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「心」

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到達点への旅路の記録。 世界のstray sheepに捧ぐ。
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#最近の学び

私は、人のために怒れる人間だったんだ

私は、人のために怒れる人間だったんだ

私は、人のために怒れる人間だったんだ トラウマではない、昔のことを思い出した。

 私が、中学生で野球部に所属していたときの話だ。チーム戦のような練習をしていたときだったと思う。幼馴染がピッチャーをして、私はその守備をしていた。確かファーストだ。当時の監督が腕を組んでベンチの前に立ち、大声でピッチャーに野次を飛ばしていた。

 なぜ同じチームの監督が、同じチームのピッチャーを貶しているのか全く理解

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私は厨二病

私は厨二病

厨二病を定義する 私なりの「厨二病の定義」を考えてみる。

厨二病;自意識の外に出れず、他者の視座を得られない者

 現時点では、これには2種類あると思われる。

1.(恐らく親から)ある種の抑圧を受け、無意識に抑圧された否定項をいく層にも持つ厨二病

2.(恐らく親がある種放任的で)抑圧を受けず(または受けても徹底的に抵抗し)、自分の欲望に忠実過ぎるほどに忠実で、それが故に他者の視座を得られない

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「トラウマ」という世界最大級の言い訳

「トラウマ」という世界最大級の言い訳

人は、認知的整合化によって「トラウマ」を言い訳にし、変化しないことを選ぶ これは、私の過去の「トラウマ」の一部だ。私は、今の自分を正当化し、変化しないことへの言い訳としてこの「トラウマ」を使っている。
 そうして、現実と自分の世界観を認知的に整合化し、今の「ダメな(と認識している)自分」は仕方のないもので、「オカシイのは外の世界の方だ」と自分に言い聞かせているのである。

 しかし、これは間違いで

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もっと不真面目でいい

「自分が不安」という理由だけで守る規律に、何の意味がある 言いつけを破ったっていい。それは時に、自分の中のポリシーであってもそうだ。律儀に規律を守らなくてもいい。その場の最適解なら。

 実を言うと、私の彼女もこのツイートの「妻」と似ていて、感情の起伏が激しい。同情するほどに。彼女はよく、私をみて「いつも一定でいいよね」というが、それは違う。私は彼女が羨ましい。
 私も、彼女のように僅かな感情の揺

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「共同体」を求めて

「共同体」を求めて

私もいつか、誰かと共同体に… 「共同体感覚」のモデルケースを探していた。親や友達、周囲の人がそのモデルケースとならなかった私は、今更この広い世界にそれを探していた。そうして、気に入るものをやっと見つけた。もはや知らない人はいないであろう、「BTS」だ。細かい御託は必要ないと思うので、私がそう感じるに至ったYouTubeの動画をいくつか載せさせて頂く。

勇気は無いが、信じたい、信じたい、信じたい、信じる

勇気は無いが、信じたい、信じたい、信じたい、信じる

諦めて生きていけ 「諦める」という言葉は「明らめる」という言葉からの派生だと誰かが言っていた。根拠の無い終末論は嫌いだが、過度な希望論も嫌いだ。保育園に通っていた頃、将来の夢を言わされることにどんな意味があるだろう。

夢など無くとも、人はならざるを得ないものになる。
そして、ならざるを得ないものを受け入れるしかない。

  微かな希望は重要だ。まだ、救われるかもしれないという望み、自己を突破でき

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Higher Self

Higher Self

Higher Selfという概念 藤井風というアーティストを2〜3年前に見つけました。その時はアーティストではなく、Youtubeにピアノ弾き語り動画を投稿しているだけだったが、そのユーモアと色気のある風貌・雰囲気は今も変わっていません。色気には茶目っ気が必要なんだと気付かせてくれます。

 彼が「何なんw」という楽曲を1年程前にリリースし、正式にメジャーデビューを果たした。

 このグルーブ感と

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自分の事しか考えられないさ、ただの人間なんだから

自分の事しか考えられないさ、ただの人間なんだから

 「お前は自分のことしか考えてない」 確か高校生の頃、祖父に言われたこの言葉は忘れもしない。

 おじいちゃん子だった私は、実家と、そこから通路で通じた祖父の家を行き来して、ほとんど祖父の家で暮らし、祖父に育てられたようなものだった。祖父は「お前はもっと人と話さないといかん」としょっちゅう口にしていた。私はよくそれに無言で応えていた。

 祖父は、恐らく処世術として覚えたものだと思うが、人と会話す

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