ハードボイルド書店員日記【147】
「どっちがいいと思う?」
白髪交じりの長髪をポニーテールでまとめた中年男性だ。「アビー・ロード」のジャケットが印刷された黒いTシャツに青のデニムパンツ。瀧本哲史「僕は君たちに武器を配りたい」の単行本と文庫本をカウンターに置く。
「文庫はエッセンシャル版で、やや短縮されています」「どこが削られたかはわからない?」実はわかる。しかし教えてしまうのは著者に申し訳ない。「ビートルズお好きですか?」「まあね」「同じ年代のドアーズは」「よく聴くよ」「代表曲といえば」「『ライト・マイ・ファイア』。それがどうかしたの?」何も返さず黙っていた。
「……ああ」唇だけで笑い、右の親指を突き出した。1冊を選び、会計を済ませ、口笛を吹きつつ帰っていった。
「どういうことですか?」横でレジを打っていた後輩が身体を寄せてくる。ちなみに男性。「ドアーズ知ってる?」「名前だけは」「最初のアルバムに収録された『ライト・マイ・ファイア』がラジオでヘビロテされて人気に火がつき、シングルカットの話が持ち上がった」「アルバムが先なんですね」「ただ曲の長さが7分近い」「それは削った方が」「実際そうした」「売れたんですか?」「メチャメチャ売れた」「じゃあ正解だったんですね」外国人観光客の群れが押し寄せてきた。コミックと雑貨を各々携えて。
列が途切れる。「…あれ、でもおかしいですね」「ん?」「さっきの人が買ったのはたしか」棚戻し用の本を入れたかごを眺めている。「売れたからってすべてが正解とは限らない。そういうことさ」「わかりません」あの口笛のメロディー。消えかかった炎が再び薪を嘗め尽くすようなロビー・クリーガーのギターソロ。あれを削った「ライト・マイ・ファイア」は消費を喚起する商品に過ぎない。
あの本のエッセンシャル版がそうだとは言わない。いつもは1900字近い連載小説が800字に縮んだからといって断じて手を抜いたわけではないように。