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つれづれつづれ

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散文、短編など
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記事一覧

短編 3

 ユウに初めて出会ったのはたしか、ヴァインマイスター通りのカフェだった。小遣い稼ぎに引き受けていた翻訳に行き詰まり、一人がけのテーブル2つを占領し、資料を広げ、頭を抱えていた私の斜め前に彼女は腰を下ろした。

 こんなに席が空いているのに相席なんて……

 顔を上げ、彼女を見つめた。ショートボブの一部分だけを真っ赤に染め、レザーのライダース、チュールのミニスカートにボーダーのタイツ、マーチンの8ホ

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散文 7

信じる、ということは、あの頃の私にとっては到底近づくことのできない、とても眩しいものだった。
眩しくて目を向けられないほど。

友達、というものは、あの頃の私にとっては理解しがたい言葉だった。
余りにも苦しくて脆い、その関係性。

私と彼女たちの間には常に薄い、ごく薄い膜が張っていた。
まるでココアの表面の、薄いそれのような。
フォークで掬えば簡単に取り除けたはずの薄い膜。
私は、けれど、そのやり

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散文 6

唐突に、誰かの夜が欲しくなって、私は本を手に取るのだった。
ここではない、どこかへの、静かでささやかな旅。

隣では、夢と現の狭間を彷徨う息子が、何やら不思議な舞いを舞っている。
まだちいさな彼は、自分の両手が布団につくその衝撃に驚いてしまうのだ。

両手が布団につくたびに、ビクッとし、また両手を上げる。

薄く目を開いて、時々にやりと笑ったりするもんだから、もうこれは起きているのではないかとひや

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散文5

ゆめ

を見て、真夜中に目が覚めた。

あふれ出したダムだか川だかに放り出されてゆらゆらただよっていたら前方にそれはそれは大きなワニ

が、いて

ワニの目は水晶球みたいに大きくて
どこを見ているかわからないけれど確実に私がいることを捉えていて
怖くて怖くて
流れに逆らって必死に泳いだ

しばらく泳いだら海に出て、
瞬間、力が抜けて、沈んでいった

ああもうだめだ、死ぬんだな、海はきれ

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散文 4

夫とふたりで池袋へ繰り出した。
母の日に、互いの母親への贈り物を探しに。

たっぷりの湿気を含んだ東上線の車内は、しんとしていて、このままどこまでも乗っていたいような感覚になる。

デパートの地下は、明るい。
雨の日の憂いや気だるさなどまるで関係なく、雑多で明るい。
一歩踏み入れると、意図していないのに、なんとなくこちらもうきうきしてしまう。

どうやら最初から目的の物は決まっていたようで、夫は、

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散文 3

言葉は、意味を持つ運命にある

私の喉の奥から発せられた音は
瞬間、それに見合った熱と意味を持ってしまう

そうしてそれは、上手に独り歩きを始める

人は、発せられた音から、意味を咀嚼し、満足する

世界には意味が溢れていて

その騒音に、時々、溺れそうになる

こんなにも言葉が好きなのに

もしかしたら

もうずいぶん前から
逃げたかったのかもしれない

詩を書いているのに

意味を

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散文 1 - as you are.

大人になるにつれて、自分の中で「心地よい」がとてもだいじになってきた。

心地よい服を着る

心地よい場所に行く

心地よい人と居る

心地よく、生きる

と、いうこと。

せかいは、ときどきとんでもない速さでまわって、

ちいさくて無力なわたしは、簡単にふりとばされそうになる。

そうして、ひどく不安になる。

そんなときは、ひっそりとつぶやいてみる。

「だいじょうぶ」

みんな、ちゃんと自分

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散文 2 -feel close to you-

うねうねと、自分の意思とはまるで関係なく波打つお腹。

を、見るたびに、ああここに今もうひとり、人間がいるのだと、改めて思う。

大きく膨らんできたお腹を見てもなお、それはあくまでも不思議であって、神秘であって、完全に完璧に理解することはこの先もないのかもしれないなあ、と。思う。

書いた詩に名前をつける、ということがどうも、昔からすごく苦手で、生み出した作品たちが自由気ままに、読むひとの心の中で

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