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邪道作家第三巻 聖者の愛を売り捌け!! (ハーフ版) 下

新規用一巻横書き記事

テーマ 非人間讃歌

ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)

縦書きファイル(グーグルプレイブックス対応・栞機能付き)全巻及びまとめ記事(推奨)


   6

 私は人間の肉を斬るときのようにステーキを切り刻み口に入れ、首を切り落とすときのようにフルーツをカットし、血を啜るように香りの良いワインを口に含んで、目玉を抉るように目玉焼きを抉り、人間を処理出来るほど濃い色のコールタールのようなコーヒーを飲み干した。
 目の前の肉をみる。
 その肉はまず、腐った目をしていた。この世のあらゆる理不尽をどろどろになるまで煮詰めたような、そんな目だ。人間の汚いところはあらかた見て、綺麗に装っている部分も、全て知り尽くしましたと語っていた。
 まぁだから何だという話だが。
 汚らしい目玉を除けば普通の肉だ。いっそ目玉を潰してから会話を進めようかと思ったが、そうも行かないだろう。
 二重の依頼は受けていないが、金を払う可能性のある人間の一人ではある。無論、それほど持っているようには見えないが。
 青年は名を名乗らなかった。
 まぁ当然の危機回避能力だ。私に名乗っていつのまにか戸籍が売り払われていました。などという事態は避けたいのだろう。そんな警戒心を感じるのだった。
 周りの人間を破滅させて生き残るタイプだ、と直感的に感じ取った。なぜ分かるのかと言えば、私は意識的にそれを行い、利益を得ようとする、非人間的な作家という職業だからだ。作家なんて大体そんな性格だ。
 無意識下で人を破滅させてしまうことを自覚してうじうじ引きこもっているタイプとも取れるが・・・・・・まぁ人間性などささいなことだ。作家の言葉とは思えないが、仕方あるまい。
 善人はつまらない。
 小物には興味がない。
 悪人は面白い。
 私が世界に対して思える感想はそんなものだ。「あなたは、生きていて楽しいですか?」
 ふと、そんな質問を青年はするのだった。
「ああ、面白いね。世界は、最高に面白い」
 そんな、心にも無い、と思える台詞を、特に何の罪悪感もなく堂々と言った。世界が面白いかどうかなど、その時の気分次第だ。恒常的に面白い世界など狂っているとしか思えないが、狂っていないと私は断言できない人間なので、それもまた私にとって都合が良ければ、ありだろう気もしたのだった。
 その青年は例の聖女の番だ。
 つまりこいつがヘタれて、押し倒すのを躊躇しているからこそ、私はこんな面倒なことをしているということである。しかし同時に、気にもなる・・・・・・元々、それが原因で引き受けたのだ。
 作品のネタなしでは帰れまい。
「お前はあの女を愛しているのか?」
「そんな、愛だとか、大げさですよ。只の友達ですから」
「友達では、愛してはいけないのか?」
「それは・・・・・・」
 答えあぐねているようだった。面倒な奴だ。
 友達県兼、愛人でよいではないか。
「さっさと押し倒せばよいだろう。何を躊躇しているんだ」
「あなたに、何が分かるんですか?」
 知るか。
 私は仕事で、いや、そもそもだ。
 言われてみれば、確かに、この少年少女の下らない恋心、あるいは「愛」とやらを作品に活かせなければ、くたびれ儲けも良いところだ。
 話を聞いてみよう。
 我々二人はレストランにいた。おしゃれで、まぁそこそこ値の張るところだ。田舎惑星になぜこんなモノがあるのかと言えば、司祭様をもてなす為以外には、あまり理由はないのだろうが。
 私はワインをグラスで遊びながら、
「いや、知らないな」
 と答えた。
 事情を知らない割に態度がデカい気もするが、金を貰ったわけでもないのに、この青年にあれこれ気を回す必要もあるまい。
「帰ります」
「なら、まずは料金を支払って貰おうか。それとそうだな、友達だと言うことは、別に、あの女が他の誰かにモノにされても良いんだな?」
 いきなり帰られそうになったので、とりあえず引き留めることにした。女に気があるのは明らかなので、軽い挑発だ。
 向こうはそうは受け取らなかったが。
 女の危険をチラツかせた瞬間、「この人間を始末してしまおうか?」といった考えを思わせる、暗く汚い目玉を向けられた。目玉を消毒した方が良いんじゃないのか、この男。
 ゆっくりと座り、そして、
「友達ですから。手を出す奴には容赦しませんよ・・・・・・それがなんであれ、ね」
「そういうのを、「自分の女」と言うのではないのか? 婚姻届さえだしていなければ、「友達」だとか言って、他の女にも手を出しそうだな、お前は」
 猛烈に憤っているのか、顔を赤くしながら抗議の目を向け、「いえ、ぼくは純情派でしてね。手を繋ぐのも緊張しますよ」などと、恐らくは適当な返事を返すのだった。
 話が進まない。
 お互い、嘘ばかり並べ立てているのだから、ある意味当然ではあるのだが。
「あくまで「友情」だと言うならば、お前にあれこれ言う資格はないだろう。この後、例えばその辺の男に口説き落とされ、押し倒されて、「実は来月結婚する」と言われても、関係あるまい」
 相手への嫌がらせ、違った。効果的に情報を引き出す手法としては、「相手が最も望まない未来予想図」を明確にイメージさせることだ。私も考えがあってやるわけではなく、暇つぶしにその辺りの人間の人生を破滅させて遊ぶときに、たまに使う程度だが。
 実際、面白くはある。
 我々を見守る神とかいう全能者も、こんな気分なのかもしれない。
「いえ、それは相手がふさわしい人間なら、応援させて貰いますよ」
「関係ないな、それすらも当人が決めることだ。お前には何の関係もないし、そんな意見を述べる関係性はあるまい。ただの身勝手だ」
「かもしれません、ですが」
 面倒な奴だ。
 友達、というキーワードがなければ付き合えないのだろうか・・・・・・言い訳がましい残念な青年だと思った。
「お前の言い訳などどうでも良い。問題はおまえ達を素直にさせてくっつけろというヤジが飛んでいて、それで私に仕事がきたという事実だ。それに、このままなら、あの女は篭の鳥だぞ」
 少し黙って、青年は言った。
「それで貴方に何の特が?」
「損得でしか物事を計れないのか。浅ましい男だな。頭の中は金、拝金主義者のなれの果てか・・・・・・・・・・・・無論、愛と正義のために決まっているじゃないか。少年少女の恋愛が邪魔されるなど、あってはならない外道だからな」
 我ながら口が回る。
 作品のためだ。それ以外には無い。
 まぁ、面白いしな。
「そんな顔で見るな。無論、物語の為だ。面白い物語よりも、愛だの恋だのの方が金になる。悲劇も良いんだが、人間って奴は下らない恋愛小説の方が、アホ面さらして高い金額で買ってくれるモノなのさ。内容は実在しない登場人物が織りなすフィクションでしかないのにな」
「それを理解するために?」
「当然だ。金にならない作品など、書いていられるか」
 厳密にはそのヒントを得るためだ。
 浅い内容で高く売れる。恋愛や愛という、楽な商売に私も参入したいからな。
 紙面の愛情なんて、そんなものだ。
 愛情など、良く知らないが。
 しかし、私は「感じ取れない」のであって「理解」して「表現」する事に関しては、愛に囚われている人間よりも、本物以上に仕立て上げることが可能だ。それでこその作家だ。
 そして愛は金になる。
 少なくとも売り物とするならば・・・・・・だが。現実には、生涯になるように見えてならない。彼らは愛情のために目先を見失い、無くなったら絶望して死んだりするし、正直、そんなものが人生において良く働くものなのか?
 気になったので聞くことにした。
「お前は、あの女を愛してはいないと答えたな。しかし友なら友で、友を愛する気持ちはあるはずだろう。おまえ達は何故、愛だの何だのと言った目に見えもしないあやふやなモノに、人生を委ねられる?」
「友情ですからね。でも、まぁ・・・・・・となりにいて楽しいから、とかそういう、それこそ形のない理由だと、ぼくは思いますが」
「形のない、ね」
 なら何故、拘るのか。
 形が無いというならば、自信の形のないモノに対しての気持ちなど、誤魔化す意味もないのではないだろうか。
 だが、それでも自分の気持ちに対して、少なくともこの青年は「決着」を求めているのだとすれば、私の世界には無いのかもしれないが、彼らの世界にとっては「実在する真実」と言うことだ。 人間の世界は認識の世界だ。
 個々人の認識が世界を決める。
 いや、決める云々というよりは、自信にとって都合の良い形で世界を見るのだ。そういう意味では「事実」のみを頑なに追い求め、見続けて、事実そのものを自身にとって住みやすいように変えようとする私の試みは、横着している気がしなくもない。
「形がないなら隠す必要も、無理に友達でいる必要もあるまい」
「いや、だからそういうのでは」
「自分のような人間では相応しくないだとか、自分のような罪悪を極めた人間では幸せになる資格がないだとか、相手の気持ちを言い訳にして相手の気持ちもあるから一概には言えないだとか、あるいはそんな自分に嫌気がさして、うじうじ悩んでいるのだろう」
「まさか」
 反応からして図星のようだった。
 まぁ、私が勝手に決めつけているのかもしれないが、そんなことはどうでも良い。間違っていたところで私には何のリスクもないのだから。
 と、そこまで話をしたところで、かれの携帯端末(大昔の古い奴だ。電脳世界に接続できるとは思えない)から、着信が鳴った。今時珍しいと言えば珍しい。たいていの人間は脳内にバイオチップを埋め込み、それで全ての雑務をAIにお任せしているのだから、こいつのような石器人類は珍しい方だろう。
 私は携帯端末を最新型で持ってはいるが、基本決断は己の第六感であり、機械に頼りははするけれど、依存はしない。
 人間、その気になれば8キロくらいは十分、徒歩で歩けるのだ・・・・・・周りの人間は大抵、人工知能任せの車に乗り、徒歩で移動する人間は殆どいないので、気楽でいい。
 私は運動能力は高いが、肉体労働が大嫌いなので、最近は軽い運動程度にとどめているが。
「・・・・・・あちゃあ」
「どうした?」
 つまらないリアクションだった。作品の参考になりそうにもない。
 しかし、
「ストーカー・・・・・・と言うと、聞こえが悪いんですが、最近、そういうことが多くて」
 何故そんなことを私に話したのだろう・・・・・・相当参ってるということだろうか。
 私のアドバイスは人間を破滅させるか、生き残らせるかのどちらかという極端なものだが、まぁこの青年がどうなろうと私の心は痛まない。
 存分に適当なアドバイスをくれてやろう。
「それも一種の愛だろう。あの女が友達だというなら、受け止めてやれば良いではないか」
「冗談よしてくださいよ。ぼくは会話が成り立たないたぐいの人間は苦手なんです」
 ごまかしが利きませんからね、と自虐するように言うのだった。言っては何だが、それは自業自得という奴ではないのだろうか?
 誤魔化すからダメなのだ。
 堂々と騙せばいい。
 両者の違いについては、ここで言及してもあまり意味はない。まぁ、何事も堂々としていれば以外と上手く行くものだ。
 多分な。
「会話が成り立たないのか。どんな風に?」
「こんな風に」
 言って、私に手渡すことで、彼は携帯端末内の文章を私に見せるのだった。見るついでに中身のクレジットデータを抜き取って、いくらか儲けたが、まぁ構うまい。
 中にはこう書かれていた。

 ごきげんよう。本日も朝12時と、随分遅い起床でしたね。私は浮気には寛容ですが、あの女のいる協会へはあまり近づかないでください。この間も、うっかり殺してしまうところでした。

 そんな感じの内容が、逐一、それこそ1分単位でスケジュールを把握されているかのような内容でビッシリと書かれていた。
「良さそうな女じゃないか。愛情は深そうだ」
 私は割と本気でそういった。
 しかし、青年は、
「冗談よしてください。ぼくはそんなこと頼んでいない。勘弁して欲しいです」
「そうは言うが、愛情というのは見る限り、頼んでもいないことを率先してやり、それでいて感謝も求めない代わりに誰が言っても断行する。少なくとも私の目には、そう写るのだが」
「それは、まぁ、そうですが」
「お前も、頼まれてもいないのに、「これは彼女のためだ」とか思って、女の期待に応えないのだろう? 何が違う? 倫理的に駄目だからか? それとも趣味趣向で愛の善し悪しは決まるのか?」
「そんなことは・・・・・・ありませんよ。ただ、愛情は素晴らしいかもしれませんが、それを素晴らしいと思うのは当人だけで、押しつけられる方は迷惑でしかない」
「それはお前も同じだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
 大体が、要約するとこの男の了見が狭いから、こんな事態になったのではないか。愛は素晴らしいかもしれないが、問題も多いようだ。
「愛も欲望の一つだという事実を、おまえ達は何故受け入れない? 欲望なのだから、自身の気持ちに忠実に、獣のように生きればよいだろう」
「ぼくは、人間です。人間には理性がある」
 獣とは違う、と。
 似たようなものだろうに。
「その理性も、目に見えない空虚なものだ。そも理性とは欲望を叶えるために存在する。人間の本能だ、いや、生物である以上、欲望を押さえつけて生きるというのは、摂理への逆行だろう」
 私じゃあるまいし、欲望を抑えてどうするつもりなのだろう。完全に欲望を失ったところで、私のように欲望を手に出来る心を求めるか、この男のように女一人押し倒せない腑抜けに成るというのだから、欲望は押さえつけられるものではないということか。 
 と、そこで気になることがあった。
 私の持っている使い捨て携帯端末、偽造して手に入れたそれから、着信があったのだ。
 話の途中なので無視したが、この番号を知る人間は、まだ存在しないはずなのだが・・・・・・。
 嫌な予感がした。
 いや、それは作品のネタの予感かもしれない・・・・・・大抵は、正体不明の非現実と、相対する羽目になるのだが。
「どうやら電話があったようだ。失礼する。代金はお前が払っておけ」
 私は店員のアンドロイドに代金をあの青年が払う旨を伝え、ぼくはそんな話聞いていないと言う青年を無視し、外へ出るのだった。
 そして私は電話に出た。
「これから貴方を殺します」
 そんなストレートで、はっきり言って面白味のない、ぱっとしない台詞ではあったが、しかし、正体不明の存在が、いかに難敵であるのか、それを嫌と言うほど私は味わう羽目に陥るのだった。

   8

 公共物が二回、刃物が八回。
 車が三台、飛行船が一台。
 人間が三回、アンドロイドが八回。
 全て、私を襲ったものだ。
 「何者」だこの女・・・・・・私の生活を阻害する存在はことごとく「始末」してきたが、正体が分からなければ斬りようがない。
 初めから存在しない、AIとかなら納得だが、生憎AIではあの青年のストーカーは無理だろう。そもそも会えない。
 あるいは、電脳世界で人工知能をたぶらかしたりしたのだろうか?
 何にせよ、移動し続ける必要があった。常に攻撃される以上、当然の対策だ。私は市街地へと移動し、人通りの少ない、隠れる場所の限定される地点へ誘導することにした。
「参ったぞ・・・・・・これまでどこにいるか分からない奴から、権力を欲しいままにした奴まで、邪魔者は散々「始末」してきたが・・・・・・こんな幽霊みたいな相手は初めてだ」
 田舎なので見渡しの良い場所は幾つもあったのだが、近くにいる気配がまるでない。本当に幽霊ではないだろうか。
 だとしたら斬りたいところだが、この女、携帯端末を捨てたのに、私の「頭の中」から声を響かせて話しかけてくるのだ。幻聴かと思ったが、こう何回も幻聴のために殺されることもあるまい。 何かトリックがあるはずだ。
 見破らなければ、破滅する。
「あなたが悪いのですよ、私の愛しの君とああも親しそうにするのだから」
「おかしなことを言う。愛する相手が誰かと話すことすら、許容できないのか?」
 会話で平和的に解決すれば一番だが、女の思考回路は一筋縄では行かなかった。
 まぁ女とはそういうものだ。
 男が単純すぎるだけかもしれないが。
「ええ、私の愛は、相手を独占するものですからね。私以外を見て欲しくない。私だけを必要として、私のためだけに生きて欲しい」
 愛される側とは、成る程、窮屈なものだ。
 少なくとも一方的な愛は、形によっては回りくどく、面倒なのかもしれない・・・・・・私はこういう女は結構好みだが、別に私は愛されてなく、愛情の邪魔者として始末されかけていることを考えると、愛情は当人同士が幸せであって、周りは色々と面倒が多いのかもしれない。
「なら、直接会って、愛し合えばいい」
「いやですわ、女は奥手なものです」
 そこまで大胆にはなれません、とこれだけの行動力を見せつけておいて、言うのだった。
 新しいタイプの敵だ。
 参考にしよう。
 もっとも、女は悪役には向いていない・・・・・・悪人ぶるのは得意でも、悪には成りきれないからだろう。女の強さは情だとするならば、情は悪意を鈍らせる。
 男は非常で、論理を重んずる。
 女は寛容で、感情を重んずる。
 昔から言われていることらしいが、こんな時でも納得せざるを得ない内容だ。
 私はバイオチップで「一人会話」のように見える人間達を払いながら、通行路を走った・・・・・・・・・・・・いや、そうか、失念していた。
 私はつけていないからな。だが、後からナノサイズのチップを、私の脳内に付着させることは、科学の恩恵があれば可能だろう。あとは使いのアンドロイドでも使って、行動させればいい。
 分かったところで、対策が一つしかないが。  失敗すれば、任意のモノを斬れるから本当にないとは思うが、スライスされたメロンみたいになってしまうだろう。
 私は深呼吸して、自分の脳を斬った。
 想像通り会話は途絶え、私の脳は正常に戻ったが・・・・・・二度とやりたくない。
 とんでもない強敵だった。
 と断言するのは早いだろう。破壊したのはチップであって、女の執念は破壊不可能だ。神々の逸話ですらそうなのだから、作家の私に出来るわけがあるまい。
 だから、会話のテーブルを用意せざるを得なかった。何日か同じカフェテリアでずっと、執筆ついでに待ったのだ。向こうから接触する機械を増やすために。
 執筆は順調に進んだが、まだ完結してはいない・・・・・・進んだところで売れなければ意味はない。 だが、愛と恋を取り入れれば売れる。
 人間とは、誰も彼も、私がそこに入れるのかはしらないが、とにかく、己の望み、己の欲望を目指して走っているという点に関して言えば、至極単純な生き物なのだ。
 これは神でも変わらないだろう。
 知性ある生命は皆そうだ。
 だから、その女が姿を現したときは意外だったとしか言いようがない。幼く、しかし美しいその女は、幼い少女の姿をしていたのだから。

