬が未払いのまま、とでも言えばいいのか。
 言い方なんてどうでもいいが。
 どう言おうと、事実は事実だ。
 何が変わる訳でもない。
「結末は目に見えていますがね。貴方の言う金で平穏を買ったところで、次は「充実」の為に、また作品を書き取材する、だけですよ。理由が「金が欲しい」から「人生の充実の為」に変わるだけです」
 理由が変われどやることは同じ。
 構わない。
 金がないよりは、その方がいい。
「構わないさ。金がないよりはマシだ」
「どう違うのですか?」
「そうだな、取材ついでに美味しい食べ物でも、食べるとするさ」
「はぁ・・・・・・」
 仕方のない生き物だ、とでも思われたのだろう・・・・・・肩こそ落とさなかったが、そんな感じの受け答えだった。
 理解されたいとも別に思わないので、構わないがな。ある方が面白いのは事実だ。いっそ作者取材ついでに珍味でも探すか。
 それもまた、彼女からすれば同じで、求めるだけ意味のないこと、金を手にしたところで、何が変わるわけでもない、と思うのだろうが。
 構わない。
 それでも私は。
 金が欲しい。
「本当に「欲しい」のですか?」
「さぁな。いや、無いと困る、が正解かもな」
「そこまで分かっておきながら」
「だからこそだ。いらない事でつまらないストレスをためたくないのでな。何より、私はその為に書き上げたんだ。それに金が払われない事が、正当化されてたまるか」
「それも、そうですね」
 何より現実問題、金を持たないわけにも行かない。それでも生活は出来るだろうが、別に私は自分で農場を営み、自給自足がしたい訳ではないのだから。
 それでは根本から解決されていない。
 何の為に作品を書いたのかという噺だ。
 売って売って売りまくる。物語はその為にゼロから作り上げられた。次はそれを形にする時なのだ。だからこその「邪道作家」だ。
 金の無い作家など笑えない。
 悪い冗談、だ。
「・・・・・・単に、「諦めることが出来ない」から、続けることを「狂気」と呼ぶのかもしれないな。私は、「それ」を諦めたくても、諦めることが出来ない」
「そうなのですか?」
「そうさ。私はただ、同じ道を人より長く歩いているだけだ。それでも欲しいモノは欲しい。これだけ長い道のりを歩いて、何の実利にも成りませんでしたじゃ、報われないだろ」
「報いを求めて始めたのですか?」
 いいや、と答えようとしたが「そうかもしれない」と私は答えた。
 どうなのだろう。
 だが、必要なのはまた「事実」か。
 やめることが出来ないことも、だが。
「電流を与えられ続けると、それに最初は抵抗するが、何度も何度も繰り返すと「諦める」らしいな。私はそこへ行くと、電流を流され続けても、同じ行動を繰り返してきた」
 そりゃ死人に成って当然だ。
 成らない方がどうかしている。
 我ながら、そう思う。
「貴方は、生きる事が、辛いのですか?」
「いいや、別に?」
 ほとんど適当、というか何も考えずに私はそう答えた。実際どうかは分からないが。
 だから、こう付け加えることにした。
「金さえあれば、な」
「そうですか・・・・・・」
 呆れられたのだろうか? だとしても、私が私の意志でしたこと。それに対して私自身は、決して卑下するつもりはない。
 例えどう言われようとも、「見る目の無い奴らだ」と笑ってやるだけだ。
 虚勢を張るだけなら、金はかからないからな。 誰にでも出来ることだ。無論、やるかどうかは本来別問題なのだろうが。
「貴方は何故、そんなに楽しそうなのですか?」「? と言うと」
「貴方は、この世界に何一つとして信じるモノが存在しない。自身の未来さえも、それで正気でいられるのは」
「だから狂気なのではないか?」
「なら、何故狂っているからと言って、それで楽しそうに出来るのですか?」
 世界の善意は偽物で、それを知っている癖に、と・・・・・・女は問うのだった。
「下らん。確かに世界は偽物だ。この世界に信じるべき「本物」など有りはしない。全てが全て、嘘八百の紛い物だ」
「なら、どうして」
「決まっている。まずは「金」だ。それに、金が絡まなくても「嘘」や「裏切り」そして「悪」ほど面白いモノはない。悪であるほど面白い。嘘をつき人を騙し、裏切り、殺し、自覚した上で悪を自認する人間ほど最高だ。
 
 悪の方が、面白い。

 私は生まれながら「悪い」人間だ。こんな人間として、いや「非人間」の存在そのものが「悪」だろう。だが「面白い」私にはそれで十分だ」
「そんな、理由で」
「下らん。お前が悪と呼ばれたのか善と呼ばれたのか知らないが、私にとってはそれが全てだ。金と面白さがあれば、どうでもいいことだ」
 まぁ、それを手に出来ていないのだから、どうでも良くない状況に追い込まれていると言えるのだろうが。
 やれやれ、参った、困るのは苦手だ。
 どうせ困ったところで解決しないしな。
「だから「金」だ、金があれば平穏が買える。元が非人間かどうかなど「どうでもいい」ことだ。金の力で幸福を買ってやればいいだけだ」
 私にはそれが出来る。
 金があれば、だが。
 自己満足には金が必要だ。この世は所詮自己満足。何をしようが何を成そうが、他者から見れば価値の無いゴミだ。だが、それに価値を持たせようとするならば、金の力が必要だ。
