慟哭

実体ではなく
理念でしかないその観念の影に
そっと腕を伸ばしても
触れるのは呼気の溶けゆく大気

観念はただ観念でしかなく
実際は生命であると
存在であると直覚したとき

母とは幻であって
父とは空想であるという電気が光り

そのほかの一切
たとえば子や
大人や人間も

理想という玉座に置かれ積まれた
分厚い本のなかの文字に過ぎぬことを見た

動くものすべてが心音であり
立ち止まるものの一切は脈であっても

重さに耐えられず崩れていく椅子の脚は
人間の剥き出しの足である

悲鳴も絶叫もない
ただ諦めのなかで

その足は立つことではなく
空で揺れることを
ただ希求しているように
この目玉に映るとき

観念が人を殺すさまを今
自分は見ているのだと
心臓は暴れる
誰にも聞こえないように

それは生命の
どこにも通報できぬ生命の
生命に対する慟哭である

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