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(制服の群れにはぐれた少年少女) #薔薇



「あなたは、」
正面の椅子に座る、養護教諭が困ったような笑顔をこちらに向けながら口を開いた。
「見た目が良くて、勉強も割とできて、優しい家族や心配してくれる友達が居て、すごく恵まれているのよ。何が不満なの?今ちょっと躓いてしまっただけじゃない。」
それは麗らかな春の午後、眠気に襲われた一瞬の出来事である。しかし確実に投げられた言葉は私の胸に突き刺さった。


「…先生、何にも分かってないね。」
まさか褒めたつもり?
お前が弱音を吐くなと思い切り蹴飛ばされた感覚、故に幾ら意見を述べても理解が得られないことを察する。私は込み上げるあれこれをぐっと堪えて唇を噛み締め、俯いてやりかけた数学の課題に取り組んだ。心の内は見掛けや持ち物からは窺い知れず、当然だが制服を着て教室で授業を受ける中に全く同じ生徒などいなかった。
特にその頃、高校を休みがちになり別室登校を始めた〈こころちゃん〉として経験を語る。


音楽を聴きつつ好きな時間にふらっと現れては空き部屋へ籠り、基本的には自習した。そこに学級担任が顔を出し、スクールカウンセラーと話し合い、数少ない友人らは昼食をとる為に集まる。
不登校と比べればマシで復帰に向けてのステップだと言われたが、コミュニケーションを図ったところで問題は解決せず、却って教室が遠ざかった。周囲は心身共に私を気遣い、次第に罪悪感を覚える。


いつからこうなって、どこがダメだったんだろう?何度も自分に問い掛けた。
有り触れた、些細なことで人間関係が拗れたとか、矛先を向けられるなんて、なかったのに。
ただ、ホームルームに参加した際、好奇の視線を浴びて戦慄が走り、パニックに陥る。
後にどうしても出席日数が足りなくて今にも泣きそうな表情を浮かべた担任に頭を下げられ、留年が決まった私は止むを得ず通信制高校に転入した。
とはいえ、実は未だに学校へ行けなくなった理由が分からないままでいる。


さておき、約5年の月日が流れた。
ここまで生きてきて他者が放ったうち、あの台詞より耳に付いたものはない。
されど、よく考えてみれば悪意を持ったのではなく励まされた気もして、しかも彼女の発言はあながち間違いでもなかった。
実際に私は恵まれており、たとえ不幸でどん底に落ちてもそれが長く続かないと信じる、どこか楽観的な一面を持ち合わせている(家庭環境のせい)。


けれども二十歳を越えた現在の〈こころちゃん〉には思うところがあって、どれ程、誰かが羨ましく全てを兼ね備えるように見えたとしても相手にとってそうでなく、この瞬間、懸命に何かと闘っているかも知れない。
そして、もし万事上手くいっていても傷付けて良いか?

無意識に人を救いもすれば攻撃もする、つまり〈刺さりやすい棘〉にご注意を。


この小説では複数の主人公が語ります。
彼女は一人目ですが、どこから読んでもいいようなものを書きました。

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