 金が伴って初めて「価値」を創造できる。
 それでこそ面白いというものだ。
 何であれ、自己満足でやり遂げて、そしてそれに付随する札束を数える。考えているだけで面白く、楽しい噺だ。
 私は楽しさなんて感じないが、少なくともそう振る舞える。人間の物まねもいいところだが、他でもない私個人がそれでいいのだ。問題あるまい・・・・・・人間でないなら人間の物まねをしつつ、それなりに豊かで充実して生きるだけだ。
 ただの、それだけ。
 何一つとして、珍しくもない。
 世の中そういうものだ。
 私の依頼内容にしたって同じだ。大げさに語るほどのモノではない。人間が人間を殺すことを大げさに皆、騒ぎ立てるが、私に言わせれば人間も家畜も同じモノだ。生き物でしかない。そして人間などどうせどこかその辺で死んでいるのだから善人ぶって大げさに喚く人間の方がどうかしていると、思わざるを得ない。
 法律で決まっていて、社会の雰囲気で決まっているだけだ。法が変わり時代が変われば、敵の首をひっさげて雄叫びでもあげるだろうしな。
 釈明するつもりもないが、大げさに語るつもりもない。法に触れていない以上、道徳的などと言う言い訳で、どうこう指図される覚えもない。
 道徳、下らん・・・・・・どうせ人から聞いた道徳ではないか。己で律した訳でもない。世の中全体が殺人を肯定していれば肯定するモノだ。まぁどうでもいいがな。
 人間が人間を殺すことなど、どうでもいい。
 殺したところで、あの世があったとして、それが罪悪だと吠える神とやらがいたとして、それはただ偉い奴が自分のルールを押し通しているだけだ。別にそれに正しさなど無い。正しさとは所詮それを通せる立場が通すものでしかない。
 権力者が人を虐げるのも。神が人間に道徳を強制するのも、私からすればまるで等価だ。
 何の違いもない。
 まぁ構わない。神なんて頭の悪そうな生き物がいたところで、私の人生には関係ない。実利に関与しない以上、いてもいなくても同じだ。
 あろうがなかろうが、同じだ。
 仮に神なんてのがいたとしても、人間の権力者と何も変わらない。偉いのは立場であって、別に当人が偉く素晴らしい訳ではない。
 その辺の人間と同じだ。
 自身の都合を通すという点では、同じだ。
 欲望にまみれた人間と、何も変わらない。
 そもそも何故殺人を悪だと思うのか、不思議でならない。どうせ何百億といて、代わりは幾らでも効き、そしてどうせ殺されたってすぐに忘れるではないか。権利や主張だけ叫ぶ人間というのはどうも、ただ我が儘なだけにしか見えない。
 大体が人間を増やすことこそ悪徳ではないか。環境を破壊し資源を貪り、ロクな発明をしないし仲間内で団結できない。悪とは人間そのものだ。そんな生き物を増やすよりは、減らした方が良いのではないだろうか。
 まぁこんなのは思考遊びで、どうでもいいことだ。実際、何が正しいか何が悪か、それは当人の脳の内部にしかない。
 だからどうでもいい。
 押しつけられるのが嫌いなだけだ。
 それも、誰かに聞いた自分のモノですらない主張に、邪魔されるのはな。私個人の好き嫌いでしかない。人殺しがどうか、など、その程度の価値しか無いのだ。夏休みの宿題みたいなものだ。やってもいいがやらなくてもいい。殺人に対して道義的に問題を感じるというのは、つまりそんな暇なことに悩めている、ということだろう。
 小学生が考えていればいい話題だ。
 少なくとも、大人が考えることではあるまい。殺人や神、信じるべき道の選択。それは十代の頃に考える事柄だ。大人は実利だけ追いかけていればいいから、そういう意味では気楽だが。
 本当にな。
「まったく、人を自覚的な被害者みたいに言うなよな。そういう先入観でモノを見るなよ。もしかしたら、私は罪悪感に苛まされながら、それでも必死に金を求めているだけかも、しれないぜ」
「ああ、そうですか」
 死ぬほど興味がなさそうだった。
「貴方は変わりませんね」
「そうなのか?」
 そんなのは他人の主観でしかない。変わる変わらないなど知ったことではない。私はカメレオンではないのだ。
 どうでもいい。
 変化すらも、だ。
「まぁ、殺人に対しても、金を求める姿勢も、おおよそはこんな感じか。私個人としては、だが・・・・・・平均的な一般人と、私自身は何も変わらないのだがね」
 狂っているだけだ。 
 他はその他大勢と変わらない。
 無論、間違っていても金は払わないし、別に私の言動を保証もしない、と保険を置いておこう。「一般人が泣きますね」
「そうか? 私みたいな人間は幾らでもいるだろう。大体その辺の人間を十人集めれば、一人か二人は」
「いません」
 断言された。
「何故そう思う?」
「人間は、貴方のように「考えることが出来ないように作られている」生き物だからです。貴方のように開き直ることが、まず難しい」
「まぁ、特別か普通かなど、どうでもいいことだがな。気にする方がどうかしている。問題なのは実利だ」
 些細な事だ。
 人が人を殺すことも、私のような人間が沢山いるかどうかも、些細な問題だ。
 私個人の金の量に比べれば、実に些細でどうでも良い問題でしかない。
「空も飛べないただの人間だがな」