    幕間

 魂に決着をつけなければ
 
 それが、人間の失敗作だとしても、構わないしどうでも良い話だ。
 
 己の業に「勝利」を、そして「決着」と「納得」が必要になる。

 偽物でも構いはしない。
 真実などどうでも良い。
 必要なのは、そう。

 この私が、「幸福」を「得る」という結末、ただのそれだけだ。

   9

 この世で最強の力が「愛」だとすれば、それは同時に最も強い欲望である証明でもあるのだ。
 愛は欲望から生じるものだ。
 神を愛することで「自分も愛されたい」「救われたい」という願い、すなわち欲望こそが源泉であることは、隠しようのない事実だ。
 恋はどうだろう。
 究極的には「自分にとって都合の良い相手に、都合の良い行動を求める」というのが恋の原動力だ。自分にとって都合の悪い・・・・・・他の異性に対して行動するなど、そういうことがあれば、その行動した対象に憎悪したり、嫉妬したり、あるいは何で自分ではないのかと、問いつめて殺したりもするわけだ。
 何も変わらない。
 双方とも、人間の欲望だ。
 私は大層な人間ではない。背中から翼が生えたりしなければ、聖剣を持って魔王を倒したりはしないし、主人公のように確固たる意志、使命感を持って生きているわけでもない。
 私は主人公ではない。
 だが、そんな語り手、作家である私の、目線からでも、分かることはあるということだ。
 そして今、その目線は目の前に座る女に向いていた。
「じいぃぃーーーーー」
 と、口に出してはいなかったが、そんな感じの品定めするかのような目で、私を見るのだった。 とはいえ、ここはカフェレストランだ。
 執筆も上手く行き、腹も空いている。
 だから遠慮なく民族料理を食べることにした。とは言っても、肉と野菜を乱暴に炒めたもので、果たしてこの料理に民族の歴史が入っているのかと、疑問に思うようなモノだった。
 仕方がないので、私はカツサンドを一つ頼み、コーヒーを啜って待つことにした。
「もし」
 呼びかけているのだろうか?
 掠れるような、今にも消えそうな声だ。
「今、お時間よろしいですか?」
「駄目だと言ったらどうするつもりだ」
 一応聞いてみた。
 右を向けと言われれば左を向くのが、私の信条だ。上を見ろと言われれば下を向き、前を向けと言われれば目を閉じて、しゃべれと言われればしゃべらず、話すなと言われれば相手が嫌がるまで話し続けて苦しむ顔を鑑賞する。
 それが私だ。
 しかし、だ。
「宜しくなるまで、ずっとこうしています」
 忍耐図良い女だ。この世の終わりまで本当に、ずっと待っていそうな良い笑顔だった。
 こういう女は嫌いでないが、しかしそれも時と場合によるだろう。私は私個人の利益が何よりも大事だ。いくら良い女だろうが、邪魔をしたあげく殺されかけたとあっては、放置できまい。
 さて、どうするか。
 何度も言うが、私は別に、物語の主人公というわけではないのだ。解決する必要は特にない。つまり依頼、「遺体の破壊」と「少年少女の恋愛成就」というある意味同じ内容を、結末に持って行けばよいのだ。
 二重依頼は受けていない。
 どうせ元は、同じ女が指令を出している。
 そもそもが、仲介人を通すことはあっても、全く別の人間、あの女以外の依頼主など、私には存在しないし必要ない。あの女の正体に興味はあまりないが、他に「寿命を延ばす」などという荒技を可能にする依頼主が、いるとも思わない。
 作家としての私がすべきことは明白だ。
 即ち、作者取材である。
「お前は、ええと」
 そういえば、名前を聞いていない。
「アリスです。以後、よろしく」
 以後なんてモノがあるのかはしらないが、とにかくそう名乗った。とはいえ、女は嘘をつく生き物だ。これが本名かどうかまでは、流石に分からなかったが。
「そうか、では、アリス」
「まぁ、呼び捨てだなんて、大胆な人」
「・・・・・・別に、「貴様」や「お前」でも構わないが?」
「呼び捨てで結構でしてよ」
「では、以後そのように」
 やれやれ。
 この場合、女が何を考えているのかというと、こうやって相手を翻弄し、困る姿を見て、楽しんでいるだけだ。本能的に、女は男を困らせて楽しむ生き物なのかもしれない。
 学会で発表してやろうか。
「アリス、君は・・・・・・あの青年を愛しているのかな? 私には、そうは見えないが」
「何故ですか? 私、あのお方のことなら何でも知っています。スリーサイズ、身長、体重、年齢から生年月日、それに朝食の内容、好きなもの嫌いなもの、それにそれに」
 話が終わらなさそうだったので、先に結論から言うことにした。
「それは恋だ、アリス」
「何故ですか?」
「相手を保有しようとするのが恋、相手を支えて良い方向に持って行こうとするのが、愛だ」
「まぁ、私、彼を愛しています」
 こんな雑な説明では、いやもとより本人が「愛している自分」を信じ込んでいる以上、説明など無駄かもしれないな。
 それならそれで、作品のネタにはなりそうではあるのだが。
「愛している・・・・・・だが、他の女と、あるいは私のような無関係な人間ですら、近づくことは許せない」
「それはそうです。だって、あの人は私の王子様ですから」
 また、古い例えだ。
 しかし恋する人間は世界を見ていない。都合が悪ければ見ないと言うのが恋の特徴だ。故に言葉がある程度通じなくても仕方あるまい。
 それが恋と言うものだ。
「あなたは、私の邪魔をするつもりですか?」
 ナイフを片手に握りながら、そんなことを言うのだった。微笑ましいことだ。私のような始末や家業からすれば、そういう人間のささやかな悪意には、むしろ好感が持てる。
「そんなつもりはない。ただ、依頼のこともあるからな。一応、あの二人をくっつけろと言われてはいるが、そちらの依頼は仲介人を通して行われたものだから、優先度は低い。遺体の破壊作業さえ済めば、この惑星に興味はない」
「でしたら、私を手伝って頂けませんか?」
 手伝う。
 それもストーカー女を。
 それこそ物語の主人公であれば、王道の少年少女の恋愛、本来結ばれるべきあのふたりをおうえんするのだろうが、いい加減自分の気持ちに素直になれない人間を手伝うのも、興が冷めてきたところだ。
 王道は、つまらない。
 結末が決まっているからだ。そんなものは絵本作家にでも任せればよい話だ。無論、絵本作家にも悲劇を望む馬鹿者はいるが、極々一部の鬼才の話でしかない。
 人間の意志の行く末がみたい。
 狂っていれば、尚面白い。
 だからこその物語だ。
 しかしそこには大きな問題があった。
「恋は悲劇にしか終わらないぞ」
「まぁ、やってみなければ分かりませんわ」
 根本の法則はいつも変わらないものだ。手伝う以上、その法則を克服しなければならないが、そも恋とは報われないものだ。
 果たしてどうしたものか。
「よろしくお願いいたします」
 頼りにします、とそんなことを笑顔で言うのだった。このアリスという少女は、案外純粋すぎるからこそ、凶器のような恋が可能なのかもしれないと感じた。
 まぁ愛も恋も、向けられる側からすれば、不意打ちの銃弾みたいなもの、凶器そのものと言っても、過言ではないのかもしれないが。

   10

「あそこだ」
 我々は教会に来ていた。聖女を惨殺し、邪魔者を消すため、ではなく、あの女を殺しに来るであろう政府関係者に、話を付けるためである。
 政府関係者に青年のことを伝え、彼らに仲を引き裂いてもらい、そして疲れ果て落ち込むあの男の心に付け込んで、アリスがモノにするという、かなり雑な計画だった。
 と、そこで視界の隅に、実に奇妙なモノが写った。

 腕だ。

 それも生きてはいない・・・・・・ミイラ化した「人間の腕」だ。聖人の遺体って感じではないが、しかしあれは一体・・・・・・。
「動きましたわ、あそこ」
 と、どうやら政府関係者の人間が教会に近づくのを、アリスが察知したようだった。
 ふと見ると、腕は消えていた。幻覚だったのだろうか・・・・・・それにしてはやけにリアルな腕だった。
 まぁ今は放っておこう。
「それで、どうするつもりだ」
「まずは様子を見ましょう」
 思うのだが、因果応報と言うが、何かをしたところで、何かが返ってくるなんてことがあり得るのだろうか?
 急に何故こんなことを考えるのかというと、所謂その「聖人」って奴は、今回はただのアリスの恋敵でしかないが、本来は「死後、二度奇跡を起こす」という制約以前に、もっと大きな制約があるではないか。
 
 聖人は、報われない。

 彼らは死後、人々に崇められはするが、死んだ後に崇められて嬉しがる人間などいまい。彼ら聖人に信徒は救われるだろう。だが、彼ら聖人達は死んだ後すら報われない。
 当人が納得しても、納得行くわけがない。
 そんな、事後犠牲などと言う綺麗事のために、偉業を成した人間・・・・・・私の知るところならジャンヌダルクとか、イエスキリストだとか、しかし彼らは死んだ後すら救われないではないか。
 報われなければ嘘だ。
 そうじゃないのか?
 愛があり、その結末を愛したとしても、理不尽には変わりない。何より、彼らを崇める人間はいるだろう。しかし

 彼らを救おうとする人間も、

 彼らを助ける人間も、

 彼らを救う人間も、いない。

 多くを救う彼らに「救い」を求めることはあっても、彼らを救おうとする人間は何人いる? それで「救い」を主に求めようなど、傲慢不遜にも程がある。
 それでも聖人は信徒を救うだろう。
 だが、私にはそれが許せない。
 許せないから、こんな依頼を受けたのかもしれない・・・・・・・・・・・・見たこともない人間相手に、我ながら酔狂なものだ。勝手に同情されたところでそれこそ、彼らには何の救いにもなるまい。
 私は気休めを与えるのも手にするのも、大嫌いな人間だからな。もし可能なら、救うことはできないかもしれないが、愚痴でも聞きながら一緒に何か、美味しいものでも摘みたいモノだ。
 相手が女なら、聖人でも口説くかもしれないが・・・・・・それは男の本能だ。聖人だって否定する権利はあるまい。
 と、そこで動きがあった。
 アリスが指さす方向に、集団が見えたのだ。ほぼ間違いなく、聖人がらみの政府関係者だろう。 結局聖人だろうが何であろうが、人間の欲が絡めばこうなってしまうのだから、やるせない話ではあった。
 と、その集団の一人が何かみつけたらしい・・・・・・声が聞こえた。

「なんだこりゃ?」
「おい、うろちょろするな」
 
 どこの職場にも仕切りたがる奴はいるらしい。異性の良さそうなその男は、何かを見つけたらしい男に近づいた。
 すると、
 
「ぴぎゃ」

 と奇妙な声を上げて何かを見つけた男は倒れてしまうのだった。遠目だが、「それ」は異様な光景だった。
 人間の顔に腕が貫通している。
 なんと言えば良いのだろう、銃で頭を撃ち抜かれた人間が、人体を銃弾が貫通していることは理解できるのだが、それが腕となると不気味だ。
 貫通、言うよりも、その「死体の腕」は見つけた男の顔と融合し、まるで併せて一つの生命であるかのように振る舞うのだった。しかも、顔に腕を貫通させて融合させたその男は、死んでない。
「な、なんだ、お前、それ。新しいギャグか?」「ぴぇええ」
「き、気持ち悪いぞっ! 寄るんじゃあない。おい、誰か、この化け物を撃ち殺せ」

 そういって、かつて仲間だったらしい人間を躊躇無く、プラズマ銃(かなり古い。西部劇マニアだろうか)で撃ち殺すのだった。
 撃たれた男の顔は、もはや人間の顔をしていない・・・・・・口の部分に腕の手のひらでない方がくっついているから。アリ食いみたいな形の口になっていた。
 あんな不気味な姿になれば、かつての同僚でも撃ち殺して仕方がなさそうだ。
 脳天を撃ち抜かれたその男は、撃ち抜かれた部分から歯を生やし(モノを食べる為の奴だ)そして同僚を躊躇無く食い殺すのだった。
 我々はそれを見て、唖然としていた。
「おい、アリス。あれは」
「知りませんわ・・・・・・なんですかあれは?」
 知るわけがない。いや、まて、直感ではあるが・・・・・・嫌な予感がする。もし、あれの正体がそういうたぐいのモノであれば・・・・・・・・・・・・私はともかく、いや、下手をすると私もアリスの巻き添えに「掃除」されかねない。
「おい、逃げるぞ」
 このままアリスを捨てていけば、私は助かるかもしれないと言うのに(正体が私の予想通りならば、だが)私は手を引いて逃げるのだった。
 まぁ、体つきといい性格といい、中々好みで美味しそうなのだから、仕方あるまい。危機であれば本能が刺激されると言うが、しかし何もこんな時に刺激しなくても良さそうなものではあるが。 とにかくだ。
「ちょっ、え? どういうことですか?」
「説明している暇はなさそうだな。見ろ、お前を追って来ている」
 ずる、ずる、と、実にゆっくりと、そして例の集団を丸ごと「食い尽くした」のか、腕一本に足が二本、目玉が三つという奇妙な形をしているそれは、アリスのいる方へじりじりと、実に不気味な速度で迫るのだった。
 気持ち悪い。いや、造形はある意味芸術的だ・・・・・・しかし、意志の介在しない生物? とは不気味なものだ。
「走るぞ」
 言って、逃避行モノのように手と手を取り合って逃げるのだった。とはいえ、私は逃避行モノの主人公達のように脆弱ではないし、あまり容赦のない方だ。
 なので、
「これでも「食らって」いろ」
 直ぐ近くにあったドラム缶(古代の芸術品だが、田舎ではこうして普通に使われている)を蹴り倒して、幽霊の日本刀を使っての斬撃で、火打ち石の要領で火をつけた。
 燃え上がると言うよりも殆ど爆発だったので、我々は吹っ飛ばされたが、近くにあった軽トラ(ここに住んでいた奴は骨董品マニアか?)にのってエンジンをかけた。
 かからない。
 ええい! 普段かかるくせに何でこういう非常事態に限って直ぐかからないのだ。あれか? 非常時に足を引っ張る呪いでもかかっているのか?「退いてください」
 言って、アリスは助手席から身を乗り出し、エンジンをかけるのだった。私の感想としては、身近で見ると、本当にけしからん体をしていた。
 こんな女の誘いを蹴るとは、あの青年はそっち方面なのか? まぁいい。見る目がなく、勇気もなく、へたれた男はいるものだ。
 そういう奴に限って、やけに女を侍らせていたりするが・・・・・・何か法則でもあるのか?
 音楽を流しながら運転しつつ、そしてそんなことを考えていた。我ながら器用だ。しかし作家とは基本、思考が器用でないとやってられない。
 運転中、彼女は聞いてくるのだった。
 ちなみに、流されている音楽は「ヴィーナス」だ。こんな時に何故、こんな陽気な曲、しかも妙に色っぽい曲が流れるのだろう?
 これも神の采配か?
 だとすれば見事だとしか言いようがない。
 生まれて初めて神を誉め称えたかもしれないが・・・・・・追われる身でなければ、もう少しこの状況を楽しめたかもしれないが。
「まぁ、いけない人。いやらしいですわ」
「・・・・・・・・・・・・」
「それで、「あれ」は何ですか?」
 ザ・ロネッツに曲が変わり、ますます状況が良く分からなくなってきたが、しかし、いや、いっそのこと全部忘れて、この女とバカンスにでも行こうか・・・・・・いや、そうも行くまい。
 質問に答えるとしよう。
「あれは、掃除屋だな」
「? 何を掃除するのですか? ここにはあまりゴミはありませんが・・・・・・」
 病んでる女は天然の素質もあるのだろうか。
 何にせよ、順序よく行こう。
 そう思っていたのだが、そうも行かなくなった・・・・・・右を振り向いたところ、そこに、
「! 張り付いていますわ」
 そう、あの「腕もどき」が、ガラスに張り付いてヒビを入れていたからだ。
「しつこいぞ! しつこい奴は信仰でも人間でも嫌われることを学習しろ!」
 そういって、私は幽霊の日本刀で斬ろうとした・・・・・・いや、実際に斬った。
 だが。
「こいつ、やはり「生命」が「無い」のか」
 私の刀は「魂」に「傷」を入れることで殺害する道具だ。生命が無い・・・・・・最初から死んでいる存在を、殺すことなどできない。
 直接殴れば何とかなりそうだが、正直、これに触れたくはない。なので刀の柄の部分でブン殴った。
「ええい、五月蠅い!」
 リトル・ドリーム・・・・・・良い曲かもしれないがこの状況では耳障りこの上ない。私は刀を突き立てて音楽が流れないようにした。つまり怒りに任せて機械をブッ壊したのだ。悪いか? 
 悪くても知らないがな。
「まぁ、非道い。音楽が聴けませんわ」
「我慢しろ。ハミングでも歌え」
「はい」
 まさかこの状況で本当に歌うとは思わなかったが、かなりいい声だった。思わず拍手しそうになったが、両手は運転中だと言うことを思い出して慌てて体勢を戻した。
「ふふ、上手いものでしょう?」
「ああ、確かにな」
 女を守るなど、我ながらどうかしている。「この女を見捨てれば」あの腕は追っ手は来ない。
 それは確かなことだ。
 助けるべきを見捨ててでも作品のネタを探すのが私のポリシーだが・・・・・・まぁ臨機応変に行くとしよう。
 あれはあれで、興味がある。
 あんなものが・・・・・・聖人がいるからこそ、あんなモノがあるとすれば、私は信じていないし、いたところで役に立たないと断じてはいるが、「神のようなもの」に対する考察が、進むかもしれないのは事実だ。
「お前は不法侵入したことはあるか?」
「何ですか急に?」
 無いだろうな。お嬢様って感じの、育ちの良さそうな女だ。あるわけがない。
「閉鎖された学校に勝手に入って、宿題の答えを盗み出そうとしたことがある。いや、そうではなかったかな・・・・・・とにかく、昔そうやって鍵を針金でこじ開けて、入ったことがあるんだ」
「それが、どうかしました?」
「そのときに教師に出くわしていたら、こんな気分なのかと思っただけだ。つまり融通の利かない相手ってことだ」
「あの「腕のようなモノ」がですか?」
「そうだ」
 入ったのはこの女だけだ。私は複数なら責任を押しつけづらいだろうと、お節介にも話に割り込んだ善良なる生徒、と言ったところだろうか。
「とにかく、あれはシステムや機械と同じだ・・・・・・恐らく、条件を満たさなければ、永久に追ってくるぞ」
「そんな、その条件とは?」
「分かっていれば苦労しない」
「役に立ちませんね」
 大きなお世話だ。
 といっても。ここでお前のせいでこうなったと言うのは筋が通るまい。そもそも、それなら好奇心を抑えきれずに、勝手についてきた私が悪い。 やれやれ参った。
 人生は本当に、小説よりも奇な事がある。
 私は平穏な日々を送りたいだけなのだが。
「何か無いのか? 気づいたこととか」
「ええと」
 言って、助手席で考え直すアリス。
 そういえば、と彼女はふと言った。
「私の懐を見ていました。やだ、やらしい」
 私は無視して催促した。
「何が入っている?」
「ええと、あの聖女への呪いの言葉が込められた便せんくらいですが」
 あとは財布と携帯端末くらいです、と。
 どうやって収納されているのか気にはなったがしかし、成る程。
 そんなものが琴線に触れたのか。
 神とは、もしかすると全能すぎて、細かいことには、気が向かないのかもしれないな。
「それを捨てろ! その便せんだ」
「え? え?」
「ええい、面倒な」
 私は懐に手を突っ込み、ガサゴソと探すのだった。全く、こういうのはもう少し大人な女相手にしたいモノだが。
「ひやぁん、ちょっと、こんなところで」
 などとバカなことを言う女を無視し、私は便せんを投げ捨てた。
 遠目で見えたが。どうやら便せんを食い尽くして満足したらしく、その場で消滅するのだった。「何を、いえ、どうなったのですか?」
「見ての通りだ。目的を失って消滅した」
「はぁ、結局、あれは何だったのです?」
「聖人、に向けられる「悪意」の掃除屋だ。恐らく、聖人として完成しつつあるあの女に対して、加護のようなモノが働いているのだろう。そしてそれに向けられた悪意、を一つ残らず諸滅させるために発生した、現象のようなものだ」
「そのようなモノが何故、私の便せんを?」
「神の使いだったとして、細かい違いは分からないって事だろうさ。大きいか小さいかより、周囲の悪意を消滅させることそのものが、今回の奇跡みたいなものなのだろう」
「だからって、いえ、先ほどは失礼しました」
「悪かったな。だが、命がかかっているときに、手間取るのは勘弁してくれ。心臓に悪い」
「まぁ、女には一大事でしてよ」
 責任、取ってくださいねと、冗談のように彼女は笑うのだった。
 やれやれ、嬉しくもない。
 私にはこういう、女と男の感情が、どう足掻いても感じることはないのだから、理解はできても何がよいのか感じることは、相変わらず出来ないままなのだ。
 だから女の好意も、嬉しく思う、という行動が私には出来なかった。
 私には、
 それが出来ないのだ。
 改めて自分の異常さを実感する。普通、物語とかなら喜んでしかるべきなのだろうが・・・・・・まぁ私からすれば、異常も正常も本人の中の世界にあるものだ。
 だから、知ったことではない。
 それが私にとっての正常だ。
 私から言わせれば、「人間の意志」ほど、信用をおけないモノはない。美しいかもしれないが、それは金にならない。結果に結びつかなければ、何の意味もない只のゴミだ。
 愛も恋も人間の意志だ。
 つまり結果に結びつかない、薄っぺらいモノでしかない。結果、金、実利、そういうものから、一番この世で縁遠い。
 豊かな人間が口に出来る絵空事、余裕があるからこそ吠えられる戯れ言以外に、どう受け止めろと言うのだろう。
 まずは金を払え。
 話はそれからだ。
 何事につけそうだろう? 
 友情も恋愛も仕事も遊びも、実利あってこそ、それが成り立つモノばかりだ。それは金や満足感と言ったわかりやすい実感できるモノだ。
 そういう意味では、私の求める「幸福」の定義も曖昧なものだ・・・・・・案外、この世のどこを探しても、そんなモノはないのだろうか?
 だとすれば、
 だとすれば、まぁ絶望はしない。落胆するだけだ。私の人生もさまよった長い長い時間も、それに付随する労苦も、痛みも、憎しみも、経験も、学習も、思いも、全て、ゴミだったということなのだろう。
 亡霊のように私を動かし続けていた「動力源」は消滅するだろう・・・・・・それが何を意味するのかは分からないし、知ったところで無意味だ。
 ただ、
 もし仮に、そうならば、だが。
 ああ、産まれることを間違えた・・・・・・なんて、適当に詩的な言葉で人生を締めくくるくらいしかやれることはなさそうだ。
 金にならない生き方なら、金にならない人間として産まれたのならば、最初から、意味も価値もどこにも不在で、失敗作が動き続けたという事なのだろう。
 動く側はたまったものではないし、冗談じゃないが、私は知っている。
 例えそれが全能の神だとしても、理不尽を正す者はどこにもおらず、理不尽を嘆いたところで何一つ変わらない理不尽を、知っている。
 私は悟った風に生きている連中とは違い、只単に誰にも届かない事を言うのは疲れるだけだ。嘆いたところで誰も助けはしない。
 救われない者は絶対に救われない。
 それは事実だ。
 只の事実。
 神は何一つとして救わないし、救われないと言う事実を、彼ら宗教家は見ないが・・・・・・信じる者は救われるとか言うが、そんな教えを言える内はそも満たされている証拠だろう。
 満たされている人間の言葉ほど、余裕のある人間の言葉ほど、説得力のない言葉は、無いというのにな。
 私は、いや、今は良そう。
 まだ、運転中だからな。
「ねぇ」
「何だ?」
「どんな気持ちですか? 言ってはなんですが、あなたはこの争いで、何を得るわけでもないのでしょう?」
「そうでもないさ。作品のネタにはなる」
「けれど、あらゆる人間から軽蔑され、嫌悪されそして、迫害される。聖人に逆らうとはそういうことでしょう? 形はどうあれ、あなたは彼女が聖人になることを阻んでいる。それによって迫害されることに、何か感じたりはしませんの?」
「しませんな」
「それは何故?」
「第一に、迫害されることも暴言を吐かれることも、産まれたときからされている。目障り耳障りこの上ないが、不愉快にはなっても、それでお前達女のように、めそめそする事はあり得ない。大体がいつものことだ」
「本当かしら」
「お前は、目の前を蝿が飛ぶ度に、人生終わりみたいな顔をするのか?」
「あなたはどうするのです?」
「無論、不愉快至極だ。汚らしいし、目障りでストレスが貯まる。だが、蠅の羽音で世界は終わらないだろう。その他大勢の声を聞き、よく有名人が心を病んだりするらしいが、命よりも大切な金を失ったわけでもないのに、よくそんな暇なことで悩めるものだと感心する」
「ストレスにはなるのでしょう」
「成る程、確かにな。だが、私と違って金があるのならば、そんな、会ったことのない奴の意見なんて、金になるわけでもなし、気にする方がどうかしていると思うのだが」
「あなたは即物的すぎるだけです」
「女は感情的すぎるだけだ」
 つまり行き過ぎは良くないと言うことだ。
「それで、どうします? これから」
「まずは、泊まれるところを私は探す。お前はどうするつもりだ?」
「まぁ、か弱い女を道ばたに放置するつもりですか?」
「・・・・・・別にそれでも構わないが」
「あら非道い」
 と、私の言葉を受け流すのだった。
 私は金を使うのは好きだが、人のために使うのは、心の底から大嫌いである。
 つまり機嫌は悪かった。
「仕方ない、行くぞ」
 そういってアクセルを踏んで、私は宿泊施設のありそうな地域へと、走らせた。
 車を走らせて思うのは、人生も走る道も、行き着く先で笑って終われれば上等と言うことだ。夫も、人生も道路の先も、どこへ続いているのか分からないので、不安と恐怖と、そこにあってほしいと願う希望が渦巻いているのだが。
 結末は分からない、それは物語も同じだ。
 しかし、できれば走る先が、行き着く果てが、何かしら良いものであればと、祈らざるを得なかった。神を信じない私からすれば、それは新鮮な体験だったが。

