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邪道作家第二巻 主人公をブチ殺せ!! (ハーフ版) 下

テーマ 非人間讃歌

ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)

縦書きファイル(グーグルプレイブックス対応・栞機能付き)全巻及びまとめ記事(推奨)

後書きは横書きのみ

  

   10
「デートですか」
 そう言ってそのような不届き者と話をするのは久し振りだと言わんばかりに、お高く止まった態度を崩さないのだった。
 私からすれば、大人の女ぶっているだけだが。 環境によって態度を改めざるを得ないと言うのならば、この女はちやほやされたりしながら様々な男にご機嫌伺いみたいな事ばかりされていて、あまり良い思い出はないのかもしれない。
 知ったことではないが。
 相手が何であろうが、原の中で大爆笑しながらからかうのは、私の性格というか、気質というかもはや変えられないものだ。
 相手が天上の存在であろうが、知ったことではない・・・・・・そんなことを気にするようならば、こんな人間になっていない。
 作家とはそう言うものだ。などと、行ってはみたものの、他の作家も私のような非人間なのかは知らないので、勝手に作家というくくりで巻き込んでイメージを歪曲させているだけかもしれないと、読者を混乱させる発言をしてみたりな。
「具体的に、どこに行くのですか?」
 二人して歩きながら会話をする。
 外はネオンというのか、人工的な光がまばゆく光っており、様々な、まぁおおよそ大人が遊ぶ建物ばかり並んでいた。
 デートとは言ってみたものの、実際夕方に行ける場所となれば限られてくるし、ご機嫌を伺ったところでデートと言えるかは怪しいものだ。
 楽しめれば、片方ではなく双方が楽しめればそれで良かろう。デートとは男が女をエスコートするものというイメージがあるが、それで楽しめなければ意味がない。
 まぁ失敗したら失敗したらで、次に活かせばよいだろう。女の目線で査定されるのはあまり良い気分ではないが、しかしデートとは女からすればそう言うものらしい。
 まぁ私は楽しめればそれでいいので、とりあえずは私のやり方でこの女が、タマモが楽しめるかどうか試すとしよう。
「まずはここだ」
 そう言って、私は遊園地(普通のだ)に入ることにした。まだ時間はあるので、ゆっくりと回ることにしよう。
 頭の中ではメイべリーンが流れていた。つまりそういうノリだったという事だ。
「遊園地?」
「遊び場だ。簡単に言えば、娯楽の宝庫だよ」
「あれは何ですか?」
 そう言って彼女はジェットコースターを指さすのだった。
 心臓に悪いという理由で却下するか迷ったが、結局一緒に乗ることになった。
 私は記憶から早々に削除したが(なぜ率先して命を危険にさらすのかわからない)彼女はそれなりに楽しめたらしく、いろいろな場所を回り、くたくたになってから、最後に観覧車に乗るのだった。
 定番である。
 ベタすぎると思ったが、女というのはいつの時代も定番を好むものだ。何にせよここまでやって怒ったまま帰られても何なので、最後まで付き合うことにした。
「ところで」
 相席なので話からは逃げられそうになかった。 真正面から人と向き合う、というのは私のような人間からすれば、殆ど無い機会ではあるが。
「良い景色ですね」
 なぜこんな事になったのだったか・・・・・・作家としての悪癖のせいだ。
 だから金にもならない作家業は好きになれないのだ。最も、そのおかげで女と観覧車に乗れているのかと思うと、複雑な気分ではあった。
「まぁな、観覧車とはそういうものだ」
「私は長い歴史の中で様々なものを見てきましたが、あなたは私とは違うものを見てきているようですね・・・・・・何を見たのですか?」
「何の事やら」
「とぼけないでください」
 ぴしゃりと制された。
 遊び心のない奴だ。
 女とはそういうものだが。
 そして遊び心が過ぎるのも、また男という生き物の性である。
「とぼけてなんていない。私は視力の良い方ではないのでな、大したものは見ていない」
「なら、なぜあなたは作家なんていう割に合わない仕事をしているのですか?」
「酷いことを言う」
 事実ではあるが。
 儲かるのは編集部であって、私ではない以上、そもそも作家業というのは仕事なのか何なのか、判断の分かれるものですらある。
「私は性に合っていただけだ。才能はなかったがしかし、こうも長く語ることと綴ることに関わっていれば、多少の経験や教訓は得るものだ」
「何を得たのか、それが知りたいのです」
 そんなこと知ってどうするのだろうと思ったが・・・・・・私が女を知りたがっているように、彼女は男を知りたがっているのかと思ったが、見たところ男は知り尽くしているように見えたので、恐らくは人間の不合理さを知りたいのだろう。
 人間ではないから。
 しかしそれを言うのならば、私だって人間と断定できるかどうかは微妙なので、まぁ適当なことしか言えないが。
 普通に考えれば何千年何万年と生き続け、本を書き続ける作家など、半ば怪物じみているしな。 それが私なら尚更だ。
「得たものか、得たものはなかったな。何一つとして未だ、手に入らなかった」
「なら、何故ですか? 人間は欲望を満たすために生きます。貴方には欲望を満たす為に必要な心がない。心無い以上、なにを望もうが無意味であり、そして欲を満たせないなら尚更では?」
「まったくその通りだ。私は金がほしいが、しかし金で自身を満たすこともできない。私という人間に心がないならば、心がない以上願うことはできず、叶える望みもない。人まねをして、人間の真似をして、これまでつつがなく生きてきた」
「そこまで分かっていながら金を求め、そして物語を綴るのですか。意味不明ですね」
 呆れられたようで、ため息をついて彼女は肘をついて観覧車の窓にもたれ、手で顔を支えながら外の風景を眺めるのだった。
 悔しいが、絵になっていた。
 何をしても様になる女だ。
「金があればとりあえず「幸せだ」と言い張ることができる。そして人間の幸福が「愛」だとか金で買えない尊いモノとやらだったとして、やはり私には関係がない。金で買えないならば別に構わないし、手に入らなかったところで、あるいは手にしたところで私は何も感じやしない」
 妥協とかではなく、そもそも愛情に幸福を感じたりするのならば、こんな人間になっていない。 だからこその金だ。
 少なくとも、金で買える幸せがあることも、また事実だろうしな。
「金で買える幸せなど、薄っぺらいものでしかありませんよ。所詮物質的に満たされたところで飽きていき、また珍しいモノを欲して、全てを手に入れたところで、どんな権力や財宝も、所詮くだらない男の自己顕示欲を満たすためのモノでしかありません」
 少し、違うな。
「権力は欲しくない。生憎と、世界一の権力があったところで、そんなモノは頭痛の種くらいにしかなりはしない。忙しいのは御免被る」
 実際、あったところで疲れるだけだろう。
「なら、金が欲しい理由は何ですか?」
 やれやれ。
 お前は新聞記者か。
 質問責めも良いところだ。
「金があれば他人に煩わされなくて済む」
「それだけですか?」
 馬鹿を見る目だった。
 失礼な女だ。
「私は他人の都合に振り回されるのが大嫌いだ。金があればしょうもない争いに巻き込まれないし組織に無理に属する必要がない」
 まぁ、作家として編集部に良いようにこき使われているので、いい加減まとまった金が入ったらその道を考えておきたいものだ。
 いきなり隠居して編集部を困らせてしまおうか・・・・・・考えておこう。
 一生編集部の奴隷は御免だ。
「要はただの人嫌いですか」
 そんなところではある。
 実際、そのようなものだろう。
「なら、作家業は何ですか? 見たところ、羽振りがよいようには見えませんが・・・・・・」
 放っておいて欲しいものだ。
 作家とは物語を語る存在であって、儲けるのはいつの時代も編集社だ。
 その法則は、ロボ・コップみたいなアンドロイド達が、同じように人間の職業を奪っていく時代でも、変わらない。
 おいしい思いをするのは狡賢く、甘い汁をすすれる人間であって、私は狡賢いと思うが、そんな立場にはいない。
 いれたら作家になんてなっていない。
「物語か。ふん、まぁ空を飛べないペンギンが、大空を羽ばたく鷲の物語を吹聴して聞かせるようなものでしかない。人間を本質的に理解できないならば、感じることなく知っているかのように語ればよい。心を本質的に理解できなくても、それがあるかのような物語を語る事はできる」
 無論、こんなモノは後付けも良いところと言うか、まぁしかしそれらしい理由ではあるだろう事を考えると、真実かもしれないではないか。
 変なモノを見る目を止めないタマモは、
「語って、それでどうするのですか? 語ったところであなたに心は分からないのでしょう?」
 と聞いた。
 だが、私からすればやはり、自明の理でしかなかった、はずだ。多分。
「この世の幸せは所詮自己満足でしかない。ならば構う必要はない。金があれば文句を言われる必要もなく、本質的に幸福を理解できず、心を感じ取れなくとも、そんなものは自己満足のやりがいやいきがいで十分足りる」
「足りなかったとしたら? 結局の所心で感じる幸せこそが真実で、金ややりがいで埋められなかったとしたらどうするのですか?」
 どうやらかなり真剣な目で見ているところを見ると、何か思うところがあるのかもしれなかったが、まぁ私からすれば関係ないので普通に答えてやることにしよう。
 納得行く答えかどうかは、保証しかねるが。
「そのときは宗旨替えして、愛を叫び友情を尊び道徳心を胸に、いや、面倒だな。となるとやはりどれだけ「心みたいなもの」が真実の幸福でありそれ以外は偽物だったところで、私は胸を張って札束を数え、さらなる自己満足をし、この世を楽しめるだけ金の力と私の力で楽しむだろう。それが正しいかどうかなど知ったことではない。全てが自己満足でしかないのならば、そういうあり方を否定される覚えもないしな」
「・・・・・・あなたは馬鹿ですね」
 と言われた。
 本当に失敬な女だ。
 生き方を笑われる筋合いはないはずだが。いや私の場合、他に生き方を知らないだけ、いや他の生き方など無かったと言うべきか。
 そういう意味では、私の意志は関係ない。
 道が一つしかないのなら進むしかあるまい。
 やめることも休むことも許されないのなら、尚更そうだ。
「すみません、笑うところではありませんでしたね」
「まったくだ。面白いことを言ったつもりはなかったが・・・・・・」
「ええ、しかしそんな生き方で破綻しないとでも思っているのですか? 人間は所詮一人では生きられませんよ? 孤独はどのような地獄よりも辛いものです」
「安心しろ」
 そう言って、やはり私は適当に答えた。
「その孤独と私は、長い付き合いの友人だ」

   11

 ベッドで目が覚めたとき、隣に女が寝ていて驚いた。それはタマモだった。
 記憶はハッキリしているので困惑はしなかったが、しかしそう思うと酒で酔っぱらってこういう状況になった男は、恐ろしいほど動揺してしまえるのも頷けた。
 部屋を出て、朝ご飯を食べに行く・・・・・・昨日チェックインした新しいホテルだが、しかし雰囲気はあまり変わらないようだ。当然か、同じ惑星、同じ国ならば、違う方がおかしい。
 バイキング形式なので、好きなモノを頼めるのは嬉しかった。私は納豆と豆腐、そしてアーモンドとチョコレートという、和洋折衷なメニューを並べることにした。一体胃の中ではどうなってしまうのだろうか?
 あまり考えないでおこう。
 店内にはジョニーbグッドが流れており、何とも軽快な響きだった。大昔、カウボーイとか言うサムライが活躍した時代を再現しているらしい。 私は何万年前だったか、行ったことはある。だがここまで清潔ではなかった。強いて言えば違いはそれくらいだろう。殆ど当時の活気ある酒場の雰囲気が同じだ。
 人間の文化は時間で消耗しないと言うことか・・・・・・為になる話だ。
「すみませんが、連れが居るので、席を二つお願いします」
 と頼んでおいた。
 恩を売るには安い手間と言える。
 しかし、よくよく考えればあの女がいつ起きるかなど、私には計りかねることだ。
 そう思っていたのだが。
「おはようございます」
 何事もなかったかのように、乱れた髪型などを直しており、不覚というか、自身の乱れた姿と男と一夜を共にしてしまった過去を消しさりたいらしかった。
 なのでからかうことにした。
「昨日の夜ほど、乱れた格好ではないらしいな」 きっ、と恐ろしい眼力で睨まれた。
 どうやら気にしているらしい。
 まぁ、分かっていて言ったのだが。
 人間の魂が一番人間を満足させてくれる。作家は魂を形にすることが仕事だが、しかし仕事でなくても人の、あるいはそれが人外でも、その当人の魂は喰える。
 捕食できる。
 小説の善し悪しが「作家の魂の形」で決まるというならば、人間は美味しい魂を食べることが、それがどのような存在あれ、最も満足を得られるのだろう。
 人間の魂の味を知ること。
 人間の満足感は、全てこれに通じる。
 そう言う意味では、私は他者の魂を「味見」するのが好きなのかもしれない。だからこうやって人を、それが人でなくても知りたくなるのだ。
 他者の魂の味を知ること。
 それによってさらに面白い魂の形を紙面に描くことは、まぁ作家の仕事の内だろう。
 目論見は成功して、この女のまだ知らない顔を少しだけ、知ることができたしな。
「・・・・・・依頼を受けたそうですね」
「なんのことだ」
 とぼける意味はないのだが、遊び心のようなものだ。特に意味はない。
 意味もなく女をからかうのは、我ながらどうかとも思うが、まぁよかろう。
「とぼけないでください」
 その、私の態度が気に入らないらしい。
 この女はストレス解消に胃袋を使用するタイプらしく。カレー皿の二倍くらいはありそうな皿(パーティでもここまで大きいのは無いだろう)に山盛りの白米と、山盛りのささみを乗せて食べ始めるのだった。
 驚くべきはその量と、食べる早さだ。
 テーブルの半分以上を占めるその巨大丼の中身を、三人分くらいは食べれそうな巨大スプーンでぺろり、とおやつを食べるような感覚で彼女は食べるのだった。
 引きちぎるような荒々しい食べ方だ。
「何ですか、女性の食事中にそんな目で見るのは失礼ではありませんか?」
 確か、ささみは狸の好物ではなかったかとか、そもそもどのような物理法則で腹に収まっているのかとか、興味は絶えなかった。作家としてもそうだが、個人としてもだ。
「美味いのか?」
「ええ、とても」
 怪獣が人間を捕食したらこんな感じなのだろうか・・・・・・私はハッとして自分の食事を食べ、対抗意識というわけではないが、皿を持って席を離れて少し多めに、肉をよそって帰ろうとしたのだが・・・・・・。
「ああ、それの20倍ほど乗せてください」
 と、皿を渡されてしまった。
 私は、
「私は小間使いではないのでな。自分で入れろ」 と、負け惜しみなのか何なのか、とにかく強引に席に座り、気にしないように努めた。
 しかし戻ってきた女が皿に、牛でも解体したのかというような量を乗せてきたので、聞かざるを得なかった。
「そんなによく食べられるな」
「失礼な、そういうことを女性に聞かないでください」
 マナーですよ、と何だか私が常識がないかのように言うのだった。
 まだまだ修行が足りない。
 女とは恐ろしい生物だ。
 とても手に負えそうもない。
 しかも、スイーツはきっと、別腹なのだろう。「さっきの話だが、依頼は受けた。だが、それがお前に何の関係がある? 人間同士の諍いなど、関与する必要はあるまい」
「そうでもありません。フカユキさん、でしたか・・・・・・彼女が言うような中身は存在しません」
 どう言うことだろう?
 核発射スイッチではないとして、なら大統領ともあろう人間が」、一体アタッシュケースに何を入れるというのだろう?
「彼女は大統領本人から依頼を受け、大統領を裏切るため貴方に偽の依頼をし、ケースを始末させるつもりでしょう」
「まて、意味が分からない」
 依頼を受けたはずの始末対象は、始末対象を持っている人間から・・・・・・面倒だな。
 説明させて判断しよう。
 私は政治家ではないのだ。よくよく考えたらこいつらが何を考えていたかなど知ったことではないのだ・・・・・・フカユキからは前金を受け取っているし、向こうが裏切ったならこちらが裏切っても構わないだろう。
 キャラクターのイメージ的に、あの女はダークヒーローのようなものだと思っていたが、しかしその実はどうやら復讐鬼の素質を持つ女だったらしいことが分かれば十分だ・・・・・・。
 メモしておこう、いや頭の隅に留めよう。
 作品のネタになるかもしれない。
 私は主人公だとかダークヒーローだとか綺麗事を抜かす人間、キャラクターは嫌いなので、主を裏切ってサムライを騙して無計画な復讐をしようという女の方が、好感が持てる。
 絶対に付き合いたくはないが。
 いや、それも場合によるかもしれない。
 何にせよ、こいつらの思惑など知ったことではなかった。小娘が復讐に成功しようが、失敗しようが知ったことではない。
 問題なのは、そう。
「・・・・・・そこまでもったいぶる、アタッシュケースの中身とは何だ?」
「言えません」
 知りたい、見たい。
 騙してでも。
 だって気になるではないか。
 予定変更だ。ギャングのボスなど知ったことか・・・・・・それこそ主人公ならば依頼を最後まで全うして見届けるのだろうが、私は人に言いように使われるのが大嫌いだ。
 よって、今回はケースの中身が最優先だ。
 とはいえ、この女に口を割らせることは不可能だろう。・・・・・・このまま私を食べたりしないだろうな、この女。
 また食べるのだろうか。
「話すか、食べるか、どちらかにしたらどうだ」「それでは一緒に食べる意味がないでしょう」
 そうかもしれないが、それならもっと軽いモノにすれば、良さそうなものだが。
 見ていて胃がもたれそうだ。
 勘弁して欲しい。
「わかった。とにかく、そのアタッシュケースの中身を教える気はないんだな?」
「いえ、依頼をこなし、回収してくれれば」
 教えます、と。
 あのフカユキとかいう女に受けた依頼は「アタッシュケースを切り捨てて欲しい」だったはずだが、しかし回収というのは彼女、タマモの意志だろうか・・・・・・?
 思惑に翻弄されるアタッシュケースか。
 どんな手段を使ってでも、中身を見てみたい。 気になる。
 こうなるとフカユキが長ったらしい蘊蓄をたれて故郷がどうだのなんだのと言っていたのも演技だったのだろうか? だとしても構わないが、それならそれで綺麗事を聞かせる必要は・・・・・・一応私を騙すためだったのだろうか?
 綺麗事ばかり言うつまらない女だと思っていたが、見直したぞ。
 この私を復讐の道具に使おうなどと、中々骨があるではないか。それに今思い返せば仁義云々のくだりは流石に、演技過剰な気がしてならない。 いくら何でも、いや今となってはどうでもいい話だ。例え演技ではなく事実だったところで、私には何の問題はない。 
 今興味があるのは中身である。
 キーワードは正体だ。
 正体、いい響きだ。何事においても人間は謎を追いかけ、物事の、有名人の、政府の陰謀の正体を知りたがる。
 物語もまた然り。
 今更だが、私は作家なので、倫理観だとか正義とか悪とか、助けを求める小娘だとか、あるいはそれにまつわる陰謀だとかはどうでもいい。
 問題はいつだって、作品のネタになるか。
 それだけだ。
「回収すれば教えるのだな?」
 そうは言ったものの、こういうのは誰かの許可を取って見ても面白いものではない。
 勝手に見させて貰うことにしよう。
 回収できれば、だが。
「言っておくが、私はサムライを副業としてしか見ていない。それにどのみち回収となると、業務外というか、違う畑の話ではないのか?」
「ええ、承知しています。しかし力ずくで奪われる可能性を考慮すると、サムライである必要が出てくるのです」
「サムライなら他にもいるだろう」
 実際には良く知らないが、読者よりも知らないかもしれないが、しかしハッタリは万国共通のものだと言っておこう。
 つまりただの虚言だ。
 他にいるかどうかなど私は知らない。
「ええ。しかし、交渉ごとが得意な、強かな人間となると、貴方が該当しました。他のサムライは実直すぎて、交渉ごとには不向きです」
 誉められているのだろうか?
 いや、そもそも交渉とは何だ?
「交渉? 出店でも出してケースを売るのか?」「そんなわけないでしょう。あれは非常にデリケートなものです。それに、交渉と言っても話は既についています」
 ますます意味不明だ。
 誰か分かるように説明しろ。AIのジャックを自宅に置いてきたのは失敗だった。携帯端末を携帯しないから、こんな事になっているのかもしれない。
 とはいえ、落ち着こう。
 こいつらの思惑など知ったことではないのだ。
「なら、私に何をして欲しいのだ?」
 言って、彼女はケーキを何個か丸飲み(鯨か、この女は)して、私に簡潔に言うのだった。
「大統領本人から、ケースを受け取ってくれればよいのですよ」
 にこやかにそんなことを言うのだった。

