『杳かなる(はるかなる)』。3年半ALSの女性に密着し、希望と渇望を見出した映画。
こんにちは、翼祈(たすき)です。
日本のALSの革新者と言えば、武藤将胤(まさたね)さんの名前が挙げられるのではないでしょうか?
武藤さんは、2019年に人工呼吸器を装着し、現在は症状が進行したことで声を出すことができず、文字盤を使って、視線で言葉を発しています。
武藤さんが最も恐れていることは、症状がさらに進行して、まぶたや目さえも動かせなくなってしまえば、大事な家族などに語りかけられても、自分の想いを伝える手段が無くなる「完全閉じ込め症候群(TLS:Totally Locked-in Syndrome)」と呼ばれる状態になることが怖いと言います。
武藤さんは、2023年に長女が生まれ、脳波を使って、娘さんと話そうとするなど、革新的なことをなさっています。
武藤さんを主演に迎えて映画化した、2023年公開のドキュメンタリー映画は、先日中国の映画祭で、賞を受賞したと言います。
この映画は、同じALSを患いながら、「生きたい」と希望と渇望を見出した、3年半に及ぶ一人の女性に密着した映画で、現在公開中です。
2025年2月8日(土)より、映画『杳かなる(はるかなる)』は、東京都・新宿にあるK's cinemaにて公開中で、順次全国で上映されます。劇中ではALSの患者さんと歩む介助者の存在にも光を当てました。
「杳(よう)」には、「暗くハッキリしない、遥か遠い」などの意味があります。進行性の難病を抱えて生活することは、時に先の見通しがない絶望の毎日でもあることを示します。
今回はこの映画のあらすじと、密着された女性がなぜこの映画に協力しようとしたのか?などをアナウンスします。
あらすじ
画像・引用:杳(はる)かなる 映画.com
予告編も公開中
ここからはドキュメンタリーで密着された女性のことを紹介したいと思います。
ALSを発症した当事者の女性がこの映画で投げかけたこととは?
2014年、佐藤裕美さんは、趣味の登山をしていて、何度も通った富士山の下山で、身体の力が入らず、立ち上がれなくなる動きにくさに気付き、同伴者に抱えられながら下山しました。その後も歩いていても、靴底から滑り落ちる様な足の感覚があるなど、身体の異変を感じ、2018年にALSだと病院で診断を受けました。
佐藤さんは、
「今の心境は、とても不安定で、何も考えられなくなったりとかします。1日の中でも沈んだり浮いたりしている状況です。何かどこかにこれからも生き続けていきたいと自分が思えるものがないかと毎日、ALSへの孤独感と不安で、涙を流していて、模索している毎日です」
と、吐露しました。
少しずつ全身の筋肉が動かなくなっていくALSは、ほとんどの人が2年から5年で自発呼吸ができなくなると想定されています。
佐藤さんはALSだと診断を受けた時の気持ちを、
「絶望の海で溺れそうだなと思いました。頭の中で自発呼吸ができなくなるということがとても怖くて、本当に溺れそうになりました。その感覚だけ今でも鮮明に覚えています」
と述べました。
佐藤さんの“生きたい”という気持ちに背中を押したのが同じ境遇を抱えている仲間でした。2006年に発症した、ALSの先輩患者さんの岡部宏生さんは、患者さんを支援する活動などで日本各地を飛び回っています。
発症から3年後に気管切開を受けて、ほぼ身体を動かせず声を発することもできない岡部さんですが、ヘルパーが手にした文字盤を活用して、目の動きで一文字ずつ佐藤さんに対する想いを解いていきました。
以前は岡部さんも人工呼吸器を着けてまで生きるつもりはありませんでしたが、障害者の権利向上を掲げて、人工呼吸器を着けてでも生きる道を選択し、佐藤さんを励まし続けてきました。
岡部さんは、
「生きることって何でしょうか、という意味を私と一緒に考えてくれませんかと、初めてお会いした時に言いました。