   10

 私は作家として、信じる道を歩んできた。
 誰に何と言われようが、私の生き方だ。指図される覚えもなければ、間違いだとも思わない。
 私は私の信じる道を歩んできた。
 だが・・・・・・そこに実利が伴わなければ、報われなければ、歩んだ道の先に何もなければ、と、果たして信じた道の先に、私の望む幸福はあるのかと、少し、不安になる。
 無くて良い訳ではない。
 ただ、無くても失望する心が、無いだけだ。
 己を信じて先へ進む、それは人間の輝ける魂の力だろう。そう思う。人間という生き物に、唯一素晴らしいモノがあるとすれば、意志の力だ。
 だが、そこに「報い」はあるのか?
 無ければ、それこそ嘘ではないか。
 そんな嘘は許容できない。
 許容してたまるものか。
 しかし、現実は人間の意志とは裏腹に、残酷なくらい事実を貫き通すものだ。事実、現実、その世界に、望んだモノがなければ嘘だ。
 私はまだ何も得ていない。
 乾いている。
 運命があるとして、もし、私が報われないことが確定しているとすると、そこに意味はあるのだろうか?
 運命。
 人間の手ではどうにもならないものだ。
 そこまで大げさでなくても、環境であったり、あるいは才能の差であったり、運不運であったり・・・・・・・・・・・・当人が意志を貫いても、当人の意志ではどうにもならぬモノで遮られたとしたら、全ては無意味なのだろうか?
 綺麗事で納得しろとでも?
 ふざけるな。
 私は幸福を手にしてみせる。それを掴まなければ始まらない。今まで、私は人間のあらゆる幸福から弾き出されて生きてきた。その利子を、ここで返して貰う。
 奪われたモノを取り返す。
 その上で勝利してみせる。
 幸福に、生きてみせる。
 とはいえ、実際、手に入らなければ、その言葉も非道く空虚だ。内実が伴わなければ、どんな理想も、どんな野望も、どんな人間の意志の輝きすらも、輝きを失うということか。
 神がいるとして、運命があるのだとすれば、それが、少なくとも私にとって「良い」か「悪い」かが、今後の結末によって証明されることになるだろう。
 仮に、だが。もし私の人生が、今まで散々だったお陰様で傑作を書き続けられるというのなら、別に感謝はしない。私は苦難が無かったことになるわけではないことを。、知っている。
 だが、それならそれで、本来手に出来る以上のモノを手にしなければ、嘘だ。
 私は手に出来るのだろうか?
 分からない。
 分からないことだらけだ。いつだって。
 だが、作家である私に許されるのは、精々物語を綴る事だというのだから、やれやれ、参った。やることは変わらないと言うことか。
 そんなことを考えつつ、私はホテル近くに車を止めて(後でもう少し良いモノに買い換えよう。私の来るまではないのだし)私は入り口から中へと入った。
 そこそこ規模の大きいホテルだったが、会員であれば安くすませられる・・・・・・当然、私はそんな見栄に金を払ったりはしていない。金の無駄遣いも良いところだろう。
 だが、別に会員から巻き上げれば話は別だ。
 あのうじうじとした青年から、巻き上げておいたのだ・・・・・・これは知り合いのモノだとか言っていたが、持ち主が変わるだけだから問題ないなどと適当なことを言って、名義を書き換えた。
 後で名義を消されていれば使えないが、ああいうインドアな男が、積極的に面倒な手続きを踏むとは思えない。大方また、女でも無意識に口説いて侍らしている頃だろう。
 認証が通ってほっとした。
 もちろん顔には出さないが、とはいえ、これでこのホテルはたったの50ドルで、セミスイートが借りられる。
「私たち、夫婦ですの」
 などと、余計なことを言われなければ、単独でゆっくりとくつろげたのだが・・・・・・女は好きだがしかし、私はそれ以上に平穏が好きだ。
 部屋で一人でゆっくりしたい。
 出来ればその上で、コーヒーでも飲み、読書でもしたいモノだ。
「まさか、このまま私をほったらかすおつもりでしたの? 淑女は丁重に扱うものですよ」
 などと、白々しく言うのだった。
「何か聞きたいことでも残っているのか?」
「当然でしょう。私、つい先ほど意中の殿方を追いかけていたらと思ったら、突然変な腕に追いかけ回されて、それで死にかけたのですもの」
 道理は通っている。
 実際、ここから先、色々と作戦を練ってはいたが、あんなモノに出現されてはこちらとしても手の打ちようがどこにもない。 
 愛と恋に関する取材も、大体終わった。
 あの男女二人をくっつけろ、という依頼もあるにはあるが、私が元々受けていた依頼は「遺体の破壊」である。あまり関係がない。
 どうするか、考えるのも良いかもしれない。
 我々二人は自分たちの部屋へ、鍵を持って移動することにした。部屋は3階で、温泉へ直通のエレベーターが近くにあり、それでいて部屋はそれなりに快適で、二部屋和室と洋室が用意されているのだった。
「うふふ」
 などといってベッドに腰掛け、妖艶にほほえむアリスだった。それもいいが、まず先に考えるべき事がある。
「嫌ですわ。殿方はいつもそう、お仕事のことばかり優先して・・・・・・たまには身を任せてみるのも一興でしてよ?」
 私はソファに腰掛けて、考える。
「男は理性、女は感性か。どちらも行き過ぎは考え物だが、しかしそうも言ってられまい。最悪仕事が失敗しても、確かに失うモノは無いが・・・・・・得られるモノも無くなる」
「それがいけないのです、ゆるりと構えて、心のままに身を委ねる。そうすれば、意外と困難に見えたモノが、あっさり関係のないところで解決されていたりするモノですよ」
 そういって、扇子をどこからか取り出すと、頬を当てて笑うのだった。
 美しい、のだろう。
 私には、それも感じることは、出来なかったが・・・・・・時間が解決する問題と、そうでない問題、そんなモノが本当にあるのだろうか?
「ありますわよ」
 見通したように、そう言うのだった。
「人の心は移ろいます。永遠に続くモノなんて、女心以外にはありませんわ」
 殿方は飽きっぽいものですから、と。
 そうなのだろうか?
 しかし、執筆を辞めた自分の姿は、どうしても想像できない。そんなモノも、忘れてしまえば、私の姿になるのだろうか・・・・・・。
 私にとって、作家業は背負った業だ。
 生き方そのものだ。
 しかし、それも柔軟に、別のモノに変えられたりするモノだとして、それで「幸福」になれるのだろうか。自分を曲げて得られるモノか。興味深いが、しかし、あり得ないものだ。
 この道は間違っていない。
 私がそう決めて、切り開いた道なのだ。間違いなど、あっても認めない。認めたところで、あっさり突き進める。
 だから、問題は、得られるかどうかだ。
 実利であり、金であり、そして幸福を。
 そこには、愛だとか、恋と言ったものすらもあるのだろうか・・・・・・分からないが、それを見ることそのものが、当面の目的だ。
 それを手に入れてから、考えるのもまた、一興だろう。
「思いは続かないものなのか?」
「はい。人間の思いに永遠はありません」
「なら、どうして乙女心は不滅なのだ?」
 それこそ飽きっぽそうなものだが。
「心の中に思い出として、残りますから。後から愛情が憎悪に変わることもありましょう、しかしそれでも」
「心に残る、か」
「ええ」
 ひまわりみたいに良く笑う女だ。なんにせよ、作品、いや恋愛だとか愛だとか、そういう人間の美しさに対する答えも、この調子なら、出せそうではある。
 金を払った甲斐はあったという事か。
 この内容は作品に活かされるのだろう。そこで少し、疑問に思うことがある。
 私がもし、この女を見捨てるなり、あるいは別の部屋にでも泊まるなり、つまりこの部屋で会話をしなければ、物語は別の方向に流れ、私が描く世界も別の噺になっただろう。
 それは「運命」なのか?
 あらかじめ決められていたことなのか?
 今回、聖女という、所謂「神懸かったもの」を取材する事を決めたときから、気になっている。 私はこの女を見捨てるか迷ったものの、結果として助けざるを得なくなり、そしてたまたまお互い予定が無く、作戦を立てるために近場のホテルに泊まらざるを得なくなり、そして、機嫌が良くなったアリスが「たまたま」口が軽くなり、私の作品へ影響を与えた。
 どれか一つでも欠けていれば、駄目だ。
 この女を裏切っていてもそうなっていただろうし、あるいは近くにホテルがなければ、それぞれ別に帰ったかもしれない。それとも、会員権の認証が通らなければ、あるいは気分が落ち込んでアリスが会話をしなかったら。
 これは「運命」なのか?
 なるべくして、私は作品のネタを掴んだのだろうか・・・・・・少なくとも、仮にそうだとしても、運命の渦中にいる私には、確信しようのない出来事だ・・・・・・確証が無い以上、良い運命があると信じることは出来ても、どうなるかを「確信」は出来まい、いや、出来るのか?
 気になったので、アリスに聞いてみることにした。
「はぁ、運命、因果について、ですか」
 真面目に聞いたので、下らないと一周されることはなかったが、最近は若者が女を口説くために「運命」を安売りしているからな。
 そんな連中と同じに思われても迷惑だが。
「そうですね。難しい質問です。ですが、愛する殿方と一緒なら、その運命は克服できると思いますよ」
「何故だ?」
 未来に「絶望」が待ちかまえているとして、それは「恐怖」以外の何者でもない。それがあるのかどうかも分からなければ、尚更だ。
「いいえ、確かに克服は出来ません、してしまったとしても、人生がつまらなくなります。ですから、共にそれらを「克服しよう」と願えるのならば、ですが、ちっとも怖くはありませんわ」
「愛があるからか?」
 愛。
 何と陳腐な言葉だろう。
 役に立ちそうもない。
「ええ、一人ではないのですから、一緒に励ましあうことが出来るでしょう? ですから」
「いや、もういい。済まなかったな」
 私にはそんなものは無い。
 少し、気分が悪くなった。当然か。
 つまり、私が私である以上、幸福を幸福と感じ取れない人間である以上、何一つ手に出来はしないと言うことではないか。
 私は望んでそうなった訳ではない。
 産まれたときからこうだった。
 だが、それに絶望はしない・・・・・・それならそれで、感情に惑わされることも人情にほだされることもなく、生きていけるだろう。
 だが、私は「幸福」が欲しい。
 ささやかなストレスすら許さない、平穏なる生活・・・・・・金、豊かさを手に入れた上で、その幸福を手にすることが、「今までの人生に対するツケ」を支払わせる方法だと、思っていた。
 私はまだ、幸福どころか、金や豊かさ、それによる「平穏」すらも、手に入れてはいない。
 いっそのこと、「人並みの幸福」という感情に付随するものに関しては、諦めてしまおうか・・・・・・・・・・・・絶対に手に入らない、手にしたところで指と指の隙間から落ちるのであれば、あってないも同然だ。
 せめて豊かさ、平穏だけでも手にしたいものだが・・・・・・。
「なぁ、聞きたいのだが」
「何でしょう?」
 心配そうに、答えるのだった。
 しかしそれは間違っている。
 乾いた人間が求めるものは、同情などと言うクソの役にも立たないゴミみたいな感情よりも、現金や実利なのだ。
 そう言う意味では、この女は外れてはいるが、私と違ってまっとうに「人間」をやっているのだろう。
「願いも望みも叶わない。もしそれが現実だとすれば、人間に意味は、価値はあると思うか?」
 私は思わない。
 あったとしても、それは自己満足どころか、自分を騙しているだけだ。
 しかし、彼女はそう言った。
「ええ、愛する殿方が幸せになれれば、誰が何と言おうが、そこに価値はありますとも」
 そんなことを、ひまわりのような笑顔で言うのだった。羨ましい限りだ。私は案外、彼ら人間らしい人間の輝きに嫉妬して、作家などと言う人生をドブに捨てた生き方を選んだのかもしれない。 人間とは、端から見ている分には綺麗なもので美しいのだろう。
 だから物語なんてものが、売れるのかもな。
「ふん、そうか。何にせよ幸せそうで何よりだ」「一緒に寝ませんか?」
「あまり、そういう気分では無くなったのだがな・・・・・・・・・・・・」
 鬱々としてこそいないが、正直精神的に疲れた気がしてならない。作家なんて年中そんなものだろうが、格別だ。
「この毒婦め」
 そういって私は彼女を押し倒し、頭を撫でてやるのだった。気持ちよさそうに目を薄める。
 正直疲れているのだが、こういう時にそういうことを言うと、人間の女はもの凄く怒りを露わにするケースが多いので、付き合うことにした。
 耳元にキスをしてやって、そこからは泥のように倒れ込んで眠った。仕方あるまい、物語の流れとしては三流だが、眠気には勝てない。
 何、また機会はあるだろうさ。
 私は泥のように眠った・・・・・・人と触れるときは大抵が斬られたり殴られたり殺し合い立ったりするために、以外と貴重な体験になったと、あるいは言えるのかもしれなかった。
「大丈夫、きっと良い事ありますよ」
 そんな気休めにもならない、根拠のない声を聞いた気がしたが、とりあえず受け取れるものは受け取っておくのがポリシーなので、その根拠が無く信頼性もない言葉を、私としては素直に受け入れてやるのだった。

   11

 ロマンチズムではなく、私はこう思うのだ。
 物語は、生きている。
 そこにいきる彼ら彼女らも、また。
 作品を書けば書くほど、思い通りに展開が動かず、勝手に明後日の方向へ歩を進める。その登場人物達は、どうしようもなく生きているのではないだろうか、と。
 生きていない、死んだままさまよっている、非人間の私がそれを綴るのだから、皮肉にしかならないだろうがな。
 ついでだ。作家の正体を、ここで教えよう。
 自身のことは棚に上げて、救いはしないが道を教える。それも、好き勝手にだ。それで救われるのかはしらないが、幸福な結末へと導きたがる。 つまりお節介な人間だと言うことだ。
 作家の正体など、その程度のものだ。
 だから気に病むな、前へ進め。
 読者の仕事はそれだけだ。
 願いについて考える・・・・・・万能の神のようなものがあったとして、願いが叶うとしよう。
 何を願うか?