「空も飛べない癖に、鳥を落とすから問題なのですよ。貴方は」
 どういう比喩だろう。
「貴方は、人に影響を与えすぎる」
「そんな馬鹿な」
 私の影響なんて受けた奴が、いるのか? 正直信じ難いが。そもそも私は人嫌いだ。ほとんど、仕事以外で人に会うことなど無い。
「心外だな、私ほど人に影響を与えない人間も、珍しいと思うが」
「そうでもありません。現に、貴方と関わった人間は、多かれ少なかれ貴方の狂気に触れてしまっている」
「ふぅん」
「貴方は、危険です。相手が何であれ、影響を与えることが出来る。それも絶大な・・・・・・その思想が広まれば、多かれ少なかれ混乱は起きます」
「心外だな。それに、仮にそうだったとして、私に何の問題がある?」
「それですよ。貴方には「限度」が無い。概念として存在さえしない。だから、何でも考えることが出来る。限度のない想像力。無意識かでブレーキを掛けて「考えないように」することすらも、貴方は暇つぶし感覚で考え、しかも実行する」
「それに何の問題がある?」
「ありますよ。極論、貴方は人類を滅ぼす方法をえげつなく考えつき、ちょっとした暇つぶしで実行する恐れすらある」
「酷い言われようだな」
 考えはしても実行はしない。私の住む場所がなくなるではないか。海水を無尽蔵に浸食するウィルスのアイデアとか、そもそも人類を滅ぼすだけなら空気観戦するウィルスを、先進国へ木製のボートで運び、鳥などの移動する動物に感染させ、それをまっとうでない人間に頼むだけで良いのではないかとか、考えはしても実行しない。
 面倒ではないか。
 実際にそんなことすれば、疲れるぞ。
 それに人類を滅ぼすアイデアは、核弾頭のように簡単に出来るかもしれないが、それを現実に消化するとなると、幾ら何でも無理だろう。
 私が実行するメリットもない。
 どうだろう。いざ人類を滅ぼすアイデアを出せなどと言われても、難しそうではある。大げさだろう。幾ら何でも。
 私はそんな大層な人間ではない。
「大層な人間で無いのに、貴方はそういうアイデアを簡単に思いつく。だからこそ怖いのですよ」「勝手な噺だ」
 アイデアを出すだけだ。物語の中で、どれだけ人間が死のうが私には関係ない。
「貴方の場合、そのアイデアを実行されても、関係ないと、言うのでしょうね」
「だろうな」
 事実関係あるまい。そんなアイデアを実行する馬鹿の方がどうかしている。影響されなくても、どのみちそういう奴はすると思うが。
 噺を聞く限り、だが・・・・・・想像力がありすぎて不気味、ということか? 何とも、勝手なことを言うものだ。
 そんなので怖がられても、迷惑だが。
 開き直りが早いだけだ。
 別に珍しくもあるまい。
「私という人間を大きく見るのは勝手だが、それを押しつけられても困るな。私はただの非人間でしかない。どう思うかはお前達の勝手だ」
「です、ね」
 納得行かないようだった。
 これ以上何があるというのか。
「貴方のような人間が現れるのは、時代の節目だからかもしれませんね」
「また大げさな」
 奴だ。どう思おうが当人の勝手か。
 祭り上げられたくはないが。
 そのつもりもない。
「殺人をそんな風に捉えられる時点で、貴方は人間じゃありませんよ」
「そうなのか?」
 よく、分からないな。人間らしさとかいうモノは。考えれば分かるのだろうが、考えるのが非常に面倒くさい。
「罪悪感、は貴方にはないでしょうね」
「感じる心がないからな」
「人間は他者を殺めた際、罪悪感を抱くものです・・・・・・例えそれが命じられた行動であっても」
「下らないな。軽い気持ちで「何々の為」って大義名分で誤魔化して、後から事実と向き合っちゃって「こ、こんな事耐えられない」ってか。兵士というのは、理由が大層な割に、道徳を持ち込もうとするからな。それなら最初からなるなよって私は思うのだが」
「そんな風に考えられないから、人は悩むのですよ。兵士になる以上覚悟はしていた、なんて台詞をよく聞きますが、覚悟はしても理解してはいない、それが良くあるパターンです。だからサムライというこの始末家業も、罪悪感に潰される弱い人間では耐えられない」
「そんな理由だったのか」
 てっきり、人気がないからだと。いや、この噺は伏せておこう。わざわざ地雷を踏むのも、それはそれで面白そうだが、それは眠くない時にしよう。さっさと終わらせて眠りたい気分だ。いや、このままラーメンでも食べながら、夜遅くまで遊びほうけようか。
「罪悪感ね。罪悪感を抱くならやるなよな」
「貴方には無いのですか?」
「無い、な。元からそういうのを感じないと言うのもあるにはあるが、金を貰って労働をこなし、金を貰う。殺人そのものが良いか悪いかはその辺の暇な学者にでも任せるとして、私個人に何の不利益もない以上、誰が死のうが知ったことではないな」
「人を殺すのは悪いことですよ」
「だろうな。それが良い時代もあるが。そしてコロコロ変わる基準など知らん。悪事はバレなければ問題ないし、バレても罰せられないなら、私自身に関係ない。痛いのは相手であって、私ではないからな・・・・・・気にしろ、というのがもう既に無理な話だ」
 私に関係なく、かつ不利益にも成らず、それでいてどうでもいいどこかその辺の人間が、死んだから、だから何なのだ?
