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うみやまのあいだ、あめつちのからだ
2022年4月4日 21:08
幸福 いつかの手記より 早朝、おそらく五時半を過ぎたあたりだろうか。目を覚ました赤犬が、私が眠っているソファのそばに移動してくる足音がして、くんくんくんくん私の顔の匂いを嗅ぎに来た。硬いヒゲが顔中をかすめてちくちくする。尻尾はパタパタパタパタ際限がなく、朝から何て嬉しそうなこと。私は目を閉じたまま「おはようさん」とか「起きたのかあむにゃむにゃ」とか口先だけで赤犬の機嫌をとりながら、眠りを
2021年10月5日 22:42
ブンの死⑩九月四日 _蜂の指輪歩く私の少しの振動。その振動がコンクリートに伝うが早く、路傍の猫じゃらしからわっと雀たちが飛び立つ季節になった。夏頃までは、若草色をしたマヒワの群れをよく見かけたが、秋の入口の今時は、雀の群ればかりが目に入る。猫じゃらしの穂花で腹を満たして冬に備えるのだろう。わが家の老犬は死んで妖精になったようだ。いくら探しても見つからなかった母の指輪が突然見つかった。
2021年10月5日 22:39
ブンの死⑨九月三日 _鈴の音晩年の老犬は、人間でいうところの認知症だった。兆候を挙げればいくつも例はあるが、この犬に至っては徘徊が顕著だった。放っておけばゆうに二、三時間、ひとときも休むことなく家中を歩き回るのだ。はじめの方は、用を足したいとか、母はどこだとか目的があるに違いないが、そのうちそれさえ忘れてただただ一心に歩く。おいら、歩く。私たちも彼の夢遊の冒険癖にはすっかり慣れて、特段気
2021年10月5日 22:35
ブンの死⑧八月十八日 _闇底に闇底にからすうり散りし逝きし犬私の句。…烏瓜の花は、散るのではなく萎むのか?闇底にからすうり萎みし逝きし犬言葉の教養、自然科学的知識。
2021年10月5日 22:33
ブンの死⑦八月十六日 _老犬の老犬の夜闇に谺す断末魔夜の闇老犬の断末魔二度「夜闇」は季語ではないのではないか、と私。ああ、そうか、と母。私は興をそそられた。突然脳の発作に見舞われた犬を動物病院から連れ帰ったのは夜だった。犬はかつてなく自分をさいなむ激痛と混沌により、聞いたことのない声をあげた。ひどく高い声で、ひぁーーーーーん、ひぁーーあん、ひぁーーんと叫ぶのだ。声は裏返り
2021年10月5日 22:30
ブンの死⑥八月十三日 _花の香火葬の朝、犬を横たえた箱をあけ、おはようと声をかけた。ぎっしりと満たした花々の匂いがいっそう強く香ってくるが、亡骸はもう冷たく硬い。匂いもない。ああ、ブンの匂いがしない。新陳代謝の匂いがしない。私はようやく、この犬の死を理解し、受け入れる。
2021年10月5日 22:27
ブンの死⑤八月十二日 _ブンと母この家に来たばかりの頃は、もう成犬に近い大きさで、体重は3500グラム。ちょうどあなたの上の弟が生まれた時と同じくらいの大きさだった。抱っこしてみて。4キロ近くあるの、3800グラム。こうしていると、あんたたちが赤んぼだった頃を思い出す。あなたの下の弟くらい、一番大きく生まれたのだけど、それと同じよ、今のブンは。今は年をとっちゃって、随分体重が落ちたけ
2021年10月5日 22:12
ブンの死②八月十日 _私はこの時を思い出すだろう一段落つくや否や、私は台所のICヒーターに直行した。慌ただしく家をあとにしたままで放置されていた全てのことを、何事もなかったように平静に始めた。DVDリモコンの一時停止ボタンを解除するように、この数時間の喧噪をはさみで切り取ってプラスチックのごみ入れを見もしないで適当に捨てるような変わりなさで「生活」を再生させた。老犬の飯を準備している夕方
2021年10月5日 22:02
ブンの死①八月十日 _カラスウリ盆前だというのに、暗い夏だ。天気予報では、日本列島の上空に居座る線状降雨帯が終日映し出されている。青色と紫色の四角で表された降雨帯の雲の動きは、時間経過とともにモザイクのように蠢き、そのビジュアルの面白さにぽかんと見入る。が、時折挿入される日本各地の雨量の様子と、注意喚起のために穏やかに尖らせたアナウンサーの声に現実を見る。佐賀、長崎、熊本。いったいこの数日
2020年8月7日 15:33
雨で散歩に行けないときや、忙しくて相手をしてあげられないとき、ついつい口に出してしまう言葉。「わかった、あしたね!」「あしたまで我慢して~」「あ・し・た!」子どもへではない。わが家の大きな犬に対して、だ。あ~、こいつに「明日」の意味がわかったらどんなにラクだろう!とよく思った。この意味さえわかってくれれば、雨が続いて家の中でのいたずらが増えて困るときも忙しくて相手をし