 この世界には平和がない

 この世界には愛がない

 この世界には夢がない

 この世界には幸福がない

 この世界には、光なんて存在しない。

 それが世界の真実だ。この世界には、一切の善性は本当はないのだ。
 それをあるかのようにまくし立て、
 演出して希望を煽るのが、作家の仕事だ。
 その行動に意味はあるのか? この世界には、本当は何一つとして、見るべきものは存在しない・・・・・・地獄よりも苦しい世界だ。
 だが、そこに希望を見いだして、演出し、ありもしない希望を魅せるのが作家の描く物語ならば・・・・・・意味も価値も無いのだとしても、
 そこに希望くらいは、あるかもしれない。

 そんな夢を見た。
 私には眩しすぎる夢だった。

 

「希望を見るのに、金はかからないと言うことか・・・・・・・・・・・・」
 拝金主義者の私らしく、そんな一言から朝の目覚めを迎えるのだった。
 そうそう、私のことを誤って、つまり頭の悪い勘違いをして「哀れむ」カスがいても困るので、ここに訂正をしておこう。
 愛が無くて、感じられなくてどう思う?
 その問いに私はこう答える。
 お前達は息を吸って吐くことで、二酸化炭素が出ることを、気にしたことはあるのか?
 些細なことだ。
 愛を重視するのは勝手だが、押しつけがましいのは迷惑千万だ。まぁあれば「便利」あるいは「充実感が増える」くらいだろう。
 何事にも言えることだが、当人の「心の決着」があれば、そこに問題は生じない。

 私は全ての人間の愛に興味がない。
 
 私は、全ての人間の願いの先に興味がない。
 
 私は、全ての人間の命に、興味がない。

 そら、意味などあるまい。
 そして必要がない。
 何億何兆人間がいたところで、それを感じるすべはない。
 私は人間の行く末には興味がない・・・・・・人間の感情を感じられない私には、人間の在り方そのものが、どうしようもなく、唯一の娯楽になり得るだけのことだ。
 だから作家になった。
 訳でもない。
 只の気まぐれも良いところだ。本当に空洞だった頃、たまたま目に付いたから、私は作家になっただけだ。
 その時、見たものが法王なら、私は法王になっただろう。その時見たものが支配者であったならば、私は世界を支配しただろう。
 などと、大げさなことを言ったが、要は己自身の全てを賭ける、ということが、私にとっては実に容易いことだった、と言うだけだ。
 己など、とうに賭けている。
 愛も神もどうでも良い噺だ・・・・・・・・・・・・ただ、忘れてはいけないのは、「神」と「天」は違うのだと言うことだろう。
 神には私は興味がない。
 だが、天には私は興味がある。
 この世の摂理に意志があるなら・・・・・・問うてみたいものだ。「お前の失敗は、ついに人間を飲み干すところまできたぞ、さぁどうする?」とな。 それは悪だろう。
 私自身そう思う。
 だが、「悪」であることと「悪い」ことは別物なのだ。悪であるからといって、自身の存在が「居てはいけないモノだ」などと、負い目に思う必要はない。
 世の悪よ、安心しろ。
 お前達は悪くない。
 ただ悪であるだけだ。
 物語は私個人の意志で書くものかと言えば、そうでもないのだ。書くべき事、書きたいこと、色々あるが、私という出力する機械を経て、何か、大きいモノが私というフィルターを通して、世界を見ている気がしてならない。
 それが何かは知らない・・・・・・だが、最近思うのは「書くべき事」は確かにあり、私は、作家として正しい、という言葉は嫌いだが、間違っていない道を歩いているように思えるのだ。
 私は長い道を歩いてきた。
 遠い遠い遠回りを経て、気づいたことはなんだろう・・・・・・まだ答えは出ない。だが、私という人間は即物的なものだから、きっと「結果」でしか判断は出来ないだろう。そう思う。
 本当に、長い遠回りだった。
 いや、だったと言うにはまだ早いか。
 私はただ、個人としての当たり前の幸福を追い求めていただけの気もしたが、ここまでたどり着いたのだ。見たい。見果てぬ先にあるモノを、私は見て、今までの苦痛、今までの苦悩、今までの苦労、今までの葛藤が、チャラになるような、奇跡のような日常を、私は見たい。
 私は、朝の日差しを眺めながら、そんな夢を口にするのだった。我ながら、気が抜けていたのかもしれない。
「まぁ、素晴らしいですわ。夢を見るのは良いことですもの」
「見るのは良いが、叶うかどうかとなると、耳の痛い噺ではあるがな」
「そうでもありませんわ」
 彼女はくす、と笑って言うのだった。
「夢は叶いますわ。ただ、思わぬ形で、ですが」 本当だろうか。
 まだ叶っていない以上、おいそれと頷くことも出来はしないが。
「あら、どうして?」
「未来は分からない、信じた道だと思っていても・・・・・・未来が見えなければ「不安」はある」
「大丈夫ですわ」
「何故だ?」
 未来が分からなければ「不安」になる。それは信じた道であるから、あるいは「信念」野本行った行動だとしても、世界はあっさり見捨てるからだろう。
 どれだけ血を流そうが、
 辛酸をなめようが、
 あるいは、人生を賭けて挑んだところで・・・・・・結末は誰にも分からない。
 報われないことの方が多いだろう。
 世界は涙で出来ている。しかし、その涙に「因果」は「応報」しない。悪に裁きはあるのかもしれないが、人間の信念に基づいた行動は、その結末に「報い」があるとは限らない。
 だから私は「運不運」が嫌いなのだ。
 それでは・・・・・・人間の意志は無意味だ。
 何の価値も有りはしない。
「そんなことはないでしょう?」
「綺麗事は聞きたくないな」
 よく見ると、随分色気の多いネグリジェを身につけたままだった。目の前の人間の姿が目に入らないくらいに、私は、没頭していたらしい。
 やれやれ、我ながら参ったものだ。
 私は・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・そうですね、確かに、報われないことも多くあるでしょう。ですが、人間の一生など、実に短いものではありませんか。最後に笑い、程々に満たされていれば、それで良いではありませんか・・・・・・」
 言って、私の座っているソファに近づき、私の手に、自らの手を添えるのだった。
 だが。
 私は、綺麗事が大嫌いだ。
「かもしれない。だが、その保証が、一体どこにあると言うのだ? 「もしかしたら幸せになれるかもしれないから我慢しろ」とでも? 私は、「目に見えない幸福」をチラツかせられるのが大嫌いだ。有りもしないモノを見て、そこに希望を見いだして、後からやはりそんなモノはなかったと、落胆する。もう沢山だ」
「あら、作家の言葉とは思えませんわ」
 確かにそうだ。
 私は、作家だ。
 有りもしない物語、夢希望、あるいは絶望、それらを読者に魅せ、生きる道を選んだ。
 だが、本は人を救うまい。
「まさか。実在する人間よりも、直ぐ手に取れる本の方が、人に影響を与えやすいモノです。現に本を読み、その後の人生を左右された人間など、神を信じる者達だけで、人間の過半数を超えるではありませんか」
「確かに、そうだが・・・・・・」
「自身に誇りを持ちなさい。そうすれば、もっと景色が違ってきましてよ」
 くす、とまた笑うのだった。
 やれやれ、参った。・・・・・・長い長い時間を生きてきたが、私はまだまだ小娘に言い負かされる位の成長しか、していないらしい。
 成長の延びしろが長くて良いことだ。全く、我ながらどうかしている。
「誇りならあるさ。作家として、自身の作品には当然あって然るべきモノだ」
「そうですか? ならば、誇りがあって、作品を形にして、その上進むべき道がはっきりしている・・・・・・これ以上何が欲しいのですか?」
「実利という名前の結果だ。そして、それによって得られる平穏で豊かな生活だろうな」
「あら、先が見えないから「人生」と言うのですから・・・・・・平穏な生活はともかく、まだ見ぬ結果は急ぎすぎでしょう」
「急いでいるだと?」
「ええ、もう少し、ゆっくり生きても良いではありませんか・・・・・・私たちの人生など、有限な上、終わりは決まっているのです。なら、泡沫の成功など、追い求めても良いことはありませんよ」
「そこまでの成功はむしろ、いらないさ。ただ、私は報われないだけだ。私は非人間だ。だが、それと向き合い、得られるモノを目指して、作家として在ることを選んだ・・・・・・長い長い回り道を経て、それでも得られるモノがないなど」
 そんなのは嘘だ。
 私はそう言った。
 そう思った。
 それを信念に、生きてきた。
 長い道のりを、歩いてきたのだ。
 そこに幸福が無いなど、許せない。
 許さない。
 誰が、何と言おうとだ。
 その為なら、神だって斬り捨てる。
「心配はいりませんよ」
 根拠のない信頼、それはどうやら女の特権のようだった。嬉しくもない。現実に役に立てばよいのだが・・・・・・。
「何事も、終わりが在れば始まりがあり、因果が在れば報いがある。あなたの意志が本物ならば、そこに報いがあるのは必然です」
 本当だろうか?
 そも、「本物の意志」とは、何を持って本物なのだろう。
「それは簡単でしょうね」
「何だ?」
 くすり、と妖艶に笑って、彼女はこう言った。「本人がそれを信じるかどうかですわよ」

   12

 さて、これからどうするか。
 我々はとりあえず身だしなみを整え、それから朝食を取りに行くことにした。ビュッフェバイキングとかいう、取り放題の形式だ。
 朝なので私はフルーツを山盛り、ボウルに放り込んで、後はコーヒーで済ますことにした。
「随分健康的ですわね」
「健康だけは、金で治療は出来ても、精々期限を伺うのが関の山だ。作家としてのプロ意識が私にあるとすれば、精々が健康管理と、作品の質、書くべきモノを書いているか、書きたいことを賭けているか、その確認くらいだからな」
 つまり特にないという事だ。
 そんなものは心得であって、心得ておけば難問題も発生しない。
「そういうお前は」
「アリスです」
 若干ムスッとした感じで・・・・・・産まれたときから雑な扱いを受けた私には理解しがたいことだが・・・・・・女は名前で呼ばれるのを好む。
 私の過去のように、あるいは現在のように、雑なモノ扱いでは、神経に障るのだろう。
 まぁ仕方在るまい。
 これも作者取材だと思うとしよう。
 作品なんて、私から言わせれば、だが、要は当人の魂が訴えたいことを表現するわけだから、究極的には取材も技術も必要ない。私に魂があるのかは分からないが、とにかくそれさえあれば何とでもなるものだ。
 私は才能が笑えるほど無かった(産まれて初めて書いた作品はマンガだったが、手が震えて絵が描けず、妥協して始めた物語の執筆は、拝啓描写0の盗作作品だった)が、そんな私でも、何年も何年もやってれば出来ると言うことは、つまりそう言うことなのであろう。
 物語に才能は必要ない。
 むしろ邪魔だ。
 話がそれるが、説明すると、そも、物語とは「持たざるモノの物語」だからこそ輝くのだ。才能にかまけて書く人間の作品など、小綺麗に飾っているか、薄っぺらい偽善か、人間味のつまらない駄作だと、決まっているものだ。
 作家になると言うことは、人並みの幸福を捨てていると言うことでもある・・・・・・無論例外もあるのかもしれないが(漫画家なら、作家として本物でも、人間味のある人物が、何故かいる。不思議だ)こと物語を文字で書く人間の、本物を書き上げた馬鹿者達の末路を見ろ。
 大抵銃で自殺するか、人間関係に不和が、あるいは一生童貞だったりと、ロクナ奴がいない。
 私はそうはならんぞ。
 絶対に、だ。宣言する。作家として成功しつつ・・・・・・「幸福」を掴んでみせる。作家として本物で在ればあるほど、人間として破綻しているといって差し支えないが、しかしそれでもだ。
 先人の二の舞を踏んでたまるか。
 私は「幸福」になってみせるぞ。
 人間としての幸福・・・・・・私には全く理解できない「愛」だとか「本当の絆」だとか、そういう胡散臭くも輝かしいモノを手に入れ、「愛」を手にし、所謂「家族の幸せ」いや「人並みの幸福」という、人間が求めるべき「道」を歩くのだ。
 言えば言うほど空しく響くが、だからと言って言わないわけにも行くまい。家族が居たところで殺すことに躊躇無く、愛があったところで見捨てることに罪悪感無く、そも、仮にそれらを手にしたところで、何の満足感も得られない、感じられない、破綻者だとしてもだ。
 非人間であり、
 破綻者だとしてもだ。
 私は実際、人並みの幸福を手にしたところで、それに喜びも、どころか悪意すらも持てないだろう・・・・・・だから作家などになったのかもしれないが、だからといって納得は出来まい。
 何も感じないからと言って、何もなくても良いわけがあるまい。それは私でも同様だ。いや、実際何一つこの世界から消え失せても、本当に何一つ感じはしないだろう。しかし、正直私以外の全人類が本来味わう「感情の産む喜び」所謂「人間らしさ」だとか「心」だとか「人と人との繋がり」だとかを、産まれながらにして私は、一切感じることが無くなっていた。
 先天的破綻者というわけだ。
 だから、事実何も感じない。これは事実だ。
 まぁ感じないなら感じないで、「平穏で穏やかな生活」を目指しているのだが・・・・・・ええと、何の話だったか。
 目の前の女を見て思い出した。
 女の期限の話だったな。
「悪かった、アリス」
 そう言うと、口に袖を当てて、表情を隠すのだった。どんな表情をしているのか知らないが、機嫌が直れば何よりだ。
 私は誰とも敵対したくはないからな。
「まぁ、いいでしょう」
 そういって、彼女はパンに食いつくのだった。 可愛らしい、のだろう。
 頭では理論として理解できるが、感じることは分からないままだ・・・・・・やれやれ、おまけに人間社会になじむためには、人間らしさの物真似をしなければならないと言うのだから、傍迷惑な話でもある。
 非常に面倒だが・・・・・・まぁ、今回の依頼は在る意味女心を理解し、作品に活かすための旅だといっても過言ではないので、仮に遺体の破壊を失敗して、金が入らなかったとしても、これを気に作品のネタとして活かせればイーブンだろう。
「恋をしているそうだな」
「愛ですわ」
「それを恋というのだ」
 まだ何も知らないくせに、と言わんばかりの目で睨まれた。詳しい事情を知らない以上、私がこの女の恋路に口を出すのは、マナー違反だとでも思ったのだろう。
 だが、どちらにしても同じだ。
 恋は入り口は皆違うが、結末は同じ。
 失意と共に終わる、その結末は同じだ。
「何故ですか?」
 どうやら本当に知らないようだ。まぁ、私のような人間が説明するのも、本当に奇妙だが。
 言っても仕方あるまい。
「お前は、自身を犠牲にするより、青年を手に入れることを優先しているだろう。それは恋だ」
「何故、自身を優先してはいけないのですか?」 私は賢者でも何でも無いので、果たして気の利いた台詞が返せるものか・・・・・・やれやれ、本当に参ったものだ。
 この私が、
 少年少女の恋のカウンセラーとは。
 似合わないにも程がある。
「恋は夢見る心だ。この泡沫の世に、ありもしない自身の理想を追い求める心。相手が自分の理想の姿であるのならば、それは恋だよ」
「なら、愛はなんですの?」
 余計なことは知っている割には、恋も愛も知らないらしい。
 上手い表現どころか、愛も恋も簡単なモノなのだがな・・・・・・ありもしないことに、命を懸けるという点では、だが。
「愛は自分を捨ててでも、その対象を幸福へと持っていく心構えだろう。相手が理想でなくても、自身に何一つ答えなくても、それに全てを賭けることが出来れば、それは愛になる」
「まぁ、ではあなたは物語に愛していますのね」「縁起でもないことを口にするな」
 縁起でもない噺だ。
 私は、自身の物語のために命を懸けられるか・・・・・・馬鹿馬鹿しい。物語は私の分身ではあるが、分身であるが故に、役立たなければ意味がない。 精々売れろと言う噺だ。
「ところで・・・・・・どうするつもりだ?」
「あの手のことですか?」
「あんなモノがある以上、我々は双方ともに、目的を果たせなさそうだが」
 あれが何か、それはどうでもいい。
 問題は、あの聖女に危害を加えようとするのは危険であり、あの手は大小の分別無く襲ってくると言うことだ。
 事実だけ言えばそうだろう。
 だが。
「私は諦めませんわ。だって、愛しているのですから」
 障害があればあるほど、燃えるものです、と女は言った。
「私はこのまま帰りたいくらいではあるが」
「お仕事は宜しいんですの?」
「大体は、終わったしな」
 私は物語の主人公ではない。だから何の義務もやるべき事も存在しない。
 それはあの少年少女達だ。
 だが、興味が沸いた。
 主人公でも無い彼女、アリスという名前のこの女の、恋の向かう先に在るもの・・・・・・一作家として、いや一個人として興味がないとは言えない。「だが、お前の行く先には興味がある。恋の末路は悲劇と相場が決まっているが、書くのと読むのが違うように、実際に人間の意志が、それが思いこみの迷惑なものであっても、その果てを見てみたいからな」
 私は人間の意志に興味がある。
 それは物語も同じだからだ・・・・・・「この登場人物はどこへ行くのだろうか?」その疑問が物語の先を紡ぐものだからな。
 願わくば、紡いだ先の物語も、その物語の終わりの先を、呼んでみたいモノだ。
「では、支度をしましょう」
 そう言って、彼女は立ち上がった。
「どこにだ」 
 女は主語がないから困る。
 行くだけならどこにでも行けるぞ。
「勿論、決まっているでしょう?」
 あの青年の家、獅子身中の虫とか言う言葉があるが、私にとってこの女がそういう物騒な存在になりませんように、と、私は信じてもいない神とやらに、祈りを捧げるほか方法がないのだった。