 人なんていつでも死んでいる。
 気にする方がどうかしている。
 道徳か? それこそどうでもいいが。道徳よりも金だ、金。悪いことだとして、私自身の利益になるなら、悪い部分は何もない。
 私にとっては、だが。
 相手? 知るか。
 それを気にしたら金になるのか?
「いっそ清々しいですね」
「ただの「事実」だ。事実も見ようとせずに、殺人を請け負って、後から後悔するような、無責任な変人よりは、マシだろうな」
 これも狂っているが故なのか。
 役に立たない技能だから、どうでもいいがな。「お前はいつも綺麗事ばかり言っているよな」
「綺麗事・・・・・・ですか」
「綺麗事なんてのに意味はない、何の価値も有りはしない。綺麗事を口にするのは何でも出来る。だから、綺麗事を口にする奴なんて、生きていても死んでいても、同じだ」
「私が、死人と同じだと?」
「他に誰がいる? もっともらしい事を口にしてはいるが、だから、何なのだ? なにもしていないのと同じ、いや、誰もいないのと同じだ」
「私は」
「なにをお前がしようとしていようが、同じだ。結果が伴わない信条など、ゴミ以下だ。お前はどうも、私の事を哀れんでいる節があるが、私から言わせればお前など、金が伴わなければ、居ない方がマシだ」
「そこまで」
「言うさ。事実だからな。綺麗事を言って役に立たないとはそういうことだ。お前はこの世界にはそれ以外に大切なモノが存在すると言いたいらしいが、金や結果の伴わない綺麗事が、金以上の価値を持つことなど決してない」
 それはただの詭弁だ。
 嘘でしかない。
 金は確かな力を持ち、人を豊かにするが、綺麗事は当人の自己満足だけだ。迷惑でしかない。
「まぁこうして依頼を受けてきたが、それも無駄に終わりそうだしな・・・・・・私もいい加減に、目的を諦めるべきなのだろうな」
「・・・・・・貴方はそれでいいのですか?」
「良くはないさ。消去法だよ。今までの人生で、私の意志が反映されたり、何かを変えたことなど一度もなかったのでな」
 無駄は無駄。
 生きることは、持たざる人間には、その権利すら与えられない、いや、与えると言うよりは、持とうとしても奪われる、が正解か。
 お前なんて生きるべきじゃない。
 どう言われようがどうでもいいが、結果無駄に終わるならば、面倒だし疲れる。私はどうでもいい無駄な事に、力を費やしたくはない。
 それが己の人生でもだ。
 いや、尚更、だろう。己の敗北が約束されている人生など、馬鹿馬鹿しくてやってられない。私でなければもっと早く、諦められている。
 狂人だからと使い潰されてはたまらない。
 私は奴隷ではないのだ。
 奴隷のようにしか、扱われたことはないが。
 いつだって、そうだった。
 これまでも、これからも。
 ずっとそうだ。
 言い訳のように、この女みたいな綺麗事だけを聞かされてきた。うんざりだ。何故やることをやり遂げた人間が、成し遂げる冪を成し遂げた人間が、情けない世界の言い訳を聞かなければならないのだ。
 嘆かわしい。
 なんて情けない世界だ。
「その程度の分際で、「未来に期待してくれ」なんて図々しいにもほどがある」
「なら、どうしますか。・・・・・・以前の申し出を、受けますか?」
「ああ」
 言っていたな、そういえば。魂を転成させてやる、だのと。
「そんなことをすれば、それはもう「私」ではないではないか。第一、出来ないことを提案するな・・・・・・綺麗事しか、お前にはどうせ言えない」
「・・・・・・」
 俯いて、何か考えているようだった。まぁどんな姿勢でいようが「実利」に絡まなければ、私からすれば何もしていないのと同じだが。
「そんな風に「実は気遣っている」みたいな態度をとられたところで、別に何も私を助ける訳ではないのだから、お前が爆笑しながらテレビを眺めていても、そうやってすまなさそうにしていても同じだぞ」
「それも、そうですね」
 ま、どうでもいい。この女が私を心配しているフリをして私から実利をかすめ取ろうとしていても、ただ心配していても、無駄なことだ。私の未来には何の関係もないのだから。
 いてもいなくても同じだ。
 所詮契約関係でしかない。
 契約以外に、価値はない。
 生きていても死んでいても、同じだ。
「・・・・・・こうして依頼を受けることが無駄でしかない以上、私としてはそうとしか言えないな。噺は聞くが、どうせ私の幸福には繋がらない」
 聞くだけ聞いて無駄なら途中で止めてしまうがそれでも構わないか、と聞いたのだが、「それでも構いません」との返事が来た。
 せいぜい適当にやるとしよう。
 成功しても失敗しても、どうせ無駄だ。
 いままでそうだった私が言うのだ。間違いない厳然たる「事実」だ。
「貴方ほど「どうしようもない悪」はいないでしょうね」
「結構。己の実利を捨てる善人よりはいい。それに、私は」
 悪の方が好きだからな、と笑うのだった。

   2

「貴方は常軌を逸しています」
 そう言うと女は、恐らくは標的の写真でも取りに行ったのだろう。少し席を外した。しかし、常軌を逸している、か。常軌を逸していない人間が書く物語なんて、面白くも何ともないと思うが。 常人にない発想を形にするからこその作家だ。 誰でもが思いつくモノを、形にして物語として語ったところで、誰が喜ぶのだ?
