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「似ている」≒「同じ」ではない
↑が売れています。巷ではちょっとした「三国志」ブームのようで。
中2のクラスで「三国志」ファンが近い席に集まっていて、いろいろ話したのを覚えています。劉備の人気が驚くほどなかったですね。私は孫策が好きだったし、いちばん中の良かった友達は曹操推しでした。
光栄の歴史シミュレーションゲーム「三國志」シリーズもみんな好きでした。「三國志Ⅲ」を橋瑁(きょうぼう)でクリアしたという猛者がいましたね。知らない人は「はあ」でしょうけど、これは本当にあり得ない偉業。新日本プロレスでたとえるなら、邪道選手がG1を優勝するようなものです(失礼)。
その雑談の中でしばしば「自分は『三国志』の登場人物の誰に似ているか?」ということがテーマになりました。もちろん見た目ではなく性格や能力の話。私は「呉の陸遜」と言われました。陸遜は周囲からの「おまえにはムリ」というプレッシャーや嫌がらせに負けず、己の考えを貫いて劉備を打ち破った名将です。とても光栄でした。
でも自分では「俺にいちばん似ているのは賈詡(かく)だろう」と長年思っています。元々はあの悪名高い暴君・董卓の配下。そこから李傕や張繡に仕え、張繡が曹操へ降ったのを機に曹操の腹心となりました。
彼は頭の回転が速く、人の心の流れを読んでその隙を突くイヤらしい策を建てるのが得意です(仲間割れを誘うとか)。そして国の行く末を案じながらもどこか虚無的で、誰の下にいても心の底を見せない。ゆえに時々の主君に評価されつつ恐れられてもいる。
もしかしたら「いちばん近い」と考えるのは「いちばんなりたい」人間像だからかもしれません。その意味では「いちばん遠い」存在とも言えます。
たしか森博嗣かな? 「『似ている』とは『違う』という意味」みたいな文章をどこかに書いていました。「『いちばん近い』は『いちばん遠い』」もこれに準じた考え方。ちょっと禅的ですね。
「似ている」から「同じ」と考えてしまうのは、むしろ思い込みの罠。全く似ていないキャラの方がしれっと重なり、いいお手本になる予感があります。誰だろう? 張飛? 徐庶?
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