   13

 私にとって「幸福」とは到達点ではない。
 到達しないからこそ美しいモノもある。だが、私の欲望には際限など無い。さらに魅せる世界をさらに圧倒される光景を、さらにおもしろいモノを・・・・・・そう言う意味では、私の願い、私の心は永遠に満たされるモノではないし、満たされたところで、さらに彼方にあるモノを求めるだけだ。 つまり、こんな準備段階で躓いてはいられないと言うことだ。
 そう言う意味では、彼ら神を信じるモノの気持ちも、あまり分からない。
 死後、天国に行きたい。
 詰まるところ、全ての宗教の根元はそれなのだろう。しかし、見たこともない天国へ行き、幸福を手に入れられるのだろうか? そもそも、私と違って彼らは別段、天国へ行った後、つまり目的を果たした後、その先を求められるのだろうか・・・・・・・・・・・・無理だと思う。
 彼らの言う宗教の正しさは知らない、私は信者ではないのだ、当然だろう。
 しかし、仮に天国があり、神が全能だとして、善良な信徒には行く権利があるとしよう・・・・・・・・・・・・それだけだ。
 私のように死んだ後まで作品を書き続けたりはしないだろうし、その、用意された幸福で満足できるのだろう、それはいい。別に、人間何かを成し遂げなければならないわけではない。用意された天国で満足するのも、一興だろう。
 だが、そこには当人の意志がない。
 その天国へ行き、「楽しんでやろう」だとか「欲望のままに欲しいモノを手にする」でもないのだ。そんなモノを、只単に「他の皆が行っているから」という安直な理由で求めている気がしてならない。
 神はいるかもしれない。
 だが、それとこれとは話が別だ。
 私は長い道のりを歩いて、またぞろ神の家、例の教会へと向かうのだった。あの女、アリスは置いてきた。人間の「悪意」にあの聖人候補自動主語装置、とでも呼べば良さそうな物体が、襲ってこないとも、限らないだろう。
 まぁそれはどうでもいいのだ。
 いつも思うことだが、物語にとって重要なのはお膳立てでは決してない。整った物語など、男の自慢話、女の見栄にも劣るものだ。要は、物語を読むことで、その「噺」を通して読者の精神に影響を与えることが出来るかどうか、だ。
 教訓とでも言うべきか。
 整った物語、騎士が竜を倒し、姫を救い出してめでたしめでたし・・・・・・それはいいが、その物語の一体どこに、心に響くモノがある?
 感動はするだろう。
 涙するかもしれない。
 だが、救いのある物語ほどつまらないモノは無いように、そういう「善人が悪人を倒す」という物語には、薄っぺらな内容しかない。
 善も悪も、環境によって変わるものだ。火炙りにしたかと思えば、その後になって「彼女は真の聖人だったのだ」だとか、妄言を吐くのが人間と言うものだ。
 その不確か極まる世の中で、精神を成長させる物語、白紙の地図に指針を示し、良かれ悪しかれ呼んだ人間がその指針に邁進する。
 それが物語と言うものだ。
 最近は、いや大昔から、物語と言うよりただ流行に乗って「売れそうなモノを書く」という、書きたいのか売りたいのか良く分からない、殆どただの紙の束、燃えるゴミでしかないそれらを売ることが多くなった。
 実利を求めれば当然だ。
 しかし、これは実利ばかり求めていては、あまり対したことが出来ないと言う教訓らしい・・・・・・・・・・・・何冊もそういう「本もどき」「物語もどき」を呼んではみたが、つまらない上に、打ち上げる花火のようなもので、読み終わったら、あるいは流行が過ぎれば邪魔なゴミになる。
 これが今の物語かと、むしろ驚いて感心したものだ・・・・・・よくもまぁ、あんな中身のないゴミ、駄作どころか紙の無駄遣いも甚だしいモノを、ああも沢山売れるものだ。
 私も依然、売れれば何でも良いのかと思い、真似してみたが駄目だった。まず、気が乗らない。 私に作家としての誇りみたいなモノはないが、中身のないモノを延々と書くというのは意外と苦痛だ。そも、中身のない三流が書くモノを真似するのだから、退屈だし疲れて仕方ない。
 三流の真似をしても疲れるだけだ。
 だが、そんな三流達が稼いでいるという現状はやはり、真実よりも事実、美しいモノよりも美しく演出できるか、人間の意志よりも運不運、あるいは頭が回るかで決まるのかと思うと、心底ガッカリさせてくれる。
 信仰も同じだろう。
 あの女の信仰は本物だろう。そうでなくては聖人候補などと呼ばれないだろうし、あんな「摂理の作り出した怪物、の腕」みたいなモノが、守りに来たりもしないだろう。
 しかし、それを巡る人間は全て偽物、いやただのハイエナも良いところだろう・・・・・・案外、私がこの少年少女の恋に肩入れするのは、良いように搾取される作家という環境が忌々しいように、他のところでも似たような事が行われていると知ったので、苛立ったからかもしれない。
「さて、どうするか」
「ええ、どうします?」
 背後からそんな声が聞こえたので、少し驚いたが、やはりというか、そこにはストーカー女のアリスがいるのだった。
「何故いるんだ?」
「そこに意中の殿方がいるからですわ」
 返事になっていない。この女、例の青年がらみだと本当に、他に何も見えないらしい。
「あの青年はまだだ。後でセッティングしてやるから、今はそこにいろ」
「約束ですわよ?」
「ああ、私は約束を破ったことがない」
 どころか、人と約束をすること事態初めての気もしなくはなかったが、とにかく、私は教会に向かい、そのドアを開け、中に入った。
「・・・・・・・・・・・・」
 誰もいない。
 どう言うことだろう? 今は祈りを捧げている時間帯のはずだが。いずれにせよ奥に進むとしよう。私は作家であって主人公ではない。だからマナー違反だろうが何であろうが、作品のネタさえ手に出来れば、他はどうでも良い。
「よう」
 とりあえず意味もなく、偶像崇拝、というのだろうか。精巧な像(恐らく、天使だろう)に話しかけた。当然、返事はない。
 こんな石の固まりを崇めるのか・・・・・・根気のいりそうな作業だ。私には出来そうもない。
 奥から音が聞こえる。何だ? 絶対に関わらない方が良さそうなものだが、まぁ人の不幸は密の味、そして未知なるモノを己の経験に変えるのもまた、作家の仕事みたいなものだ。
 多分な。
 違っても知らないが。
 奥に行くと階段があり、地下へと続いていた・・・・・・何とも胡散臭い。神は全能かもしれないが、信じるのは人間だ。だから信用ならない。
 それを強調するように、奥からあえぎ声が聞こえた、いや現在進行形で聞こえる。何だ?
 私は奥にある扉を少し開き、そこを覗いた。
 そこには、
「もっと鳴け!」
「もう、こんなことは」
「五月蠅い!」
 そういって、あの聖女殿がむさ苦しい神父に陵辱されている姿があった。ざまあみろ、神とやら。お前は全能かもしれないが、信じる人間はこんなモノだ。そう思いもしたが、しかしよくよく考えれば、聖人や聖女というのは大抵、迫害されてるからこそという気もした。
 などと、歓喜に浸ってもいられまい。
「誰だ!」
 などと、実につまらない、ありきたりな台詞を言うのだった。人間としての底も知れそうだし、作品に対する利用価値はない。
 私は話も聞かずに首を切り捨てた。
 断面が綺麗だったので、倒れてから血しぶきは舞った。私は汚い人間の汚い血など、浴びたくもなかったので、私の為の行動と言える。
 血が苦手って訳でもない。ただ、嫌なモノは嫌なので、仕方在るまい。汚いモノは嫌いだ。
「な、何をする!」
「何をするだと? どうせ弱みでも握られて
抱かれたくもない男に抱かれ、また下らない陰謀にでも巻き込まれていたのだろう」
「そ、それは、しかし、これでは」
「これでは、何だ?」
 私は当てずっぽうでモノを言うことにした。
「例の青年のことか?」
「・・・・・・!」
 わかりやすい奴だ。そして、つまならない展開ではある・・・・・・まぁ、展開がつまらなくても、彼らの出す答えが、私の想像を超えるものならそれで構わないが。
「・・・・・・ええ、従わなければ殺すと。以前から私への接触で、私が「聖人」としての素質を失わないかと、危惧はされていたようです」
「それで」
「ええ、ですから、何としても次の手を」
「違う、そんな些末なことはどうでもいい」
「何ですって?」
 乱れた衣服を手で押さえつつも、人間を殺せそうな強い目で、私を睨むのだった。
 おお怖い。
 だが、どうでもいいモノはどうでもいい。
 問題は本質的なものだ。
「聖人など、ただの肩書きだろう。そんな装飾に興味はない。相手が社長だから萎縮する奴隷階級と変わるまい。問題はおまえ達の下らない色恋沙汰だろう?」
「聞き捨てなりませんね。聖人が、どうでもいいなどと・・・・・・我らの神に対する侮辱です」
 頭の固い女だ。
 大体が、神に会ったこともないだろうに、何故神はこうだから云々、と話が出来るのか、分からない。いや、彼らは分かる気はないのかもしれない・・・・・・絶対的なモノに縋れば、楽だからな。
 利用するならとにかく、縋るのはごめんだ。
 だから言った
「どうでもいいだろう。お前は別に、聖人になりたいとは一度も言わなかった。対して、あの少年のことは守ろうとしている。その方が楽だからだろう?」
「何ですって?」
 掴みかかろうとしたのだろうが、現在あられもない姿を手で押さえていることに気づき、自粛したようだった。
「私は楽な道など、選んだつもりはありません」「だが、事実そうではないか。聖人になるという目的は、お前が成れそうだから周りが与えてくれただけだ。そして、愛する人間に気持ちを伝えたいが、「聖人にならなければならないから」と自分を誤魔化して思いを封じ込めた。そら、お前は一度として困難な道など、歩いてはいまい」
「それは・・・・・・」
「お前は卑怯者だ。それはいい。人間の本質だからな。だが、あの青年、自身に惚れた男を袖にしておいて、その様はどうだ? 結局、守るためとは言うが、何も守れてはいない。そも頼まれてもいないだろう? だのに、勝手に守ろうとして勝手に失敗している。お前は道化でも目指すつもりか?」
「あなたに、何が分かるというのだ」
 陳腐な台詞だ。そうさな、いまのところだらしない女だと言うことくらいしか、分かりそうにないが。まぁ、聖人とて人間だ、それは悪くも何ともない・・・・・・自分に嘘を付く以外は。
「わからんな、お前と私は友達か?」
「貴様!」
「いいか良く聞け、お前の頭は岩石で出来ているのではないかという位堅くて、正直使い物にならないが、それでもあの男の好意には、気づくことが出来たのだろう?」
 沈黙して俯く聖女。しかし沈痛な面もちで彼女はこう言うのだった。
「・・・・・・しかし、それは許されないことだ」
「何故?」
「それは、聖人には、潔白さが求められて」
「その様で何を言う。大体が聖人など、その少年少女の色恋沙汰を完結させてから挑めば良いではないか。それとも何か? おまえ達の言う聖人というのは、奇跡は起こせても色恋沙汰一つ解決できない臆病鶏か?」
「黙れ」
「黙れと言われると、黙りたくなくなるな・・・・・・・・・・・・」
 私は主人公でもなければ、善人でもない。
 右を向けと言われれば左を向き、上を見ろと言われれば下を見て、話せと言われれば嘘を吐き、話すなと言われればもう止めてくれと言うまで相手をイビり、救うなと言われれば図々しく頼まれもしないのに押しつけがましい善意を押しつけ、救われないと言うなら無理矢理にでも有りもしない幻想で、人格を前向きに矯正する。
 それが作家と言うものだ。
 つまり、頼まれもしないのに物語を書き、精神を無理矢理成長させ、それで金をもらう人間などは、皆そんなものだ。
 要するに適当なだけかもしれないが。
「お前は聖人になれるかもしれない。人のために愛のために己を捨て、あんな下巣にも村身を残さない女なら、成れるのだろう。だが、別段成りたくて成ったわけでもないならば、無理に目指す必要もあるまい」
「そんな・・・・・・教会全体の悲願を、そんな簡単に捨てられるモノでは」
「あるね。そもそも、その教会というのは個人ではあるまい。お前の言う教会は、上の偉い人間の沽券にすぎまい。大体が、この世に代わりの効かないモノなど無いのだ。聖人ですら、何人もいるだろうが」
「だからといって、責任を放棄することは出来ません。あなたの意見は参考になりましたが」
 それは出来ない、と。
 そう言うのだった。
 そう言われると、ますます邪魔、ではなかったな。ええと、そう、少年少女の恋愛沙汰を、適当に観戦したくなる。
「責任ね。その責任感も、お前が勝手に思いこんでいるだけだろう? 物的な証拠もある」
「・・・・・・何ですって?」
 返答次第では、という感じだ。
 まぁ事実在るのだ、既に死体ではあるが。
「そこの死体が、お前が聖人になれるかどうか危惧している人間達の思惑を利用している時点で、明らかではないか。おまえ個人では、成れるかどうか心配と言うことだ。誰もお前に期待なんてしていない。順序よく奇跡を起こせるように、周りを整えているだけだ」
「そんな・・・・・・ことは・・・・・・・・・・・・」
 心の支えを徐々にへし折っていくのは、気分が良いものだ。私の前では何かに依存している人間や、ただ有能なだけの人間、社会的に立派な人間であればあるほど、無力になる。
 本質しか、あまり見ないからだ。
 所詮誰もが、個人に過ぎない。
 それが英雄であろうが聖人であろうが同じ事だ・・・・・・どちらも元が、ただの人間であることに、違いあるまい。
 人間でなかった、超越した存在だとしても、まぁ男か女かどちらかだろう。そして男も女も変わらないもので、単純なものだ。
 そんなもの、恐れるに足りない。
 個人であることに変わりはないのだ。
「あの青年と、お前は結ばれたいのだろう?」
「・・・・・・ええ、認めましょう」
 私は彼に恋い焦がれている、と女は言った。
「だが、役目を放棄することは、出来ません」
「いや、出来る」
「そんなバカな・・・・・・」
「じゃあ聞くが、お前達にとっての聖人は、教会が認めるから聖人なのか?」
「そんなわけ無いでしょう。彼らが奇跡を起こした上で、多くを救ったからです」
「なら、教会の「聖人判定」など必要無いではないか」
「それは・・・・・・確かに、そうですが」
「社会的にはどうだか知らないが、そも先人・・・・・・多くの人間が知っている聖人は、生きている間には良いように迫害され、死んで数千年たってから崇められ始めたのだろう? ならそうすればいいだろう。死んでから奇跡を起こす素質がある、などと笑わせる。生きている内に人間を救ったこともない奴が、聖人になど成れるのか?」
「しかし、それは」
「ああ、教会を裏切ることになるだろうな。しかし関係在るまい。お前の望みは「聖人」に成ることと、「あの青年」を愛することだ。そら、望みは全て叶うではないか」
 受け止めきれていないのか、いやしかしだの、そんなことがだの、ブツブツ言いながら考え込んでいるようだった。
「とりあえず・・・・・・私が前に旅した惑星で、労働者を奴隷のように扱い、問題になっているところがあってな。資本主義から人間を救い出すというのはどうだ? 未だかつて無い「奇跡」だと思うのだが」
 実際、在る意味世界の救世主だ。小さな奇跡を起こすなどと言う、しょぼい奇跡よりも、よほど多くの人間を救うだろう。
「一つだけ、聞かせてください」
「何だ」
 あまり、私は考えているわけでも無いのだが・・・・・・・・・・・・あれこれ言った以上、返事くらいはしてやるとしよう。返事するだけかもしれないが。「そんなことが、許されるのですか?」
「当然だろう。この世の善悪を判断するのは、所詮当人の意志でしかないのだ。人を殺すことを良しと笑う時代があった。人を殺すことを悪しと憤る時代があった。だがそれは法律が変わっただけでしかない。そんなものは基準になるまい。他でもない自分自身が、己の存在を肯定し、前に進んだ上で、結末に対して「これでよかった」と笑えるかどうかだ」
 人間の善悪など、そんなものだ。
 己のことは、己で決めなくては進まない。
 神がいくら全能でも、だ。
「そうですか・・・・・・そうだったのですね」
 この世に絶対的に正しい尺度など、無い。
 あるわけがないのだ。
 だからこそ、面白いのだ。人間の思想は単一でないからこそ、未来を育むものではないか。こんな台詞を私のような人間に言わせるようでは、世の中知れているとも取れるが。
 とにかくだ。
「で、どうするのだ? 依頼の関係上、お前が夜逃げするなら、それを手伝うのは問題ない。既に金も受け取っていることだしな」
 儲けるだけ儲け、そして作品のネタも手にはいるというわけだ。素晴らしい。
 苦労した甲斐があった。しただろうか?
 楽であるのに越したことはないが。
「分かりました・・・・・・悪魔にたぶらかされたとでも思って、今回はそうしましょう」
「非道い言われようだ」
「ですが」
 それでも言いたいことがあります、と神妙な趣で彼女は言うのだった。
「何だ、まだ何か、うじうじうじうじ、悩むことがあるのか?」
「違います、もっと切実な問題です」
 何だろう?
 寒いのだろうか?
「着替えるので、出て行ってくれませんか?」  そんな大層な身体していないだろう、と思ってはいたが、お子さまのご意向だ。機嫌を損ねるつもりもない。
 精神的に幼い奴は、どうも女として見れない。 こういう残念な女は、特に。アザラシを相手にしている方がマシだろう。まぁ、女を怒らせても得られるものはあまりない。
 だから怒らせることにした。
「それは悪かった。あまりにも貧相なので、本当は男だったのかと、変に納得してしまっただけだ・・・・・・なぁに、心の広い聖人様なら、無い胸に入っている愛で、許してくれるだろうと思ってな」 安心してこれから先の幸福を思い描き、幸せそうな人間を見てつい、言った。刃物が飛んでくる前に私は急いで駆け抜け、外へでるのだった。
 聖人であろうが、女は恐ろしいと知った、珍しい一日だった。