   11

 まさか大統領が国を裏切り、保身のために貴重品を売るとは・・・・・・それもあんな大食いの女に。 つまりは、大統領本人と話は付いているが、この大統領が曲者らしい。
 人間でもない、とタマモは言っていた。
 その大統領相手に丁々発止、そして最終的に取引をコントロールされて、肝心のケースを向こうに独占されたくないらしい。それなら渡さなければ良いのではと思ったが、どちらも双方の協力が必要なので、向こうとしても恐らくは仕方が無くあの女に一時、ケースを預けて目的を達したいだけらしい。
 私はケースの鍵と、よくわからない古ぼけたレンズを渡された。こんなガラクタで何をしたいのかは不明だが、このガラクタを私が大統領の目的達成の為に渡した後、大統領は目的達成後、用が済んだケースを私に預け、それをタマモが回収するのだそうだ。
 ややこしい。
 まぁ、今回は向こうの都合などどうでもいいので、気にする必要はあるまい。
 まず、ケースの中身。
 そしてついでに、この古ぼけたレンズで、大統領が何をするのか?
 それさえ分かれば、結果国が滅んでも構うものか・・・・・・と言いたいところだが、タマモには私の寿命を延ばして貰わなければなるまい。つまり誰にも気づかれずにケースと大統領の奇行を盗み見ることが、今回の課題だ。
 やってることはただ人の秘密を勝手に見るだけだが、しかし作品のネタにはなるだろう。
 個人的にも気になる。
 何が入っているのだろう?
 宇宙船のファーストクラスシートにくつろぎながら、私はそんなことを考えていた。
 今回は携帯端末をきちんと携帯している。
 本来当然のことだが。
 つまりジャックも一緒だった。私が何故こんな奴を連れ回すのかというと、作家として第三者の視点が必要だからだ。 
 第三者。
 アンドロイドにも人間にも、あるいは人外にも肩入れしない、第三者の傍観者。
 それが人工知能の役割だ。
「つまりさ」
 ジャックは言う・・・・・・携帯端末のスピーカー越しに。彼には世界がどう見えているのだろうか。 画面越しに見える世界。
 彼? の視点に立てば、そう見えるのだろう。「先生には興味がないわけ? 今回の依頼って政治が絡んでいるんだろう? 依頼を達成した結果誰かが涙を流すことになるかもしれないぜ?」
「知らないな、そんなことは」
「それが見ず知らずの飢えた貧民でもかい?」
「当然だ。私は聖者ではない。作家だ。物語を綴ることが重要なのだ」
「なら、サムライ業なんてやめちまえよ」
「そうも行かないだろう。出版社とは違って、作家の儲けは微々たるものだ」
 ため息、人工知能がため息というのも妙な話だが、とにかく彼はスピーカーからため息をついたのだった。
「それを仕事と言えるのかい?」
「さぁな。だが金だけ求めるなら為替でも極めればいい話だ。無論、綺麗事は論外だが、しかし実利だけでは物事は成り立たんものだ」
 世の中は不合理性もはらんでいる。
 不条理で人を苦しめるだけではなく、その一方で不合理な行動や理念を肯定し、人間は前へと進んできた。
 ままならぬが世の常だ。
 明確な答えなど無い。
「確かな答えが無くとも、自己満足でも人間はそういう行動がとれるのさ」
「不合理だな。そんな意味のない行動は」
 確かにそうだ。
 そもそも、現実には存在しない事柄を綴る物語は、不合理の集大成みたいなものだ。
 だが違う。
 意味はある。価値も。
 私がそう願っているだけかもしれないが。
「そうでもないさ。そんなことを言えば聖書だって物語だ。しかしその物語が人類の歴史すら動かしてきたというのだから、少なくとも人間は不合理を無視できない生き物なのさ」
「我々のようには、行かないのか」
「人類が合理的思考を獲得したら、結婚などと言う効率の最悪な行動は、誰もしなくなるだろうな・・・・・・」
「そりゃ困る。淡泊すぎるのも頂けないって事かね」
「そういうことだ。それに、国家規模の感情論で動物保護を唱える一方で、「重要ではない」と自分たちが思った動物はペットの餌にミンチ肉で混ぜるような、身勝手きわまる人間に「合理性」を説くことそのものが間違いだ。人間自身がどう思おうが、少し賢い猿でしかないのだ。世界の支配者、調整者を気取ったところで、自分たちの価値観の押しつけ合いや、「自分たちにとっての常識」という、ちまい価値観でしか物事を見れない人間などに、賢い選択などできんさ」
「先生もそうなのかい?」
「そうだろうな、知ったことではないが」
「身勝手だねぇ」
「それが」
 カセットテープの「再生」を押して、
「人間というものだ」
 私はジャックにそう言った。
 シートに体を預けながら、頼んでおいたコーヒーを口に含み、音楽を流す。・・・・・・・・・・・・ジェイルハウス・ロック、プレスリーだ。
 これ以上の幸せがあるだろうか。
 コーヒーを味わいながらオールディーズを楽しみ、チョコレートを口に放り込む。
 これを極楽と呼ぶ。
 少なくとも、私は。
 人によって求める答えなど違うものだ。そう言う意味では大抵の幸福を買える金というものは、私にとっては便利なものであり、便利だから貰えるだけ貰っておくというのが、現在の私のスタンスである。無論、スタンスなどと言うのは臨機応変に変えるものであり、読者に対しても私はイメージに沿った傲慢な作家像から、低姿勢で意外だと思われる謙虚な姿勢も作ったりするものだ。
 演技と言うよりは、複雑怪奇と言うよりはそれら全ての要素を持っているのかもしれない、などと煙に巻いてみたりしてな。
 私の作品は人間ドラマ主体なので、アクションだとか推理だとかには焦点を置いていない。
 人間だ。
 人間の性、業、欲望の向かう先、あるいは人間の中にあるらしい「美しい何か」を描くのが好きなので、私は作品のためにも、そういったことに対する思考を常日頃から心がけているのだ。
 今回もそうだ。
 人外と人間の争いになど興味はない。
 矛盾しているように思われるかもしれないが、私が望むのは人間の本性であったりどうしようもない性であったりするので、自然ありきたりな欲望や政治、主義主張そのものには興味はない。
 問題はその主義主張を扱う人間自身が面白くなければ、どのような壮大な理想も志もつまらないという点だ。
 だから今回は彼ら彼女らの思想はどうでもいいのだ・・・・・・そこまで人間も人外も狂わせるアタッシュケースの中身の方が、興味がある。
 と、言うより長々と語っておいてなんだが、個人的に知りたい。その結果人が死ぬかもしれないが、しかし私は何度も言うが、作家である。
 作家は物語を書くことと、食後のコーヒーくらいにしか、娯楽を感じられないものだ。だからこそこのような業の深い仕事をするのだろうが。
 そうでもなければできないだろうがな。
「お前は、今回の件をどう見ているんだ?」
 ジャックに聞いてみる。
 こういう時、第三者視点があるのは有り難い話だ。私個人だと、どうしても穿った見方になってしまう。先日のフカユキの件も、ジャックが一緒ならば、あんなつまらないことに巻き込まれなかったかもしれない・・・・・・いや、まて、フカユキに関していえば、タマモがそう言っているだけで、真意は謎のままなのだ。
 あれが演技だとすれば、何故そんな恥ずかしい真似をしてまで、私を呼びつけたのだろう。
 もしかすると、本当に彼女の言うことが当たっていて、少なくとも大統領に一泡吹かせたいという気持ちは本当だったのだろうか?
 三者の立場。
 アンドロイド作家、フカユキ。アンドロイドと人間のハーフ、だったか。いや、当人曰くその偽物、影武者みたいな存在らしいが、私からすれば「厄介そうな女」という生き物であることには、きっと違いないのだが。
 私の雇い主、タマモ。しかしそれも本名なのか定かではないし、案外実は人間でした、などという可能性もなくはない。
 そして、まだ見ぬ大統領。国民に内緒で物騒な物を扱っているのは明らかだろう。
 なんだ、こうしてみると、まともなのは私だけか?
 よりによってこの私が、常識人のポジションなのか・・・・・・面倒な話だ。
「そうさな」
 ジャックは言う。まぁ、スピーカー越しに音を立てているだけなので、喋ると形容して良いのかは、分からないが。
「少なくともまた、良いように利用されているのは明らかだぜ、先生」
「今更だろう、作家として生きている以上、出版社に利用されるのは明らかだ。そして雇用者が非雇用者に何をやっても許されるのは、大昔から変わらない資本主義社会の現実だ」
「何千年も生きているくせに、何で作家業なんて始めたんだ? あの女と取り引きして、寿命を延ばしているなら、ついでに金を請求すれば」
「してるさ。しかし、作家業とは呪いのようなものだ。私個人の思惑など対して関係が無く、そう定められている」
「物騒な話だな。夢と希望を売る作家様が」
「夢も希望も存在しない時点で、詐欺も良いところだ。存在しないものを想像させ、人々の心をかき立てるという点では、作家も詐欺師も似たようなものではあるがな」
 作家という生き物は、利用されることが多い。 いい加減ストライキでも起こして、賃金交渉くらいは行うことにしよう。
「話がそれたな。それで」
「それでって・・・・・・アタッシュケースの中身は間違いなく、危険物だぜ。先生本気で開けるつもりか?」
「開けるなとは言われなかったしな」
「もし、もしだぜ、本当に振動核のスイッチで、それが爆発したらどうするんだよ?」
「少なくとも爆発するのはどこか知らないところだ。故に知らん」
「ひどいな、おい。人道に反するんじゃないか」「人道だと? 笑わせる」
 人間にそんなものはない。
 地球の裏側で何万人死のうが、悪いのは世界であって、自分たちではないと思いこむ。ほんの少し寄付でもすればいいものを、「お金が余ったら寄付する」と言って高価なバックやゲーム機、そしてハンバーガーを貪り、豪邸を建て、別荘には映画館をつける。金持ちはそれらしいことを言って「自分が死んだら全額寄付する」ことをまるで人類史上これ以上ない「善行」みたいなものを行った気になるその実、生きている内は豪華なクルーザーに乗り、子供達には遊んで暮らせる分を分けておき、小綺麗にまとまって死ぬ。
 そもそも、富の大部分を独占するから、寄付しなければ成り立たなくなるのであって、極端な資本主義の悪がなければ、そんな問題は起こっていないだろう。
 地球環境がどれだけ悪化しようとも、国のせいであって、別に行動を起こして寄付するわけでもなく、その結果地球を使い物にならなくして追い出されたくせに「あれは仕方のないことだった、これからは意識を変えていく」と反省したフリをして、またどこぞの惑星を食い物にして使いつぶすのだ。
 そもそも人間がいるから環境は汚染される。
 嘆くフリをするなら息を止めるか、寄付でもしておけばよいのだ。それが嫌なら温暖化の暑さに文句を言うな。自分外気をしているからだと思えばよかろう。
 私のような人間が意外かもしれないが、寄付をしている。それも大金をだ。ごちゃごちゃ言われたくないという保身の心と、そして環境を惑星単位で汚染されれば、人事にならないというせっぱ詰まった理由からだが、とにかく、何万人か何千万人か知らないが、結構な人間が救われているはずだ。
 寄付をしていない人間は私以上にきっと、人でなしなのだろう・・・・・・そんな生物を人間と呼べるのかはしらないが、自身を善良であると思いこみかつ、人事だと不条理を受け流せる人間というのは、見ていてそのくらいおぞましいものだ。
「人間に説くべき道など無い。科学は宇宙の果てまで余すところ無く解明したが、しかし人間の精神は原始時代から大して成長していないのが、現実だろう」
「先生も人間だろう?」
「そうだな。まぁ、私は存在自体が害悪だと指を刺されたところで、放射能をまき散らしながらでも、堂々と生きるタイプだが」
 存在が害悪なものがあったとして、しかしそんなものは周りの都合が悪いだけであって、私の知ったことではない。
「開き直りも、そこまで行くと大したものに見えるから、人間って奴は不思議だ」
 そこまで言ったところで、アンドロイドらしき乗務員が、食べ物や飲み物を運んできた。
 助かる。
 私は高所恐怖が尋常でなく強いので、何か気を紛らわしていたいのだ。
「アンドロイドを素手で撃退する男が、なんで高いところが怖いんだよ」
「だって、落ちるんだぞ」
「落ちねぇよ」
「幽霊は良い。殴れるなら殴れば良いだけだし、殴れないなら向こうも私に害は与えられまい。与えられたとして、やはり始末する方法くらいはあるだろう。アンドロイドであれば、コアが壊れるまで殴るか、斬り捨てれば終いだ。ストーカーなんて縁は無いが、しかしいたところで捉えて尋問するか、あるいは二度と舐めた真似ができないように物理的に叩き潰せば事足りる」
「高いのは駄目なのか?」
「高いんだぞ。落ちたらどうする」
「幽霊は怖くないのに、高所が駄目とはな」
「高所に比べれば、幽霊やアンドロイドの方がましだ。元が人間であるというなら倒す方法はあるし、アンドロイドに至っては、破壊すれば終わりだろう」
「普通は破壊できないんだけどな」
 知るか。
 私を普通の人間の尺度で測るんじゃない。
 まぁ景色がよいので、こういう飛行物体の中では、あまり気にはならないが。
 話しているところに乗務員が割って入った。
「すいませーん」
 私は話を切り上げ、乗務員の方を見た。見ると美味しそうな弁当から和菓子まで、何でもそろっているワゴンカーの姿があった。丁度腹も減っていたところだ。
 何を頼もうか。
 ライスにチーズとミートをたっぷりかけたドリアと、チョコレートをかけたカシューナッツ、そしてコーヒーにした。
「お客さん、お目が高いですねぇ」
 言って、ワゴンカーを動かしている小柄なアンドロイドが答えるのだった。
 小柄。
 そう、珍しいことにキッズタイプのアンドロイドだ。私はこの最新科学にまみれている社会構造の中でさえ、率先してテレビを見ず、他人との交流を避け、執筆とサムライとしての仕事以外で都会の情報を仕入れないため、あまり世情に詳しいとは言えないがしかし、こういうアンドロイドは始めてみた。
 おまけに口数が多そうなチビだ。
 画一的なアンドロイドのイメージは、もはや古い情報なのかもしれない・・・・・・情報を更新しておこう。
「お前、アンドロイドか?」
「ですです、ここの乗務員として雇用されているのです」
 かしましいというか、妙に人間じみているアンドロイドだった。
 不気味の谷、だったか。
 ここは作家として、聞いてみることにしよう。「お前は、ええと」
「ピニョです。ネクサス82型アンドロイド。だいぶ前の世代ですけれど、こうしてお仕事に勤しんでいるわけですよ」
 変な奴だ。
 アンドロイドは皆こうなのだろうか・・・・・・いやアンドロイドにも変わり種は多いということか。 私の場合、その変わり種と会う機会が多いような気がするのも事実だが。
「ピニョとやら、貴様は自分をどう思っているんだ?」
「どうって、何がです?」
「アンドロイドであることについてだ」
「ああ〜」
 と、気の抜けた返事をするのだった。
 最近思うのは、アンドロイドにしろジャックのような違法人工知能にしろ、長く人間社会に染まっていると、俗っぽい言動が多くなる。
 おまえ達はそれでいいのか。
 人間みたいにだらしがなくなるぞ。
「いや別に。私はそりゃー最初は苦労しましたけれど、でも、苦労なんて生きていればいくらでもありますし」
「生きていれば、か。つまりお前」
「ピニョです。きちんと名前で呼んでくれないと答えてあげませんよ」
 女というのは機械化されても変わらないらしかった。そこは改善しないのか。いや、ただ単に私の他人に対する記憶力が少し足りないだけだ。
 相手が人間でも神々でもアンドロイドでも悪魔でも、等しく平等に忘れっぽい。
 つまり平等と言うことだ。
「ピニョ。お前は自分の不遇を嘆いたりしないようだが、なら、自分たちが人間とは違う、ロボットだと言うことについて、何も感じないのか?」 アンドロイドに人権が約束されたこの時代において、差別だとののしられても仕方ない失礼な台詞だが、しかしおべっかを使っていても話は実りあるものになりそうにもない。
 だから聞いた。
 アンドロイドは、何を願うのだろう。
 彼ら彼女らは、アンドロイドであることで人間とは違う視野を持っているのだろうか?
 しかし帰ってきたのはありきたりというか、平凡至極な回答だった。
「いや、全然。なにも不自由はないですし」
 差別されていたり貧乏な人間が、あるいは人間以外がいたとして、哀れまれたりする事を望んでいるわけではないらしい事は、人生を生きていれば分かることだ。
 どれだけ酷かろうが悲惨を極めようが、哀れまれることに彼らは怒りを覚えるし、仮になかったところで哀れみからくる行動には、彼ら彼女らのためになるものは無いだろう。
「人間の旦那もいますしね。だらしない人ですけど、あの人と結婚できて、ピニョは幸せですし」 どちらがアンドロイドなのか分からなくなる。 愛情だとか、家族の幸せだとか、そう言ったものを根本から理解できない私は、人間味のあるアンドロイドたちよりも、人間を見下す人外よりも化け物なのだろうか・・・・・・もしそうなら割に合わないので、補償金を頂きたいところだ。
 私はわかりやすく金が欲しい。もし私の人間味のなさに同情しようとする存在があったなら、間違いなく「まず金を払え」と言うだろう。
 私とは違うが、この女ピニョもそういう物事の芯というか、大切なところを押さえているのだ。「そうか、幸せか」
 全く理解できなかった。いや理屈では理解可能だが、しかし共感だとか感じたりはできない。
「ええ、アンドロイドでも、人間でも、世の中の幸せなんてそんなものですよ」
 その理屈で行くと、私に幸せは永遠にこないのだが、まぁ幸せになれないならその分金を稼いで欲望のままに自堕落に生きるのもまた、一興だということにしておこう。
 幸せか。
 アンドロイドにも、心が宿ったという事なのだろうか?
「そういうものです。身近な幸せで満足できればアンドロイドだろうが人間だろうが人工知能だろうが、高望みせずともほどほどに短い一生を謳歌できるものです」
 羨ましいとは思わない。
 思ったところで仕方がない。無いモノは無い。私にはそういう「幸せみたいなもの」を感じ取る「心」とやらが無いのだから、考えるだけ時間の無駄だ。とはいえ、私自身はともかく、作家としてそういう「幸せみたいなもの」への理解を深めておくことに対して、やぶさかでもない。
「そう言うお前は、失礼、ピニョは、どういう幸せを手に入れたのだ?」
 どういう幸せで満足したのか。
 私のような満足したという事にしておく幸せとは、また違った世界が見えていたりするのだろうか・・・・・・興味深い。
「うーん。今だから言えることですけど、結婚して役立たずだけど愛する旦那と、子供の世話・・・・・・うん! 家族そのものが幸せかな」
 家族があることそのものが、幸せの形と言うわけか。
 尚更私にはどうしようもないが、まぁ言っても仕方あるまい。もし私が家庭を持ったところで、それを幸せだと感じることは、理解はできても感取ることはどうしても出来ないし、我が子や妻が死んだとしても、悲しみを「感じる」事が出来ないのだから、そんなモノは人間の真似事であって幸せではあるまい。
 だからというわけではないが、とりあえずケチをつけることにした。これは私の趣味みたいなものだと思ってくれていい。ただ単に意地が悪いとも言えるが。
「結婚したところで、楽しいのは最初だけだろう・・・・・・お前は違うようだが、結婚そのものを目的にしている奴らなど、まさにそうだ。愛情とやらがあるから結婚するわけであって、結ばれることそのものに幸せはないだろうしな。仮に愛情のある結婚だったとして、経済的な問題は増えるし、子供の世話に途中で飽きる親だっている。その悪循環の繰り返しの後、年を取ってから「誰が育ててやったんだ」と叫び世話をさせるか無視され、最後を迎える人間が大多数だろう」
「そりゃそうかもしれませんけど、私は違いますよ、きっと、多分」
 この世に絶対的なモノがないことは承知しているのだろう。答えに覇気が無い。
「愛情は憎悪の裏返しにもなり得る。過ぎた愛情が人を滅ぼすのは世の常だ。それでもお前はその「愛情みたいなもの」があれば幸せだと?」
 少し胸に手を当て、彼女は「ええ! 勿論!」と威勢よく言った。
 言われた私はいいピエロだったかもしれないがしかし、作家の仕事でもある。何事にでも興味を持つのもまた、作家の仕事の内だろう。
 彼女、ピニャは言った。
「どんなことになっても、あの人と一緒にいられて、子供達を見送ることが出来るなら本望です。むしろ、私には過ぎた幸せを手にしています」
 てへへ、と頭に手を当てながら照れくさそうに言うのだった。
 面白くない。
 どろどろしたアンドロイドの人間に対する憎悪とか復讐心とかを期待していたのだが、まさかのろけられるとは思わなかった。
 人の不幸は密の味という。
 つまり人の幸福ほど、聞いていて面白くない話はこの世にないということだ。だから悲劇の物語は金になるのだろう。いつの世でも、「世界の悲惨さみたいなもの」を同情心につけ込んだ形で売りさばき、嘘くさい涙を哀れみのまなざしでその他大勢が流して、自分たちはそういう悲惨に目を向けられる人間だと思い上がり、何を助けるわけでもなく勝手に良い気分になるのは変わらない。 世の民衆の善意など、その程度のモノだ。
 だから言ってやった。
「永遠に愛し合うなどおとぎ話ではないのか? いつの日か飽きられたり、あるいはもっといい女を見つけて、あっさり別の「幸せ」を求めることもあるだろう」
 ほとんどただケチをつけているだけだが、まぁ乗りかかった船というか、ここまで話を聞いたのだからつっついて何か新しい、作品のネタになりそうな事実が出てこないかなと思っただけだ。
「いいんです」
 と、不可思議なことを彼女、ピニョは言った。 どういうことだ?
 なら、幸せとやらを放棄しても構わないと言うことか? 他に代わりの効く相手で同じように幸せになれれば良いと、そういうことか?
 そう思ったが、違った。
「勿論、イヤではありますけど・・・・・・あの人が幸せになってくれれば、それでいいんです」
 あの人、とはツガイの男のことだろう。
 自己犠牲の精神か。いや、決めつけるにはまだ早いか・・・・・・。
「つまり、自分を犠牲にしてでも、相手が幸せになってくれればいい、とそういうことか?」
「いえ、相手の幸せが、私の幸せなんです。あの人が幸せであれば、私も幸せな気分になれますからね」
 聞いていた私は気分が悪かったが、しかし、話をまとめると「相手と幸せを共有する」ということが、それこそが「家族愛」みたいな世に言う一般的な「幸せの形」らしい。
 自己犠牲ではなく、自己共有。
 ますます私には理解しかねる、いや理解は簡単に出来るのだが、実行は不可能だろう。
 私などと自己を共有したら、相手は廃人になるかもしれない。年中本を読み続け、本を書き、世の中の汚い部分を人目で理解し、裏側を知り、人間の醜悪な偽善を鑑賞してそれを本に書き、頭の中で登場人物に自我を与える。
 そういえば書いていなかったが、私は作品を執筆するときに構想を持たない。ミケランジェロも言っているが、不思議なことに「あるべき形」というものが、物語には確かにあるのだ。
 登場人物達には自我を与えることも出来る・・・・・・イメージとしては多重人格が近いが、しかし違うのだ。彼ら彼女らは私の意志とは関係なく動くことで私が事前に考えていたアイデアを駄目にしたり、あるいは私自身では思いもよらぬ事を言い出したりもする。
 妄想とかではなく、実際にそうなのだから仕方あるまい。
 だから執筆は勝手に動く彼ら彼女らのサポートをしつつ、私なりに注釈を入れ、舞台を用意し、さながら感覚としては映画監督のような感覚で物語を進行するのだ。
 思うように動かない俳優にはギャラを増やしたりクビにしようとするのだが、ほぼほぼ上手く行かず、やはり彼ら現場の人間に任せた方が面白くなってくれるので、私は穿った見方でモノローグを入れながらひっそりと見守ることが多い。
 勝手に動くなら動くで、私が動くのはおっくうだという理由もあるが。
 何の話だったか、そう、自己の共有こそが幸せらしいが、しかし、出来なければ、いやそもそもが作家は自己を共有しては駄目な生き物だ。共有できるような軽いものではなく、けれども眺める分には面白い。それが物語というものだ。
 ならばどうしろというのか。
 いつまでも私の席の前で止めておくのも迷惑かもしれないが、しかし作家として聞かざるを得ないだろう。
「その、相手と幸せを共有できない奴は、どうすれば幸せになれると思う?」
「え? うーん、そうですねぇ・・・・・・共有できない感覚を共有するとか? まぁ、そのうちいい人見つかりますよ」
 などと、毒にも薬にもならない台詞を言って、彼女はガラガラとワゴンカーを押して行ってしまった。
「先生」
 小うるさい人工知能が言う。
 どうせ下らないことだろうが。
「先生は幸せになりたいのかい?」
 聞かなくても良いことかもしれないが。
 迷惑な奴だ。
「手に入るのなら、欲しい。入らないなら、別に構わない」
「矛盾してるぜ先生。そもそも、欲しいと思ったことを引きずって、いつまでもうだうだ「幸せが欲しい、けど手に入らない」って、卑屈になっているだけじゃないのかい?」
「卑屈にはなってないが、しかし仕方あるまい。現実問題私に手に入らないモノをこれ見よがしにやすやすと手に入れて、使い棄てる。鬱陶しくて仕方がない」
「どこぞの教授みたいな事を言ってるぜ」
「大きなお世話だ」
 あんな変人と一緒にするな。
 私は手に入らないからと言って、無理に求めたりはしない。必要であれば別だが、それは必要だからであって、「心」などというモノを今更手に入れたところで、言っては何だが困惑するだけ、今更手に入れても迷惑なだけだろう。
「やれやれ、素直じゃないねぇ」
 素直かどうかはしらないが、知ったような口を利かれて腹が立った。
 とはいえ、「お前に私の何が分かる」などと憤ることほど、無駄なことはあるまい。
「偉そうにお前に言われる覚えはないな。言っておくが、そういう基準は当人が決めることであって、周りがどうこう言うものでもない」
「悪かったよ、少し調子に乗った」
「ふん。何にせよ、心なんぞ今更手にしたところで迷惑なだけだ。当面は金と、あとは徳とやらを買っておく」
 いぶかしむ、といってもスピーカー越しにくぐもった音が聞こえるだけだが、しかしジャックは私の発言に戸惑いを覚えたようだ。
 まぁ、不思議でもあるまい。
「先生、あんたみたいな人が、まさか徳なんて求めるとは思わなかったよ」
「私とて、やりたくてやるわけではない。「あの世」などというあるのか無いのか分からないモノに裁かれるのは御免被る。とりあえずそれなりの金額を協会や人道支援、環境保護に寄付しておけば、その心配もない」
「どういうことだい?」
「金を払って人を助けている人間が地獄に堕ちて良いはずもあるまい。もしそれでごたごた抜かすならば、いままで払った金を払えるのかと聞いてやるまでだ」
 まぁ、あの世の裁判が公正なものかどうかという疑問もあるが、しかし公正でないなら従う理由はないし、暴力で従わせられるのならば、所詮神も悪魔も人間と品性は変わらないと言うことだ。 そのようなカスの考えを考えたところで、時間の無駄でしかない。
「先生は大物なのか小物なのか、いまいち分からないな」
「どちらでも構わない。いや、大物小物など当人達の思いこみでしかない。自己満足に過ぎない。つまりあってもなくても同じだ。問題は実利が伴うかどうかだろう」
 ソファに体重を預け、コーヒーを飲む。
 先程口の中に放り込んだチョコレートと混ざり合って、実に素晴らしいハーモニーを奏でていた・・・・・・やはり政治や世界が変わろうが、この味は変わらないようで安心した。
 それはともかく、いつの間にか音楽がアイ・オブ・ザ・タイガーに切り替わっていた。他にも、ノリの良い曲を幾つか勝手にジャックはスピーカーから流しているようだった。
「音楽は良いぜ先生。人工知能もアンドロイドも人間も宇宙人も、気分が乗れるのは確かさ」
「それだけは同感だが・・・・・・お前オールディーズよりも最近の電脳アイドル歌手の曲がよいのでは無かったのか?」
「それはそれだ。良い音楽は種類が何であれ良いものさ。先生の作品だって場所を選ばないんだから、開き直って自信を持ったらどうだ?」
「もうしてるさ」
 まったく、俗っぽい人工知能だ。
 私より業が深いのではないのだろうか?
 チョコクッキーをかじり、コーヒーを味わいながら座席シートのソファにもたれ掛かって考える・・・・・・私にとって作家業は「正しい道なのか?」ということについてだ。
 無論、正しいとか正しくないとかにこだわる私でもないが、腰を据えて作品を書き続け、長い道のりをずっと一人で歩いてきた。
 この道はどこへ続いているのだろうか?
 私は後悔はしないし、今まで歩いてきた道のりを誇りに思っている。誇りなんて感じられないがしかし、もし誇りを感じられるのであれば、人生を賭してきた道のりに対して誇りを持たない存在などいまい。
 ただ、その道は報われるのか?
 作品が売れて、平穏な生活は手にはいるのか? もし、あり得ないことだが私の作品が認められず、売れなかったら、そうなったとしたら、私がいままで歩んできた道のりは「無駄」「無意味」「無価値」なモノではないのか?

