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伊藤緑
2020年12月19日 18:30
目が覚めたのでおはようと丸い時計に目を伏せてトイレの扉をぎぃと開いて寒いねぇってぶるぶるささやきしぶきで汚れた鏡に向かって眠くないって指で拭って髪を整え水を一口目元にだけはメイクしてマスクのゴムをびんびんいわせながらよろしくよろしく頭を下げて鍵をしながらまばたきまばたき空の澄む目を見つめて挨拶隙間つくって息白いねと淡い緑に微笑んで水路でぼうっと立っている
2020年12月18日 18:30
青いトマトを、赤く熟させる仕事をしていた。 手にしたトマトは硬くって、指が青ざめるほどひんやりとしていた。それを地面に落とし、拾い上げてはまた落とす。砂や緑やコンクリートに触れた部分は、少しずつ少しずつ、色の温度が上がっては、まぶしくやわやわになっていく。 あっちのもお願いと言われて、やせた水の流れに肌を浸し、両手で持ち上げれば、今にも形がなくなってしまうんじゃないかってほど、ぶよぶよに
2020年12月15日 18:30
陽で白く燃えた翼を広げがたがたの影を落としながらどこまでも滑空しいつまでも旋回してくちばしを鳴らしながら狙っている目に痛い色をした地を跳ねるその小さな一羽を優しさという猛禽類は空を覆うほどの群れで狩りを行い腐肉さえ漁ってげぇげぇと満腹をわらう雲をまだら模様へと穢し日影を地上から奪うその大気を切る音はひどくうるさく糞の汚臭で大地がひとつとなり一切の水から輝きが
2020年12月14日 18:30
出てきた言葉という料理をその鮮やかなスープを眺めてみればそれは確かにお皿も盛りつけ方も具材もスプーンさえもが凝っているそれなのにふっとすくい上げて一口唇の奥へと流し込んだ途端生臭さと共に痛みが走る棘が混入していたのだいや混ざっているんじゃない実際はそれがそういった語彙の表現のそこにあることこそがその料理の本質なのだからそばで滔々とそのつくりものにつくり方に
2020年12月13日 18:30
場所によって実りの数が違うように田によって出穂の輝きが異なるように努力という緑は決して一律には色づかない努力すればと笑う人間の顔を見よやろうと思えばできるものだと軽く見ているその表情を盗み見よそこには無数のダニが裸眼で映るほど肥えている塩に溺れた土壌を清めることはできない入れかえることなどかなうはずもない嵐が一切を流していくことならあり得よう土とは宿命であり運命なの
2020年12月12日 18:30
実体ではなく理念でしかないその観念の影にそっと腕を伸ばしても触れるのは呼気の溶けゆく大気観念はただ観念でしかなく実際は生命であると存在であると直覚したとき母とは幻であって父とは空想であるという電気が光りそのほかの一切たとえば子や大人や人間も理想という玉座に置かれ積まれた分厚い本のなかの文字に過ぎぬことを見た動くものすべてが心音であり立ち止まるものの一切は脈で
2020年12月11日 18:30
林の影で鎖された旧道の凍てついた水の溜まりにどさりと手を重ねて上着のポケットからくしゃくしゃの名のない原稿用紙を出して置き甘くふやけて溶けていく格子を言葉をそっとすくってこくりと飲んだひざのお皿に載った痛みも遠くのほうから呼ぶ声も迫ってくるぽかぽかとした熱の束もすべて無視してのどを鳴らして薄くて厚い氷ごと原稿用紙に覆いかぶさる顔を上げればハトが鳴き遠く
2020年12月10日 21:30
透明の細くて小さな長方形を仰向き出した舌にのせ十字になるようまた置いて垂れそうになる唾液と乾きに乾いたつばのにおいがその清澄を濃く色づかせついには発光し始めたときぱちぱちと拍手が響いて唇は笑い十字はぽとぽと落ちていく
2020年12月9日 18:30
手と手のひらを合わせて合わせそっと離せば青い糸たるむ繋がり六花を裂いてやまない影が傾いて熱も手汗も客観性も乾いた大気へ吸われていって一切は自分で自分が一切で客観なんて言いわけだってこの身を産んだ冬がささやき風花ふっと目に入って
2020年12月7日 18:30
忘れられていくこと。見えなくなっていくこと。存在が極小へと近づいていくこと。かざした腕が透け、かすかな縁だけがおぼろげに残ったとき。この身はこの身となって、空を川を駆けるだろう。土は土となり、草花は草花となって、そこにあるだろう。鳥は鳥へと変わっていき、虫の羽音は虫の羽音へと変わっていく。雨は雨になって、雲は雲になって、星は星に、月は月に、日影は日影になって、移ろうだろう。この身はこの身となって
2020年12月5日 18:30
細くて黒い影の尾が目元に落ちて埋まっていたので抜こうとすれば熱におぼれて氷のように濁った清らかでは在れぬことを学びもう何年も日の影を浴びずに降りしきる音だけを見つめていた右の耳は深く深く青ざめていて分かっているんですから分かっていないんですからあっさりと左利きになったこの身はまたあっけなく右利きへと舞い戻って暗い色に触れながら欠落したじぶんを一人称で呼ぶ
2020年12月4日 18:30
なにかができるという意味でこの身を肯定するのならなにをもできぬという意味でこの身を否定することと知ってしまえばそれはもう黒い海へと落ちてゆくこと価値と意味との波間に溺れ月影溶け込む白波つかむも在るという名の一切は打ち砕かれては消えてゆく意義って色した衣類も靴も半端に重くて沈むばかりでぷかぷか浮かんで息できるのは泳げるわずかのただわずかそれらもいずれは窒息し
2020年12月3日 20:01
歯と同じ形になるまで冷水を噛んで生ぬるくなったから唾液といっしょに吐き出して歯と同じ形になるまで緑茶を噛んで生ぬるくなったからカスといっしょに吐き出して歯と同じ形になるまで炭酸を噛んで生ぬるくなったから歯垢といっしょに吐き出して歯と同じ形になるまで焼酎を噛んで生ぬるくなったからコケといっしょに吐き出して歯と同じ形になるまで冷水を噛んで生ぬるくなったから唾液といっしょに吐き