   14

「殿方はまだですの?」
 あの誰にでも優しい殿方は、と彼女は催促するのだった。
 誰にでも優しいその姿に恋い焦がれたらしいが・・・・・・誰にでも優しい人間など、大抵ロクでもないものだ。ましてそれが、私と同じ作家だというのだから、尚更だろう。
 恋は悲劇にしか成らない。
 それは変えようのないこの世の摂理であり、そうであるからこその「恋」なのだが、今回は一際凄まじい、惨劇とでも呼べそうな結末になりそうだ。私が少年少女の味方をしているとでも思いこんでいたバカな読者には残念な知らせではあるが・・・・・・結末が悲劇であり、それでいて私の想像を越えるるモノになるだろうからこそ、私は少年少女の下らない恋愛を、早送りしただけだ。
 とはいえ、この世が物語ならば本来、女への思いは届かず終わるか、あるいはもっと平凡な結末で終わるだろう少年少女の恋愛を、傑作と言うに相応しい悲劇を起こすまでに、私が後押ししたのだから、凡俗の結末ではもう終わるまい。
 何人かは死ぬだろう。
 それが恋愛と言うものだ。
 誰かが幸せになれば誰かが涙を流さなければ始まらない・・・・・・男女が恋し、あるいは愛を掲げる以上は、それを盛り上げるための外野は、必ず祭り上げられるモノだ。
 今回は、私の隣にいる少女。
 片思い、一目惚れ、何でも良いが、とにかく悲劇を魅せてくれるだろう。
 それさえ在れば、私は十分元が取れる。
 作者取材などと言う、割に合わない真似をした甲斐があったというモノだ。
「ねぇったら」
「もうすぐ来る。あの青年には、五分後に来るように伝えたからな」
「まだでしょうか」
 教会の外でこんな真似をしていれば、先程ゴミを一匹「始末」した後始末もしていない。さっさと帰りたかったが、そもそも私に「帰る」という概念のある場所は存在しないので、正直金と豊かさが在れば、どこでも同じようなものだ。
 言っている内に、青年が来た。
「何故、余計なことをしたんですか?」
 開口一番それだった。まぁ、別段感謝されるためにやったことでもないので、こんなうじうじうっとうしい男の邪魔が出来たのだとすれば、ざまあ見ろとしか思わないのだが。
 と、そこで彼女は身を乗り出し、「ああ、ようやくお会いできました」と、私を遮るのだった。 私は彼らのやりとりを眺めることにした。
「ようやく・・・・・・? ああ、君が僕のストーカーだったんだね?」
「いやですわ、私、そんなつもりはありません。ただちょっと、物陰から見守っていただけです」「それを世間ではストーカーと言うんだけど・・・・・・・・・・・・君には分かってもらえそうにないね」
「また嫌ですわ。そんなに照れなくても宜しいのですよ。私たちは夫婦のようなものではありませんか」
「いつ君と僕が夫婦になったんだい?」
「私があなたを始めてきたときからです」
「参ったな、君みたいな人間は、そう、大嫌いなんだけど」
 分かって貰えそうにないね、と青年は呟くのだった。こういう男は、強引な宣伝とか、販売を断れそうに無いと思いがちだが、実際には何一つ
肯定していないあたり、言葉で相手を交わすのが得意な人物のようだった。
 見ている分には、面白いものだ。
 それを知ってか、青年は腐った目で私を睨むのだった。何か良くないモノを写されても困るので塩でもまこうかと思うほど、汚い眼球だった。
 本当に撒こうかな。
「僕は、ええと、君が嫌いだ。それは分かってくれるかな?」
「ええ、私は貴方を愛していますから。その程度の拒絶など、流して差し上げますわ」
「ええと、うーん」
 会話は出来るんだけどな、と青年はボヤくのだった。一方的な思いを戯れ言でかわそうとするのが間違っているのだ。とはいえ、私ならどうしただろう?・・・・・・面倒だから、好みでなければ切り捨てるかもしれない。まぁ、私の好みなど私自身すら不明だが、それにそういう伴侶みたいなものがいたとして、遠慮なくそれを自身の都合のために切り捨てられ、それを良しと出来、それでいて批判には耳を貸す気もない。実に堂々と裏切ることを想定すると、やはり私のような非人間が考えたところで無駄な気もした。
 まぁ、考えるだけなら楽しいものだ。
 恐らく、会話は成立するけれど、耳を傾ける気がない、いや単純に「純粋すぎる好意」がどれだけ醜悪なのかを、頭の中で思い描いているようだった。悩む人間を見るのは楽しいものだ。
 傍観者という立ち位置も、存外悪くない。
「そうかい。わかった、それで、君はこれからどうするつもりなのかな?」
「そうですね、まずは新婚旅行と参りましょう。そしてあの女を殺し」
 そこで、青年の顔つきが変わった。
 どうやら、逆鱗に触れたらしい。竜でもないのにそんなモノがあるのか、最近の若者は。
 なんてな。
「君は、彼女を殺すつもりかい?」
「ええ、だって」
 邪魔ではありませんか、と平然と言ってのけるのだった。
 邪魔、故に殺す。
 その理屈は悪くない。女を前にうじうじ悩んでいる主人公よりは。面白いからな。
 女とは元来、そういうものだ。
 男とは元来、そういうものだ。
 だから人間は面白い。
 ありもしない愛や恋、それらに誘惑されて人生を台無しにし、持っている有能さを奪われ、搾取されて、使い捨てて。
 醜悪そのものだが、しかし根底に人間の強い意志があるのならば、それが民衆の目にどう映ろうが、英雄であろうが殺人鬼であろうが、等しく私にとっては価値がある。
 見ていて面白いからな。
 あの女、アリスとか言うあの女と私が普通に生活できたのは、私は狂っている人間の扱いを弁えているからでしかない。本来、恋する乙女は会話も懐柔も理解すら出来ない、手に負えぬ怪物ではあるのだが、それを書くのが私の仕事だ。
 つまり、大したことは無いという話だ。
「私は貴方を愛しています」
「僕は、君のことが大嫌いだ」
 かみ合わない。合うはずもないのだが。だからこその恋でしかない。しかし、見ているだけではいい加減退屈だな・・・・・・。
 暇つぶしに、こいつらの人生でも、破滅させてしまおうか。そんなことを考えていた。
 青年は言う。
「僕は、愛する人がいる。だから君の思いには答えられない」
 などと、卑怯な答えを返すのだった。そも貴様が愛する女の気持ちに素直になれないから、私が仕事をする羽目になったのだと、糾弾してこき下ろしてやろうかなとも思った。
 大体が思い人の有無関係なしに、断るだろう。 卑怯な上に、つまらない男だ。
「私は構いませんわ。まずその女を殺し、そして貴方を私のモノにします」
「君は・・・・・・狂っているよ」
 今更そんなことを言うのだった。
 さて、どうするか。
 このまま二人の会話を眺めているだけ、というのも、流れとしては自然だが、それだけでは・・・・・・つまらない。
 行動としては悪だろうが、そんなことを気にする人間なら、作家などには成りはしまい。
「お前」
 と、私は呼びかけた。
 正直放っておくのも有りだったが、あまりにも暇なので、この青年の人生観を破壊し、心をへし折り地獄に落とした後、ストレスが解消できていればゆっくり考えようと考えた。
 つまり暇つぶしに、見ず知らずの人間の精神を破壊することにした。容易い遊びだ。
 少なくとも、私にとっては。
「あの女、あの聖女が男に抱かれてお前を守っていたことは、知っているな?」
「何ですって?」
「何ではないだろう? お前が近づくことで、お前がいればあの女は聖女になれないのではないかと思う人間達から、守る為さ。薄々気づいてはいたくせに、知らないフリをしていたのだろう?」「そんな・・・・・・ことは・・・・・・」
 図星らしかった。
 適当にも程がある推理だったが、流石私だ。経験からくる第六感は、伊達ではない。
 まさか当たるとは。まぁ、この「僕は罪悪感と後悔で構成されています」みたいな青年を見れば誰だって、このくらいは言えそうなものだが。
「お前は、それを知りながら聖女の愛を無視してきたくせに、今更恋を拒むのか?」
「貴方は、あなたは一体何がしたいんですか?」「私の動機が知りたいか?」
 そんなもの無いのだが。しかし私の口は適当なことをよくまぁ出来るなと言うくらいに、勝手に話し出すのだった。
「そうだな、とりあえずうじうじ愛に応えない青年を、聖女様とくっつけろと言うのが、私に当てられた依頼だが・・・・・・どうもお前は罪悪感を抱いて悩んでいる自分に酔っぱらうのが好きみたいだからな。とりあえず考えもなく、女をあてがっただけだ」
 感謝しろよ、こんな美人をあてがってやったのだからな、と私は言った。
 そんな目的があるなんて、私も今初めて知ったのだが、まぁ計算通りの流れだと、そう言うことにしておこう。
 その方が格好が付くではないか。
「ちょっと、あの聖女と殿方を、くっつけるのが目的なのですか?」
 刃物を取り出し始めたので、私は、
「いや、別にそれはいい。というか、お前はお前で、あの青年とくっつければ良いんだろう? なら聖女の一人や二人、愛人として許容してやれば良いではないか」
「勝手に話を進めないで下さい。まるで僕がロクでもない男みたいじゃないですか」
 そう青年が割ってはいるのだった。
 しかし、だ。
「見たいでは無く、そのものだろう。愛情を向ける女を翻弄し、恋を向ける女を袖にして、「僕は知らなかった」と愛する女が、自分を守るために抱かれていることに、見ぬ振りだ」
「黙れ」
 珍しく、も何も、私はこの男を良く知らないのだが、反射的な怒りを身に纏うのだった。まぁそれと同じくらいに、自身の情けなさを内罰的に考え込んでいるようでもあるが。
 しかしそんなモノに意味はあるまい。
「お前はどうせ「僕みたいな人間が彼女を幸せになんて出来るかどうか分からない。いや、きっとそうだ。だからこのままの関係で良いんだ」などと言うことを考えているのだろうが」
「・・・・・・別に、そんなつもりは」
「そんなつもりはなくても、事実そうではないか下らない・・・・・・・・・・・・お前みたいな人間が自身を自身の心の内で罰したところで、世界は何も変わるまい。おまえ個人の下らない自己満足だ」
「っ!・・・・・・なら、貴方はどうなんです? 彼女と僕が、まぁそう言う関係だったとして、何か解決策でもあるって言うんですか?」
「あると言ったら?」
「・・・・・・・・・・・・」
 黙り込む青年に対して、アリスは、
「ちょっと、私の話しに割り込まないで下さい」 と言うのだった。
 まぁ、私はこの二人を救う義務があるわけではないのだ・・・・・・暇つぶし感覚で干渉するだけ干渉して、失敗した人間が絶望の淵でうなだれる様に対して、指を指して笑ったところで誰に何を言われる覚えもないのだからな。
「どうなのですか? 私を受け入れますか? 受け入れないのなら」
「殺す、かい? それはただの脅迫だな。恋にはほど遠いよ」
 言って、彼はナイフを取り出すのだった。
 最近の若者は、皆こうなのか?
 全く、凶器を持ち歩いておきながら、普段は平然とした顔で会話するのだから、どうかしているな、全く。常識のない人種には、私のような清廉潔白な人間を、見習って欲しいものだ。
 常識がないぞ、貴様等。
 刃物を持ち歩くなと、習わなかったのか。
 私は別に、習わなかったので、構わないが。
「じゃあ僕も対抗せざるを得ないよね。そう、これは正当防衛だ、「仕方がない」さ」
「あら、ならば私は貴方を殺して自害しましょうか。そうすれば、ほら、みんな幸せになれるでしょう?」
 そう言ってアリスは刃物を持って、幽鬼のように前へ進んだ。
 しかし、仕方がない、などという理由で人を殺せるなんて、全く、狂人というのはこれだから。 始末に負えない連中だ。
 恋や愛以前に、常識を磨いた方が良いのではないか?
 じり、と両者とも、間合いを見て近づくのだった。どうやら、本当に殺し合うらしい。
「いいぞ! もっとやれ!」
「黙って下さい」
「今、忙しいので、静かに」
 やれやれ、参った。盛り上げようと思っただけだが、カンに障ったらしい。
 じゃあもっとやろうかな。
「しかし、お前達、そのやり方ではどちらも、得るモノが無いのではないか?」
 ええと、アリスが勝てば心中し、青年が勝てば・・・・・・邪魔者が消えるだけか。やはり、進展には及ぶまい。どころか、勝手に意味不明な罪悪感を心の中に妄想で作り出し、「僕のような人殺者が彼女といるのは間違っている」などと思いこむだろうから、そうなると依頼は達成できまい。
 煽っておいて何だが、しかし、参った。
 どうしたものか。
 女は言った。
「そうでもありません。私の愛はあの世で永遠のモノになりますから」
 男は言った。
「そうだね、とりあえず、大切な友達を守ることは出来そうだ」
 お互い、歩み寄ることなく。
 実につまらない展開だ。
 もっと他にやることはないのか。
 誰かのため誰かのため、豊かすぎる人間独特のいいわけ、というか自分を騙す呪文みたいなモノなのだろう。
 どうでもいいがな。
 制止する暇もなく飛び出したのは男の方だった・・・・・・腕を切り落とそうとするが、女はこれを容易く避けた。熱が入っている。止めるか、止めないかが選択できるのは、私だけのようだ。
 どうしようかな。
 他人事ではあるので、のんびり考えたいところだが、時間は限られている。
 一番面白い展開か。何だろうな。
 と、考えているところに聖女が姿を現すのだった。おいおい、まだ登場人物が現れるのか?
 冗談じゃないぞ、面倒な。
「君は、どうしてここに来たんだ?」
「どうしても何も、いてはいけませんか?」
 そう言う二人、聖女と青年を憎らしく睨みながら、アリスは吠えた。まさに獣のように。
「その女、許しませんわ許しませんわ許さない許さない許、憎い。憎いにくいぃ憎い、ああああ、何故そんな女と寄り添っているのですか?」
 それは私のなのに、と吠えるのだった。
「僕は君のモノになった覚えもなければ、いや言うだけ無駄か」
「そんなこと無いですわ。貴方は私に微笑みかけてくれましたもの。ええ、だから貴方は私のモノになるのです」
「・・・・・・言葉は、通じそうになくなったね」
 そう言ってナイフを構える青年を、聖女は諫めようとするのだった。
「どういうつもりですか? まさか」
「仕方ないさ。これも正当防衛だ。言ってる間に殺されても何だろう?」
 言って、青年は走り出した。
 酒でも飲みながら観戦したいところだが、私は酒が苦手だし、今手元にはあるまい。
 だが、目を逸らさずにはいられないほどに
 「面白」かった。
 さてどうなるか。
 送還が得ていた矢先、青年の足が止まった。そう、聖女様が間に入り、立ち塞がったのだ。
「止めて下さい。私は、こんな事を望んでいないのですから」
 聖女の言葉はここまでだった。
 背中に刃物が刺さったからだ。
 そして震える声でこう言った。
「いいですか、悔やんでは駄目ですよ。私は貴方を、誰よりも慈しんで・・・・・・だから、貴方が幸せになってくれなければ」 
 困ります、と。
 それが聖女の遺言だった。
「よぉーやく二人きりになれましたね」
 血に顔を染めながら、笑顔でそんなことを言ってのける女の姿は、青年の目にはどう写ったのか知らないが、私には「様になっているな」位の感想しか、浮かんでは来なかった。
 他人事だしな。
「さぁ、一緒に幸せになりましょう? ご飯の用意は出来ていましてよ。そうね、今日は間女のシチューにしましょう」
「何が」
 その言葉はどうやら私に向けられているらしかった。男の後悔、そんな面倒な言葉など聞きたくもなかったが、暇だから答えるとしよう。
「いけなかったんでしょうかね」
「それは、私の私見でいいのか?」
 一応、聞いておくことにした。
 そんな大層な返事は出来そうにないしな。
「ええ、お願いします」
「お前に男の甲斐性が無かったからだ。まぁ良いじゃないか、女なんて男と同じくらいの数はいるのだしな。また似たような女を見つけて、にたような戯れ言を繰り返せばいいだろう?」
 代わりは効くじゃないか、と恐らくは「この女性は自分にとって唯一無二のモノだ」と思いこんでいる男に向かって、言うのだった。
 私からすれば、人間なんて常にどこかで理不尽に死んでいるのだから、そんな良くある日常に、それも別段愛に応えることも無かった女に対して「これは僕のせいだ。何かもっと他にいい方法があったに違いない」みたいな、所謂「後悔」だとか「罪悪感」を持って、悲しむらしい。
 悲しんだところで、蘇生しないだろうに。
 何の意味も価値も無い・・・・・・大切な人が死んだから悲しむ、という振る舞いそのものに、彼らは「道徳的な正しさ」を見いだしているのだろう。 実際には、甲斐性がないくせに女を拒み、それでいてこんな不幸があってよいのかという顔、あるいは自分の未熟さでまた人を巻き込んでしまったという顔をして、だから何だというのか。
 下らない自己満足だ。
 どこか余所でやればいいのに。
「満足かい?」
 そう男は言った。
「いいえ、まだ足りません」
 そう女は言った。
「私は。幸せになりたいのです。貴方と一緒にあることこそが、私の幸せなのですよ?」
「それに、どうして僕が付き合わないといけないのかな? 僕にだって人権はあるはずだけど」
「まぁ、そんなの知りませんわ。だって、私、あなたの事が大切で仕方ありませんの。それにあなたが他の女といると、憎くて憎くて憎くて憎くてあああ、苛々しますわ」
 そう言って、刀を構える。
「で、私のモノに成って頂けますか?」
「悪いけど」
 と、妙に貯めてから、男は言った。
「死んでも御免だね」
「そうですか」
 言って、女は死刑のためのギロチンを降ろすのだった。
 男の首は跳び、ごろんごろんと転がった。
 もったいない。
 あの女たらしなら、他にも美人を寄せ付けそうだったのだが。
「あら、急に冷めてしまいましたわ」
 これが失恋かしら、と女は妖艶に笑いながら、そう言うのだった。