 女のヒステリーは、よく分からない。いや分かる必要もないだろう。そうすることでストレスを発散しているのだ。でなければ、作家に対して、常軌を逸しているなどと、頭の悪い質問はしないだろう。
 まぁどうでもいい。常識など所詮個々人の世界にしかあるまい。己のルールが通用すると思うのは勝手だが、それは当人の常識でしかないのだ。 世界は人によって見える景色すら違う。
 たったそれだけを何故理解できないのか。
 なんて頭の悪い奴らだ。スポンジで出来ているんじゃないのか? でなければ「生きる」事を、真面目に考えないなどどうかしている。
 余程暇なのだろう。
 私のように、能力以上の問題を求められなかった人間は、往々にしてそうなりがちだ。能力を持つのは良いが油断は禁物、ということか。
 あの女はどうも、人間に対して「過大評価」をしすぎる。人間を人間として、そのまま客観視する私からすれば、夢を見すぎだ。
 夢見がちな乙女じゃあるまいし。
 人間に良い部分など無い。
 男は欲望と野望しか考えてはいないし、女は欲望と夢想しか考えてはいない。政治家は利益だけを考えているし、民衆は何も考えてはいない。国家は個人のためにあるものだし、政府は搾取する為のモノだ。
 何一つとして価値はない。
 全て、幻想だ。
 面白い物語だけが、価値がある。
 面白い、からな。
 物語は、面白い。
 ある意味人類が共通の価値を感じる、というのは、かなり珍しい部類だろう。宗教でも同じモノを共有するのは難しいが、面白い物語に国境など有りはしない。
 どころか、アンドロイドも読みあさる。
 無論、私は金の方が大事だが・・・・・・人間が生きる事に価値はない、だからこそ価値すらない、数十年だか数十万年だかの「人の一生」を楽しみ続けるために、利便性の高いツールだ。
 この世に価値はないし、人間の一生にも意味などありはしない。だが、自己満足であれ何であれ「己の価値基準」を作り上げ「己の望む価値」を手にすることで「自己満足」できるなら、そしてそれに「金」が付随すれば、へたに価値のある生き様よりも、当人は満足できるだろう。
 我々の上に神とやらがいたとして、あるいはいなかったとして、どちらにしても意味も価値も、存在し得ないものだ。神がいれば、そんな雲の上の存在に左右される一生に価値など無い。神がいなかったとすれば、やはり何をしようが生物としての寿命が過ぎれば腐る為にしか存在し得ない。どちらにしても、当人の意志ほど軽んじられるモノはないだろう。
 それでも意味を求めるならば、自己満足の己の敷いた道で「満足」し、価値を求めるならば、ある程度の「充実」と「金」を付随させることで、そこそこの価値は出るだろう。
 いずれにしても「金」がなければ生きている意味も価値も、有りはしないが。
 世の中金だ。
 金で買えないモノはない。
 私が言うんだ間違いない。
 金、金、金。
 金以外に大切なモノなど、無い。
 断言できる。
 大切なものとは、金で代わりが効くからな。
 好意も愛情も金で動かせる。問題があるとすればやり方に問題があるだけだ。品性を買いたいならルールそのものを変えればいい。見苦しい醜悪さも「それが美徳」だと洗脳すればいい、共産主義なら良くあることだ。美醜ほど簡単に買えるモノはない。ハリボテのように中身が伴わないならば、中身があると相手に思わせればいい。
 大体が己の自己満足で何とか成る。
 成らないモノは金で買える。
 「金で買えないもの」とは言葉に誤りがある。「金で買えない」と言われる「愛」だの「道徳」だのは最初から存在しない。存在しないモノを買えるわけがないだろう、馬鹿が。
 あえて言うならルールを買えればいい。
 所詮愛も道徳も、どこにも存在しないモノだ。 常識を、書き換えれば良いだけだ。
 ビックブラザーに頼めばいい。実に簡単なことだ。「心までは手に入らない」と思うなら、その相手を完全な暗闇の中に閉じこめて、従うように音声データを流し続けるだけで良い。それで人間の心は買えるし、金があればそんな芸当も可能になるだろう。
 こんな仮定はどうでも良いがな。
 問題なのは「ささやかなストレスすら許さない平穏なる生活」だ。隠遁すればいいだけだ。物語は自己満足の範囲で書けばいいしな。
 何も問題はない。
 問題があれば、いや「問題が全くない」という状況はある意味「何よりもストレスになる」可能性をはらんでいるのは百も承知だ。人間とは面倒なもので、例えば私とは真逆な人間ならば、だが・・・・・「非日常」に憧れてそういう刺激に満ちた生活を送りたいとか願い出すのだ。