自分の中に少しでも『生きたい』という気持ちがあるなら、生きてみればいいと思います。生きることを簡単だとは思っていませんが、悩むことや迷うことは生きていること自体だと感じています」
と、佐藤さんを励ましました。
参考:ALS当事者の女性の記録映画「杳かなる」(はるかなる) かながわ情報羅針盤 NHK 横浜放送局(2025年)
生きることは簡単なことではない
ALSに対する治療薬は、ほとんどありません。それでも、
2023年に、慶應大学が、パーキンソン病の薬[ロピニロール]投与で、進行が遅れる研究成果を発表したり、
2024年に、慢性骨髄性白血病の治療薬[ボスチニブ]がALSの症状の進行を抑制
できると、京都大学iPS細胞研究所が発表
したりしました。今までは他の病気や障害の治療薬として使われている既存薬から、ALSの治療薬を見つけることしかできませんでしたが、最近ですと、
2024年12月2日に、アメリカの製薬企業[バイオジェン]の日本法人が承認申請を実施し、厚生労働省の専門部会より、ALSへの初となる治療薬として開発された、[トフェルセン]に関して、製造・販売を認めることで了承
されたという喜ばしいニュースが入って来ましたね。
この『杳かなる(はるかなる)』は撮影が始まった2020年10月は佐藤さんはヘルパーを付けずに生活していましたが、それでも段々身体が動かなくなることで、人工呼吸器を用いて生活する人たちを追った[風は生きよという]などで知られている、監督の宍戸大裕さんに、撮影を中止したいを伝えました。
「ALSが進行し、動かなくなっていくこの姿を、苦悩を撮りたいのだろうか?撮影途中で私が亡くなったら、この映画は完成するのだろうか?」と、葛藤したといいます。
知り合いだった宍戸監督からは、「嫌なら嫌だと伝えて大丈夫ですよ」と、撮影開始から9ヵ月が経過し、2021年夏に「もう撮影はできません。私には無理です」と伝え、撮影は中断されました。
それでも佐藤さんの自宅に宍戸監督は訪れ、他愛もない会話をして帰って行く、そんな交流は、撮影中断中も続いていたそうです。
約1年の撮影中断から、「命を軽んじる社会に溢れる現状を救い出したい」と、この『杳かなる(はるかなる)』を完成させなければならないと佐藤さんは撮影を再開し、映画を完成させました。
「ALSから絶対に逃げられないと分かっていますが、背中を向けたまま怖がっているのは嫌だなと思いました。ならもう振り向いて、自分から対峙していこう」と、説明しました。
劇中で紹介される佐藤さんの詩「証(あかし)」は、書く理由を「私が生きていたこと」の証明だからと話し、「私は声を失いますが、私以外の誰かが私を語ることを全身全霊で拒絶する」としたためています。そこには、【私の声を奪うな 私を居なかったことにするな】とも書いていました。
およそ3年半の佐藤さんに密着した撮影期間には映画に登場する人を含め、旅立った大事な仲間もいました。
宍戸監督は、
「今まで託されてきた想いは『共に生きようよ』『皆で生きようよ』ということでした。全員で生きられる、住みよい社会になって頂けたらと思って欲しいですし、
難病を介して生きることを今一度考えて頂きたいです。一人一人の名前もあって、顔もある人たちの背景を踏まえないで、社会の枠組みを構築することはおかしいと感じています。障害当事者が真ん中にいる社会にしていかなければならないなと思います」
と、そう、心の底から願っています。
私も、既往歴を11個抱え、どれが引き金で亡くなるのだろうかと、ただ漠然と思っています。
それでも、過去に色々あった私にも、今は生きたいという想いが強い。
私はWEBライターとして記事を書くことで、世の中の色んな人と繋がっていると思いますし、心の支えにもなっています。
これからも障害・病気・難病の記事も書きつつ、自分の使命を全うして生きたいと思っています。