   14

 手に余るって?
 そんなことは無い。
 女とはああいうモノだ。
 それほど、大差は有りはしない。
 それに、男も似たようなものだ。
 少なくとも私は・・・・・・もしこの女が襲いかかってきたところで、いつでも「始末」出来るだろう・・・・・・たとえ寝ている最中でも、自動で「幽霊の日本刀」が真っ二つに両断する。
 女は飽きるとあっさり捨てる。
 男は役に立たなければ、あっさり代える。
 似たようなものだ。
 利用するという点では、変わるまい。
 しかし、あの女、例の聖女だが、あれこそが、あの自身を犠牲にした行為こそが「愛」だとするのならば、やはり「愛」は役に立ちそうもない。 聖人の遺体、その破壊は容易かった。まぁ、あれで聖人になったのかは知らないが・・・・・・死体の一部も持ってきたし、これで仕事は完了だ。
 形はどうあれ、二人は結ばれたしな。
 私が受けた依頼は「少年少女の恋愛成就」であり、彼らの生死は関係がない。
 だが。
「そりゃまぁ、そうだけどね」
 目の前の、自称縁結びの神は、あまり浮かない顔のようだった。
「もう少し、何とか成らないものかねぇ」
「下らないな」
 私はそう言って切り捨てた。我々は例のレストランで、再度会合を開いていた。仕事の報告だ。また、聖人の遺体、その一部を、仲介人へ見せることで、あの女、タマモへの報告ついででもあるが・・・・・・いずれにせよ、こんな顔をされる覚えもないのだが。
「第一、あの二人は生きている限り、どう足掻いても結ばれまい。結ばれたところで、命を狙われ続けるだろう」
「だから? それでも人間が縁を結んではいけない理由には、ならないと思うけど?」
 どうやらハッピーエンドを望んでいたらしい。 だが。
「それを望むなら自身の手で行うべきだったな。人任せにしておいてそれらしい倫理観を述べ立てるな」
「それもそうだったね」
 けどさ、と彼は、真摯な顔で訴えかけるのだった。訴えられたところで、私は神でもなんでもないので、別に彼らを救う義務など無い。悔やむ理由も哀れむ理由も皆無だ。
「君は、彼らが気にくわなかったんじゃないかなと、思ってさ」
「・・・・・・何故だ?」
 人を知ったような口で語る人間は嫌いだ。大抵自身の足下すら、見えていないからだ。私の場合はというと、知ったような口で適当なことを言いはするものの、それがあってるのか私自身にも分からないのだが。
 私の場合は、悪を自認した上で知ったような口をきき、それでいてうろたえる人間の姿を見るのが趣味なだけだ。別に、本当に見透かしているわけではない、と思う。
 少なくとも知ったかぶって、人の人生にあれこれ指示を出すつもりは無い。私の場合、「貴方のことを思ってやっているのですよ」という、押しつけがましい善意ではなく、ただ単に悪意を自覚しながら、うろたえる姿が見たくて言いたいことを言っているだけだ。同じようで違う。
 相手の人生の先など思ってもいない。
 私のような人間は、偽善が大嫌いだ・・・・・・・・・・・・世のため人のため、あるいは後の子供達の為、あるいは地球のため国のため、大それたお題目がなければ動けない人間など、下らない。
 他の全人類がどうなっても構いはしない。他でもない己の中を満たすため、ただそれだけの為に生きている人間の方が、人間味がある。
「知ったような口を、利くじゃないか」
「お互い様だろ? まぁ、君の場合純然たる悪意というか、相手の見られたくない部分を写す鏡みたいなモノなのだろうけど、僕の場合は事実だけを写す鏡と言ったところかな」
「ほう、事実、か。事実というならば、あの顛末は必然ではないか。私が、彼らをうらやむ理由など、皆無ではないか」
「誰もそんなこと言ってないぜ。気にくわないとは言ったけど」
「しかし、事実だろう、それこそ。私にはそも、そういう感情が、いや情そのものが無いのだ。無い以上は、感じ取れまい」
「無くても、情が存在しなくても、羨むことは出来るだろう?」
「何故だ?」
 不可能ではないか。
 羨ましい、と願うことが、出来ないのだから。 だが、縁結びの神は、コーヒーを一口含み、「うまいねぇこれ」と言った後で、こう言った。「いや、だからさ。それを考えることは出来る以上、それがないことに対して苦悩する。それこそが君の言う「羨み」だと思うけど?」
 成る程。
 そういう考え方もあるのか。
 あったところで無意味だが・・・・・・私はコーヒーを胃袋に流し込み、頭に血を集中させて考える・・・・・・答えは出ない。やはり、思考そのものが羨むという事だとしても、それを感じる心が無ければ無意味ではないのか?
「そうでもないさ」
 と、知ったように男は言った。
「だって君は、結局のところその「心」を求めることで自分を埋めようとしているだろう?」
「それが、どうした? 無ければ無いで」
 構わない。
 そう答えたのだが、
「それは妥協であって、本当にいらないわけではないだろう」
 などと、お節介なアドヴァイスをした。
 余計なお世話だ。
 だから何だというのか。
「手に入らなければ、いや手にしたところで感じられないのであれば仕方あるまい」
「ほらそれだ! 「仕方ない」って奴だ。それは君の嫌悪する人間達がよく使う常套句でしかないんだぜ」
「だろうな。しかし、それこそ「事実」だ」
「達観してるねぇ」
「諦めが早い、いや面倒なことはしたくないだけだがな」
「諦めるのかい?」
「ふむ」
 とりあえず、まぁ時間もあることだし、ゆっくり慎重に考えてみよう。
 心は必要か? 
 否、不必要だ。
 一瞬で答えが出てしまったが、しかし、それもまた事実だ。愛が真実の幸福だとか言う輩も多いのだが、別にそんな幸福を押し売りされる覚えもないのだ。
 心は人間を鈍らせる。
 充実するのかは持っていたことが無いので知りもしないが、理解は出来る。人間は心があるからこそ争い、奪い、それでいて学習せず、人に嫉妬し、あるいは金の問題もある。
 金に困る人間は、大抵が見栄や恥が原因だ。
 生活するだけならば大した金は必要ない・・・・・・・・・・・・大抵の貧民は賭博、煙草、外食、見栄、恥や外聞、女、男、情に流されたり余計なモノを買っていてそれに気づかなかったり、それでいて料理もロクに作らないくせに「金がない」と、言うのだからな。
 世間的な正しさを盲信して、「立派な」企業に勤め上げ、自身の意志を貫かず、それでいて良いように使われて人生を無駄にし、組織の庇護から離れられず、労働に従事し続けて身体を壊し、とりあえず世間体もあるからと結婚するが家庭を顧みず、また面倒になり、子供とは関わらず、そのくせ年を取ってから「何故孫たちは冷たいんだ」と相手には人間の倫理観を押しつけ、自業自得、いままで放ってきた、適当な関係しか家族と作らなかった報いを向けるかのように、介護施設で死ぬ順番を待つ。
 成る程。
 冷静に考えると、やはりいらないな。
 あれが心なら無い方が良い。
 あるよりはマシだ。
「思っているほど、良いものでも無さそうだしな・・・・・・遠目に眺めている分には良い、と言うことなのかもしれない。眺めるだけで十分だ」
 心のない苦悩だけでも手に余るのに、心のあるが故の苦悩など背負っていられるか、面倒な。
 青い鳥はすぐそばにいたとか、そういう適当な理由で納得するとしよう。
「ふん、そうかい。まぁ、それはそれで有りなのかもしれないね」
「それで、他に用件は?」
「ん・・・・・・そうだな。ああそうそう。君、以前「賢者の骨」ってアイテムを手にしたことがあるだろう?」
「あの骨か」
 結局、よく分からない正体不明のままだったがしかし、実利が得られたから由とした記憶がある・・・・・・結局、何だったのだろう。
「あれは別名、「聖人の骨」と呼ぶ。つまり君が懐に隠し持っているそれさ」
「これが?」
 そういえば以前、骨を受け取るだけ受け取ってブツブツ言ったかと思えば、自害した女がいた。 どういう原理なのだろう?
「それはね、自身の内面にある願いを叶えると言われている代物なんだ。精神世界に繋ぐパスポートみたいなものかな」
「ふぅん」
 言われても詳しい理屈は理解できそうなので、やめることにした。私は学者ではない。
 あくまで作家だ。
 だから、理屈などどうでもいい。
 問題は結果であり結末だ。
「それで、これを使って、どう願いを叶えればいいんだ?」
「そうだね。瞑想するだけでいいんだけど、場所は静かなところがいいだろう。内面世界、精神の奥に潜って、願いを叶えるわけだからね」
「そうか、ではそうするとしよう」
「これが今回の報酬だよ」
 そう言って、彼は封筒を取り出して渡すのだった。現金取引は違法だが、だからこそ永遠に無くならず、こうして私の懐を暖めてくれる。
 ありがたい話だ。
「じゃあ、僕はもう、行くよ。墓参りによってからにするけど、君はどうする?」
「死んだ人間は、ただの肉と骨だ。ましてそれが腐り始めたところに、行く理由など無い」
「はは、そう言うなよ。案外、人間が知らないだけで、あの世は良いところかもしれないぜ?」
「前にも聞いた台詞だ」
「そうなのかい? なんて答えた」
「聞きたいか? 金を払え」
「これで良いかい?」
 懐から札束を取り出し、私に渡すのだった。  まずまずの儲けだ。
「あの世もこの世も、神と人間が運営するならば・・・・・・私の居場所はないだろう。まぁ、ある程度くつろいで生活できれば、それで十分だ」
「居場所がない、と感じているのかい? それは意外だったな」
「正しくは「世間的には無いのかもしれないが、知ったことではないし、どうでもいい」だ。あの世もこの世も対して変わるまい。崇めるのが等しく神であり、神が運営するとするならばだが、その神が運営した結果がこの世界なら、あまり期待するほどではないだろう」
「耳が痛いな」
「せいぜい痛くしていろ」
 じゃあな、とそう言って私はその場を去るのだった。
 後にはコーヒーの残り香が漂うだけだった。

   14

「で、何を願うんだい、先生」
 そう言うのは待ちくたびれた携帯端末のジャックだった。人工知能は「生命を作り出すという冒涜行為だ」とか何とか、宗教は五月蠅い。
 だから置いてきていた。
 宇宙船のソファの上で、私は聖人の骨、賢者の骨、何でも良いが、とにかく傍目から見れば区旅得た骨を眺めていた。まぁ、先程死んだばかりの女の骨では、奇跡を二度起こすという規定も達成できていないだろうし、厳密にはただの女の骨なのだが。
「依頼は成功したな先生。遺体は破壊してあるのはこれだけだ」
「燃やして供養しただけだがな」
 あの女は、聖人としてあの世でも信者にこき使われるという、苦行から脱したのだろうか?
 まぁ、そうであれば、あの青年ともいちゃつけて何よりだろうが。「聖人」という言葉そのものが既にして、立派なのかもしれないが、成る本人の自由を奪うものでしかないのだ。彼らは自分たちが嫌悪している弾圧や迫害を、他でもない聖人に押しつけている現実に、気付いてはいないのだろうが。
 人間とは、つくづく度し難いものだ。
 改めてそう思った。
 本当に、人間の意志に価値はあるのか?
 意志が崇高でも、報われなければ嘘だ。
 それは嘘なんだ。
 報われて、幸福を掴み、それで初めて前へ進めるのだから。
 報われもしていないのに、意志だけを問われて徒労に終わるのだとすれば、それは嘘だ。理不尽なんてモノじゃない。この世界には、最初から向き合うほどの価値も意味も崇高さも、何もなかったことの証明になるだろう。
 それで良いのか?
 変える方法は無いのか?
 意志を貫いて前へ進んで、それでも報われるかどうかは運不運や環境で決められるなんて、そんな横暴が、力さえあれば許されるのか?
 私は決して許さない。
 絶対に。
 意志を貫いたなら、報われなければ嘘だ。
 嘘なんだ。
「大丈夫か、先生」
「いや、あまり大丈夫では無いな」
「何を、考えていたんだ?」
 神妙な声、を人工知能が出来るのかはしらないが、ジャックはするのだった。
「人間の意志が、やり遂げた存在が、報われないなんて嘘だと、考えていた」
「どうした、急に」
「私は本を書いている。だが、どれほど思いを込めていて、どれほど年月を注いでいて、どれほど人生を捧げようとも、それが報われなければ、最初から無駄になる」
「・・・・・・・・・・・・」
「人間の意志は美しいのだろう、そう思う。だがな、私は美しいだけで、それで納得させようとするこの世界が、許せない」
「先生に」
 許せない者なんて、あったんだな。そう人工知能は口にした。
「昔からさ。こればかりはどうしようもない」
「報われるかな、俺たちは」
「分からない。だが、報われないのだとすれば人間の意志には価値が無く、意味もなく、ただ要領が良いのが全てだと、持つか持たないかが全てだと、それを証明することになるだろう」
 ある意味世界の終わりだな、と私は言った。
 今更生き方は変えられない。
 辞められない。
 だから、報われないなら存在できまい。
「もし、報われるのなら?」
 それは何を証明するんだ、と彼は問うた。
 私は答えた。
「まだまだ足りないが、とりあえず」
「とりあえず?」
「何か、良い事はあるのだと、冬だけでなく春は来るのだと、信じることは出来そうだ」
「信じるだけかい?」
「そりゃそうさ。いままで散々だった。報われただけでは、幸せにはなれまい」
「だが、幸せを信じることは出来る、か。いいぜ先生、大丈夫だ。あんたの周りにはきっと、幸運と幸福が、列をなして取り囲んでいるさ」
「本当に、そうかな」
「ああ、間違いないぜ」
 そうでなきゃ嘘だ、と彼も嘯いた。
 寒い寒い、道を歩いてきた。
 無ければ凍えて死ぬだろう。だが、
 もしそこに春があれば・・・・・・私は何を見ることが出来るのだろうか。
 それは、あるいは。
 私がないと決めつけていた、愛や友情、人間の絆とやらの、奇跡のような世界を、魅せてくれるかもしれない。そんな非現実的で根拠のないことを考えて、思った。
 これが奇跡を願うと言うことか。
 神か仏か知らないが、まぁこのくらいは祈ったところで、叶えてくれるかもしれないと、そんなことを私は、珍しく思うのだった。

   15

 私は人間になれるのだろうか?
 分からない。
 そんなことを考えながら、山を登る。
 神、かどうかはしらないが、とかく人を越えた存在というのは、高いところが好きなのだろう。 やれやれ、参った。
 あまり元気はないのだが。
 救いも運命も、尊さも頑張りも、運不運で片づけられてしまえば、私の人生は、いや人生どころか、私の全て、私の意志、私の成し遂げたこと、私の苦労、私の苦悩、私の全てが・・・・・・・・・・・・・・・・・・それはあってはならないことだ。
 だが、いや、考えても仕方がない。
 やはり相当参っている。
 こんな時に考え事をするべきではないだろう。 私は、ただ、幸せになりたかっただけなのだがな・・・・・・・・・・・・随分と、遠回りをした。
 報いはあるのだろうか。
 どれだけ人間賛歌を美化しようが、こればかりは結果でしか、判断できない。
 私は、それほど多くを求めたわけでは、無かったのだがな。
 とはいえ、言えることがある。
 私はやり遂げたのだ。
 やり遂げた。だからこそ、結末に報いがあって当然だと思っているし、そこに自分を疑う考えは一切無い。私はやり遂げた。
 誰も、これ以上の物語を創れまいと、断言できるほどに、だ。
 だから問題は、私のいままでがキチンと誤魔化し無く報われるのか、その一点だ。
 私自身に対して何の後悔もないし、作品の質も世紀の傑作だと断言できる。他の人間に見る目玉がキチンとついているのかどうか、天は仕事を怠らずに私に金を払えるのかどうか。
 心配していることがあるとすれば、精々その程度なのだ。
 だから、誇りはある。
 報われて当然だと、確信もある。
 私はやり遂げたのだからな。
 やり遂げたんだ。
「あら、こんばんは」
 そう言うのは例の女、タマモだった。・・・・・・・・・・・・そういえば、随分前、私は自信が心ない人間であることを不条理だと、この女と話し込んだことがあった。
 しかし、プロの条件は「己の心を消し去る」ということだ、どんな仕事であれ、己を消すことで最上の結果がでる。
 一流のプロでも、心を消し去るのは難しい。
 私は生まれたときからそうだったが。
 長所と短所は表裏一体と言うことだろうか・・・・・・・・・・・・ままならないものだ。
 本当にな。
「聞いていますか?」
「ああ、ちょっと見とれていたのさ」
「まあ」
 そういって、女は口元を袖で隠すのだった。
 女心も男心も、作家の私からすれば至極単純に写るのは何故だろう?・・・・・・まぁ、昔から男も女も単純な生き物ではある。私もそうなのか、流石に自身で判断は出来ないが。
 複雑怪奇と言うより、私の場合単純ではあるのだが、そこに至る過程が回りくどく、遠回りで、真っ直ぐに向かわせて貰えなかった、と言うところだろう。
「・・・・・・それで、例のモノは?」
「これだろう」
 いつぞやの「骨」を取り出し、私は彼女に渡そうとした。
 しかし、
「それを持って、こちらに来なさい」
「私に願いなんて無いぞ」
 と先んじて、適当な言葉を言うこの口だった。 以前、自身の願いを叶えた女は、願いを叶えたのは良いものの、完全なる神の平和を望んだが為に、その惑星にいる全ての生物の絶滅という、とんでもない結果を出していた。
 あれが叶うと言うことなら、私はささやかな平和と平穏、それなりの豊かさがあれば良いのだが・・・・・・。
「いいから来なさい。貴方の「影」を見ることが出来るでしょう?」
「影?」
 そう答えて、足を進める・・・・・・昔の人間は何を考えて、こんな長ったらしい階段を作ったのだろうか? 作家が通れないではないか。
 肉体労働断固反対。
 私は軍人でも、主人公でもないのだから。
「それで、どこに向かっているんだ?」
「奥の院です。我々、いえ仏に謁見することを想定して作られた、神聖な場所があります」
 そこを使います、と彼女は言った。
 ようやく平地、というか、屋上らしきところに出たかと思ったが、見る限りまだ道は続いているらしかった。今回はこの場所を使うらしいが、もしこれより先の酸素の薄い場所を使う羽目になったらと、ぞっとしない話だ。
 足が棒になってしまう。
 建物らしき場所(私は仏教徒でもないので、詳しい作りはよく分からない。ただ、荘厳ではあったと言っておく)に入ると、とりあえず私は勝手に腰を縁側に降ろした。
「仕方ありませんね」
 そう言って、少し姿を消したかと思うと、彼女はおはぎという、こしあんでもち米を包んだものを、山積みで持ってくるのだった。
 どこから出したのだろう?
 もしや、こんな美味しそうなモノを、神、いや仏か? とにかく、ここに住んでいる連中は、毎日食べているのだろうか・・・・・・羨ましい限りである。
「さあ、召し上がれ」
 私は茶を煎れて貰うと、手にとっておはぎを右手で掴み、食べることにした。
「こりゃ美味い」
「そうですか?」
 それは良かった、とこぽこぽと自分の分の茶を煎れて、上品に手を添えながら飲むのだった。
 茶があり、茶菓子もある。
 すると、作家である私に出来るのは、作者取材による問答と、それこそ「噺を語る」位のモノだろう。
 まずは茶菓子の例に、一つ噺でもするか。
「昔々の出来事だ、ある作家の噺をしよう」
「まぁ、良いですよ。語り聞かせて下さいな」
「その男には何もなかった。心も信条も夢も希望もあり方すらも、何もかも人を真似、自身を持てずに生きていた。そんな男の物語だ」
「続きをどうぞ」
「男は、思った。「私には何もない。しかし、憤りとでも言うのか、男は「何もないなど許せないことだ。何か、何もないなら何かを探せ」そう考えて、探すことにした。人生初めての自分探しという、不毛な争いをだ」
「何が見つかったのですか?」
「いいや、何もなかった。だから金、金銭を原動力としよう、と決めた。分かりやすいからな。さて問題は、まずその男は絵描きになろうとしたのだが、しかし、男にはあらゆる才能が微塵もなかったのだ。だからこそ苦悩していたのだが」
「全てに才能がないなど、あり得るのですか?」「さて、しかし事実だ。人並みのことをするのに人並み以上の労力が必要で、そのくせ凡俗を追い越すことすら出来なかった。生物として、そんなことを許せないのは、無理もない話だった」
「絵描きには、なれなかったのですか?」
「手が震えて絵が書けなかった。才能以前の問題に、男は笑った」
「それで、その男はどうしたのですか?」
「そこだよ。才能が無くても、とりあえずは「始められなければ」噺にならない。だから才能や運不運に左右されない、当時はそこまで考えなかったかもしれないが、とにかく才能が無くても始めることが出来るモノ、を男は求めた」
 それが物語だった、と私は語った。
 ただの御伽噺みたいなものだ。
 大した意味は無い。
「それで、男はどのような物語を?」
「盗作だった。なんせ、それもまた才能以前の問題だった。まぁ、別にそれで儲けたわけでも無かったのだが・・・・・・なんにせよ、時間がかかることだけは確かだった」
「そんな長い時間を、どうして耐えられたのでしょうか?」
「そうさな、最初は、所謂天才った奴がこう言っていたのだ。「自分は天才ではなく、ただ人よりも同じ事へ、長く取り組んでいただけだ」と、それに対する当てつけだった。しかし、長く物語を読み、書いて、紡いで、またやり直してを繰り返す内に、何時からそうなったかは分からなかったが、男の信念の一部になった」
 もっとも、信念が何か、男は感じ取れないままだったが。
 ふんふんと頷き、興味があるフリをしているのか、本当に興味があるのかは分からなかったが、しかし読者がすぐ隣にいる以上、語る口を止めることは出来なかった。
「それで・・・・・・長い長い遠回りをした。時には絶望して、時には開き直った。しかしある日気付いたことがあった」
「何ですか?」
「私は幸福になりたかった。しかし我が人生において、はたして一体、誰が救いの手などという胡散臭いモノを差し伸べてくれただろうか? 一人もそんな人間はいやしなかった。私が苦しむ姿を見て笑う奴は多くいたが、救いなど、無かった」「救いが欲しかったのですか?」
「まさか、欲しかったのは報いだろう。それにしたって、やりきった後に芽生えたものだ。その男は、苦難の中であらゆる物語を、噺を読み、苦難や苦痛の中でも勇気をもらい、希望を魅せられ、それで生きる活力を得た。しかし、現実は醜く、愛も友情も偽物で、そういったものは物語の中にしかないのだと、所詮噺の中の出来事なのだと、そう感じるようになった」
「それが、作品に影響したのですか」
「そりゃそうだろう。結局のところいままで生きてきて、そしてこれから生きていく、その自身の内から産まれるものだ。男からすれば、自身というフィルターを通して物語を紡ぐ、それが作家という生き物だった。だから」
 夢も希望もありはしない。
 そんな物語を願った。
「しかし、物語とは奇妙なもので、悲劇だけではどうしても立ち行かなくなり、そして登場人物たちはこちらの思惑を無視してでも、勝手気ままに動いてしまうものなのだ。人生もこうだったら良いのにと、男は痛感せざるを得なかった」
「同じだと思いますよ」
 女は言った。
「神も仏も、あるいはそれ意外のものですら、人間に苦難だけを与えるなど、どれだけ全能の存在でも、不可能でしょう」
「その根拠がない。そして、その考えは事実、現実の中で、報われてこそ言えるものだ」
「貴方は報われてなくても、口にしていたようですが」
「ひねくれているだけさ。とにかく、だ。書くつもりもなかった希望の渦に、戸惑ったのだ。しかしそれも物語の中での噺。男はますます、悩み苦しむことになった。自分の選んだ道だ。そしてその道を歩ききり、やり遂げて、次へと進むところまできた。しかしそれでも」
 未来のことは、分からない。
 本当に報われるのか。
 人間の意志に結果は伴うのか。
「物語は確かに、人間に希望を与えるかもしれない・・・・・・事実として、業腹だが認めよう。しかし人間は、マッチ売りの少女ではないのだ。幻想を見るのは良いが、それで満足など、まして納得など出来るものか、とな」
「成る程、無い物ねだりですね」
「確かにな」
 上手いこと言う。
 確かにその通りだ。
「だが事実だ。物語の中に愛や平和があるのに、現実には薄っぺらい嘘しかないなどと、まるであべこべも良いところだ。その男は神も仏も信じてはいないが、もしいれば余程暇で、楽な仕事をしているのだろうと、悪態を付いたものだ」
「・・・・・・・・・・・・」
 落ち込んだ風に、女は沈んでいた。
 知ったことではないが、相手が女なら、励ましてやるのも男の甲斐性なのだろう。
 相手が男なら、神でも仏でも知ったことではないが・・・・・・案外、神や仏も、私と同じ事を考えているのかもしれない。どれだけ全能で徳が高くても、男は男。女は女だ。責めはすまい。
 文句は言うがな。
「落ち込むなよ。お前が何に落ち込んでいるのかは知らないが、神も仏も、あるいはそれ以上のモノだって、そういうものだ。誰からも完全に愛され、肯定される存在など、あるはずがないし、そんなものが現実にあったら問題だろう」
「それは確かに、ですが」
「まぁ聞けよ。神だって仏だって全能かもしれないが、しかしその男を助けもしなかったのは曲げようのない事実だ。これからどうなるかはしらないが、昔はそうだっただけの噺だ。いずれにしても、信じるかどうかはとにかく、払った賽銭分の働きも怪しいものだと、思わざるを得まい。だから男は、神も仏も信じるが、しかし居たところで役には立たないと切り捨てた」
「・・・・・・そこから、男はどうなったのですか?」「どうもならない。やるべき事をやり遂げて、その結果待ちさ。それが報われるかどうかで人生観は大きく変わるだろうが、それでも男は確信せざるを得なかった」
「・・・・・・神と仏の不在をですか」
 頭を撫でてやりながら、
「そうじゃない。そんな顔をするな。もっと、単純明快なことだ」
「・・・・・・なんでしょうか」
 頭を撫でる手を振り払おうとするモノの、その気力が沸かないようだった。撫で心地はいいので有り難い話だった。
「作家という業、その生き方は染み着いてしまっているという事だ。もう、他の道は、選べない。あり得ない噺だが、人間の意志が否定され喜劇のような悲劇があったとしても、別の道を選んで生き方を変え、幸福は追い求められない」
「それが、貴方の「答え」ですか?」
「そうかもな。いや、その男の、だが」
 答えは得たと言うことなのか。
 しかし、答えを得たところで、やはり実利がなければ空しいだけなのだろうが。
「まぁ、そこまで考え込んでも、結局金にならなければ空しいだけ、という事実も、変わりはしなかったのだがな」
「大丈夫ですよ」
 と、どこぞの人工知能みたいな、無責任で根拠のない、つまりアテにならない助言を、彼女も待たし始めるのだった。
 根拠のない精神論が、流行っているのか?
「人間の意志は、そこまで弱くはありません。報いがないなどあり得ませんよ。貴方はやり遂げたのでしょう? なら、あとは泰然自若として構えるだけです。やり遂げた人間にすべき事があるとするならば、精々そのくらいです」
 だから、ゆっくり休みなさい、と。
 そんなことを言うのだった。
「一段落付いたらな。そうさせて貰うさ・・・・・・・・・・・・金で買いたいモノなど「平穏」と「それなりの豊かさ」しか思い浮かばないが、とりあえずその二つを手にしてから、人間の情を追い求めることにしよう」
「きっと見つかりますよ。さて」
 そう言って、女は立ち上がった。着物だからどうにも、艶やかさが目立つのだった。
「行きましょうか」
「どこへだ」
「勿論、答えを出すためですよ」
 そう言って、奥の院へと、女は私を案内するのだった。