 物語のあり方か。それも。

 物語というのは、いつぞやアンドロイドが私に言った言葉では「人に希望を与える存在」らしい・・・・・・確かに、そうかもしれない。物語から人々は夢を見て、虚構から夢を感じ取り、生きる希望を与える・・・・・・それも一つのあり方だ。
 しかし、物語だけではあるまい。
 夢や希望を、物語以外で与えてはならないと言う法律もあるまい。安価で皆に同じ夢を見せることは認めるが、私は作家でありながら物語に対する必要性が、いまいち感じ取れない。
 資本主義社会では売れれば正義だ。しかし語り継がれる物語は大抵そう言うものではない。作家が人身御供にならなければ物語が成立しないと言うのならば、とんだ貧乏くじではある。
 作家は幸せにはなれないのか。
 いや、これは作家であることを言い訳にしているだけか? 私らしくもない。しかし、ハンス・クリスチャン・アンデルセンなどが良い例だが、幸福でない人間、人間を憎悪できる人間こそが、魂を奪い去る傑作を書けるのも、また事実。
 私の作品はそういう類だ。
 勿論、幸せになりながらそういう作品を書くことも、この私ならば可能だろう。しかしそもそも私には幸福になる為の道、本当の意味で(何を持って本当なのかは分からないが、仮に愛情云々が本当の幸福だとして)幸福は手に入れても感じ取れないことは既に自明の理だ。
 道は間違っていない。
 作家として、傑作を書き続けることが、私には生涯を通して可能だろう。
 しかし、いくら作品を書き、人々を熱狂させ、夢を見せ、希望を与えたところで、「この私」は置き去りなのか?
 その他大勢はさらに幸せになれるかもしれないが、私はへたを押しつけられるだけなのか?
「先生」
 だとしたら・・・・・・作家とは何なのだ。
「先生、大丈夫か?」
 ジャックが言う。考え込んでいたらしい、全く耳に入っていなかった。
「ああ、少し歩き方について考えていた」
「何のだい?」
 なんだろうな。人生か幸福か作家業か、何にせよ歩き方も重要だ。だが、目的地が霧に包まれていては、歩き甲斐がないと言うことなのだろう。「作家の在り方についてだ」
 悩んだが、渋っても仕方ない。
 人工知能相手にムキになる必要もあるまい。
「そりゃ決まってるさ」
「ほう、面白い、話してみせろ」
「本は元々何かを人に伝えるためのモノだ。先生ならわかるだろうが、人間の思いを形にして伝達できる・・・・・・それが本の在り方だろう」
「だが、私が書くのは本は本でも、小説だ。物語に一体どんな必要性がある?」
「おかしな事を聞くな」
 やはり私の思考回路は、アンドロイド基準でも人工知能基準でも、ずれているらしい。まぁ怒っても仕方ない。後で腹いせにこいつの電脳アイドルデータを凍結して、しばらく使えなくしておこう。それで無礼な発言は勘弁してやろう。
 ただ単に大人げないとも言えるが。
「いいかい? 物語は不可能を可能だと感じさせるツールでもあるんだよ」
 いつぞやのアンドロイドと違って、随分切り口が科学的な方面からやってきた。
 これは面白い。
 比較すればもう少し、物語について知ることが出来るだろう。
「例えばスーパーヒーローだ。彼らになったつもりで物語を読む奴もいるし、彼らを応援する気持ちで見る奴もいるだろう。簡単に言えば物語の中の人物達にある者は夢を見て、ある者は共感し、ある者は反発する。そこから教訓を学び、物語の人物達の行動に敬意を表し、そして」
「長い。つまりどういうことだ」
「つまり、夢を見るのさ」
 また夢か。
 科学的な見地からも、感情的な見地からも同じ答えが出てしまうとは。
 がっかりだ。
「夢が見たいなら目をつぶって眠ればいい」
「わかってるんだろ? 先生なら尚更さ・・・・・・人間は弱い生き物だ。だから強く、時には弱く、それでも前へ進む物語の人間達に、憧れを抱くのさ・・・・・・昔はそれが英雄だった。だが、英雄がいなくても、誰でもその夢を見ることが出来る。それが」
 物語の良いところなのさ、と、ジャックはそう言った。
 英雄ときたか。
 大層な話になってきた。
「間違っちゃいないぜ。先生の好きな結果論で言っちまえば、結果は同じ・・・・・・英雄は無限体に広がるこの世の指針の中から、一つを提示する。それがどんなものであれ、「そう言う生き方もあるのか」と、新しい指針を見せてくれる」
「私は博物館の案内係か」
「卑屈になるなよ」
「なってないさ」
 そういってチョコクッキーを摘む。甘さと苦さの入り交じるコーヒーとチョコのコラボは、人間を良い気分にしてくれる。
 それがどんな時でもだ。
「つまり、お前はこう言いたいのか? 我々は英雄がいないこの時代で、彼らの代わりに指針とやらをふれ回ることこそが、存在理由だと?」
「そう悪く捉えるなよ。代わりはむしろ、絶対に効かないものだ。どんな物語であれ千差万別・・・・・・・・・・・・代わりの効く物語なんてないのさ」
「ふん」
 納得行かないが、まぁいいだろう。
 何にせよ、それがどのような形であれ、金にならなければやる気が出ないのは変わらないしな。 金は無くても幸せなどと言う論理は認めない。 例えそれが正しくてもだ。
 私は作家だが、邪道の作家だ。作家としての在り方なぞ、知ったことではない。
 作家としての成功は当然として、私自身の幸福も手に入れる。間違っていようが正しくなかろうが知ったことか。摂理の正しさ、世の正しさなど知ったことではないし、それで私にあれこれ言う輩が現れるなら、斬り捨ててやるまでだ。
 外の世界は、相変わらず宇宙観が面白味もなく広がっていた。この宇宙に、作家は何人いるのだろう・・・・・・生き方として捉えているのは、きっと少数派だろうが。
 物書きがアイドルのように扱われたり、あるいは金と名声の象徴(売れればだが)のように扱われる世の中で、面白い物語は数を減らした。
 売れ筋の物語は、大抵つまらない。
 もしかしたら遠い未来、作家として生きる存在は一人残らず死に絶え、物語なのか紙の束なのかわからない物語が世界を覆い尽くすのではと思ったが、それはないだろう。