 やめておけ。
 疲れるだけだぞ。
 人生において、起こらなくても良いトラブルばかり引き受けた私が言うんだ間違いない。何の変哲も無く、適当に何の目的意識を持たず、何かよく分からないままに人生を終える。その方が楽ではあると思う。
 無論、その反対も然りだ。反対というか、例えば平穏なる生活を手にしたはずなのに「何かが物足りない」などと刺激を再度求め始めたりするのだ。
 平穏が退屈だと言う人間は多い。
 何が不満なのだろうか。
 刺激が欲しいならゲームでもすればいい。
 人間は何もかもが「順調すぎる」と、どうしても「生きている実感」が得られないらしい。事実そういう人間は非常に多い。順風満帆なのに、生きることに手応えが足りない、などと自惚れて、そして転落していく。
 馬鹿じゃないのか。
 人生に手応えも何もあるか。
 無事終えるに越したことはない。
 刺激を人生に自ら求めるなど、それも適度な刺激でなく、身に余る刺激。分不相応にも程があるという噺だ。
 そういう意味ではバランスが取れているのだろうか? 有能すぎても、己の裁量を見極められず転落する人間。はたまた無能すぎてあらゆる選択肢が閉じられ、開こうとしても道が塞がれてしまう人間。
 神がいるかは知らないが、高いところから偉そうに指示を出す奴はどこにでもいる。人生も同じなのだ。

 自分よりも大きな「何か」

 それに左右されるのが「生きる」ことだ。神がいようがそれ以外であろうが、やっていることは何も変わらない。
 どれだけ足掻こうが、そんなものだ。
 勝てないモノには勝てない。
 せめて、味方に付けたいのだがな。
 個人の意志で、世界は変えられない。
 歴とした、「事実」だ。
 世界は「個人」を認めてはいない。
 認めない。
 そんなものだ。
 その輪廻からいい加減脱出したいものだが、どうもそれも上手く行かない。あの女からの依頼ももう、どれだけ「こなした」だろう。
 別にしたくてしている訳ではない。
 金の為必要だからしているだけだ。
 作家業とは、違う。
 違いすぎる。
 ただでさえ人の一生は短いのだ。やりたくもないことに、つまりどうでも良いことにあまり、時間を費やしたところで、何も得るはずがない。
 私は、そう生きてきた。
 これからもそうだ。
「金ほど生きる上で不必要なモノもありません」 と、戻ってくるなり女は言った。
 私は無視して噺を進める。
「それで、今回の「標的」は?」
 半ば投げやりだった。物語が売れない作家の心境というのは、投げやりな気分になる。経験から言って間違いないだろう。
 物語が金になっていない。
 だから私の気分は悪かった。
 物語でなくても、金になっていないが。
「これです」
「・・・・・・何だ、これは?」
 それは、白衣の男の写真だった。こんな普通の人間を殺すのに、私が動く必要はあるのか?
 雑用係ではないのだが。まぁ、やらされていることを考えれば、同じようなものか。
「こんな一般人を殺すのに」
「貴方の力が必要です」
 先んじて言われたが、しかしどの辺に私の力が必要だというのか。狙撃でも何でも、その辺の傭兵に依頼すればいいではないか。
「厳密には、その男だけではありません」
「そりゃあ面白いな。他に何人位いるんだ?」
「さあ・・・・・・数えられるような数ではないでしょう。惑星に住まう住人全てが含まれますから」
「どういうことだ?」
 まさか戦略兵器ではあるまいし、私一人で星を落とせとか言うのではないだろうな。出来なくはないが、疲れ果てる自信がある。理屈の上では、一人一人相手にすれば、私を越える戦力は無いのだから、可能だろう。だが、可能だからって何年も掛けて戦い続けて疲れる理由など、私には存在しないしやりたくもない。
 戦いは嫌いだ。
 疲れるし、勝っても金にならない。
 叩き潰して脅しても、復讐を考えられてはたまらない。かと言って、戦場ならとにかく、そうで無い所で相手を「始末」し続けるのは、私個人の倫理的には何の問題もないが、平穏な生活を送ることを考えると、大きな問題がある。
 サムライの力を手にしてから、無敵の肉体と無尽蔵の体力は保有しているのだが、だからと言ってマラソンが好きなわけではない。
 面倒ではないか。
「まさか、でもある意味ではそう言えるでしょう・・・・・・全員を相手にしなければなりませんから」 言って、「貴方はミュータントを知っていますか」と聞くのだった。
「知っているさ。「遺伝子操作」による「人類の人工的進化」を目的とした実験だろう」
「その前にこれを」
「なんだこれは」
 ワクチンか?