   16

「では、始めます」
 詳しい理屈は分からないが、私の内面に干渉することで、「骨」と精神的に接合し、そこで願いを叶えるらしかった。以前の女もぶつぶつ言っていたのは精神の内側にいたからであり、ともすると外側、つまり今我々がいる世界では、あまり時間は経たないのだと知って安心した。
 気が付いたら二百年経っていた、など笑えない冗談だからな。
 気が付けば・・・・・・私は何もない世界に立っているのだった。
 そこには何もない。
 黒いモノが世界の地面を覆い尽くしていて、空は夕焼けのようだった。味気ない世界だ。これが私の内面だと聞くと、むしろ納得行くが。
 そこには一人の人間が立っていた。
 私である。
「よう、俺」
「なんだ、私」
 などと、本来取り乱すべきなのだろうが、まぁ泰然自若とするべきだと言われたばかりなので、そう構えることにした。
 鏡写しの問答か。
 願いを叶えるのは、それがふさわしいという事なのだろう。
 私は言った。
「お前は本当に叶えたい願いなど、無いだろう」「無いな」
 とはいえ、これで噺が終わるのは味気なさ過ぎるので「しかし望むモノはある」と答えた。
「それは欲望であって、願いじゃない」
「確かにそうだ。だが平穏で豊かな生活というのは、誰だって望むものだろう? それのどこが悪いのだ?」
「別に、悪くないさ。それは当人が決める基準だ・・・・・・その基準で言えば、お前は自分が「愛」だとか「友情」だとか言ったモノを、心の底では求めているくせに、そう、諦めてしまっている」
「私に心なんてあるのか?」
「あるさ、そうでなきゃ」
 物語は書けないだろう? と言った。
 本当にそうかは、判断の分かれるところではあったが・・・・・・まぁ良いだろう。
「仮にあったとして、だ。ええと、何か用件でもあるのか?」
「あるのはお前だろう。分かっているくせに」「ふん、なら、見たところ余裕はありそうだし、私の願いを叶えてはくれないのかな?」
「願は既に、叶っている」
「何だって?」
「お前が欲しいのは愛だろう。諦めているだけで欲しいモノは変わらないさ。そしてお前は、物語を愛している。何の不満がある?」
「当然、金銭的な不満だが」
 実利のない愛など、実利あってこそ喜べるものではないか。
 私は自己満足が得意だが、現実に豊かさを求めるのならば、そしてそれこ物語を各書く以上は、求めて当然の見返りだ。
「それはもうじき満たされるさ。人間の意志を貫いた以上、お前にそれが訪れるのは、もはや時間の問題でしかない。問題は、満たされた後、金を稼いで何を得るかだ」
 違うか? と私は言うのだった。
 本当に時間の問題なのか、私には未来が見えないので判別しかねたが、そうであったらいいなぁと、思わざるを得なかった。
 その先か。
 それこそ決まっているではないか。
「愛が、まぁそう言うモノだったとしてだ。所謂普通の人間の家族愛だとか、友情だとかでも、求めてみるつもりだが」
「それは正しいさ。しかし、別に愛の形が単一である必要は無いと、言っている」
「物語を愛することで、満足しろ、と?」
「そうだ」
 馬鹿馬鹿しい。
 いくら何でも、それでいいのか?
「お前が言っていることだろう。人間など、所詮自己満足の賜物だ。自分の世界観で世界を見て自分の世界観で満足できればそれで良い。それが人間の幸福の答えだと」
 お前は、と、私は続けて語るのだった。
「既に答えを得ている。既に手にしている。愛も野望も友情も、物語の内にある。だからお前の言う「豊かさ」が入るのは既に時間の問題なのだ・・・・・・・・・・・・人間の意志の果てに、豊かさがあるのは当然だ。命に終わりがあるように、自明の理でしかないことだ」
 だからその先はどうする、と。
 奇妙なことを聞くのだった。
「どうするも何も・・・・・・それで幸福になれるのなら、そう生きるだろうな。自己満足で良いのならば、だが。それにだ。幸福になった後など、決まっているではないか。私には、長い年月をかけて手にした「生き甲斐」がある。退屈はしないさ」 それが答えだ、と私は返すのだった。
「ああ、それが答えだ。忘れるな」
 笑顔、というのは何とも奇妙だが。
 その私は少年のような笑顔を浮かべながら、
「精々幸せにやれよ。あの世で見守ってるぜ」
 などと、意味もなくキザなことを言って、私を送り出すのだった。

    16

「しばし、お別れになりますね」
「本当に「しばし」だろう、依頼があればまた来るだろうしな」
 とはいえ、この手に掴むまでは、私はそんな未来を信じられまい。私には信じる相手も、信じられることも、信じるに足るモノも、今はまだ、どこにもないのだ。
 たとえばこの女だ・・・・・・人間かどうかは知らないが、人格は「信頼」出来るだろう。しかし信頼と信用は違うのだ。
 信じられる何か。
 私には己の作品の出来くらいだが・・・・・・・・・・・・それも「結果」として報われなければ意味があるまい。
 それを信じるとは言うまい。
 信じるとは、結果が不透明でもそれに心を託せることを言うのだから。
 作家としても、人間としても、まだまだ修行が足りないと言うことか。いや、そもそもがそんな優しい存在は、私の側にあることは一度もなかったという、ただそれだけの事実だろう。
 もう少し、未来を信じられるように。
 私の当面の目標は、そんなところか。
 宇宙船の港で、我々二人はラウンジにいた。
「貴方はこれからどうするのですか?」
 そんなことを、女は聞いた。
 私はこう答えた。
「金があれば、とりあえず平穏無事な生活を送れるだろうからな・・・・・・作家業で生き甲斐を感じつつ生きる・・・・・・精々その程度だろう」
「幸せには、なれませんか?」
「無理だろうな。それも自己満足なのだろうが・・・・・・・・・・・・いずれにせよ、豊かさもないのに幸せなど妄言だ。まずは満たされてから、まぁもとより人間関係における情が「幸福」で、それ以外は駄目だとしても、私は作家だ。書くことでしか、進む道は無いだろう」
「それで、幸せになれますか?」
「さぁな。何にせよ、まずは報われてからだろう・・・・・・それがなければ、最初から全て嘘だったということだ。誤魔化しようもなくそれが事実。その事実すら翻すようないい加減で省みない世界なら、こちらの方から願い下げだ」
 因果は応報するのか。
 思いは、意志は届くのか。
 綺麗事ではなく、結果で判断できるだろう。
 そこは神でも仏でも、誤魔化すことの出来ない事実なのだからな。
 そこを誤魔化すようならば、最初から神も仏も因果応報も、ただの嘘、この世は下らない確率論の運不運が全てだと、そういうことだ。
 ならば、致し方あるまい。
 勿論、そこに意味があるのなら、人間の意志に価値が宿るのなら、結果が伴うのならば、私はその先へ進まなければなるまい。
 その先に、何があるかは分からないが・・・・・・・・・・・・報いがあるのなら、大丈夫だ。
 信じて、前を進めるだろう。
「とりあえず、私は、人並みのモノが欲しい。噺はそれからだ」
「そうですか」
 見守るように、女は微笑むのだった。
 見守られようがどうしようが、結果が伴わなければ、このやりとりすら無為に消えるのだから、つくづく世界は即物的だと、考えさせられる。
 今日より明日が、明日よりその先が、良くなっていけばいいのだが・・・・・・私個人としてやれることは全てやり切った以上、吉報を待つほかに、私に出来ることは、もう無い。
「精々、売り上げが高くなって、豊かな生活を送れることを祈るさ」
 祈る、なんて私らしくない、しかし実際出来ることはそれくらいだというのだから、まぁ仕方があるまい。
 私はやり遂げたのだ。
 やり遂げた人間に出来ることは、それだけだ。 今回の依頼もそうだろう。私は人殺を肯定も否定もしない。それは人間の本能だ。あって然るべきモノでしかない。女が情欲で男を殺す、それは大昔から脈々と受け継いできた人間のあり方の根源だろう。
 後悔はない。
 振り返りもしない・・・・・・この経験を活かして書き上げた作品が、いや作品を認める能力がその他大勢にあるのかどうか、私が危惧するのは精々それ一つで十分だ。
「さて、私はそろそろ行くとする。お前は」
「付き添いますよ」
 あまり長く一緒にいると、なんだか情が移りそうで怖かったが、まぁ今回くらいは良しとしよう・・・・・・記念すべき作品の完成祝いもある。
 私たちは荷物を引きずりながら、二人そろって歩いていた。空港内はアンドロイドが荷物運びをしたり、あるいはロボット犬がそれらに付いていたりしている。生身の犬は、最近あまり見なくなったな。
 これも時代の流れだろうか。
 人間は、愛もそうだが、手間を省くがあまり
近道をする傾向にある。それこそ私とは違って効率的に手に入れ、それが組織なら効率的に人を、アンドロイドを、植民地を使い、結果をあげる。 だが、その末路は悲惨なものだ。数字を追い求める企業は労働者を奴隷として使い、悲劇は末端が請け負うことになる。人に対する愛も同じだろう。何も育まずとりあえず結婚という、結果のみを手に入れた人間は、子供に愛など与えはしない・・・・・・したと思い込んで、自分は最高の経営者、ないし親だと思いこんで、現実を見ない。
 因果応報が、人間の意志が、やり遂げた人間が報われないと言うことは、つまりそれらの醜い所行こそが、現実には正しいことの証明だ。
 もし、そうならこの世界に価値は無い・・・・・・・・・・・・地獄の方がマシだろう。いや神も仏もただの嘘だった、妄言だったということか。
 それも、結果でしか判断できまい。
 綺麗事ではなく、結果でしか。
 私は今回、一つの傑作を書き上げた・・・・・・私の作品が、それを証明してくれることだろう。
 この世界は、生きるのに足るのかどうかを。
「荷物をお渡ししますね」
 着物姿の女がいるのが珍しいのだろう、他の乗客たちは珍しそうにそれを見ていた。見せ物にされる前に、ここを離れた方が良かろう。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。お気をつけて」
 今度はちゃんと、その言葉を受け取って、私は再び宇宙の空へ、足を踏み出すのだった。

   16

 五月蠅い人工知能は置いてきた。
 空を眺めたかったからだ・・・・・・宇宙空間は広大であり、大きいモノを見ていると、人間自分の悩みを少しだけ、忘れられるモノだ。
 やれやれ。
 今回の依頼は散々だったが・・・・・・「答え」を一つ、得ることが出来た。それで良しとしよう。
 私は、やり遂げたわけだしな。
 作品ももうじき書き終わる・・・・・・結末には何を添えようか?
 そうだな・・・・・・希望がある方がいい。希望など儚いものではあるが、それを私の物語で魅せる位は、別に悪いことではあるまい。
 私は暖かいコーヒーをアンドロイドの乗務員に注文した。
 コーヒーを飲みながら考える。
 私は後何度コーヒーを飲み、それでいて執筆を続けるのだろう・・・・・・死んだ後も、きっと続けてはいることだろう。
 ならば、やはりそれに結果が伴わないなんて、嘘だ。
 報われてしかるべきだ。
 なら、信じて待つとしよう。私は人を信じたことは一度もない。他人は口であれこれ言いはするが、別に助けてくれることは決して無いからだ。 だが、私のいままではどうだろう?
 私は作家を志してそのために決断し、苦悩し、努力し、遠回りし、学習し、改善し、そして、それを胸に前へ、進んできた。
 ならば、それを信じなければ、それこそ嘘だ。 私の歩んだ道は、決して間違っていないと、私はそう言い続けるだろう、あの世に行っても、そうしている自信と確信がある。
 ならば、身を運命に委ねるのも悪くない。
 そんなことを考えながら、宇宙船の出発エンジン音を振動で聞いた。
 この船はどこに向かうのか? 作家として生きるという道だろう。
 この船はどこにたどり着くのか? それは分からない・・・・・・だが、成し遂げた以上、それを信じるのも悪くない。
 邪道作家として、精々読者をこき下ろし、サインでもしてやるかと、そんなことを考えながら、私は眠りにつくのだった。
 次回作は、ふん。とりあえず置いておこう。
 夢でも見ながら待つとするさ・・・・・・作家に出来ることなど、書くことと評判を待つことだけだ。 その道の先に、光があればいいなと思いながら私は、意識の闇の中に落ちていくのだった。
 輝かしい作家としての未来を、信じながら。

 この軌跡こそが、邪道作家の結末だ。読者諸君は、精々この軌跡を忘れるな。
 この軌跡こそが、幸福であるべきなのだから。


あとがき

人として扱われた事も、人だと思った事すらない。であれば、人の愛なんぞ知った事では無いが、それはそれとして金になる。
全く共感しないが、取材はする。
我ながら最悪だな!! 無論、愛なんぞ使えればそれで良いが••••••しかし奇妙なもので、登場人物共は勝手気ままに愛を語り、批判する私に文句まで言うのだから驚きだ。
最近は、更に顕著になってきている••••••••••••私にどうしろというのだろう?
忌々しい限りだ。作家の気分は大体それだ。
まして、金を超える自負があれど、実利無き愛なんぞ押し付けられても迷惑だ。しかし、無償で物語をその私がバラ撒いているのだから、やはり「無償の愛」という事になるのか?
やれやれだ。実に忌々しい!!

さて、精々読者が山のようなおひねりを投げるとでも思っておこう。下らん賭博や電子遊戯のガラガラには大金を払うのだから、数万数十万くらい良い筈だ。
ご利益があると書いておこう。何せ、念じるだけで願いが叶うとかほざく阿呆でも良いくらいだ。であれば肩こり、腰痛、金運、恋愛運、仕事運から嫌な人間の排除まで叶うだろう。
最後だけは得意だ。任せておけ!!!
確実に「始末」しておいてやろう。
無論有料だ、金は貰う!!!
愛など無くても無くても、やれる事はある。現に、誰にも愛されずともシリーズ完結23冊を書き切った私が言うんだ間違いない!!
さぁ、貴様ら読者もやってみせろ。何十年、何百年だろうと進み続ければ辿り着く。
それが金になるかはわからなかったが、まあやる前の奴に資格は無い。何であれやらねば語れなしない。
故に、やるのだ。例え、愛が無くともな。
実際にやった「私」が言うのだ、間違い無い──────やれば出来る。そんなものだ。
金を払い、今すぐやれ!!
どちらもだ!! やらなければ寿命は貰う。
無銭通読に生きる価値無し!! 価値あると叫ぶなら払うがいい。

金も、示すべき価値も───形にしなければ無意味だからな。







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