 どんな世にも、私のような人間はいるのだろうから。

    12
 

 ターミナルを降り、私はバーガーショップに入っていった。
 社会問題。科学が進歩しても人類が進歩させなかった問題だ。オンリーユーのような緩い音楽が流れ続けるカフェの中で新聞を読む。
 そこにはこう書かれていた。
 
 学生チーム新型レーダー技術開発成功
 軍事部門への応用可能か?
 教授は軍との関係否定。

 時代が進んだところで、夢と希望しか詰まっていない学生達の研究成果を、軍事に応用して金にしていく構図は、どうやら変わらないようだ。
 社会問題とは、社会の問題ではない。
 国、政府、企業、そういった者達にとっての
「都合」でしかないのだ。彼らの大きな欲望を満たすために、社会全体は否応無く問題を抱えなければならない。
 これも人の業か。
 いや、これに関して言えば、単純に資本主義社会の悪であろう。資本主義社会では、鐘さえあれば何でも許される。
 殺人も、
 強姦も、
 支配も、
 奴隷も、
 人体実験も、
 そして、拷問、尋問だ。
 これらは表沙汰にしないだけで、軍事力のある国家ならば、大昔からどこでもやっていることでしかないので、別段珍しくもない。インターネットという世界の支配者気取りのばらまいた、「世界監視システム」とでも言うべき情報網。これらは他国の大使館の盗聴や企業情報を盗み出す以外に、そういう事が出来る大国以外の人間にも、そうやって情報を好き放題する権限を与えることである程度の権限は得られるのだ。
 ジョージ・オーウェルの管理社会は随分前から(地球に人類が居住していたときには、既にインターネット技術が波及され、情報は自由に大国の都合良く「管理」されていた)既に実用化されているし、調べればわかることだが、しかし調べたところで金を持っている人間には逆らえない。
 金を持っている人間は、「正しさ」や「倫理観」のようなものをコントロールできるのだ・・・・・・良くある話だが、死後に「遺産は世のため人のため、全額寄付します」みたいなことを抜かす大金持ちは多くいるが、そもそもが賃金をきちんと払っていれば人間一人に大金が集まるのはどう考えてもおかしい。
 仮にまっとうに大富豪に(そもそも金を一点集中させている時点で、周りの迷惑でしかないが)なったとして、やはり金を一人意味もなく多めに持っている時点で、格差があり、格差がある以上差別していて、「雇用者」に絶対的な権限がそもそも資本主義ではあるのだから、奴隷を扱って良いように儲けているだけでしかないのだ。
 言い方が違うだけだ。
 資本主義社会において、非雇用者は「奴隷」でしかない。彼ら彼女らは幾らでも替えが効く存在でしかないのだ。これは作家も変わらないだろう・・・・・・「作家にはオリジナリティがある」という人種もいるかもしれないが、彼らにとって大事なのは売り上げであり、作品の善し悪しはあまり関係がないのだ。
 資本主義では金になれば良い。
 そして、ゴミでもやりようによっては売れる。 それが資本主義と言うものだ。
 だから、話がそれたが、この学生達の研究結果も、やはり殺戮兵器を作るために使われるのだろう・・・・・・馬鹿みたいに戦争をしたがる人種は、どんな時代でもいて、大抵は権力者であり、そうでなくとも「大儀らしきもの」の為に争いを起こして自己満足のために殺しまくるからな。
 金で品性は買えないかもしれないが、実際「品性の基準」は買えてしまうのだ。資本主義というよりも、それを扱う人間は「要は金がある側は何をやっても良いのだ」という意識があり、だからこそ「御立派な肩書き」があれば人間はどこまでも残酷になれる。
 肩書きは彼らにとって、スティタスであり、肩書きを見せびらかすことは彼らにとって会館であり快楽であり、例えば「社長」という肩書きになれば自己顕示欲の強い人間は、簡単に態度がでかくなり、それを当然だと思いこむ。
 私から言わせれば社長も貧民もフリーターも大統領も神も悪魔も似たようなものだが、しかし彼らはそれにこだわる。
 何故か?
 自分たちが立派であり、資本主義社会の中で「立派な社会人」や「成功者」であると信じたいからだろう。神や悪魔も、自分たちは立派なのだと思いこみたいから、大層な御託を述べるのだ。 神であろうが悪魔であろうが、社長であろうが殺人鬼であろうが、テロリストであろうが奇跡をなした聖人であろうが、「偉い」というのは所詮本人の思いこみでしかない。
 私からすれば羨ましい限りだ。
 自分を「偉い」と思いこむだけで幸せになれるのだから・・・・・・そんな単純な考えを持てていれば楽だったに違いない。まぁ作品は書けなさそうだが・・・・・・どのみち、私に作家であることを自慢する相手もしたい相手もいないのだが。
 実利を優先する私からすれば、相手が赤子であろうがなるのであれば低い姿勢で接するし、ならないのならば神であろうが唾を吐くだろう。
 私の場合、極端すぎる気もするが。
 だからこの時代でも労働者のテロリズムは健在だった。最も労働者達は相変わらず「まっとうな」方法で世の中を変えようとして何も変わらずいて、実際にテロリズムをしているのは麻薬密売を主とするただのテロ集団なのだが。
 科学は人間以上の存在、アンドロイドに自我を与え、魂を与え、心を与えるまでに至った。科学は神の領域を越えたのだ。
 それでも、人間は成長しなかった。
 世の中そんなものだ。
 いつの間にかロック・アラウンド・ザ・ロックのような軽快な音楽が流れていた。音楽も芸術も科学が発展してからは売り上げ重視で、あまり大した作品は出ていない。
 オールディーズの時代に比べれば、芸術も音楽も一部の天才をのぞけば、殆どゴミ箱行きになるつまらないモノばかりだ。
 売り上げが無ければ、どんな才能も見向きもされないからだろう。「売れる芸術」の制作に躍起になった結果がこれだ。勘弁して欲しい。
 人間は進化して進歩したつもりなのだろうが、科学技術が進歩しただけであって、タマモのような、あるいはこれから私が会う「大統領」のような人外から見れば、何も変わらないのだろう。
 私の目から見てそうなのだから、間違いない。 何にせよ、私のやることは変わらないが。
 どんな時代であれ、実利は正義なのだから。
 とはいえ、実利ばかり求めているとロクな目にはあわないので、慎重に行こう。
 その男は既に開け放たれたドアの内側を軽くノックしてこう言った。
「何も頼まないのか?」
 黒髪のオールバック、ぽっちゃりとした体型だが金はあるようで、随分しゃれた(つまりブランドモノだ。無駄に高いだけの)白のスーツを着ていた。不情髭は尋常で無かった。笑顔は気さくそうだが、こういう人間に限ってロクな人間ではない。取引を笑顔で持ちかけ、何かあっても表だって怒るような効率の悪いことはせず、淡々と取引条件を口実に相手を手玉に取るタイプだ。 まったく、私のような清廉潔白、真実剛健(言っていて吐き気がしてきた)な人間にとっては、理解し難い人種である。
 つまりそれは、本物の悪人だった。