 とりあえず注射した。
「念のため最新のワクチンを注射しておいて貰います。ウィルス進化などそうそう起こるものでもありませんし」
「つまり、ミュータントが大勢いるのか」
 私は「不安」は理性だから持ち得るが「恐怖」は感情であるので理解できても共感できない。
 私の行動指針はあくまでも私利私欲の為、である。だから「不安」よりも「実利」が優先されるので、別に不安そのものは問題ではあるが、考えても仕方がない事だ。
 とはいえ、私の中に「不安」があるのは、あまり喜ばしいことでは無い。「不安」というのは、あらゆる喜びや平穏と対極にあるものだ。
 不安そのものを消し去る作業。
 生きる事はそれに似ている。
 同一かもしれない。
「遺伝子操作の力は藻の繁殖力を細菌に埋め込み、海にばらまいて汚染する事も可能な技術だと聞いている。それだけで大規模なテロリズムが確立できるくらいには、凶悪な「技術」だ。あらゆる生き物、植物、遺伝子の存在する全てに応用が出来るらしいな」
「ええ、よく知ってますね。元々は「人類の不死化」の一環として、研究対象にされていました。実験施設は大分前に放棄されたのですが、蜂起された施設を使い何者かが実験を繰り返しているらしく、警告に向かった警察の人間は、戻ってきていません」
「それを私に調べろと」 
「はい。周囲には山しか無く、極々一部の居住区が残されているだけです。そして、公式にはここで研究など行われていない事になっているので、誰も施設の入り口すら知りません」
「政治的にも、法的にも危ない場所での潜入作業か」
「政治的にも法的にも縛られない「サムライ」でなければ、出来そうにありません。貴方が適任だったわけです」
 人間もミュータントも「人道」を気にせず殺戮できる、貴方でなくては。彼女はそう言った。
「ミュータントを始末することに、抵抗を覚える奴なんているのか?」
「いますよ。大抵の人間は「殺人行為」そのものに拒否反応を起こします。本能的にはむしろ、率先して行うべき「行為」ですが、道徳や理念を重んじる平和な時代に生まれた人間には、刺激が強すぎて受け入れることが出来ません」
「刺激がなさ過ぎるのも問題だな」
 私はストレスが嫌いなだけであって、刺激そのものは好きだ。面白いからな。殺人行為に関して言えば、特に何も感じはしないが。
 気にするのは「自分の命」だけだ。むしろ、殺人行為にいそしむという事は、己の命も危機にさらすということなので「始末」の依頼をこなしている間は、己の保身で手一杯だ。
 当たり前の事だ。
 自分でもないどこかその辺にいる人間に、感情移入など図々しいにも程がある。ただ傲慢なだけだ。そんな理由で人を哀れむなど、ただ綺麗な価値観に身を任せることで「良い人間」であろうとするだけの、浅ましい行為でしかない。
 人間の善性など、その程度だ。
 その程度でしかない。
「無論、適応する人間は何人かいましたが、悪運の強さと生存能力、そして容赦のなさから貴方を選びました」
「そりゃあどうも。容赦の無さなんて、誰にでも持ち得ると思うが」
「いいえ。ほんの少しの感情移入もせず「事を済ます」と徹底して行えるのは、貴方だけです」
「人材不足だな」
「普通ですよ。それが人間です。貴方のような人間は、あなたが思う以上に少ない。歴史上の殺人鬼のように「道徳が欠落」している訳でもない。貴方は自身が悪であるか、それを気にしていない・・・・・・罪悪感すら笑い飛ばし、前に進む」
「そんな奴、その辺にでもいるだろう」
「いませんよ。人は思っている以上に、己の存在を重く捉えることが出来ません。貴方と違って、他者と比べることで生きている」
「ふん」
 下らない。そんなどうでもいい理由で私が駆り出されたのか。私は。依頼を断って別の所へ取材にでも行こうかな。
 それはそれで私の自由だろう。
 ミュータントなんて物騒な存在を放っておくのは危ない気もするが、世界の平和は私の平穏と、あまり関係がない。人類が滅ぼうと、私個人が満足できる施設が残り、それを利用して私が豊かに暮らせれば、それでいい。
 幸い、食べ物なら幾らでもある。
 人類が滅べば、奪い合う必要も、無いだろう。 その方が平和そうではある。
「丁度良かったじゃないか。人類がいなければ争いも差別も貧困も迫害も、この世全ての悪が消滅する。お前からすれば願ったり叶ったりではないのか?」
 ミュータントが人類を滅ぼせば、私はミュータントを殺しつつ、その辺の貯蔵庫にある食料を奪いながら生きればいい。始末する対象が、変わるだけでしかない。
 人を殺して人が生きるか。
 ミュータントを殺して人が生きるか。
 いままでとさほど、やることは変わるまい。
「本気ですか、それ?」
「本気だ」
 当たり前ではないか。まぁ、人類が滅べば雑用をする存在が、いや、そんなのはアンドロイドにやらせればいいか。
「むしろ、何の問題がある」
「ありませんが、そういう訳にも生きません」
「何故だ?」
「私は貴方と違って、人間が好きですから」
 人間を好きになる。
 好きになれる部分なんて、あるのか?
