比呂暇太郎(6) 広島の牛田には弥生時代の「大王」がおっちゃったんで!
まずは広島の地形を見てみようかの!
おおお 今日も 会えたのう
わしゃ ぶち うれしいで
元気しとったかいの?
比呂暇太郎 じゃあや
さっそくじゃが
下の地図をみてくれんかの
広島の三角州の航空写真じゃィや
今は 三角州じゃけど
毛利輝元が広島城を築城したころは
城から南側は 海じゃったんじゃ
真ん中に 小さい四角みたいなんがあるじゃろ
あれが 広島城ィや
ほいでの
広島城から 北東の方角
地図の右の上のほうじゃの
そこにの 「三日月」の形をした 山があるじゃろ
牛田山 言うんじゃけどの
この山ん中にゃあ ようけ古墳があるんで
しかも 縄文遺跡や 弥生遺跡もあるんで
今は ハイキングコースもあるんで
上の地図の 山に囲まれた盆地 みたーなところがの
「牛田」いうての 静かな住宅街なんじゃーや
かつてはの 広島で 高級住宅街言うたら
この「牛田」か 西区の「井口」「古江」あたりじゃったんじゃ
今は 広島駅前あたりが 再開発されたけーの
「タワマン」とかが ようけ 出来たけえ
「高級」言う概念も 変わって来たがの
弥生時代、牛田に「大王」がおっちゃったんじゃ
なんで こがいな話し しとるか言うとの
わしは 若いころはの 「フーテンの寅さん」みたいにの
全国各地を 渡り歩いとったんよ
そのうち
はー ええかげん 落ち着かんにゃあいけん 思うて
広島に帰って 住むところを 探したんよ
わしが 住まい選びの 基準にしとるのは
「風水」が 良うてから
大昔から ひとが 住んどったところィや
「牛田」と言う地名はの
「大人田」 つまり「大人(ウシ)の田」から来とるんじゃ
「ウシ」とは「ボス」のことィや
「オオクニヌシ」の「ヌシ」にも通じとるんじゃの
わしが 家を探そう思うての 牛田の街を歩き回っとったら
小高い丘に石段があってから 上ええのほうに
「早稲田神社」言うんが あるんを みつけたんよ
さっそく登ってみたらの
なんと 神社の境内に 弥生時代の遺跡があったんじゃ
わしはの
そこにあった この説明文を 読んだ瞬間
全身に 雷に撃たれたような衝撃が走ったんじゃ
なに? 遺体は 座ったまま 葬られとったじゃと???
この時 ありありと
わしには 見えたんじゃ!
弥生時代に この地を 治めておった
「大王」の姿がの!
牛田の「大王」はの
すぐにでも 立ち上がれるように
座ったままの姿での
武器を片手にしちゃってからの
この牛田の地に住まう 民たちをの
死んだ後になっても
ずーーーーーーっと 守り続けてくれとったんじゃあ!
尚、表紙のイラストは、フリー写真,リアル,AI画像生成,AI画像講座,無料(フリー素材,フリー画像)|note さんのものをお借りしました。誠に有難うございました。