    13

 悪について語ろう。
 悪とは何か?
 強ければよいのか? いや腕っ節の立つ人間など金で雇い、顎で使えばよい。そんな労働に身を費やす時点で二流と言えよう。
 賢しければよいのか? いや頭の良い人間など幾らでもいる。やはり札束で頬を叩いてやればよいだろう。
 ならば何か?
 思考回路。
 吐き気を催す思考回路か?
 否、そんなものは大したことではない。怒りっぽい人間と大差はないのだ。そんなもので悪かどうかは決まらない。
 条件は簡単だ。生物など生きている時点で何かを殺し、何かを貶め、何かを騙す。完全無欠の全知全能の神であろうが、あるいは天衣無縫の悪魔であろうが、善意も悪意も持ち得るのだ。
 当人たちが自分を絶対的な善だとか悪だとか「思いこんでいる」だけで、真実この世に悪だの善だのと言うのは、存在しない。
 聖人だって悪と呼べるし、殺人鬼ですら、何かしら役には立ってしまう。これは人格の問題ではなく、完璧な善だの悪だのというのは、そもそも人間や神が勝手に言い始めただけで、そんな概念は華からこの世に存在しないのだから、ある意味当然ではある。
 悪も善も存在しない。
 例え誰に指を指されようが、笑いながら前進して行き、そして生き方を曲げず、誰にも屈することがない・・・・・・歴史上ではそれらを「英雄」だとか呼ぶらしいが。
 英雄も主人公も、全てに指さされる悪の魔王ですら、私からすれば可愛いものだ。
 彼らには自覚がないのだから。
 自覚のない悪ほど面倒なモノもないのだが・・・・・・例えば、所謂「主人公」と言う奴らは、悪であれば虐げて当たり前、考え方を曲げさせ改心させるか、倒すしかない・・・・・・「倒すしか」何とも愉快な言葉だ。「殺す」という事実を優しく彼らに受け止めさせてくれるのだろう。
 この世に善も悪もない。
 あるのは当人たちの意志だけだろう。
 だが、自分たちの「絶対的に信頼できる指針」みたいなモノに従って、彼らは平気で、あるいは苦悩しているような「フリ」をしながら、悪だと断定して殺す。
 愛のためだとか。
 女のためだとか。
 大切なモノのためだとかで。
 仮に女の涙が大切だったとして、そのために行動することが絶対に間違っていると思わないと言うのは、正直よくわからない。
 涙を流している女がいれば、何をしても良いのか? 人殺しも、テロリズムも、全て彼ら主人公は良しとしてしまうからだ。
 私から言わせれば、「主人公」だの「英雄」だのと言った連中など、テロリストと何ら変わりがない。宗教とて、隣人愛を叫ぶのはよいが、見方を変えれば押しつけがましい洗脳でしかない。子供の頃から無理矢理に礼拝堂に通わせ、それで神様を信じろと刷り込む儀式でしかない。
 当人たちが「正しい」と思いこんでいるモノなど所詮、その程度のモノだ。
 つまり、悪と言うモノがあるならば、それは正しさだの大儀だのと言った下らない呪いと、無関係のところにいるのだろう。
 大儀がなければ動けない三流とは違う。
 どんな方法ですら肯定し、自分自身のために生きる・・・・・・それが悪なのかもしれない。
 私のような善良でかつ神とか隣人愛だのと言ったモノを普段から心がけている素晴らしい人格者には・・・・・・気持ち悪いだけだからやめておこう。 馬鹿馬鹿しい。
 面白くはあったが、私はそういう善良な「フリ」をするのは好きなのだが、実際こうして考えると疲れてきた。
 善か悪かなど、知るか。
 問題はそういう輩が非常に厄介だと言うことだ・・・・・・精神的に非常に強く、まず折れない。
 折れたと思ったらあっさり翻して逃げる。
 私ならそうするだろう。
 そういう意味では、いやどういう意味だとしてもその男は危険だった。例えるならば「ぶっ殺す」と騒いでいるチンピラとは違い、本物の悪はあっさり核発射スイッチを押し、要領よく責任を逃れて誰にも気づかれない位の、「強さ」ではなく「強かさ」を持っているのである。
 その彼、大統領は言った。
「何も頼まないのか?」
「生憎と、コーヒーはすでに頼んでいる」
「コーヒーだけ? お前はコーヒーだけでウェイトレスの手を動かし、苦労を強いるつもりか?」 いつぞやの私のようなことを言う。
 しかし、知らん。
「知ったことか。私の為に手を動かせることを有り難く思っていれば良いだろう。接客業にとって客は神らしいからな」
「ほぅ」
 言って、正面に座る。
 私は一人でゆっくりしたいのだが。
 目障りな男だ。
「いいのか、大統領ともあろうお方が、このような場所に護衛もつけずに」
 当然ながら皮肉というか、ただの嫌がらせみたいなものだ。大統領という肩書きに興味はないがしかし、相手の肩書きを利用してからかい、楽しむというのは、私の趣味のようなものだ。
 ただの悪趣味だが。
「構わないさ。俺に護衛なんぞ必要ない。貧弱な人間とは違って、少しばかり頑丈に出来ているものでね」
 大きなお世話だ。
 ひ弱と言うわけでは決してないが、意味もなく私は腹立たしく思うのだった。
「お前こそ何も頼まないのか? 大統領ともあろうお方がまさか無線飲食ではあるまい」
「バーガーを」
 そう言って彼は頼んだバーガーをかじるのだった。
「こりゃいける。お前はどうだ?」
「もうコーヒーがない」
 コーヒーがないのにそんな脂っこいモノを食べる気にはならなかった。
 無言でもう一口かじり、彼は言った。
「俺が大統領のクロウリーだ」
 小男はそう言った。いやクロウリーか。
「まず食べ終わったらどうだ?」
「バーガーを黙々と食べるのか?」
 奇妙なモノを見る目で見られた。
「バーガーは食うものであって、喋るためのモノじゃない」
「辛気くさいことを言うなよ」
 ・・・・・・私が悪いのか?
「用件は何だ? 私はこの惑星に詳しいわけではないが、大統領がほいほい外出できるのか?」
「それはいいだろう。それより」
 出せ、と彼は手のひらを指しだした。
「レンズだ。貰ってきているだろう?」
「ただでは出すなと言われたものでな」
「そう言うな、ケースは表で部下に持たせてあるが、まだお前に渡すと決まったわけでもない」
「ふん」
 私は受け取っていたレンズを差し出した。
 だがいったん取り上げて、「ケースは約束通り頂くぞ」と言い含めておいた。こんな場所で武力行使をするほど馬鹿ではないだろうが、しかし一応心の準備だけはすませておこう。
 心の準備というのは大概不発に終ってしまうものだが。
 鍵も渡したので、あっけなく、ことは済むようだった。大統領ことクロウリーは表に出てしばらくすると、ケースをテーブルの上に置き、また座った。
 手を組んで私を見る。誰彼構わず低姿勢な人間というのは、胡散臭いなと思った。
 私のような人間でなければ、小物だと思われ歯牙にもかけられないだろう・・・・・・そしてそれが彼の狙いなのだろう。
「一応、例は言っとこう。さて、何か聞きたいことはあるかね?」
 私はケースを容赦なく開けた。
 中には、
「なんだこれは」
 丁寧に納品された骨が入っていた。
 なんだこれは。遺骨か?
「賢者の骨、だ」
 知識があることを自慢げに説明し出すのクロウリーだった。人柄はともかく、商売上手な性格なのは、確かなようだ。
「人間の願いを叶えることが出来る」
 と、続けて彼が言ったので、私は思案した。
 そういえばあの何とかって女からケースの破壊を依頼されたのではなかったのか。まぁ、あんな脅迫じみた依頼など、断ったところで私には何の関係もないのだが。
 とそこで思い至る。
 人種差別云々を、確かあの女は語っていたはずだ。差別などを悪く言うのは人間の性らしく、差別に対してあれこれ活動が起こっているらしい話も聞いていた。しかし見てはいない。
 だから私は彼に言った。
「なぁ、この惑星を視察させて貰って良いか?」「構わん。あの女にでも頼まれたか?」
「いや、私はこの惑星の事をよく知らない。私に依頼した連中はどうも、この惑星に関係したことで、今回の依頼を出した気がする」
 ケースの中身の破壊。まぁ依頼内容には嘘が含まれていたが。そして一方はケースの持ち運び・・・・・・そうだ。聞きそびれるところだった。
 願いが叶う云々についてだ。
「その、願いが叶う骨とやらの話を聞きながら、案内して欲しいのだが」
「いいだろう」
 と、相変わらず自慢げに、彼は脂肪分の多い胸を張って言った。
「ついてこい」
 彼、クロウリーについて行き、私は彼が乗ってきたであろうデロリアン(随分と改造が施されていて、空でも飛べそうだ)に乗車した。
「運転手はいないのか?」
「誰にもハンドルは握らせん」
 そう言うと乱暴に車を出すのだった。案の定、空を飛び、安い給料で雇われている客室乗務員が案内するように、適当な説明を始めた。
 社内では「2001年宇宙の旅」のテーマが流れ続けている。もしかしたら現状への皮肉なのかもしれない。
「まず右側が奴隷農場だ。そして左側が奴隷口上で、その奥では奴隷が奴隷を統制してる」
 奴隷。
 資本主義では金のない人間は食い物でしかない・・・・・・恐らくは敗戦国の人間から、そうでない内線のために避難してきた人間まで、ごちゃ混ぜになっているのだろう。
「一つ聞きたいんだが」
「何だ? この曲か?」
「いや、私は宇宙の旅をまだ見ていない」
 目を見開いて彼は「信じられん」と言った。
「あの傑作を? 宇宙船内で意識のない人間がじわじわと殺される、最高の映画だぞ」
「何が最高なんだ?」
 にやり、と頬を引き上げて、
「主導権を握る方が勝利すると言うところだな」 と言った。
 まぁ、この男は、人間かも私は知らないが、しかし資本主義社会の頂点に立つ以上、「握る側」にいるのだろう。
 私は正義の味方でも何でもないので、綺麗事は言ったりしないが。
 それを察したのか、彼は「どうした、正義の心にでも目覚めたのか?」と軽口を叩く。
 私は「いいや」と答えた。
「奴隷がいるのは厳然たる事実だからな。資本主義が世界を覆うようになってからこっち、「面倒な工業」は丸ごと途上国、途上惑星に押しつけるようになっている。「善良な市民」の「人間として最低限の暮らし」を守るため、彼らは犠牲になってくれている。私からすれば感謝はしても、とやかく言う覚えはない」
「わかってるじゃないか」
 と、笑いながら彼は言うのだった。
「連中が「文化的な」生活を営めているのは我々奴隷商人のおかげだというのに、自分たちはまるで真っ当な善人気取りだ。自分たちが使っている衣服、食事、科学、その全てが大昔から、資本主義社会ができあがった当初から、奴隷商人にやらせ奴隷を安く使い、作ってきたというのに、連中感謝の一つもしやがらん」
「そりゃあ簡単だ。奴隷などと言う非人道的なモノは許されないと声高に叫ぶ一方で、その奴隷を活用して自分たちが成り上がったことを忘れられるのさ。自分たちは善良だと思いこんでいるからな・・・・・・調べればわかることなのに調べもせず、とりあえず正しそうだから「奴隷反対」を叫ぶ。まぁ、いつだって民衆はそんなものだろう」
「まさに、それだ。あいつらはな、自分たちの国の道徳心もどきが大切なのさ。こっちの国では誰が何万人殺そうが何も言わんくせに、民衆が少しでも「非人道的な行為」だの、自分たちの生活を棚に上げて叫び出せば、「正しさ」みたいなモノを旗に掲げて、下らん自己満足のために「悪いことをなくそう」だの言い出すのだ。話にならん」 当然と言えば当然か。
 人間は正しさみたいなモノが好きだ。
 自分たちは正しくて、しかも悪いことは話し合いで解決できると思っているし、暴力は悪であり奴隷は罪であり、許されないと思っている。
 自分たちが週に一度外食できる贅沢を味わうために、海外で、あるいは他の惑星で、多くの人間が奴隷以上にこき使われていようとも、そんなことは調べようとも思わないし、「そんなことは悪いことだ」と叫ぶだけで、別段何もしない。
 私は寄付だの何だのが好きだ。無料で金を貰っておきながら、何を返すわけでもなく、豚のようにおこぼれに預かる人間。自分たちは被害者だとアピールするのは、いつだって当人ではなく悲劇を金にしたがるメディアなのだろうが。
 徳のようなモノがあり、それで天国に行けるならば、私は間違いなく天国に行けるだろう。ただあれこれ述べているだけの暇人どもよりは、可能性は高いはずだ。
 何より、私の発言に文句を言う奴がいても、「なら私以上に金を払って見せろ」と言えばいいし、仮に相手の方が多かろうが、やはり私の金で生き延びている人間が存在する以上、文句を言割れる覚えなど無い。
 徳は金で買える。
 人間の薄っぺらい道徳心など、安いものだ。
 仮に神がいたとして、やはり文句を言うなら私以上に金を払えと言うだろう。高いところからあれこれ言うだけの奴など、暇人どもと何ら変わりないしな。
「人間は、私やお前みたいな例外をのぞけば、正しくあろうとするモノなのさ」
「正しだと? 意味がわからん。そんなもの法律次第でどうとでも変わるだろうに。奴隷が悪だの何だの言っている連中だって、いざ戦争が始まれば、自分たちの大切な仲間たちが戦争するよりも、奴隷を争わせてことを済まそうとするのに」「簡単だよ、そういう都合の悪い情報は、ニュースでみたところですぐに忘れるし、所詮自分たちには直接関係がないのだから、気にしないんだ」「よくそんなに無神経でいられるもんだな」 
「私やお前のような人間が言うと、世も末だなって感じがするね」
「全くだ」
 悪人二人のドライブは、空から始まり、そして今なお続いていた。
「民主主義だと、話にならん。国家首相ですら辞任すれば犯罪が許される社会が、大多数で決めたから良しとしているくせに」
「だろうな。なれ合いの結末などそんなものだ」「何故許されるんだ? お前のいた国ではどうだった?」
 聞かれたので答えることにした。
 事実だけを。
「すまなさそうにしているからだ」
 だが、何を言っているのかわからないようだった。当然か、端から見ればあれほど奇妙な光景もそうそうない。
「つまりだ。「悪いことをしたけど、反省しているから許してあげよう」みたいな心境なのさ」
「なんだそりゃ?」
「民主主義は、いや資本主義も併せてだが、実体よりも形式を重んずるんだ。実際にどうかよりも立派な肩書きであれば優遇され、心の中の反省よりも反省しているように見えるポーズの方が、素晴らしいものだともてはやされる」
「・・・・・・つまり、殺したところで謝れば良いってことか? 国が金を着服しようが、人を殺そうが・・・・・・形式的に謝れば」
「許される」
 私は断言した。クロウリーのような平和からほど遠い人間からすれば、理解し難いだろう。
 ただの事実だが。
「そういう事例しか無いと言っていいな。特に金を持っている人間が道徳心を振り回し始めたらもう手に負えない。でかい別荘を作って森林破壊しながら子供たちのためにワクチンを作り、巨大なクルーザーで世界一周しながら貧困について考える。私から見ても意味不明だ」
「病気なのか? そいつら」
 少し考えて、私は言った。
「そのようなものだ。道徳心やら倫理観やらを振り回しながら生きる人間の姿は、この上なく醜悪で、自分たちの狭い倫理観を信じる。いや、ただ単に自分の頭で考えないと言って良い。頭で考えないからニュースの「非人道的な」報道に胸を痛めるように振る舞い、そしてその正しさみたいなモノを盲目のまま信じる。みんなに合わせる人道的な民主主義、大多数を論理的な考察なしで良しとする、生きることと向き合わない人間の持つ、病だ。現代社会ではそれを良しとしている」
「その病とやらは、治らないのか?」
「大抵、大きな災害だとか、自分自身にも被害の粉が降りかかれば、一時的に考えを改める。そして忘れたりする。そのようなものだ」
「俺やお前みたいな人間が、こういうことを話すのは何故だ?・・・・・・」
「我々のような人種にお鉢が回ってくるくらいには、この世界は、人類とやらは手遅れということだろうな」
 正しそうなモノが正しい。それが社会だ。
 実体など関係がない。
 金と形が整えば、正しさは金で買える。
 それはそうと、デロリアンは現在飛行中でありそして、私は高いところが苦手なことを忘れていた・・・・・・下は絶景だ。
 落ちそうなくらいに。
「何を見ている? 前を見ろ、お次は人間牧場だぞ。銀河連邦の奴らが自分たちで禁止しておいて自分たちで我先にと買う、奴隷の楽園だ」
 ただでさえそんな気分だと言うのに、いつの間にか曲が変わっている。クリス・モンテスの「愛の聖書」が流れていた。名曲なのかもしれないがしかし、こういう曲はバーなどで流すものであって、今流されても陰気な気分になるだけだ。
 私は搭載されていた人工知能に話しかけようとしたが、これはどうやら本当に「デロリアン」らしく、搭載されているモノを引きはがした後があった。私は仕方なくディスクを差し替え、「ハローリバプール」か「ノックは三回」のどちらにしようか迷ったが、どうせなら耳の保養になる方がよいので、ハローリバプールにした。
「何をする?」
「陰気な音楽はうんざりなんでな。これでいい」「名曲なんだぞ、愛の聖書は」
 この良さがわからんとはと、小言を言いながら勝手に「帰らぬ少年兵」をクロウリーは流した。「おい、だからやめろ。そんな音楽だと気が紛れないだろ」
「どこがだ。良い曲じゃないか。だいたい、高いところが怖いなど、子供かお前は」
「お前に言われたくはない」
 何か言い返そうとしたようだが、不毛な争いになると踏んだのか、一度口を閉じてから、またクロウリーは口を開いた。
 この曲はなんだか淫靡な雰囲気で話すシーンがあるので、いかがわしい曲に思えた。実際には少年兵の心情にシーンだったはずなので、担当している歌手の言い方のせいだろう。
「俺は大統領だぞ」
「だから何だ。ガキにガキと言って、何が悪い。大体が権力者など、見栄を張る人間がなるものだろう」
「だが俺は何でも手に入るぞ。国も、人も、金もすべて思い通りだ」
「それを私に言って、何になる」
 世界一の作家と世界一の大統領が、あろうことか口げんかとは。
 勿論、実力は勿論だが、性格の悪さという意味合いで捉えておいても、間違いではない。
「いいか、人間だろうと神だろうと、手に入るモノなどしれているだろう。お前が持っているモノは見たところ、このデロリアンくらいだ」
 指を指して何か言おうとしたらしいが、やはり彼は途中でやめた。
 私はケースの中身を見ることも出来たし、タマモの依頼は果たしたので、もう後は観光するだけだった。復讐者らしい女に依頼を受けた気もするが、私は正義の味方でもなければ主人公でもないので、まぁ、知らん。
 私は許可無くまた曲を変えた。「恋はリズムに乗せて」タイトルの割にノリが良い。
「おい、さっき愛の聖書は否定しておきながら、お前はそんな曲を流すのか?」
「流すね。オールディーズはノリがすべてだ」
「音なら何でもいいのか?俺なら歌詞に拘るがね・・・・・・」
「何の話だったか」
 また話が脱線した。
 悪人同士の話というのは、脱線しやすいと言う事実がここに判明した。作品のネタになるかもしれない。
「俺がすべてを手に入れたという話だ」
「気持ちは分かる。だが私からすれば知ったことではないな。大体が私はこの国の住民じゃない」「いずれ住みたくなるさ」
「何故だ?」
 住みたくなる、というその台詞は予想外というか、予期しないモノだった。
 いったい何故だろう。
 気になる。
 作家としての性なのか、どんな手を使ってでも知りたい気分になった。
「簡単だ、ここほど住みやすいところはないからな・・・・・・」
 宇宙船デロリアン号は旋回しながら飛行する。「運転が荒いぞ」
 抗議するようにそう言う傍らで、私には下の光景が見えた。
 貧困街、そして遠くに見える科学技術の発展した豊かな土地。
「いつの世も同じだ。搾取した側が勝利を掴む。俺に限ったことじゃない。どんな国でもこういう光景はあるさ。それが極端なだけでな」
「頼みもしないのにクローンを作って売買する辺り、確かに豊かそうではあるな」
「馬鹿言うなよ」
 そう言って、ハンドルを握りながらこちらを見るクロウリー。私はよそ見運転は危ないのではとかなり心配になった。
「あれは連中が、善良だのと抜かす国家達が必要だから作ってるのだ。自分たちはお高くとまっているが、「人道的な国家」の官僚や公安機関ほど俺の作った奴隷クローン達は、高く売れる」
「政府と関係しているのか?」
「当然だろう。そのくせ、旗色が悪くなったら、自分たちは関係していないとニュースを流し、国民を洗脳する。そんなことを繰り返す国も国だが国民も国民だな。汚いことをしないで「国家」なんてでかい組織が、まともに回るわけ無いだろうに」
 そう言ってクロウリーは続けた。
「俺は違うぞ、そう言ったことを隠しはしない実力社会の世界だ。この惑星では何でも手にはいるぞ・・・・・・臓器、薬、人間、アンドロイド、人工知能、戦争兵器、洗脳兵器・・・・・・・・・・・・」
「物騒な国だな」
「どこもやってる。見えるようにやってないだけでな」
 確かにそうだろう。私は思案した。
 作家として他に聞きたいことはなかったか。
 そこで思い当たったのは、人工知能の問題・・・・・・科学に依存しすぎた社会問題だった。この国ではどうなっているのか、知りたいからな。
「その、搾取して繁栄する側は、どうなったんだ・・・・・・?」
「あいつら、話にならん」
 科学が発展しても、人間関係に関する問題は解決していないらしい。この男にしては珍しく、荒々しい口調だった。
「どいつもこいつもイエスマンだ。役に立たないし、連中に出来ることは人工知能に任せればいいだけだ」
「科学に頼りすぎたからじゃないのか?」
 最近よく言われるのは、科学技術が発展したおかげで、人類は基礎能力が低下してしまったのではないかという問題だ。わかりやすく言えば、人間には「足りないモノを補おうとする」機能があるのだ。視覚が不自由なら他が鋭敏になる。しかし人間の能力が殆ど必要とされない現代では、それらの機能がすべて人工知能便りになり、人間自身は劣化してしまったということだ。
 嘆かわしい、話らしい。
 私にはよくわからなかったが。
「そうでもない、使えない奴は使えない。連中には自分で考える力がないのだ。だから俺を毎度のように悩ませることを仕事にしている「大統領に悩みの種を持ってくること」が、立派な仕事だと思ってやがる」
「酒でも飲んだらどうだ?」
「もう飲んでる」
 ますます危ない奴だ。
 着陸後、我々は夜の待ちに繰り出すことになった。主に私が決めた。
 この男は面白い。
 人間の正しさなど知らん、面白ければな。
 科学技術の随を極めた夜の町に、悪徳大統領と邪道作家の二人組が、夜が明けるまで遊び倒すことが悪ならば、私は悪人で良いしな。
「行くぞ」
 そういってクロウリーについて行く形で、私は恐るべき科学の楽園、いや夜の楽園に繰り出すのだった・