 人間だぞ。
 他のどんな言葉よりも、説得力がある。
 人間。その単語だけで、あらゆる悪を表現できるからな。
「好きになるのは私の勝手でしょう」
「だろうな。私には関係がない」 
 その「人間」の枠に私がいるのかさえ、微妙だしな。いたとして、やはり私には関係ない。
 どうでもいい。
 良くないのは、金の多寡だけだ。
 この世にそれ以上の問題はない。
「貴方は本当は、人間に憧れているのでしょう」「それも、もう、昔の噺だ」
「いえ、今の噺です」
 そうだろうか。
 私は人間から、どんどんと離れて行っている。もう戻れないくらいには。戻るつもりも、あまりないのだが。
 その方が便利だしな。
「そうだとして、それが何だ?」
「別に欲しくもない、ですか。本当に?」
「ああ、事実だ」
 私個人が別に欲しくもないモノを、押しつけられても困る。それはそれで迷惑だ。暇つぶしにはいいのだろうが、実際に「人間らしい幸福」なんて、別に欲しいとも思わない。
 思えない。
 そういう存在なのだ、私は。
 だから「実は人間の心が」云々のやりとりなど何の意味もない。私には関係ない噺だ。
 映画を見るような感覚で、適度に眺めるのがいいのだ。実際に持ちたいとは、全く思わない。
「人間か。憧れほど本質からそれたモノもあるまいに。人間に憧れる、とはとどのつまり「人間そのもの」を認めていない証拠ではないか」
「そうなのですか?」
「ああ。要は、現実には「人間の素晴らしさ」を見ているわけで、人間そのものは見ていない。恋する少女が現実を見ないで、夢ばかり言っているのと同じ・・・・・・ありもしない幻想でしかない」
 人間の素晴らしさという、形の無い偽物を、あればいいなと思っているだけだ。そして、理想というのは実在しないからこその理想だ。
 人間の素晴らしさなど、その最たる例だ。
 人間に素晴らしさなど無い。
 人間に夢を見ているだけだ。
「言うならば、だが・・・・・・卒業した、と言うのかもしれないな。「人間の素晴らしさ」という幻想から」
 非人間であることは自覚していた。
 人間に素晴らしさが無いことも。
 だから自己満足でしかない。
 そしてそれで何の問題もない。
 私はそれで自己満足できる。
「あればあるに越したことはなかったが、まぁ構うまい。人間としての幸福など、よくよく考えればあったところで、私には「再現」はできても、それを「実感」出来ないからな。それならそれで「人間の素晴らしさ」を勝手に解釈して適当に楽しむだけだ」
 私はそれで構わない。
 マンガのキャラクターのように、わざわざ人間賛歌を心の底では求める、などという面倒なたくらみは必要ないのだ。素晴らしい。
 その心も無いしな。
「故に・・・・・・あってもなくても同じだ。人間の中に崇高な「何か」があろうがなかろうが、な。眺めて満足できればいいのだから、現実に人間が崇高な行いをしようが、映画の中でしていようが、同じ事だ」
 私は人間なんて気持ち悪いとしか思わないが。 虫みたいなモノだ。
 気持ち悪くて仕方がない。
 汚い。
 汚らわしい。
 消毒しろ雑菌共。
「好きなモノは何もないが、人間が嫌いで嫌いなモノが多いのは事実だな。それをあれこれ言って事実を曲げられてはたまらない」 
 私は人間が嫌いで憧れてはいない。勝手な自己満足の偽善で、実は人間を求めている、などと、軽々しく口にして欲しくないものだ。
 それこそ気持ち悪い。
 だからお前達が嫌いなんだ。
 常に死んでくれと思っているよ。
「そうですか」
 と、なにやら悲しげに女は頷いた。悲しげに頷かれたところで、嫌いなモノは嫌いだが。それらしい振る舞いなどどうでもいい。問題は結果だ。 過程のそれらしさなど、見ていて不快だ。
 女は楽でいいなとしか、思わない。
 実際、楽だろうしな。
 面倒事は今回のように、男に押しつけて偉そうに口だけ動かしているだけだ。行動に移して何かを変えた女など、ジャンヌ・ダルクくらいしか、聞いたことがない。
 家で娯楽に身を費やして、後は偉そうに指示を出しつつ、「忙しい」と連呼して、それらしく振る舞っていればいい。
 それを同じ人間と呼ぶのかは知らないが。
「まぁ私はお前みたいに、綺麗事を口にするだけで、生きていられないのでな。だからお前の意見などどうでもいい。安全圏からの意見などな」
 傷ついた、みたいな顔をされたが、傷つく前に何か役に立って欲しいものだ。
 それで被害者ぶるなどどうかしている。
 正直、鬱陶しいだけだ。
 だから私は噺を進めた。
「それで、その男を「始末」すればいいのだな」「・・・・・・はい。そうです」
 最低限の返事だけしたようだった。そして、前払いで幾らかの現金を私に手渡し、女は言った。「私に何か出来ることはありますか?」
「それがあるなら、とっくに頼んでいるさ」





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