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2019-05-07〜|詩のまとめ

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2019年6月の記事一覧

遠泳

目が覚めて
白い光の夜明け
紙のように平板な乾いた日差し

爪先の指の間に水掻きはなく
遠くまで泳ぐことは出来ない

湯船に水を張り
静かな水面の表面張力を眺め
溢れる知性が失われていく様を
心の奥に書き留める

一人ベランダに立ち
庭先の草むらにある葉先の
露のひとしずくを蜘蛛に与えて
鉢植えの物陰に隠れている自然に
一人静かに 梅雨を思う

運命の輪

肉体は魂の墓場だ
人はみな
巨大な棺桶の中で生きている
起き伏しの所作は軽く
その現象は儚い

人の夢は儚く
宇宙の神秘には近づこうとしない
触れた手のひらの感触さえ
細かな指先の指紋さえ
私たちの作ったものではない

人は魂の病気を癒やそうとして
おもむろに運命の車輪を回す

わたつみ

神様でさえ宇宙の神秘を知り得ないのに
なぜ 思いのままに生きられるのか

有機物はゆっくりと朽ちていく
その手のひらの上で
無心に生きている
目の前の光の粒が美しいように
全ての物事は単純に捉えられる

複雑な構造物の上で
微かに細胞を震わせて生きている
深海は昨日見た宇宙よりも遠く
全ての事象は幻に過ぎない

祝祭

眠りに就いた肉体の上では
死も生も同じ
溶け合って流れて
夢の中で混ざりながら繭を作る
傷ついた羽根
翼の中に隠してある
拾われた天使の夢

地上に降りる時
足元を優しく包み込む
柔らかな鋼鉄の祈り

祭は夕闇の中で
絡まって溶けていく
祝祭は昨日の午後に
現れた天使によって
永遠の祈りに姿を変えていく

星のクズ

星のクズを水に浸して
煌めく水面を見つめていたい
水の中に手を入れて
そっと指を動かして
水面が震えるのを眺めていたい
しばらく待って
もう光はここにないことを知る
遠くに見える星
双眼鏡越しに見た
輪廻転生していく光
網膜で凍えながら
永遠に消えてゆく

真昼に見た月が
薄く水色に透けて見えるのに
いま 宇宙の色は黒く吸い込まれて
星のクズを光らせる

依存症

センチメンタル過剰で
夜は途方に暮れていて
朝なんて来ないでいいと
吐き捨てた透明な魂が
部屋の隅で鳴っている
空白に依存して

時計の針
音もなく
感覚だけが間延びして安らいでいく
眠ればいいと呟いた
痛む瞼の裏を押さえるようにして
枕に突っ伏した
宿酔に依存して
あの頃は生きていた
透明な魂だけ
センチメンタル過剰なままで

夜の海

暗い波打ち際に立って
足元の砂を集める夜

海抜0メートル
波は見えず
遠くに白く光っている
湿った風が吹き付け
不気味なほど静まり返って
波が轟いている

底知れぬ太平洋に
身体を奪われそうになる
どこまでが海で
どこまでが身体だったのか
もう区別はつかない

耳と目と
鼻と
潮の香り
群青よりも黒い
夜の海の色
沖を茫漠として見つめる

砂浜を引き上げて
民家の方へ戻っていく
人間の住むところ

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天使が見た夢

吸い込む時少しだけラベンダーの香りがして
それが身体中に広がっていく

精神を病んだ若者には
肉体の疲労と
焼けつくような精神の痛みがある
それが何で取れやしない
何故いつもみんな言葉ばかり欲しがる

意味など求めない
欲しくない
俺なんかにはもう

ビルから飛び降りる
その時俺はそこにいない
魂だけ飛び散って
肉体は地上に取り残されてる
気分が落ちて何度も飛び降りてる
身体だけなら、もう何度も

Siva

愛は執着に似ていると
多分 ずっと知っていた
暗い闇を見つめていた
光の無い闇を

部屋の隅に 愛は凝って
有りもしない血液を壁に散らす
その愛に誓って
その血の色で
その生命で

手のひらに滲む血の色
握りしめたまま 生きていけたら
今まで残した血の味よりも赤く
今日は生きていける気がした

Unconditional love

柔らかいくまのぬいぐるみ
撫でていると
ひととき 心が安らぐ
くまは緑の服を着て
毛並みはクリーム色
黒い丸い目は小さく輝いている

今日あったことを話して聞かせ
少ない話題も静かに聞いている
夏の夜には分厚い毛並みでも
今日のような 梅雨冷えには
くまを抱きしめているのが
多分一番 心が安らぐこと

漂流

夢と夢の隙間にある柔らかい襞
溶け出す氷に反射して
柔らかい手は冷たく白く
死者の色になる
静脈は青白く
指の形に沿って小さく震えて
白く浮かぶ氷河の世界
死んだ海を 哀れに漂う

遠浅の海は
水底まで透けていて
身体を引き入れようとはしない
船底は強く浮かび上がり
きらめく太陽の反射越しに
波間をうねるようにして
舳先の滑る方向に
漂いながら押し流そうとする

哀れな魂を載せた船は
この身体は何

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Cold Blooded

区切られた箱の中のチョコレートの粒
その等分は儚い
薄く平べったいケースをスライドさせて
等分に並んだロゴを取り出す
同じ形 同じ重さで
等しく口に含まれ溶けていく
常に同じ体温の生物が
いつまでも安心して 食べていられるように

等間隔に並んだ愛
痛んだ傷跡
その傷から血が溢れ出す
過去になって

水の戯れ

寒さが身体の奥深くに染み込んでくる
窓を薄く曇らせる雨のように
ガラスの表面はしっとりと濡れている
その水滴の膨らみは儚い

爪先の感覚は足の先を伝って
静かな血液の流れを感じる

夢の朝
静かな昨夜
終わらない今日
一人で夢見ている
微睡みの中の水のきらめき

夜の跳躍

青ざめた破壊の恋なら
もう既に記憶の底に沈んでいる
浮びあがらずこびりついて
昨日と明日の記憶を奪う

奥歯のきしむような違和感に
小さく震えて知らないふりをしながら
黙っている

色褪せた写真だけ
手元に残るように
記憶の底で蠢くものと対峙して
破壊を好まない禅僧よりまだ青ざめて
じっと廊下の床を見ている