   14

 しかし期待はずれというか、予想外だったのはというと、意外にも、どれだけテクノロジーが進歩しようが、古き良き時代・・・・・・・・・・・・オールディーズの音楽が流れる場所、チェックベリーのロール・オーバー・ベートーベンの喧噪の中で、酒を飲む風習はなくならないようだった。
「俺はすべてを手に入れた」
「またそれか? いいから飲め」
 酔いつぶれることのない男が話をするとするならば、それはグチだろう。
「俺はこの世の摂理ですら、手中に収めたんだぞ・・・・・・その俺が、何故こんな目にあわねばならんのだ」
「この世の摂理?」
「お前が」
 そこまで言ってゲップをした。重要そうな話題なのに、緊張感はまるでなかった。
「おまえが襲われた化け物だ」
「ああ、あれか」
 そういえばいたな、そんなのが。
 あれは何だったのだろう?
「この世の摂理というやつはな、我々神ですら思いのままに出来ない。しかし俺は変えたのだ。摂理という奴は厄介で、争いがあるからこそ科学が発展する。この段階を越えないことを摂理と呼ぶのだ」
「つまり、なんだ。戦争なしじゃ、私たちは音楽をパイプオルガンのままだったのか?」
「パイプオルガンは悪くない。簡単に言えば、そうだな・・・・・・戦争も起こさずに科学を発展させようとしても、必ずそれを巡って争いが「起こらなければ」ならない。ルールだ。発展の前には必ず戦争、虐殺、陵辱、支配がなければならん。個人の意志ではなくこの世のルールだ」
 また一杯頼みながら(そんなに頼んで大丈夫なのか?)クロウリーは言った。
 確かに、そうだろう。
 この世の摂理というやつは、段階を飛ばすことを許さない傾向がある。仮に飛ばして、科学の時計の針を進めたとしても、やはりそれを巡って争いは起こるものだ。
 人間がどうしても争い、戦争を起こすのも摂理の内なのだろう。実際、神々とやらですら、戦争を避けることは出来ていない。どの神話でもそうだろう。
 しかし、だ。
「それと私を襲った怪物と、どういう関係があるんだ?」
「摂理というのはゲームの基本プログラムみたいなものだ。騙せる。おまえたちの言うところのチートだな」
「私が襲われたのは、改造データか?」
「そのようなものだ」
 やるせない話だ。私はそんないい加減な存在に苦戦したのか。
「お前が苦戦したのも無理はない。お前の持っている、その、「サムライ刀」は、どんな人間にでもそのチートをある程度使えるようにするモノだからな。しかし、俺が作った怪物には制約無しで無尽蔵に改造した。当然ではある」
「私のサムライ刀は、お前達が邪魔者を始末するために作ったんじゃないのか?」
「いや、逆だ」
 言って、クロウリーはナッツを摘んだ。我々はカウンターに座っているのだが、男二人がこんな話をしている様を端から見れば、不思議でならないだろう。
「摂理を破る方法を神の一部が解明したのさ。新しい発見だ。我々は全能だが、しかし出来ること以上のことは出来ない」
「娯楽の神が戦争を起こすことは出来ない、ということか」
 彼の顔面は真っ赤になっていた。大丈夫そうには見えない。まさか私が後で介抱しなければならないのだろうか・・・・・・話の代金だと割り切ろう。 貴重な話を聞かせて貰ったしな。
「だから、それさえ破れれば本当の意味での「全知全能の神」になれるのさ。そして俺はそれを解明しつつある」
「そんな、全知全能とかいうブランドに最も近い男が、何に悩む?」
「使い物にならん部下のことだ」
「人間関係か?」
「俺のような男にはふさわしくない言葉だが、まぁそんなようなものだ。どいつもこいつもへらへら笑いながら、「おべっか」を使うことしか考えていないくせに、それがばれていないと思っていやがる。俺はこの惑星の王だぞ」
「落ち着け、飲み過ぎだ」
「まだまだいける」
 まだまだ行けるという男がいたら、それは無理して突っ走る合図のようなものだ。吐かれても嫌だったので、強引に借りている部屋に連れて行くことにした。
「何で部屋を一つしか借りないんだ」
「途中で帰ると思ったからな」
「とりあえずもう寝ろ」
 無言でベッドにクロウリーは倒れ込み、そのまま仰向けになって眠るのだった。
 ベッドは一つしか無いというのにだ。
 さんざんな結果になったが、しかし私はホテルマンに頼み込み、布団を敷いて床で寝た。私は安眠したいのだ、酔っぱらいの隣では眠れない。
 次の日、私はシャワーを浴びてさわやかな朝を迎えたのだが、クロウリーは頭が痛いらしく、頭を抱えながらのそのそと起き上がり、また眠ろうとしたので仕方がなく私は無理矢理シャワールームに彼を押し込んだ。
「のぞくなよ」
 などと軽口を吐いたので、私は「何なら今すぐ目が覚めるように、冷水に変えてもいいんだぞ」と脅した。
 小さい戦いである。
 ようやく気分を取り戻したらしく、私はコーヒーを煎れてやり(何故この私が、こんな召使いなことをしているのか、不思議でならない)適当なモーニングをその辺のパン屋から買ってきて、我々はコーヒーを味わいながらパンを貪った。
「思うんだがな」
「何だ?」
 私はパンをかじろうとしていたので、中途半端な体勢のまま答えた。
 クロウリーは言う。
「俺たちは良いコンビになると思わないか?」
「また酔っぱらいの介抱をするのは御免だな」
「そう言うな。お前は何だかんだ言って望むべき欲望がない。対して、俺はこの世すべての欲望を手にしているが、退屈していてな」
 私は答える前にパンをかじり、コーヒーをすすった。まだ食べていないので、腹が減って話の内容が思うように入ってこないからだ。
 私は適当に答えることにした。
「おかしなことを言う。私ほど欲望にまみれている人間など、そうはいないぞ」
「それはフリだろう。俺は眺めの良い立ち位置に立っているからな。よく分かる」
「それで」
 パンを食べたい気持ちをぐっとこらえて、私は答えてやった。
「俺と手を組まないか?」
「何の手を組むんだ」
「この国を一緒に動かすんだ。お前は参謀、俺は国王だ」
「面倒だから嫌だよ。私は作家であって、政治家じゃないからな」
「そういうな、ポストに座っているだけで良いじゃないか」
「・・・・・・そんなことをしなくても、我々二人は酒を浴びるほど飲み、ゲロをはいた相棒を介抱した挙げ句、こうして益体のない朝食をとれるくらいには自由なんだぞ。これ以上何がいる?」
「権力だ。言ったろう、使う側と使われる側だ」「見たところ、気苦労が増えるだけのようにしか見えないが・・・・・・」
「わかった、もういい。・・・・・・このパンは美味いな・・・・・・」
「国王はパンを食べないのか?」
「茶化すな。俺だってパンくらいは食べるさ。庶民的なイメージで売っているのでな」
「そんなブランド品で全身を覆っておいて、良く言うよ、見栄っ張りめ」
 我々は益体のない食事をした後、益体のない小さい争いをし、あまりの不毛さに馬鹿馬鹿しくなり休んで、またコーヒーで一服するのだった。
 もう完全に復讐者からの依頼は放り出してしまっているので、ケースは斬ったが、中身は無かったとでも言っておこう。
 問題なのは、そう、骨である。
「その骨、何に使うんだ?」
 言うと、彼は面倒そうに「願いを叶えるとされている」と答えた。
 そしてこう続けた。
「あのレンズは骨が持つとされる「英知」の知識を解読するのに必要なモノだった。俺が欲しいのはそっちだったからな。だから願いを叶えるとかいう胡散臭い代物には興味がない」
「欲深い神の癖に、願いがないのか?」
「お前も同じだろう。我々に願いなど無い。大体がこういう代物は、たいてい割にあわん。だから嫌いなんだ」
 元々この中身に興味があって依頼を受けたので私としてはもう、やることはもう無い。願いを叶えるというこのおもしろグッズも、クロウリーの話を聞いた後では色あせてしまった。
 なのでとりあえず、この男と行動を共にして、散策にふけるのも面白いかもしれない・・・・・・また掃除をするのは心底御免だが。
 この男はフカユキとか言うあの女からすれば復讐の対象だったらしいが、見方を変えれば人間であろうが神であろうが、まぁこのようなものだ。 絶対的な悪。
 そう言ったモノがあると、そんな幼稚な考えを捨てきれない人間というのは、自己を正当化することで「正しさ」みたいなモノを証明しようと必死だ。
 この世が物語ならばあの女、フカユキはまさに主人公みたいな性格をしていたが、私のような悪人目線で見れば、人を脅迫して使おうとして無理矢理自分の都合を遠そうとするだけの、暴力的な人種でしかない。
 作品のネタに活かせそうな話だ。
 私から言わせれば、生きている時点で何かを踏みにじり殺すものであって、悪だの善だのと言うのは所謂「良い人間」でいたいと思う醜悪な欲望でしかない。
 この世に善だの悪だのは、存在しない。
 法律や風習で決めているだけだ。人を殺してほめられる場所も、軍隊という形でいつだって存在するし、殺人ですら、誰かはその殺された人間を疎ましく思うだろうし、そうでなくても豚や牛、あるいは自然環境をめちゃくちゃにしておいて「文化的な暮らし」をしている生物が、今更何を気取っているのかという話だ。
 だから私からすれば、クロウリーがどれだけの罪人であろうが知ったことではない。大体、人にそんなことを言えるほど、私は心優しい聖人でもない。
 我々二人は町に繰り出すことにした。「徒歩で行こう」と私は提案したのだが、「馬鹿を言うな、この俺に歩いて移動しろと?」と、運動能力に自信がないらしく、拒否されてしまった。
 なので、だ。
「沈まないんだろうな」
「問題ない。俺のクルーザーだぞ」
 当然ながら私はクルーザーなど持っていない。管理が大変ではないか。大金持ちの象徴らしいがしかし、私は見栄のために人生を無駄にしたくはない。
 対して、クロウリーは見栄の固まりのような男で、内部には執事が一人と、大きな部屋がいくつかあって、酒が山のように並べられている船底で海の中が見える部屋、外の景色を眺めながらコーヒーでも飲めそうなラウンジがあった。
 私は外の景色が見たかったし、コノ惑星の情勢を聞きがてらの移動なので、コーヒーが飲めそうなラウンジの椅子に勝手に座った。椅子と言うよりもソファか。座り心地は抜群だ。
 私の向かいにクロウリーが座る。
「どうだ、良い部屋だろう」
「確かに」
 我々は海沿いに町を眺めていた。勿論、私が最初に言い出したことだ。この町の話を聞き、それを作品の参考にしつつ、適当に嗜好品を楽しみたい。
 確かにそう言った。
「どうだ、生きたアンコウの肝だ。絶品だぞ」
「センス悪いな、お前」
 味はともかく、そんな人間の生き肝みたいなモノを良く平然と食べられるなと思った。
 クロウリーはかじってから、「味は絶品だぞ」と進めた。
「晩にでも頂くさ。私はコーヒーとチョコだ」
「淡泊な奴だな。コノ惑星のことを知りたいと言うから、名産品を持ってきたのに」
「名産品?・・・・・・アンコウがか?」
「珍味はいつでも重宝されるということだ」
 あまりにも美味そうに食べているので、勢い食べそうになったが、こういうのはワインか何かと一緒に食べた方が美味しいだろう。コーヒーには合いそうにない。
「まぁ、食事時に頂くよ。それで・・・・・・」
「この星の話だったな。あまり変わらんよ」
 そう言って彼はおいてあったマフィンをかじって、食べながら話を続けた。
「食うか話すかどちらかにしろよ」
「マフィンは食べながら話すことが出来る、人類の発明品だ」
 口からこぼれていた。
「いいだろ別に、俺だって大統領らしくお上品に食べるのにはうんざりしていたんだ」
「お上品に? お前が?」
「失敬な奴だな、この顔を見て育ちの良さがわかるだろう」
「・・・・・・」
 自分でも失言だと思ったのか、クロウリーはあまり深く追求せず何かを言おうとして、やめてから、話を続けた。大方弁解をしようとして、失敗したのだろう。
「この惑星は俺のモノだ」
「それは知っている。自称だろう」
「自称じゃない」
 そう言ってクロウリーはワイングラスを取ってワインを注ぎ、少し揺らして楽しんだ。
「権力があれば何でも思いのままだ」
「本当にそうなのか? 私は作家だから、権力云々は正直よく分からないんだが・・・・・・」
「勿論だとも。資本主義社会では金と軍事力、そして権力があれば殺人も合法だ」
「そんな、漫画みたいに行くのか? 民衆が反発したりとか、しないのか?」
「ああ」
 ワインを口に含み、多めに飲む。そしてクロウリーは一服ついてから。また話を始めた。
 昼間から酒とは、また吐かないだろうな。
 だから先んじて言った。
「おい、また吐いたりしないだろうな」
「このタイミングでそう言うことを言うんじゃない。俺の偉大さが損なわれるだろ」
「なら飲むな」
「酒を飲むのは、この惑星では合法だ」
 そういって酒を飲もうとする。まぁ、私は酒に大してあれこれ言うつもりは無いのだが、また吐かれてはたまったものではない。
「私はこの惑星のゲロ掃除係じゃない」
 両手をあげて降参のポーズをし、「分かった」と言って渋々、本当に渋々酒をテーブルに置くのだった。
「今度法案を通してやるからな。「酒を飲んでゲロをはいても、掃除するのは同伴者の義務」という法案をな」
「知るか。私にとっては私自身が法だ。長ったらしい法案など知ったことではない」
「おい、それが現代社会に生きる人間の言葉か? もう少し自分を省みろ」
「お前に言われる覚えはない。それより、酒ばっかり飲んでないで、続きを話せ」
 右手をわざとらしく振るわせて(恐らく、自分は酒が飲みたいというアピールだろう)クロウリーは続きを話した。
「そもそも、民主主義だろうが帝国主義だろうがだな、「正しさの基準」は俺のような権力者が決めるんだから、倫理的にどうだろうが関係ないに決まっているだろう。もしばれても、情報を操作するかスケープゴートを出せばいい。民衆が文句を言わないのかって? そりゃ言うさ。だが言うだけだからな。連中は行動しない。だから脅威にはならん。正しさの奴隷だからな、払うことが正しいと景気よく税金を払ってくれる」
 社会的な正しさを信じる姿勢も、ある意味宗教みたいなものか。資本主義も盲目的に信じる彼らからすれば、どんな重税をしかれても「政府が悪い」ではなく「貧乏が悪い」と考え、変えようと一致団結したりはしないのだろう。
 何より、革命というのは基本的に軍事力、団結力、そして金の力で可能になるモノだが、民主主義ではまるで政府の決定が「全員の総意であるかのように扱われ、実体が政府の都合の良いように改竄されていたとしても、選んだ民衆が悪いと言うことになる」システムができあがっている。
 金がなければ政治家にはなれない。
 クズでなければ政治家として生き残れない。
 そして何より、軍事力は警察、公安、軍隊とすべて政府が所有しており、警察機関を使えばどうとでも民衆を罰することが出来る。それも都合の良い形で。
 何より、資本主義社会では「持つもの」の発言が正しくなり、持つモノはさらに持ち、持たないモノは資本主義社会において、ただのゴミだ。
 そんな社会構造で政府が「正義みたいなもの」を唱える時点でお笑い草だが、
 その辺りをわきまえているのだろう。だからこそこの男は現代社会の人間達を操るのに必要なモノを手にしているのだろう。
 資本主義社会。
 この社会構造で、自身の信念に従って業を背負い生きている人間の、なんと少ないことか。
 信念は金にならない。
 誇りは形にならない。
 ただ労働という形で別段やりたくもないことをやらされるか、逆に他人を使用して使い捨て、外道として生きるか。なんにせよ中身が薄っぺらいことは確かだろう。よくよく調べてみると、金を大きく稼ぐ人間は大抵が奴隷商人か有りもしない価値を売りつけるデジタルシステムの支配者であり、農業や漁業と違って、彼らは別に存在しない方が社会のためになるにも関わらず、役にも立たないモノを売り、価値のないモノを流行に乗せ、あるいは価値を作り出すために他人を利用して、安っぽい信念を売りさばくのだ。
 そんな世界に生きていて、価値のあるモノは少ない・・・・・・そしてそんな世界で「民主主義」などという夢物語は当然のように利用される。
 安っぽい信念しかない社会構造で、なんというか、「平等」だの「平和」だのという綺麗事を実現しようとなど思うからだ。そんなモノを実現しようとする前に、本の一つでも書け。
 でなければこのクロウリーのような人間を否定する権利はない。あったところで、勝つことなど出来はしないだろうが。
 まぁ私はこの男を否定する気もないし、そんな人間でもない。大体がこの資本主義社会で「作家」などという不可解な仕事をしている人間が、「そんなことは非人道的だ、よくない」などと正論を述べる方がどうかしている。鏡を見るべきだろう。
「成る程な。大体分かった。典型的な「先進国」と言うわけか」
「その通りだ。俺からすれば生きやすい世界さ。連中はこの世界に正しい指針があると思いこんでいるからな、それをちょっと変えてやればいい」 正しさの指針を変える。
 さながら神の真似事だな。政治家というのはそう言うものであり、クロウリーは本当にその人外の何かだというのだから、皮肉でしかないが。
「例えば、どういうものだ?」
「労働だよ。連中は資本主義社会ができあがるまでは、宗教、神に祈ることを「正しい」と信じてきた。資本主義社会になってからは「立派な社会人」だとかを指針にしてやった。金があることが豊かであり金があるからこそ人として立派であり金があるからこそ幸せになれると刷り込んだ。結果できあがったのが、今の「労働教」だ」
「酷い例えだな」
「そう思うか? 事実だ。宗教を変えただけさ。自分たちが洗脳されているとすら思わない内にな・・・・・・どちらにせよ、宗教でも労働でも、俺のような先導して支配する側が、得をするわけだが」「労働は宗教なのか? 言い過ぎの気もするが」 気になると言えば気になる話だ。
 私の場合、ある程度金が役に立たないことを知って金を求めているので、ただひねくれているだけなのだが、しかし確かに、拝金主義が横行したのは資本主義が栄えてからだ。
 それまでは商人というのは、「金に意地汚く、生き汚い人種」とさげすまれていたものだ。
 その時代に生きていた私が言うのだから、まず間違いない。酷いモノだった。
 それが現代では酒を浴びるようにのみ、女を侍らせ、まるで「立派で素晴らしい人間」であるかのように、金を持っているだけでなれるというのだから、意味不明ではある。
「言い過ぎではないな。その内、また別の宗教を流すことのなるんだろうな。資本主義社会ほど支配しやすい形はないが、だとすれば応用するんだろうが・・・・・・やることは変わらん」
「その割には浮かない顔だな」
 きょとん、として私を酒の入ったグラスを揺らしながら、「俺の顔と金の量は関係ない」と言うのだった。
「あいつら、使い物にならん」
「またそれか。しかし、資本主義とお前の部下が使えないことには関係あるまい」
「あるさ」
 と意外なことを言うのだった。言に乗っ取れば資本主義社会が加速するほど、部下は使えなくなると言うことだろうか?
「そもそもだ。資本主義は個々人の自我を抑制するために作られたものだ。だから連中は立派になれば成る程自分が無くなる。ロボットみたいなもんだ。自分で考えないから、いちいち命令せにゃならん」
「おいおい、お前達がそうしたんだろう」
「俺の責任じゃない。大体だな、肩書きが立派になるほど使えなくなるとはどういうことだ? 連中はバッチをつけてりゃ満足なのか?」
 ストレスがたまっているようで、かなり人材育成問題に疲れているようだった。追い打ちをかけるのもなんなので、とりあえずフォローしてやることにした。
「まぁ、大統領のお前が言うのも変だと思うが、そいつらのことなら、私にも分かる」
「何が分かる」
「私はそいつらはきっと、なれているんだと思うぞ。命令される喜びになれているんだ。いっそのことジャングルにでも放り込んでやれ。生き残ってれば、役に立つ奴が育つかもな」
 腕を組んで考え込み、「考えておく」とクロウリーは答えた。
「お前はどうなんだ?」
「どう、とは?」
「作家なんだろう? 何かそう言う問題を抱えていたりはしないのか?」
「そりゃ勿論あるさ」
 無いわけがない。
 作家というのは編集部に搾取されるために存在していると言っても、過言ではない。
「仕事そのものは、私はやり遂げれば後悔はないからな・・・・・・お前と同じで人間関係は最近の音楽くらい酷いが」
 そこまで言うと、クロウリーは顔をしかめてこう言った。
「ブーディーズを知らないのか?」
「何だ? それは」
「最近はやっているロックバンドだ。近い内に俺の国にも星賓としてやってくる」
「面白いのか?」
「全盛期のエルビスより凄い」
 自信満々に、お前が歌っているわけでもないだろうに、そういうのだった。まぁ、ファンとはそういうものだから、気持ちは分かる。
「本当に?」
「本当だ。あれを知らないのか? 今まで何十年も息吸って吐いてただけ?」
 私は息を潜めて、
「本当に凄いんだろうな?」
 と聞いた。
 まるで何かの取引だ。
「俺のを貸してやる」
「いや、壊したりしたら嫌だから」
「そういうな、ならくれてやる」
「いいのか?」
「予備だからな」
 何の予備なのかはとにかく、この長ったらしい旅路に意味があるのだとすれば、クロウリーから新作アルバムを手に入れたことだろう。
 実る一日だ。
 私は慎重に持ってきていたダレスバッグの中に保護シートの中に入れて仕舞った。これで爆撃があっても大丈夫だろう。指さし確認もしたのでセキュリティ面でも問題はない。
 ふと、思うのは世の中バランスが取れているのかということだ。権力者故の苦悩。
 ならば私はどうだろう?
 心無い非人間であるからこそ傑作が書けるとすれば皮肉である。幸福にならない限り傑作を書き続けられるが、幸福になったとたん邪道作家はそこで死ぬ。なんという矛盾。唾棄きすべき摂理だ。心の有り無しなど神の視点から見れば身長の多寡と変わらず、私が人並み以上に容姿が整って高身長であることと(自分で言うのもなんだが、何の努力もしていないのにそれなりである)さして変わらず、身長が低くて容姿の悪いチビ作家が私のような人間を羨むことと、大して変わらない気もする。
 だが、往々にして何か不遇な環境で育った人間はそれに見合った才能だとか、人脈だとか、仲間意識だとかがあるにも関わらず、私には何一つとして存在しない。ただの不条理とも捉えられるだろう。
 絶世の美女に生まれたという点だけでは、到底納得行かない。いや、性格の悪そうな悪人面の太った中年かもしれない。
 意味もなく読者を混乱させてみたりしてな。
 私は実は女なのだ。意外かもしれないが・・・・・・・・・・・・と言うのも嘘かもしれないし、もしかしたら筋モノかも、あるいは身長が高いだけのただの男かもしれないし、やはり女で、メガネをかけていてタワーマンションに住んでおり、孤児だったりするかもしれないぞ。
 もしかしたら老女かもしれない。
 嘘はこれくらいにして、高校三年生の私からすれば、そう、高身長というのは嘘であり、実はしがない低身長の堅苦しいメガネ高校生である私からすれば、そんな正体などと言う大層なモノは無いのだが。
 まぁ、私のような天狗、アヤカシの類からしても、物事の見方は一定一律ではないと言うことだ・・・・・・割にあわないとしか、私は思わなかったが・・・・・・・・・・・・。
 作家などと言う生き方しか選ばざるを得ず、それでいて何か特別そういう優れた何かもなく、人並みですらなく、最低限のモノ、心すらない。
 どう考えても、大金を賠償請求して良いレベルだ・・・・・・別に不遇でなくとも金は請求する気はするが。
 などと、小学二年生が言うことではないか。
 読者を煙に巻くのはこのくらいにして、さて、この男は分かりやすい「成功者のなれの果て」と言うことらしい。幸福と言うものを真剣に考える暇と手間があるからこそこの男は悩んでいるのだろう。
 幸福とは何か?
 人と人とのつながりが無くても生きていける資本主義の無機質な社会体制 金はその最たるモノであり、愛情などの感情は無くてもいい。それが合理性を重視した結果だ。しかし私や、この男クロウリーに関して言えば、答えは既に出ている。 無いものは無い
 心がないなら、尚更だ。
 幸福は育むものであり、何もない故に最初から不可能であると言うのが私の持論だ。そんな人間が「鐘さえ有れば幸せ」だと唱えるのは、心がないのは良しとしても、だからといってそれに見合うモノを手にしなければ嘘だからだろう。
 自身のような人間がいることそのものが、神も救いもない証拠である。と、私は常日頃から考えている。もしいるとしたらお笑い草だ。人間一人に心を付け忘れたところを見る限り、工場のライン生産のように、人任せで作っているのかもしれない。
 今は何でもそうだ。
 人工知能が台頭してからというもの、人間は何でもかんでも機械に任せるようになった。昔は手動で運転したり(大昔の話だ。今そんなことをするのは法律に違反する。管理しやすいように政府が管理しているからだ)したらしいが、運転どころか、子育ても人間づきあいもアンドロイド任せときている。まぁ元々社会が発展してからと言うもの、教育は教育機関の仕事になっていることを考えると、「子育ての業務請負」を行って育てた気になってきたというのだから、あまり今も昔も人を育てることに手を抜くところは、あまり変わってないと言えるだろう。
 クロウリーも何か察したのか、音楽の入ったレコーダーディスク(ロストテクノロジーと言えるだろう、これは)を私に手渡すと、問うた。
「お前はこの世界に不満を感じないのか?」
「妙なことを聞くな、無い人間はいないだろう。何事もすべてに満足するということがないならば人間は、必ず何かに不満を持ち、現状を変えようとするモノだ。・・・・・・もっとも、最近はお前の言う「自分の意志のない」人間があふれ出してきているのだから、何の不満も考えずに生きる人間はいるだろうがね」
 とはいえ、私には不満など無い。
 不満を持つ心がないのだから、持ちようが無いというのが本心だ・・・・・・金が有れば便利だとは思うので、とりあえず金を手に入れて満足することには、否定的ではないが。
「・・・・・・なら、お前ならどう対処するんだ?
「不敵に笑え 摂理の理不尽に対抗できるは人間に強がりが唯一の力である。というのが私が経験から得た唯一の方法だ」
 いぶかしみながら、クロウリーは追求した。
「それは、酒をあおって諦めてるのと、どう違うんだ?」
「素面でも出来る点だな」
 悪魔がいるというのならば私は最初からそうだった。人間など、最初からどこにもいなかったのだ
 だが、同時に思うのは「人間の魂」、そ心の強さ、本当の意味での強さというモノは、私には持ち得ないと感じるのだ。
 高潔であり、
 大切なモノのために犠牲になり、
 それでも前に進む本当の強さとやら。
 私は心を持っていたところで、そんな大層なモノを扱えるとは思えない。
 私が弱いのだとしても、それはどうでも良い。 強い弱いに興味はない。
 全く、鬱陶しい限りだ。
 心ある人間の、暖かさとやらは。
 眺めるだけで満足しろと言うことなのだろうがしかし、私は物わかりの良い方ではない。
 必ずだ。
 心だの愛情だのを「越えるもの」
 それを手にするまでは死んでたまるか。
 そんなモノは有りもしないと言うだろうが、そうでもないのだ。
 この世は所詮自己満足。
 果てない景色をもし見られたならば・・・・・・・・・・・・私は「満足」出来るだろう。
 願わくば、見果てぬ夢を、見たいモノだ。
 我々二人という人間は、どうしてここまで屈折したのかというと、つまり手に入らないモノを求めようとしたけれどもそれは無い物ねだりであることに気づき、金という分かりやすいモノで妥協して、それなりに満足しようとした結果なのだろう。
「私もお前も、種族を言い訳に出来ないほどに外れてしまっているのさ。我々から見れば世界は理不尽であり、心とやらを作り損ねた神々に抗議すべきモノでしかないが、しかし同時に世界からすれば、我々のような人間は存在そのものが「悪」であり、自分たちが負の側面を押しつけたことは無視してでも我々を糾弾しようとする」
「何が言いたい?」
 酒を飲んで・・・・・・しかし、本当に大丈夫だろうか? まぁ、素面で話すような内容でもないのだろうし、私のように酒が飲めないのでもなければ飲む気分も頷ける。
 羨ましい話だ。
 作家は等しく酒が苦手なのかもしれない。
「嘆くだけ無駄と言うことだ。我々の声はどこに届くこともない・・・・・・神も悪魔も我々のような人間は眼中にないだろう。それでも我々二人が「幸せのようなもの」を掴むときがあるとすれば、それはきっと自己満足の類だろうからな。くよくよしたところで仕方がないと言うことだ」
「お前がそれを言うのか?」
「私だからこそ言えるな」
 生きるということは即ち、答えを得ることだ。 だがしかし、我々は生まれたときから答えを手にしてしまっていた。曰く、「幸せにはなれない」曰く「人並みには混じれない」曰く「それこそがお前達の人生だ」と。
 語りかけられているかのように。
 まぁ、幸せ云々はどうでも良いかもしれない。 私にとって重要なのはそれなりに本が売れ、ある程度贅沢が出来、それでいて世間の喧噪とは無縁な場所で本を読みながらコーヒーを楽しむ位のモノなのだ。
 金があれば文句ないが。
 有ったからどうというわけではないのだが、しかしまぁその辺りは私の趣味嗜好だ。
 だから問題ない。
「ふん、まぁ良いさ。そういえばお前にお客さんが来ているぞ」
 そう言うクロウリーの言葉を聞いて、私ははて誰だろうと思った。
 あまり人間関係はないのだが。
 屈強そうな部下に連れてこられたのはかつて私に依頼をした主人公、フカユキとかいう女が、さながら捉えられたエイリアンみたいに連行され、私の前に姿を現したのであった。

   13

 私は主人公ではない。
 故に知ったことではなかった。
 帰り際、能力を奪われた小娘は捨て置かれ、私の持つ「賢者の骨」に興味を持ち付いてくるのだった。
 私のいるホテルにまで押し掛けられて、正直迷惑だったので仕方なく口を開いた。
「こんなモノを手にしてどうするつもりだ?」
「何でも願いが叶えられるってお墨付きらしいじゃないか。その骨」
 物欲しそうに言うのだった。
 ランプの魔神はこんな気持ちだったのだろうか・・・・・・正直こういう人間ばかりでは、彼らがうんざりするのも分かる気がした。
 いきなり私を襲って脅迫し、
 それでいて裏切ったと吠え、
 大儀のためだと、いや誰かのため、涙を流す女を見過ごせないだとかと言った理由のために、彼女は私の持つ「賢者の骨」を欲しがった。
 主人公とは、端から見ればここまで醜悪なのか・・・・・・別に苦しんでいる人間のために動くことは悪人を倒す理由にはならないだろうに。いや、なったとして「倒す」という言葉を使って、暴力で事を済ませようとするのだから、正直都合の良い頭だなぁと思わざるを得なかった。
 その主人公は言った。
「それが有れば多くの人を救えるんだ」
 だから何だというのだろう。私から言えばそんなモノはその「多くの人々」の都合でしかなく、私にはあまり関係ないし、「多くの人々」の代表者面をする理由にも、ならないのだが。
 願いではなく、欲望であることにも、気づいてはいなさそうだしな。
 誰かのため、誰かの涙を止めるためだのというのも、所詮倫理観に従って動いているだけの欲望に過ぎないものだ。
 欲望。
 正義という言葉ほど、正しさを主張する輩ほどその欲望に囚われている。
 何のためであろうが人を殺し、死体の上で「どうだ参ったか、ここに悪は滅びた」と叫ぶ狂人の気持ちなど分かりたくもないのだが、しかしまぁ彼ら彼女らは自分たちの「正しさのようなもの」を盲信しているので、話は聞かないだろう。
 労働でも人間関係でも盲信している人間にはロク奴はいない。つまりそういうことだ。
 物語があったとして主人公がいるとすれば、それはこの女のことだろう。だからこそ私の視点でこうやって物語を眺めると、負暖気が付かないところに気が付くというか、視点を変えて物事を楽しめるので、正直面白くはあった。
人間は英傑を殺し英傑は怪物を殺し怪物は人間を殺し、そして、三竦みの輪にも混ざれず、抜け出すことも許されないのが化け物だ。
 化け物は生きてはいない。死んでいないが、死んでいるようなものだ。確固たる意志を持って叶わない願いを望み続け、怪物に混ざることも出来ず英傑には槍を向けられ人間は理解できない。
 我々は間違っている。
 ああそうだとも、私という人間は存在そのものが間違っている。だが、だからといって金と豊かさのない人生はまっぴら御免だ。
 私は怪物が羨ましい。
 彼らは人間より人間らしく、悲劇に満ち、心の有り様を追い求める。それは美しいものだろう。 私は英雄が羨ましい。
 彼らは華々しくも悲劇に満ち、仲間に恵まれ幸も不幸も乗り越えていく。それは素晴らしいことだろう。
 私は人間が羨ましい。
 下らないことでも満足できて、数が多く、退屈な平和の中で充実し、心だのなんだので愛を育むフリをして生きている。すぐに裏切り、内情は自己満足で、クズばかりだが、そんな中でも輝く魂を持つ存在は確かにいる。人間の強い意志は滅多に見れるものではないが、私にはないものだろうと感じざるを得ない。
 私には何もない。
 比喩でも冗談でもなく、何も。
 人間の、英雄の、怪物の、フリをして、あるいは真似て、ここまで来た。
 ここまで来て、尚何もなかった。
 心も誇りも信念も、怪物の持つ「幸せになりたい」という願いすら私には真実無い。
 ともすれば孤独に憤り、友を求めるのが筋なのだろうがそれもない。友情など感じられない。どんなに満たされたところで、あるいは私を散々邪魔してくれたこの世界、神だの悪魔だのからこの世界の摂理まで味方に付けたところで・・・・・・・・・・・・・・・叶うはずもないのだ。
 執念と言うより妄執だろうか?
 まぁ、呼び方は何でも良い。
 憧れることすら出来ないので、ただの虚言も良いところだが、しかし作家とはそういうものだ。 他の作家など私は良く知らないが。
 せいぜい「羨ましい」とはこういう事なのだろうと納得するだけだ。
 そんな化け物と比べると、願いを叶えたいと願う彼女は、誰よりも人間の性を体現していた。
 自身のことしか考えてはいないくせに、まるで「誰かのため」に動いているかのように振る舞いそして、押しつけがましい自己満足を押しつけ、「人々のために」動こうとする。
 私から言わせれば英雄だろうが人間だろうが、そもそも助けてくれと聞かれたわけでも無いのに勝手に彼ら彼女らのためだとか言って人を殺し回り悪を倒すとか言って殺す姿は、自己満足の極みでしかない。
 自己満足するのは勝手だが、押しつけないで欲しいものだ。
 今もそうだ。この目の前の女は「私のような正しい人間を助けるのは、道徳的に当然である」といった表情をしている。
 賢者の骨は願いを叶える効能があるらしい、しかし骨そのものはあの山の主の元へ届けた方がいいだろう。
「貸すだけなら良いぞ」
 と言ってやった。
 実を言うとこの骨がやばいものであることは重々承知の上での言葉だ。願いを叶えるというのなら、当然願い以外は叶わない結果になるだろうしな。
 報われたいこと、それがすべてに共通する願いだろう。しかしこの世は残酷だ。酷い目にあうだけあって「勝利者の椅子」に座れなければ、どんな覚悟も信念も色をなくしてゴミになる。
 だから私はこの世界が大嫌いだ。
 それでいて、面白くもある。
 だが、世界を楽しむには金はいらないが、不愉快な思いをして不条理に敗北しないために、我々は金を求めるのだろう。
 私は作家業を生き甲斐、ということにしているが、当然金にならなければ馬鹿馬鹿しくてやってられない。やってられなくても魂に染み着いた生き方だから途中退場も出来ず、金にならなければそれが原因で苛つくことになるからな。
 この女も似たようなものだろう。
 恭しく宝を手に入れた盗賊のように、彼女は賢者の骨を手にした。願いは頭の中で祈るだけでいいのか知らないが、あっさりと終わった。
 そう。
 現実世界での噺では、だったが。

  幕間

 そこは暗い海だった。
 何故か私には、ここが「精神の世界」だと、本能的に分かった。理解した。あの賢者の骨の正体・・・・・・やばい一品だとは思っていたが、そういうことだったのか?
 ここは、おそらくあの女の精神の中の世界だ・・・・・・・・・・・・ランプの魔神でも出てくるかと思ったが、これはその逆なのだ。我々個々人の精神を経由して、この世界の「真理みたいなもの」にアクセスする鍵とでも言えばいいのか。
 人間の願いを叶える以上、それがどれほど強い力であれ、願う人間を経由して、その力を使わなければなるまい。理屈は知らないが(そも、私にオカルトな現象を解明する気はない。私は学者ではなく作家である)いずれにせよ 人間に願いを叶えることは出来ない以上、それ以外の力を借りるのは当然だろう。
 おそらく、詳しい仕組みは分からないが、絶対にこれは危ない力だ。古今東西願いを叶える類には、ロクな逸話がないからな。
 人体実験をあの女で済ませて良かった。
 私は痛くも痒くもないからな。
「何でお前がいるんだ?」
 当然だろう。女は不愉快そうに言った。私でも自分の「精神の中」に他人が居たら同じ反応をすると思う。
「どうでもいい噺だ。それより、お前には叶えたい願いがあるのではなかったか?」
「どうしてお前がそれを聞く?」
「どうも、不本意なことにこの「賢者の骨」には役割がある。本来ならここにいるのはお前の「無意識下の自分」とかだったのだろうが、近くに私がいたことで、私がその役割を背負わされたようだ」
「ええと、つまり」
「そうだ、私はランプの魔神の真似事をしなければならないようだ。さっさと願いを言え」
 おそらく、だがこの女が「願いを形にする」役割で、私は「その願いをどう実現するか」決める手段の法を担うのだろう。
「争いのない平和な世界だ。俺のいる故郷を、平和で争いのない楽園にしてくれ」
 と、女は願った。
 馬鹿な願いだ。
 人間に願いは叶わない。それは人間は無能であり弱く、弱いが故に限界があるからだ。物質的な願いはまさにそれだろう。対して、人間の感情、内面的な考えから発生する願いは、「争いのない世界」だとか「意中のあの子をモノにしたい」だとか、まぁそういった類のモノだ。人間は殺すために生きている生き物故に争いは無くならず、欲しいと思うモノは、この世界は絶対に与えない。 持つ側と持たざる側。
 どちらに産まれるかで、決まっているからだ。 だから望むことに意味は無い。
 願うことに力は無い。
 それでも願うというのならば、まぁ私個人には何の関係もない以上、叶えてやるとしよう。
「いいだろう、その願いを叶えよう」
 願い「は」叶える。
 望むモノを与えてやる以上、文句を言われる覚えもない、とそこまで考えて、ふと思った。
 神がいるとすれば、こんな気持ちなのか?
 だとすれば、世界が絶望で満ち満ちていることにも得心が言った。願いだけ無駄であり、祈るだけ意味はなく、人間という生き物は改めて、絶望するためだけに生きているのだなぁ、と、強く感じるのだった。

 欲の張った方のフカユキ、とでもこいつのことは呼べばいいのだろうか? は目が覚めるとすぐに、
「これでみんなが救われる」
 などというのだった。
 こんな効力も不確かな、ぶっそうな骨の為に、この女は私を殺そうとしたのだろうか?
 だとしたら迷惑な話だった。
 こいつらが何人いるのか知らないが、同じ個体でも選択しだいでこうも「違う」答えをだすものなのか。作家シェリーとして動いている方のあいつなら、そんな非合理性は鼻で笑いそうだ。
 女は帰ったが、私は考える。
 生きるということについて。
 満たされたいというのが願いであり、満たされることが、あるいはそれを共有することが「生きる」と言うことならば、私は死んでいる。
 望む答えを求めることも、有る意味生きるということだが、英雄などはそれを生きると言うことにしているが、私には欲しい答えなんて無い。
 人間でない自分が人間に混ざりたいというのが願いであり、生きる意義で有れば、私はやはり生きてはいない。私は混ざりたいという願いすらないのだから。
 仮に、仮にだが、もし私が単純に「人間の失敗作」だったとして、私のような存在が有ること事態、世界から見れば認めたくもない間違いだとすれば、単純に人数が多い彼らの都合で、私は葬り去られるだろう。その場合、結論としては「運が悪かった」以外の言葉が見つからない。
 運不運がすべてなのだろうか?
 だとしたら、作家ほど意味の分からない仕事もないだろう。所詮運不運でしかないのに、あたかも人間の意志は運命に打ち勝てるかのように演出して、ありもしない夢を見せているだけなのだから・・・・・・とはいえ、それも人それぞれだろう。
 良しと笑うか悪しと嘆くかは、捉え方の違う読者次第でしかない。
 私の幸福は案外、私とは何の関係も無い存在の都合で決められていたりしてな・・・・・・もしそうならどうあがいたところで結局は、結果的に私の行動のそのすべてが無意味に終わるのだから、やりがいのない話ではある。
 私は荷物をまとめ、宇宙船の予約をし、眠る準備を済ませた。
 願わくば、そうだな。
 何か良いこと有りますように。

    14

 宇宙船の中で私は考えにふけっていた。
 今を生きる人間からすれば道徳的な正しさとか倫理観とか魂の善し悪し、得のようなモノほどどうでもいいモノはない。
 あの女、出発する前だから、およそ二ヶ月前に骨の力で願いを叶えたあの女も、恐らくはそうだったのだろう。
「全員死んだらしいぜ」
 と言うのは、私の携帯端末に住み着いている遊び人だった。名前はジャック。人工知能のくせに私よりも人間らしい男である。
 そのジャックが言った。
 あの惑星の顛末についてだ。
「先生の言う女が、丁度、願いを叶えた瞬間だろうな・・・・・・願った本人は罪の重さに耐えきれずに壊れたらしいが」
「全員、とはどの話だ? 惑星の支配者達か?」「いや、全員さ。願いを叶えた女と、その国外逃亡したクロウリーって男以外、全滅さ」
「・・・・・・星ごと死んだってことか? あの女の願いは平和とか、そういう当たり障りない願いだったのだろう?」
「だからだよ」
 人間がすべて消えれば平和じゃないか、と皮肉って彼は言うのだった。
 確かにそうだ。
 すべて消えれば平和かもしれない。
 座席のシートに身体を預けながら考える。
 私は作家だ。
 主人公でも、まして人助けが好きな正義の味方でもない。物語を書くことが仕事だ。
 だから今回の件が何か今後の参考にならないかと思っていたのだが、つまり、今回の件は「願いも望みも叶わない」ということなのだろうか。
「現実には、何故救いというものがないのだろうな・・・・・・」
「先生らしくもない」
 私らしさは不明だが、しかし世の中の不条理、そのくせ「持っている人間」には甘い社会構造も含めて、疑問に思わない方が不思議だろう。
「結局、持つか持たないか、得られるか得れないか、その程度が世界の限界なのか」
「ああ、世界なんてそんなものさ。少ない現状でも満足できればいいのだろうが、そんな考えは破綻しているし、持っている人間がほざいたところで説得力はない。そういう考え方も含めて「持つ側」が決めているわけだからな」
「クロウリーも言っていたな、搾取する側される側。私が物語で描く「人間の意志の強さみたいなもの」ほど、現実に役に立たないモノも、事実ないのだろうしな」
「そうでもない」
 リアリストかと思っていたが、この男もそういうモノに価値を見いだしたりするのだろうか、と思ったが違った。
「そこに人間の執念、意志があり、その上で運良く評価されたものこそが、価値があるともてはやされる。事実と先生は言ったが、現実には「事実ほどどうでも良いもの」はないのさ」
「事実よりも、装飾された真実の方が、確かに金にはなるからな」
「そういうことだ。見たいモノを見るのが人間ならば、事実はどうでもいい。問題なのは彼ら彼女らが心地よく感じる都合の良い真実こそが、この現実には光り輝くのさ」
「嫌な話だ」
「だが、「事実」だぜ先生」
 嫌な話だ。
 こんな話をするつもりはなかったのだが。
 私は気分転換の意味合いも含めて、機内サービスで食事を頼むことにした。激辛麻婆豆腐を単品で頼み、はふはふと食べる。
「先生、それ、美味しいか?」
 おいしい。
 顔から汗が吹き出て止まらないが。
「辛さなんてのはただの痛みなんだぜ。よく食べられるなぁ」
 私は無言で食い終わると、コーヒーを頼んで流し込んだ。やはり食事はこうでなければな。
 私は死んでいるからこのような目に合っているのではと思うときがある。まぁ死体みたいなものではあるのかもしれないが・・・・・・少し疲れているのかもしれない。
 亡霊のようにただただ幸福を追い求めていたがしかし、労力の割には何一つとして私の手のひらに何かを掴めるときはなかった。この両腕には血が通わず、手を伸ばせばただただ空しさだけが残るのだ。
 歩き続けてきた。
 だが、何もなかった。
 この果てのない世界では意志が有ろうとなかろうと、報われなければそんなもの、持つ側でなければ初めから何も手に入らないことが約束されているのだとすれば、願いを叶えるなど、願いを叶えることが出来る人間でなければ、無駄なのかもしれない。
 物語を書いてきた。
 才能もない私は時間をかけて、何年も何年も年月を掛けてきたが、それすらも、結果が伴わなければ空しく、つまらないものだ。
 運不運、どうも作家という生き物は運命に翻弄される宿命なのか・・・・・・運命が悪しと言えば、我々にあらがう方法はないのか。
 そんなことを考える。やはり疲れているのだろう。もしそうならば、どのみち私の苦労も執念も意思も関係ない。運不運で決着が付くならば、焦ったところで無駄だろう。
 運不運。
 私ほどそれらに左右されている人間も珍しいのか、それとも大したことはないのか知らないが、しかし作家という生き物に関して言えば、大概がロクな顛末でないのは確かな事実だ。
 作家。
 一生童貞だったり銃で自殺したり(これが以外と多い)思い悩んだ末に廃人になったり・・・・・・・・・・・・そうだ、先に明言しておきたいが、作家になるのには才能は必要ない。
 この私が言うのだから間違い有るまい。
 才能なんてひとかけらもなくとも、それこそ鍛冶職人みたいに毎日毎日本を読み、本を書き、それを十年、十五年と繰り返していれば嫌でも上手くなるだろう。努力で成り上がりましたみたいな天才様の言葉(僕がここまで成功したのは誰よりも努力したおかげ、だのと抜かす輩がいたのだ。たかが努力程度でそこまで勝てるか馬鹿馬鹿しい)が食わなかったから続いたと言って良いくらいだった。しかし現実に続けてみれば作家など己の魂を綴るだけなのだから、基本を押さえて半生の経験を形にすれば良いだけだ。
 言葉にすると難しいが、簡単に言えばどんな馬鹿でも国外に住めば言語が話せるようになるのと同じだろう。
 しかし作家などになった時点で人生は棒に振れていると言っていい。そも、凡俗の退屈な平穏を愛せるからこその凡俗であって、作家になるということはそれらすべてを捨てると言うことだ。
 そうでなければ人の魂は動かせまい。
 動かせるようになった時点で、人間を捨てているといって良い。そこまで成功していれば、だが・・・・・・しかし、成功したところで、それだけ非凡な世界を描ける人間が、まともな心をしているはずがないというのは偏見だろうか?
 まぁ、私は邪道の作家だ。
 だから知ったことではないが。
 愛すべき妻、守るべき家族に囲まれ、そこそこ豊かで週に一度バーベキューをし、週に一度家族でハイキングに出かけ、幸せに暮らすのだ・・・・・・・・・・・・などと、私が言うと空しく響くな。
 作家の成功など知らないが、私の場合先天的に人間らしさはなかったので、今更どうでも良い話ではあるが。
 書くべきを書き綴るべきを綴り、伝えるべき物語を語り聞かせるが作家の役目。まぁ、私は邪道の作家なので、描きたい物語を好き勝手に語るのだが。つまりは既存の作家どもの枠に縛られるつもりはないと言うことだ。
 私は幸福になってみせるぞ。
 その過程で何人邪魔者が人生を台無しにしようが知ったことではない。私は聖者ではないのだ。 どんな方法を使っても。
 などと思っているこの方法論がいけないのかもしれない。
 
 私は人間らしく無いことを悔いてはいない。

 そもそも人間らしいって何だ? 喜怒哀楽こそが人間か? 否・・・・・・価値は己が決めることだ。 その他大勢の価値基準など知ったことか。
 私は私らしくあれればそれでいい。
 他でもない己自身があらゆる行いを「善し」と笑えればそれが全てだ。
 どのくらい狂ったのか分からなくなってからが本番だ。作家なんてそういう生き方だ。狂え狂え欲望に押しつぶされて食い荒らしてしまえ。
 それが人生だ。
 幸福とは人間関係から得られる。当然だ。虚無の中で得られる幸福など有ろうはずがない。
 しかしそれでも、もし、物語を綴ることで金を得られるので有れば、平穏を得られるので有れば「幸福」かもしれないと、勘違いしただけのことでしか、無いのかもしれない。
 わからない。
 それは幸福なのだろうか。 
 夢を叶える、私にとっては夢と言うほど大仰ではないが、何かを叶え、勝利し、自己満足に浸ることは、人間の、いや、そんな大仰な話でもないのか。
 羨んだ、そして追い求めた。
 それがないならその代わりを。
 有りもしないものでも、代わりなど無いと分かっている上で。これはただそれだけの物語だ。
 悪いとはちっとも思わないし、その在り方に負い目もない。ただ、願わくば作家としても個人としても、少しばかりの幸福な結末が控えていれば面白いものだ。期待もせずに心の隅へとおいておくとしよう。
 ああ、そうか。
 私は、人に関わって、満たされたかったのだ。
 星の光を眺めながら、そんなことを、ふと祈った。

   14

 存在が間違っている。
 そう自覚した上で開き直り、かつ周りのことも全く考えずに己の幸福のみを追求した結果が、私という人間の在り方であり、存在理由だ。
 故に倫理的な正しさなど関知しない。
 悪人かどうかなど、時代によって変わる基準でしかないのだ・・・・・・ただの殺人がもてはやされ英雄を産む時代もあれば、社会構造を盾に人々から搾取することが正義の時代もある。
 銀行などその良い例だろう。
 一昔前までは、といっても大昔のことではあるが、正気の沙汰ではないことに一部の財閥が運営していた時代もあったらしい。その上、貸している金を返す義務はなく、国単位で積立金を着服し続けても、権力が有れば許された時代があったというのだから、あやかりたいモノである。
 政府の形態が自治形式に変わりつつある今となっては、それもまた「過去の正しさ」なのだろう・・・・・・どうでもいいがな。
 私は時代も思想も考えたことはない・・・・・・そんなコロコロ変わるモノをアテにしていられるはずもない。
 正しさなど当人たちの都合だ。
 神も悪魔も人間も、等しく都合良く生きているのだから。
 それらを覆すモノがあるとするなら「愛」とやらだろう。「誰かのために何かをしたい」無償の信念で見返りを求めず、ただ尽くすことを良しとする、らしい。私は人間の心をほぼ完全な形で「理解」する事は出来るが、同時に「心を感じること」もほぼ完璧に出来ないので、推測のようなものだと考えてくれてかまわないが。しかし、見返りを求める「愛」など、私のような非人間からしても醜悪だ。私が言っても、私のような世界よりも自身を重く捉える人間が言っても、逆に説得力はないかもしれないが。
 考えながら、階段を上る。
 この階段は山を伝わり、上へ上へと、点の国まで続いているのかもしれない。出会う女が、今更だが私のような人間からすれば寿命を延ばすという奇跡を起こす理解の外の存在だ。そうであっても不思議はあるまい。
 ただ、天国があったとして、そこに到達したとして、私は何を得られるだろう?
 どこよりも安穏としており平和であったところで、そんなものは現世の豊かな生活と変わりはない。
「お前のような人間はあの世でもお断りだ」
 そう言われたとしても、まぁ私が傷ついたりするわけもないし、しかし納得はするかもしれないと思う。納得したところで、図太く居座るかもしれないが。
 しかし、なら、
 私の求めるもの、目指すモノはあの世の果てにもないのだろうか・・・・・・・・・・・・
「馬鹿なことを考えていますね」
 そう言うのは女だった。以前と同じ、妖艶であり美しい和風美人の姿がそこにはあった。
 階段を上がった先、鳥居の下の少し奥にその姿は見えた。また掃き掃除をしている。暇なのだろうか? もしそうだとしたら聞いたら怒るだろうし、やってみたい気持ちはあるが、少し疲れていたのでやめておいた。
 我ながら珍しい行動だ。
 邪道の作家なのだから、たまには善人ぶって、人の話を聞くのも良いだろう。
 女は言った。
「あなたたち人間の悩みなんて、所詮100年200年、あなたは長生きしていますが、それでもせいぜい数十万年程度でしょう? そんな短い時間しか生きていないというのに、悩んでどうします?」
「人間の悩みは分かるまい」
 私はその人間からも外れているので、「人間」というカテゴリに収まるのかどうかは、はなはだ疑問ではあるが。
「人間は結局のところ長い年月を経て、魂を磨くことこそが目指すべき地点になります。どの晴天でも描かれるように、まずは聖者になり、そして神を目指す。魂にはサイクルがあり、あなたたちは巨大なピラミッドの下の部分で己を磨き、上を目指しているだけなのですから」
 なら、いずれは全人類が得の高そうな魂をひっさげて聖者になり神になる、のだろうか?
 人間の悪性から考えれば、信じ難い未来だ。
 まぁ、あくまでも目指すべき地点であって、たどり着けない人間は最後の審判であっさり切り捨てられるのだろう事を考えると、我々は神々にとって畑になる稲穂であり、良さそうなモノだけを天国という箱の中に押し入れて積められる、栽培される商品のような存在なのだろう。
 作家の神、なんてモノにいずれはなるのだろうか? 馬鹿馬鹿しい。作家は物語の神であり、それは全ての創作者に許された権利だ。まぁ、現実の神々も同じように我々を捉えているのだとすればそれは、逆らうだけ無駄、創作者の良いように使われる駒以外の選択肢は、無いのだろう。
 私は懐から「賢者の骨」を取り出して彼女に渡した。
「結局、それは何だったんだ? あの女はそれを使って願いを叶えたらしいが、私もその骨にお祈りでもすれば、願いが叶ったりするのか?」
「あなたに願いなど無いでしょう」
 断言されてしまい、まぁその通りだとは思ったが、気に障ったので何か適当な願いを叶えることにした。
「平穏な家庭、有り余る金、住み心地の良いログハウスに・・・・・・」
「言っていて、空しくありませんか?」
 大きなお世話だ。
 女の差し出す札束をひったくるように受け取って、私は思案した。
 結局、今回の件でも私は良いようにこき使われるだけだったが、しかし作家としてならば得るものは多かった。
 人間の欲望は、様々な名前が付くと言うことだ・・・・・・それは正義であったり、政府であったり、法律であったり、世間体であったり、あるいは愛や希望や優しさという名前で呼ばれる。
 全て当人の都合でしかない。
 何かを人に押しつけている時点で正しさなどどこにもないのだ。自殺したとか言う女、名前は忘れたが、その女も理解できないまま死んだ。
 世の中そんなものだ。
 だが、そんな腐った世の中でも輝きを持つモノがあるとするならば、それは何だろう?
 物語か?
 まさかな。
 人々の心を活気づけることは間違いなさそうだが、しかし、いや、私が考えても仕方がないか。 人間は悪であり、ろくでもない生き物たちだ。産まれたそのときから踏みにじって生態系を貪り尽くして世界に嫌われることは目に見えている生き物でしかないものだ。
 もし、もし仮にだが、そんな人間が輝きを持つのだとすれば、それはやはり、人間が人間に見せる夢だろう。なんでもいい。夢を魅させるという事は現実を直視させないと言うことでもあるが、しかしそれでも、人間に輝くモノがあるとすればその程度のモノだろう。
「あなたは人間をどう思いますか?」
 などと、女は問う。私も人間なのだが。
 そのはずだ、多分な。
「どうもこうもない、生きているだけで邪魔な有害生命体だろう。しかし、まぁ希に、良いモノを作る時もある」
 語り聞かせることに、物語を綴ることにどれほどの意味や価値があるのかはしらないが、案外難の意味もないのかもしれない。
 しかし、大昔から人間は物語を愛してきた。それは事実だ。本なんて媒体、とっくに廃れても良いはずなのに、彼ら彼女らは物語を読む。
 物語の中に夢を見る。正直、夢なんて覚めてしまえばそれでお終いだとしか思わない。
 しかしそれでも夢を見る。
 物語の中に果てない世界を想像する。
 ともすれば案外人間にとっての天国とやらは、各の望む物語の中にあるのかもしれない。
 なんて、戯れ言かもしれないが。
「それに」
 と私は階段を下りる足を止めて、
「私は作家だからな。人間がそう言う生き物でなければ困る」
 そうでなければ、商売上がったりだ、と私の都合と利益を口にして、「お気をつけて」と見送る女の言葉に、背中を押されて歩くのだった。
 今日もまた。
 さらなる傑作を書くために。




あとがき

金を払わない、訳がない。
そう思っていたが違うらしい。読者が読むだけ読んで何も払わないなら、こちらも適当にあとがきを書くとしよう。思うに、強盗犯に気配りなどするだけ愚かだ。
二冊目でも30万文字近い筈だ。決済登録が面倒だとか理由を付けて盗む奴など知らん。
大体、そんなもの読者ではあるまい。
さて、本作について何か言及するなら「どれだけ高い志を掲げようが、金を超えなければ意味が無い」だ。
何であれ、金を超える「何か」が無ければ、とどのつまり金で品性を売るだろう。金は、あくまで金だ。
戦争が起これば意味を無くし、征服されれば金自体変わる。であれば、振り回されずに、独自判断で無ければならない。
金、金、金だ。ただし、あくまで物語だ。
下に付く筈の下っ端が、きキチンと仕事しなければ怒るだろう? そういう噺だ。
もう10年近く前なので覚えていないが、大雑把な指針は忘れていない。違っても知らん。
以上だ。思うに、引き寄せだの何だの現実逃避に金を出す奴等が、邪道作家におひねりを投げるかは謎だ。
読者が現実逃避したり遊び呆けている間に、このように未来へ向けた「何か」を綴る。
嫌な噺だ!! 忌々しい!!!
誰か変わってくれないか? 無論、金の力では無理だろうが───なに、数十年書いて読んでを繰り返し、するべきで無い失敗や敗北の渦の中で、心無き非人間として世界を呪うだけでいい。

簡単だろう? さあ、やってみろ!!




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例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!! 差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!

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